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決戦

 部屋に鍵は掛かっていなかった。

 アイサとレイは一瞬眉を(ひそ)めはしたが何故だかすぐに納得してしまい、部屋に入ると戸を閉めた。

 マシャルは机に座っており、その上にはあのタラの村でニエムに渡したのと同じ魔界のマフィンが置かれていた。

 そのマフィンを手に取り、鼻に近付けて(くど)過ぎない上品な甘い香りを楽しむマシャル。

「実は私もこのマフィンが大好物でしてね。ティータイムに注文することも多いんですよ」

 一口マフィンを頬張り、満足そうに味わうマシャル。

「さて……」

 マフィンを飲み込むと、マシャルは立ち上がった。そして机に立てかけてあったロングソードを取り出し、抜いた。

「始めましょうか?」

 切先をアイサ達に向けるマシャル。

 レイはアイサの前に出て、太刀を中段に構えた。

「その前に……」

「はい?」

「その前に聞かせて。なぜエスエリアとダロン……いいえ、中央大陸全土を戦争に巻き込もうとしたのか。何のためにそんなことをするのか」

「……世界を、元に戻すのです」

「元……に? どゆことよ?」

「元々人間界は魔素を持たぬ世界でした。魔法に頼らず文明を発展させてきました。ですが500年前の魔素異変、これが人間界の歴史を大きく歪ませてしまった」

「違うでしょ? 魔法が人間界を発展させたんでしょ。木や石で苦労して起こしていた火は一瞬で着火して、生きるための最低限の水も出せるようになって、夜の照明は発光魔石のおかげで松明やロウソクを使ってた時より火災は大幅に減ったし」

「それは人間が編み出したものですか?」

「え?」

「所詮は与えられたものです。魔素異変で激減した人口を六つの地域に押し込めて魔法を与えられ、神や魔族の監視下で飼育されていたようなもの!」

「し、飼育ってそれは言葉がおかしくない!?」

「魔素異変以前、数多の動物たちの中で唯一知能を持った人間だけがなぜ文明を持ち、進化・発展し続けていたか? その裏で絶え間なく続いていたある事象……分かりますか、アイサさん?」

 そんなマシャルの問いに、アイサは答えを持たなかった。

 いや、脳裏を過った思い、それはある。だがそれを、口にするのは(はばか)った。

 と言うか、憚りたかった。口にしたくなかった。

「戦争ですよ」

「く!」

 言いたくなかった。聞きたくもなかった。

 以前、誠一と話していた時の彼のボヤキ。

 アデスより科学技術が発展しているチキュウと言う世界。そこでも人類は有史以来、ずっと人類同士で戦争をしていたと言う。

 魔素異変後の国家間同士の戦争が無かった500年。もしその500年間、アデスでも絶え間ない戦争が続いていたら、人類の文明は……

「でも! この500年間は魔獣と戦い続けてきたわ! 戦いが進化の糧だなんて!」

「魔獣は進化するのですか?」

「……!」

「500年間、脅威であり続けた魔獣は進化と言うものがありません。そのため人間側は、最初こそ効率化を図ろうと切磋琢磨して多少の進歩はあったでしょうが、しかしやがて駆除の方法が確立してしまえば、そのルーチンの繰り返し。相手の脅威に合わせた数の増減程度の思考しか必要は無くなりました。まあ、盗賊狩りとかで多少のしのぎ合いはあったでしょうが、国の存亡を懸けるような大掛かりなものはありません。その証拠に、アデスはここ200年間の生活様式の向上はほとんど無いのです!」

「だ、だからって戦争が正しいモノの様な言い方は!」

「タラの村を見たでしょう!」

「え!? あ、あれが何だと言うのよ!?」

「あれは、『平和』なんですよ!」

「な!」

「彼らは貧しい。苦労も多い。しかし彼らは戦争で脅かされることはありません。代わりに戦いの中での試行錯誤、切磋琢磨、研鑽、鍛錬、向学心が足りません! その行きつく先があろうことか長生きした老人が廃棄されることすら受け入れてしまう人心……」

「でも、家族は泣いていたわ!」

「だったらその悪しき慣習を打ち破るべく戦うべきでした! だが彼らは受け入れてしまった。魔法で飼いならされた他の人類のように!」

「……」

「人類の戦争の歴史は生き残るための手段でした。衣食住を確保するため、それを搾取する場所である縄張りを広げ、他者とぶつかり合い、強い方、進化した方が次の世代を生きる権利を得る。それが人類の歴史なんです!」

「うそ、だ! そんな、の、認め、ない!」

「今までは魔素異変時の人口激減と6大国と言う箱庭での飼育によって国家間の戦争はおきませんでしたが、人口が増えたこれからはそうはいきません。現に私がほんのちょっと手を加えただけで国家間戦争が起こると言うのは証明されたも同然でしょう」

「阻止されたわ!」

「いつまでそれが続きますかな? 人口は今も増え続けているのですよ? 遅れたものが淘汰され、進化したものが勝ち残り次世代を築く。知的生命体である人類が戦争をするのは自然の生業(なりわい)なのですよ!」

「認めない! 戦争が自然現象だなんて、絶対に認めない!」

「眼が震えてますよ? あなたも本当は心の奥底で、もしや? と思っていらっしゃるんじゃありませんかな?」

「うう」

「体制の犠牲になったあなた方の両親。その怒りが体制と戦う動機となったあなた方はターゲサン、ガショーらと徒党を組んで体制と戦い始めた。体制に勝つためにあなた方は氷魔法を強化し、剣術を研鑽し、爆裂粉を使った新たなる手法を思いつき、次代を担う者として進歩、いや進化していってるじゃありませんか。私はあなた方にそれを見い出し、応援したわけですよ。残念ながら私の思い通りの進み方、ではありませんでしたが……いや、それで良いのです。強き者、より進化した者が次世代を築くのですからね」

「……進化した者が、勝利者が次の世代を担うのなら……あたしがあんたを倒せば戦争が自然現象なんて妄言は否定されるのよね?」

「ふ~む、いや、しかしそれは果たしてどうでしょうね? 結局は私の説を裏付けているような? まあいいでしょう」

 マシャルは窓まで後ずさりすると、カーテンをまとめるラッセルの裏に仕込まれたロープをロングソードで叩き切った。

 バアァーン!

