帝府介入
「何事だ! 爆発事故? 工房か!?」
「違います司令殿! これは爆裂筒の破裂音です! 王都大乱時に王都軍の一部が使っていた新兵器です!」
「む! 話に聞いた禁断の武器と言われるアレか!?」
「場所を特定しろ! 状況知らせ!」
総参謀の指示に念話士が各地の派遣念話士と交信を始めた。返信は十数秒後、比較的迅速に返ってきた。
「彼我不明の武装した民間人約200が城門付近の城壁上に押し寄せ、次々と正体不明の武器を門付近の魔獣に投げつけているそうです!」
「民間人だと? 民間人がそのような武器をなぜ……」
「続報! 武装民間人はブラッカス反体制組織エトラッコと名乗っております!」
「エトラッコだと!? ブラッカス最大の反政府組織ではないか! 何故そんな奴らがここにおるのだ!?」
「市内から連絡! 市内でも武装民間人が第二次防衛線構築作業に参加しているとの事! 老齢者や病人の搬送にも従事している模様です……連中は臣民解放組織ガガラ所属だと言っております!」
「ダロンの過激派まで!? いったい何が起こっている!?」
「どういう事だこれは……名のある過激派組織が何ゆえニースに、しかもこれだけの大人数で……」
「好意的に見ればこの攻撃を察知して潜んでいたとも考えられるが……」
「それは無いでしょう。それなら事前に我らに通告して来るはず。何を企んでいるのやら」
「いや、その辺りは二の次だ。念話士! 城門付近の過激派の様子を報告させい!」
「は! 少々お待ちを!」
念話士は城門守備隊に配置されている現地念話士と連絡を取り合った。
「過激派たちは弓兵や魔導師と連携して魔獣の前進を阻んでいるようです。薬品を仕込んだ怪しげな矢をも使っているようで……現地士官から上申! エトラッコを指揮下に置き戦力として活用することの許可を求めています!」
「軍がテロ組織と連携だと!? 常識外れも甚だしい!」
参謀の言も当然である。連中は自分らの守る国の安寧と治安を乱す犯罪者集団なのだ。
それらと肩を並べて作戦行動するなど通常なら世迷言の一言で一蹴される話である。
通常であれば。
「だが、今は魔獣撃退が喫緊の課題だ。何のためにニースに留まっていたか不明だが、魔獣の侵入を許せば自分たちの身が危うくなるのは連中とて百も承知のはず。ならば使える戦力はすべて使うべきだ。現地に伝達! 市内全域において過激派との共闘を許可する。現地指揮官の判断で連携を密にせよ! その後に起きる全ての責任は、このニース駐屯軍司令トーハが取ると伝えい!」
はい! 念話士は返事をすると同時に各部署へドーハの命令を伝達し始めた。
「過激派どもがなぜ禁断の武器を持っているかは分からんが、魔獣の制圧に寄与するなら拒む理由もあるまい」
「総参謀長。そう言えばブラッカスでは我がエスエリアの施設や使者を目標に相次いで爆破テロが起きていましたな。帝府からの技術を我が国が独占しようとしていると言っておりました」
「その新技術は王都復興の財源に大きく貢献した。われらニース市の主産業たる工業生産もその恩恵を受けている。本来はそれらに対する抗議のテロが目的だったのかもしれんな?」
「それならそれで後の話だ。首尾よく魔獣を撃退した後に改めて攻めてくると言うなら一戦交えるまでよ」
トーハは多少の疑念はあるが、魔獣討伐に光明が見えて来た事を喜びたかった。どれほどの魔獣を撃退・無力化出来るかは不明だが、もし魔獣を半分まで減らせれば十分に勝機は見えてくる。だが、
「ニベア台地上空の転送門に反応あり!」
と司令部直下の物見櫓から凶報が届く。
「なんだと!」
「まだ増えるのか!?」
思わぬ即戦力の援軍登場に対して一喜した途端に状況が暗転した。これ以上増えては、さすがに成す術がない。もしも前回、前々回と同様の数が投入されたら……
「来ました! 魔獣の降下が始まりました!」
総勢300頭を超える最強クラスの魔獣が相手ではとても勝ち目はない。即席の第二次防衛線でも如何ほど時間が稼げるのか。
「10、20、30……前回と同じ速度で降下してきます!」
「なんてこった!」
門が健在のうちに二次防衛線まで後退して防戦に徹するか……その間に市民がすべて避難できればニース市自体を障壁としてエスエリア内への拡散を防ぐか? しかし市民の避難はまだ半分も終わっていない……トーハは頭脳をフル稼働して最適解を求めた。
「上空転送門に新たなる変化を確認!」
「今度は何だ!」
物見からの新たな報告に参謀長は喉が枯れんばかりの大声で問いただした。
もう、これ以上の凶報は聞きたくない! そんな投げやりな思いが司令部に漂った。
しかし、次の物見の報告は参謀たちの澱んだ空気を吹っ飛ばすようなそんな吉報だった。
「転送門が消滅しました!」
「何!?」
「消滅だと!?」
「魔獣の降下は完全に止まりました! 第三陣で降下した魔獣は30数頭と推定されます!」
30頭。それだけでもかなりの脅威ではあるが、100頭増えるより遥かにマシだ。
トーハはポジティブに捉えるよう努力した。
「南門より連絡! 門扉内側に亀裂発生。間もなく崩壊の模様!」
だが残念ながらトーハの気構えは早々に打ち砕かれた。
「あとどれくらいか!?」
「オークのバカ力です。それほどは掛からないかと……」
「南門の守備隊は直ちに撤退、後方に下がれ! 魔導士は城壁に上がり、氷矢、雷撃、火球攻撃を集中させ少しでも前進を阻め! 第二防衛線に通達、投石器、大型弩砲の用意を……」
ドドォーーーン!
