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退散

「なんじゃ、ありゃあ!」

 驚きで目ン玉がこぼれるくらいに目をひん剥いたヤクザどもはクロスボウを放り出し中央階段を目指して逃げ出した。全速力で階段を駆け下りていく。

 西階段に出たキメラは勢いあまって二階の階段通路の手摺を破って飛び出し、一階エントランスに転げ落ちた。

 ドドォーン!

 床が砕けるかと思わんばかりの衝撃。まるで直下型地震! あちこちの窓ガラスが割れて砕け落ちる音も聞こえる。

 駆け抜けている最中だったヤクザはその衝撃で翻筋斗(もんどり)打って転倒。

 バゴン!

 床に転がった自分の顔のすぐ横30cmに叩きつけられたキメラの足を見て、再度目ン玉がこぼれるほど恐怖し、心臓が震え上がったヤクザは膀胱内が空になるほど失禁してしまった。直撃していたらミンチ化確定、漏らしてしまうのも止むを得まい。

「頭狙うわよ!」

 東端まで辿り着いたシオンは魔法銃を構えた。カグラ、ハインツも給弾して初弾を装填。

「撃て!」

 バババーン!

 特戦3人の一斉射。全弾が頭部に命中する。

「ふがあ!」

 だが効果は薄かった。命中はしたが2発は固い頭蓋に弾かれ、1発も皮膚と骨の間に潜り込んだだけ。被弾したところを手で擦っているところを見ると多少のダメージはあるのかもしれない。

 現代銃でいえば所詮は対人用の9×19mm弾程度の威力しかない拳銃型魔法銃。しかも相手は魔界のオークよりでかいキメラ魔獣。今現在ニースで討伐に使われている小銃型でも効果があるかどうか。

「榴弾!」

 ハインツが叫びながら手榴弾を投げつけた。同時に全員が通路に伏せる。

 ドバアン!

 キメラの足元で手榴弾が炸裂する。流れ弾が伏せたアイサ達付近の手摺を削っていった。

 どうだ!? ハインツは手榴弾の効果を確認すべく手摺の間から下を臨んだ。

「くそ! 効いて無い!」

 手榴弾をまともに食らったキメラ。だがまるで効いていないわけではなかった。

 ただ、榴弾を喰らった脚を手で(さす)る程度のダメージでしかなかったのだ。ほぼ拳銃の時と大差はない。

 銃もダメ、手榴弾も効果薄。接近戦も論外……

「こんなバケモノが、もし市中に入り込んだら……」

「いったい、どれほどの被害が出るのか想像も……」

「もうすぐ近衛隊がこちらに来ますわ。それまで何とか足止めを!」

「あんまり当てにはならないわね。連中の装備はここのヤクザ相手が想定されてるだろうから弩弓やカタパルトなんて無いだろうし、プルートチンで凶暴化してるあんな大物じゃ中隊全滅もあり得るかも」

 拳銃に弾薬を装填しながらぼやくシオン。

 そんな中でレイが提案。

(アイサ。足元を凍らせて動きを止められないかな?)

「出来ない事は無いけどあまり長くはもたないわよ?」

(少しでもいい。奴の動きを止めてくれたら後ろに飛び乗ってうなじを切る。あそこを切ればどんな大きな魔獣でも致命傷になり得る!)

「危ないわよ!」

(やるしかない! 他にいい方法があるなら言ってよ!)

「レイ……」

(シオンさん、援護お願いできますか!?)

「わかったわ! レイ、アイサ! あたしたちが銃で奴の気を引き付ける。その間にアイサは奴の足を凍らせて!」

「う……分かったわ、やってみる!」

「いい? あたしたちが撃ち始めたらレイは走って。アイサは身を低くして奴の足元を凍らせるのよ。わかった!?」

「うん!」

(了解です!)

「行くわよ……1、2、3!」

 バン! バン! バン!

 シオン達が一斉に援護射撃を開始。

 レイは走り出し、身を低めながら西階段通路を目指す。

 アイサも手摺の隙間から手を突き出し、キメラの足元に全力で氷結魔法をかけた。

 キメラの両足が氷に包まれていく。足を力ませ障害を解こうとするキメラに特戦3名の援護射撃が襲う。

 バン! シャカ! バン! バン! シャカ!

 大して効きはしないが、やはり毒虫に集られる位には不快なようで、両手で払いのけようするキメラ。

 その間にアイサは足をどんどん氷結させて自由を奪っていった。

 西通路に到達したレイは、反転してキメラに向けて駆けだした。

「撃ち方やめ! 照準を腹部に変更!」

 シオンの指示が飛び、カグラたちもレイに当たらないように腹を狙った。

 不快さが顔から腹部に移り、キメラは前屈みになって腹の辺りを払う。

「やあああ!」

 好機!

