潮目
シェルパは混乱していた。
だが、この流れを見れば不自然、と言うか辻褄の合わない言動をしているのはペンゴンである。100頭のところを200頭もの魔獣を投入。しかもそれが200頭で収まるかどうかすら怪しい。仮に更に大型で凶暴な魔獣が投入されたら……
事前の話と違う魔獣200頭の投入。計画は予想通りに行かないことはすでに明白だ。こんな中で、テロ組織とは言えエトラッコだけで100人を超える配下を持つ頭目として取るべき道は……
「シェルパ! 連合を二つに分けるべきだぞい!」
「ゴドル!」
「第一に南側防戦組を編成して配分した爆裂筒は全部そっちに預けるのだぞい!」
自分らと同規模の組織であるガガラのトップであるゴドルも自分と同様の判断を下しているらしい。本来の目標・目的は全て変更。魔獣討伐、臣民への被害を最小限にとどめる方策にシフトすべきと。
「おう! そちらはエトラッコが引き受ける! ガガラは臣民に声を掛けて北門から非難を誘導してくれ!」
「わかったぞな! おい、ボウゾウに伝令を送って爆裂筒を集めさせい! 計画は変更だぞい!」
「エトラッコは総員、南門へ前進するぞ! ボウゾウからの武器・爆裂筒が届き次第、対魔獣戦に突入する!」
やはり似た者同士か、シェルパはゴドルとは阿吽の呼吸と言えるほど、この事態への対応は同意、共有しあっていた。しかしながら、
「どう言うこったよ頭! 俺たちは軍や領主に攻撃するんじゃなかったのかよ!?」
「魔獣の相手するって、話が違うじゃねぇかよ!」
配下の同志たちの混乱に拍車をかけてしまうのは致し方なし。シェルパはすぐさま説得に入る。
「我々は商人どもに嵌められた! 奴らは我々を含め、ニース市臣民が皆殺しにされるくらいの魔獣をけしかけてきた! 我らや臣民を人柱にしてエスエリアとダロン・ブラッカスを全面戦争に陥らせる気だ!」
「なんだと!」
「まさか!? そんな、何で!?」
「大方、戦争特需で儲けるつもりなんだろう! 魔素異変以来の国家間戦争で武器や物資が大量に求められる!」
シェルパはマシャルらの本当の目的は未だ分からなかった。今言ったのは頭に浮かんだそれらしく思いついた出まかせである。
だがその真意はどうでもいい。間違いが無いのは現在ニース市のあらゆる者たちが全滅の危機に晒されているこの状況である。
とにかく生き延びねばならない。そして、いくら反社と見まがうテロ組織であろうとも、臣民のためにと言う矜持は捨てられない、捨てるべきではない、シェルパはその思いを噛みしめていた。
「今、この状況に混乱している者もいるだろう。当然の事だ。だから強制はしない! 魔獣と戦えない者、戦いたくない者は市民とともに北門から避難しろ! 生き延びて、改めて俺たちの理想を追うのも正しい選択だ、責められることでは無い!」
「……」
「だが、一人でも多くの市民が避難出来る時間を稼ぎたいと思うやつは俺に続け! 身体を張って臣民を守れ! 万民平等! 弱者の救済! 臣民の発展、安寧こそ我がエトラッコの掲げる理想だ!」
どこまで聞いてくれたかわからない。どこまで思いが通じたかもわからない。
だがシェルパは自分で自分に言い聞かせた面もあるこのアジテーションを終え、踵を返すと自分の持つ爆裂筒を握り直し、南門に向かって歩き出した。
「……」
声を出す者はいなかった。いや、小声で何かを呟くくらいはした者も居るかもしれない。
顔を見合わせてお互いを窺う者もいる。その中でもまだ悩む者、頷き合って立ち上がりシェルパに続いて歩き出す者。シェルパが通ったすぐ後に加わる者。迷ったが立ち上がり足早にシェルパらを追いかける者。
いつしかシェルパの後ろには9割以上の同志が共に歩んでいた。
「俺……」
残った数名の内の一人、ちょいと肥満気味の男は踏ん切りが付かない、そんな顔をして意を決してシェルパらを追いかけようとしたエルフの男にボソっと零した。
「俺、太ってるし……剣術とか得意じゃないし……」
「……」
エルフの男は黙って聞いていた。
肥満の男は「だったらなぜ付いて来た!」くらいは言われるものと思ってもいた。
だがシェルパの演説の真意はエルフの男に届いていたようだ。
「そうか。じゃあ、市民と一緒に北へ逃げろ」
「お、俺……」