参謀長の指示の終わらぬ内、今までのどの攻撃音より大音響の、地響きを伴った爆発音が櫓内にまで届いた。
♦
(ラーさん? 二陣目の中で例の塗料が塗られた個体を確認したわ。よろしくお願い)
「お待ちしておりましたわヨウコさん! 直ちに盗賊どもを皆殺しにしてやりますわ!」
(そ、その辺は魔界の法や司法判断例に沿ってね……メリアンありがとう、よくやってくれたわ)
「お姉さまのお手伝いをするのは当然の事でございます! お役に立てて嬉しいです!」
ニッコニコのメリアン。対してアイラオは第三陣が今にも起動するのを見てラーに苦言を呈した。
「皆殺しは良いけどお姉ちゃん、連中三陣目の準備してるわよ、急がないと!」
「わかってますわ。シラン様、ウドラ様、 お聞きの通りウラが取れましたわ。よろしくお願い致します!」
(おう、任せろ! 一番奥がうちのシマから来た連中だな? シラン、手ェ出すなよ? あたいが始末する分だからな!)
(は、はい。じゃあ手前の二つはさっそく雷撃しますので……皆さん下がっていてくださいね?)
「いいから早く! ほら、転送始めちゃったじゃん!」
(あああ、ごめんなさい! 今すぐ! ……天地の道を外れた迷い魔よ。真理が記す雷の道に己を正しぇ!)
ドババババーーーン!
シランは珍しく詠唱付きで雷撃を放った。
魔王級の魔力持ちならば無詠唱であってもかなり強力な魔法を繰り出せる。
しかし、確実に自分の担当2か所を狙うべく、久しぶりに詠唱を加えたのだがウドラやアイラオに急かされたせいで最後に噛んでしまった。
とは言え噛んだくらいで魔法がオシャカになるほど彼の魔力はヤワではない。
彼の噛み詠唱とともに、炎をまとった雷が天より落とされた。空を引き裂き、大地を抉る様なその破壊力によって転送魔方陣群は一挙に崩壊、霧散してしまった。ただし、三つとも……
もちろんその場にいた魔導士、盗賊、魔獣を含めて、である。
(あちゃ~)
(おいシラン! あたいの分は残しておけって言っただろ! 帝府に借り作っちまうだろうが!)
(ご、ごめんなさい! ミカドさんたちには僕から謝っておくから!)
「も~。もたもたしてるから2~30頭送られちゃったじゃない」
(こちら魔王府軍討伐隊です。下手人捕縛のため現場に前進しましたが……あの~、司令官殿? 死体がほとんど原形を留めていないのですが……)
(え? 魔獣も? 盗賊も?)
(はい、おまけに炭化してしまってて、どれが盗賊の脚やら魔獣の腕やら……どうしましょう? 魔獣の魔石だけでも回収しましょうか?)
(あー、それで頼むわ。それ帝府に持ってって詫びにしようぜ?)
「はあ。一人残らず皆殺しならウラ取る必要無かったんじゃないの、お姉ちゃん?」
「あとでセイイチ様やリョウジさんに火の粉がかかってもいけませんわ。8大魔王の半分がちゃんと確認したとなれば文句は出ませんでしょ? 特に口は悪くても心は律儀なウドラ様の証言は誰もが信じますわ」
(さりげなくディスッてんじゃねぇぞ、おい?)