 キメラが壊した手摺の隙間を抜けてレイは奴の背中を狙って跳んだ。

 彼奴が前屈みになっていたことで足場を得たレイは、うなじ目掛けて全力全速で太刀を振り下ろした。

 ブン!

 レイの太刀が一閃! 

(か、硬い!)

 キメラのうなじに刃を立てたレイの腕に伝わる衝撃。筋肉とは思えないほどの硬い感触だった。

 だがレイは母国アマテラの鍛冶職人の腕を信じ、渾身の力で振り抜いた。

 バシュー!

 キメラのうなじが切り裂かれ傷口から血飛沫が吹き上がる。

 ――やった!?

 アイサの顔に一瞬明るさが浮かんだ。しかし、

「ぐおあぁー!」

キメラは両手でうなじを押さえ、痛みを堪えるためか肩を上下左右に激しく振りまくった。

「う、わ!」

 足場を失い、跳ぶしかなかったレイに振り回したキメラの肘が激突。

「ぐぼ!」

 肘で跳ね飛ばされたレイはそのまま中央階段上の壁に叩きつけられた。

「ぐふぁ!」

 転倒するレイ。衝撃で持っていた太刀もへし折られてしまった。

(あ、浅かった、か……)

「レイー!」

 叫ぶアイサを横目に、キメラはこの苦痛の原因であるレイに狙いを定め、左手でうなじを押さえ、レイに向かって右手を伸ばした。

「レイさま!」

 バン! シャキ! バン!

 カグラたちがこちらに気を引こうと射撃を再開する。しかしキメラはものともしない。

 アイサの氷魔法が解け、足元の氷を蹴散らしてレイに近づく。

「レイ!」

 アイサはレイを救うべく立ち上がった。だがその時、

(待てい! 今お前が行っても一緒に潰されるだけじゃ!)

「でも! レイが!」

(予を受け入れよ! お前の氷魔法を極限まで底上げしてやる!)

「受け入れる!? 底上げ!? ってあんた誰よ!?」

「アイサ! ミカの言う通りにして! 全力で奴を凍らせてみて!」

「え? ミカ? なに? 何なのよ!?」

 と思考がまとまらないアイサだったが、後頭部の辺りに妙な違和感を感じ、飛び出そうとした動きは止まった。

 ――これは……うなじ辺りから何かが入って来る……これ、これを受け入れるの?

 アイサは肩から頭の力を抜いた。受け入れろ、と言う言葉に、抵抗せず力を抜く、アイサは反射的にその行動をとった。

(そうじゃ! そのまま体の内外の魔素を感じよ!)

 ミカの言葉に従い、自分が魔法を繰り出すときの魔素の流れを思い起こす。

 ――こ、これ、は?

 身体の内部の魔素が桁違いに濃縮されていくのがわかる。いつもの氷魔法を出すときの魔素の流れ、その数十倍、いや数百倍の勢いで魔素が体内を駆け巡っている。自分の身体が弾けるのではないかと言う恐怖心さえ感じるほどの勢い。

 しかしその恐怖心は、これなら! と思えるほど湧き出る勇気の前に霧散してしまう程度のモノだった。

(放てアイサ! すべての魔素、魔力を持ってこやつを凍らせるんじゃ!)

 アイサは全身にみなぎる魔素を両手に集約させるイメージで導いた。

 そして、キメラに向かって全力で放出した。


 絶対氷結アブソリュートコンジェラ


 エントランス内の気温が一気に下がった。

 アイサの放った絶対氷結はレイに向けたキメラの右腕の動きを止め、うなじを押さえていた左手を硬直させ、中央階段を踏み抜こうとした足を凝固させた。

(すべてを出せ! 奴の身体、頭も手も足も内蔵も脳髄も心臓も体毛一本、血の一滴に至るまでも凍り尽くせ!)

「うおおおおおおおおー!」

 アイサの雄叫び、それと共にキメラはどんどん凍り付いて行った。

 表面が結露し、それが凍り更に結露し凍り、奴の身体は見る見るうちに純白の雪像のごとき様相となっていく。


「ふあ……」

 持てる魔力、その全てを出し切ったアイサはその場にへたり込んでしまった。慌ててハインツが抱きかかえる。

「ハァ ハァ……」

 荒く呼吸するアイサの吐息が白い。

 疲労で重くなった瞼を開き、キメラの状況を見る。

 キメラはレイを潰そうと右腕を伸ばしたポーズのまま凍り付いていた。

 正に氷像、雪像さながらではあるが残しておく気に全くなれない不細工な塊……アイサの印象はそんな感じだった。

 感想を考えるのも億劫、とにかく体がだるい。

 カグラは倒れたレイを回収してきた。骨の異常は分からないが出血等を伴う外傷は大して見られなかった。

(シオン?)