 同時に天井の南半分が落下、アイサやレイの手前に落ちてきて二人は反射的に後ろへ飛んだ。

「な、なんだ、これ!」

 落ちた天板にはとんでもなく大きな塊が乗っかっていた。

「こ、これ……」

 ――生き物? 

 体長は5mを超え、人間の様な四肢を持ち、頭部は……豚みたいな頭ならオークの系統かもしれないが牛にも見えそうな、いや、鼻は豚にも見える。

 とにかく見たこともない珍種か新種かなにか……とにかく魔獣だ。こんな大型の人型生物は人間界はもちろん、魔界にもいない。

「ふが、ふがぁ……」

 魔獣は呻き声を上げている。這い蹲ったまま、大した身動きもない。

「さて、相手はこいつに任せましょうかね」

 そういうとマシャルは懐から注射器を取り出すと、巨大魔獣に突き刺した。

「まさか! プルートチン!」

「お察しです。実はこいつ、オークや牛頭鬼の出来る限り大きな個体を異種交配させたり手足を移植させたりして作った……本来は新作の薬物の実験体でして。まあ手製の異質同体種(キメラ)みたいなものですね」

「な、なんてことを!」

「さて、私はこれで失礼するとしましょう」

「逃げる、のか!」

「はい、そうです。今回は残念ながら悲願達成とはなりませんでしたし。思い立ってからここまで準備するのに10年がところ掛かりました。手の内がバレましたし次は15年か20年くらいはかかるかもしれませんが……無事に逃げられれば、あと1~2回はチャンスもあるでしょう、ふふふ」

「ふ! ふが! ふがああぁぁー!」

 キメラが動き出した。プルートチンが効き始めたようだ。

「キメラさん? あとはよろしく。ではアイサさん、縁がございましたらまた、お会いしましょう」

 マシャルは右手人差し指と中指をピッと振って、窓から外へ飛び出していった。

「ま、待ちなさい!」

「ふがああ!」

 アイサはマシャルを追いたかった。だがしかし、目の前の豚牛キメラはプルートチンが効きだして、ドン! と床が割れんばかりの勢いで踏ん張り、マシャルが脱出した窓の前に立ちあがった。

 この屋敷は二階でも天井が高く、体長5m強のキメラが立ち上がってもまだ余裕があった。

 アイサもレイも大型魔獣の襲撃を受けた事のある経験者だが、このキメラは文字通り頭が抜きん出ていた。それも2つも3つも。

 その長く太い腕を振り上げれば残りの天井板も粉砕してしまう事だろう。

(や、ヤバいよアイサ! 僕の刀じゃ間合いも何もあったもんじゃない!)

「ううう! ちぃ!」

 アイサは氷魔法で氷剣を作り出すと、そのままキメラの腹を狙って放った。

 ズド! ズド!

 見事に命中! てかそんなのは当然だ、標的は目の前であり、しかもアホほどでかい。

「ふが!」

 キメラは腹に刺さった氷剣を手で払った。

 氷剣は空しく抜け落ち、傷跡はあるもののプルートチンの効果も相まってほぼダメージは無いらしく血も大して流れていない。

「がああああ!」

 雄叫びと共にキメラは足を振り上げ、アイサやレイを踏み潰そうと狙ってきた。

 ドガバアーン!

 左右に飛んでキメラの踏み込みから逃れるアイサとレイ。床がよく保ったものである。

 幸いにもキメラの動きはそれほど鋭さは無く、スピード勝負なら何とかなりそうだった。

 しかしそれはもっと開けた場所の場合だ。こんな狭い部屋内では隅に追い込まれたらアウトである。

(アイサ! 廊下に出よう! ここじゃ身動きが取れない! せめて玄関(エントランス)、出来れば外で!)

「わかった!」

 二人はすぐに扉で合流すると、ほぼ体当たりのごとくぶつかって扉を開け、廊下に飛び出した。


「アイサ?」

 勢いあまって壁にギリギリぶつかりそうになるアイサらは踵を返し、シオン達の方へ向かった。

 ブラッドはどうしたの? とシオンが聞こうとした瞬間、

バッガァーン!

と扉周りの壁ごと粉砕しながら、正に山かと思うくらいの縦も横もバカでかい魔獣がアイサらを追いかけて飛び出してきた。

 あまりのでかさにさすがのシオンも身体が凍り付く様に硬直しかけた。いきなりの爆音に振り向いたハインツとカグラも同様だ。

「た、退避ー!」

 思い切り喉に気合を入れたシオンの号令が飛ぶ。だが声は完全に上ずっている。

 あわてて階段通路へ飛び出してきてしまうシオンら。

 見知らぬ武器による巧みな防戦に手を拱いていたヤクザどもは無防備に向かってくる侵入者に、ラッキー! とばかりにクロスボウの照準を彼女らに定める。

 が、

「逃げなさーい!」

と自分らに退避を呼びかける声に虚を突かれた。おまけに、

「ふがあああ!」

バキバキバキィ!

 見たことも聞いたこともない程の巨大なバケモノ魔獣が両腕を振り回して周りの壁を砕きながら連中の後ろから追いかけてくる!


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