やれやれ……
♦
南門放棄、撤退の命を受けた門守備隊のモーリス中尉は突如現れた戦闘部隊の隊長にも城壁、もしくは後方の第二次防衛線に撤退するように進言された。
「ここは我々が引き受けます。皆さんは後方へ下がるか、城壁で我らの分隊の支援をお願いします」
オークや牛頭鬼のような凶暴凶悪な魔獣の攻撃を受けて、崩壊寸前の南門。阻塞が三重に敷設されているとは言えそんなものは気休めに過ぎず、突破されるのは時間の問題だとはモーリスにもわかる。
駐屯軍の魔導士や加勢の過激派らの奮闘はあるが、門が開けられてしまえば100頭を超える魔獣が流れ込んで来る。
それを目の前の女性兵士は、たった3個分隊30数名で対応するからお前らは逃げろと言うのだ。
「無茶ですよ、たったこれだけの人数で! 一頭倒すのもやっとじゃないですか!」
「お心遣いありがとうございます。しかし心配は無用です、背中の紋章は伊達じゃありませんからね」
そういう一番隊隊長のシルヴィ・コルグ大尉は服の背中側に刺しゅうされた帝府軍の紋章を見せつけた。
一方、城壁上では大小さまざまな爆裂筒を携えた一個分隊が登ってきていた。
「戦列に参加します。場所を開けていただけますか?」
分隊長が城壁防衛担当の先任曹長フローに展開場所の確保を申し出た。
「ご助勢はありがたく思いますが、私の一存では……」
「まあまあ、硬い事言いっこなし! 必ず役に立って見せるから!」
後ろからいきなり若い女の声で、しかもずいぶん軽いノリで話しかけられ、フローはぎょっとして振り返った。
振り返るとそこには二十歳を少々過ぎたばかりくらいの女性魔導士がニコニコ顔で立っていた。
――い、いつの間に……
フロー曹長は昇ってくる白系の軍服に身を包んだ分隊をずっと見つめていた。
分隊の兵の軍服と同じく白い色のローブをまとった女が自分の横をすり抜けた記憶は無い。
「き、君は誰だ? この白い部隊の関係者か?」
「うん、仲間だよ。門が破られて魔獣が殺到したら上から爆撃したいんだけど、ここがまあベストポジションなんだよね~」
そう言いながらローブの女性はフロー曹長に背を向け、門周辺の様子を窺った。当然のごとく、フローの眼には彼女のローブに刺しゅうされた紋章が映ることになる。
「な!」
フロー先任曹長は叩き上げの古参兵である。その経歴、経験を生かして若い士官将校らにアドバイスする責も負っている立場だ。
故に王侯貴族に対する知識もある程度は頭に入っている。
そして、最近において最も記憶に留めなければと脳裏に焼き付けた紋章がいくつかあり、彼女の背中に描かれた紋章はその一つであった。
「そ、その紋章! ま、まさか君……いえ、あなた様はミツキ……ミツキ皇后陛下であらせられますか!?」
素っ頓狂な声を出して驚くフロー。その声を聞いた周りの駐屯軍守備隊の兵もみな目を飛び出さんばかりにひん剥いて驚く。
「あ、この紋章知ってたぁ? や~、あんまりあたしの趣味じゃないんだけどぉ。やっぱ効果あるのねこういうの。まるで黄門さまの印籠みたいね~」
フロー曹長らの反応を見てケラケラ笑うミツキ。
「こ、皇后陛下ぁ!? あ、あの人がぁ?」
「す、すげ! 俺、初めてお顔見た!」
「実家のばあちゃんに自慢出来そ……」
などと今置かれた状況も忘れて守備隊兵はあっけにとられていた。
「陛下! あと1~2分で門が突破されるそうです! シルヴィ・コルグ大尉が門の外側の牽制を要請してきております!」
「了解! みんな! シルヴィの射撃が始まったら門周辺の魔獣を撹乱するよ! 城壁近辺は小型の爆裂筒を使う事! あまり遠くに投げて黒さんや良さんの邪魔にならないようにね! でも最初は樽爆弾で魔獣の度肝抜いちゃおう!」
おおー!
帝府一番隊爆裂筒分隊は全員元気よく返事した。
「て、帝府が救援に来てくれたのか……」
全く予想もしなかった援軍である。なるほどそれならばいつの間にか後ろを取られていても合点がいった。
彼らは人間界では数少ない転移魔法の使い手であることもフローは聞いていた。だから、彼女らは正真正銘、本当の帝府軍なのだ。
フローは夜のとばりに包まれ始めたニースのように暗い絶望的状況から一転、彼の心境は一気に朝の光が差し込んだがごとく光明に包まれた。