「ん!」

 ミカに促され、シオンは手摺から身を乗り出して、拳銃の狙いをキメラの右膝関節辺りに定めて、

バン!

一発放った。

 バキーン!

 銃弾を受けてあっさりと砕ける右足。

 バランスを失ったキメラはそのまま勢い附けて転倒した。

 バッカーン!

 床に叩きつけられた冷凍キメラは、石の上に落としたガラス板のように木っ端みじんに砕け散った。

 アイサも手摺の間から覗いてみた。

 立ち込める白い氷霧の中で砕けて、まるで砂利のごとく散乱するキメラの身体。それは原形など全くとどめていなかった。これが体長5mを越えるバケモノ魔獣の成れの果てだなどと誰も信じないだろう。

「は~。何とかなったわね」

 シオンもその場に座り込んだ。

「しかし……すごいですね、アイサさん。氷魔法の使い手は珍しくないけど、こんな凍らせ方、今まで見たこともありませんよ」

 ハインツも驚きの色を隠せない。

(クロダやリョウちゃんが言うとったでな。アイサの氷魔法ならいけると踏んだんじゃが、うまくいきよったの)

「ゼッタイレイドだったっけ? 空気さえ凍っちゃうって言ってたけど。でもこんなにバラバラになるなんてね~」

(固くなるほど脆いっちゅうからの)

「ねぇ……」

「なに、アイサ?」

「ミカって誰よ、この念話の主?」

「ああ、まだ紹介してなかったっけ? 彼女は帝府四天王の一人、前ミカドの残りカスのミカちゃんよ」

 は? 余計に眉にしわが寄るアイサとレイ。しかも彼女?

(残りカスとか他に言い方無いんかい!)

「幽霊呼ばわりとどっちがいい?」

「ゆ、幽霊!?」

「要するにね、ミカは別世界に転生した前ミカドの魂の一部なの。分離したまま王都大乱で本体と戦ったもんでそのまま置いてきぼり食っちゃってね。で、今は帝府の一員ってわけ。得意技は今、アイサにやったように憑り付いた相手の魔力の底上げ・強化よ」

(よ、よくわからない……)

「とにかく、ミカさまがアイサさまの魔力を底上げ(ブースト)して威力の増強を計ったのですわ。結果はこの通り」

「すごいですね。ミカさんとアイサさんが共闘したら中隊の一つや二つ、あっという間に撃退しそうですよ」

(つまり……)

「あ、あたし幽霊に憑り付かれたの!? やだ、ちょっと! うわ! えんがちょ! えんがちょ!」

(幽霊ちゃうわ! それにもう分離しとるわ!)

「はあ、もう何が何だか……でもこんな技があるなら最初に言ってくれりゃいいじゃん!」

(事前にテストしてなかったからの。お前さんの身体にもかなりの負担がかかる上に、相性が悪けりゃ身体が吹っ飛んでしまうこともあり得るもんでのう。リョウちゃん達でも繋げられとるのは精々4~5分なんじゃよ。お前さんも今、身体が動かんじゃろ?)

「あ~、マジで立つどころか座ることもできないわ~」

(アイサ大丈夫? ……あれ? なんか臭わない?)

 レイが異臭に気づいて皆に尋ねた。

「ええ、臭いますわ。なんの臭いかしら?」

(予はなんも臭わんが)

「当たり前でしょ! でもなに……あ……」

 シオンは気付いたようだ。

「魔獣よ。魔獣の死体が融け始めて臭ってるんだわ!」

「バラバラになったから融けるのが早くなったんですかね? こりゃ一気に臭ってきますよ?」

「うわ~、ただでさえ魔獣は臭うのに!」

「た、退散いたしましょう! ヨウコさまに念話を!」

 言われてシオンは大急ぎで容子に連絡した。

「ちょっと! あたしまだ立てないんだけど!?」

「アイサ、俺がおぶるよ」

「え? レイ、あんただってケガしてるんじゃ……きゃ!」

 アイサに構わずレイはアイサを背負って立ち上がった。

「んじゃ、とりあえず裏口に行こうか。近衛隊も間もなく到着するだろうし」

 シオン達は階段を下りて裏口に向かった。

 その間、アイサはレイの背中で揺られていたわけだが、思ったより逞しい彼の背中の安定感にそこはかとない心地よさを覚えてアイサの眼はトロンとしてきた。

 底上げの疲れもあり、瞼は重さに耐えきれず閉じられてしまい、アイサはおぶられたまま寝息を立て始めた。

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