「俺たちの代わりに一人でも多くの市民を誘導するんだ。ケガ人や病人とか介助が必要な人も居るだろう。そういう人を助けてやってくれ、いいな?」
「う……うん」
「よし! また後でな!」
そう笑顔で手を振るエルフの男は、軍の指示が始まったのだろうか、避難のために通りに殺到する市民を掻き分けてシェルパたちの一行を追いかけた。
「第二陣、投入されました。第一陣のほぼ同数が降り立ったようです」
「これで200頭、最低目標は達しましたな。これだけでもニース市は壊滅されるでしょう。最後の100頭も首尾よく送り込めれば成功は疑いようもありません」
念話士の報告を聞くとペンゴンは、口元に薄ら笑いを浮かべながらマシャルに話しかけた。
「二陣目も滞りなく降りられましたか。周辺の状況はどうですか?」
マシャルもまた笑みを浮かべ、満足げに現状を問い質した。
「台地監視員の報告では第二陣もプルートチンの効用が始まった個体が出始めており、先行する第一陣を追って台地を下っているようです」
「第一陣はすでに門や城壁に辿り着いておるのかの?」
「はい、オークらが中心となって門に打撃を加えております。怪力を生かし、周辺の石や岩を使用している模様です」
「市内監視員より報告。一般市民が北門より避難を開始しております。あ、少々お待ちを……」
念話士が顔つきを歪めながら送られてくる情報をこめかみを抑えながら受信し、
「計画外の事案が発生。組織連合の過激派が計画を無視して臣民の避難を支援しているとのこと」
と組織連合の行動を報告した。
「ふむ、割と早く気付いたようじゃな?」
「連合の行動は臣民の避難支援だけですか?」
「大きく二手に分かれたようです。ええ……エトラッコを中心に南門、及び同方角の城壁に移動しているようで、全員武装している模様」
「防戦に参加しようと言うのか。しかし駐屯軍と足並みがそろいますかねぇ? まあいずれにせよ、連合が魔獣掃討に加勢しても100頭の第二陣が加われば抑えきれないでしょう。市民の多くが避難に成功するでしょうが、半分でも魔獣の餌食になればそれを見たエスエリアの増援軍が激昂するのは間違いありません。目標達成には支障は出ておりませんね」
「報告。周辺はかなり暗くなってきております。探照球の数が増えてきたとの事」
「夜戦の上、相手は凶暴な魔獣集団。いつまでニース側の士気が保てますやら」
「あの都市は南北の街道は広いですが西側は鉱山へと繋がる山地への通路ですから避難は困難でしょう。東は川を引いており、北側へ迂回するのも苦労しそうですね」
「そろそろ、お聞かせ願えませんか?」
「はい?」
「あなたの、中央大陸全土を戦いに巻き込むことへの理由でございますよ」
「以前に、話したと思いますが……」
「お言葉ですが得心が行きませんですもんで。先のお話では商人としての利も為政者としての利もございません。まるで戦争を起こすこと自体が目的と、あえて言えばそんな無意味な答えしか出てきませんで」
「ふむ……まあその答えでもあながち間違いではありませんね」
「あながち……と仰るからには、当たらずとも遠からじ、という範疇でしか無いと考えられますな? それにあたしの疑念を言わせていただければ、あなたは中央大陸だけで事を収めるとは思えません」
「そう見えますか?」
「中央4か国平定後すぐ、ではないでしょうが、いずれはシュナイザーやトラバントをも狙っておいででは?」
「ふふふ」
「いかがですかな?」
「そうですね、それくらいにまで思いが及ばなければこの先の通商をお任せするつもりもありませんでしたからね。しかしまあ、それほど難しい理屈では無くてですね……」
とマシャルが自分の真意をそこまで吐露しようとしたところで、
「緊急事態です!」
念話士のけたたましい大声が部屋に響く。
「緊急?」
「陥落寸前の南門周辺で帝府軍の介入を確認!」
「帝府軍が!」
「……」
「帝府軍が介入!? まさか! 元帥の妻子が攫われた理由くらい連中にだって気付いているはずじゃ! 妻子を諦めるのか!?」
「……如何ほどの戦力が投入されましたか?」
「南門の内側に約一個小隊! 見慣れぬ錫杖……武器を持って展開中! あ、一部……一個分隊10数人程度が分かれて城壁上の駐屯軍と合流しているそうです!」
「一個小隊? 確かに帝府の兵力は中隊にも満たないとは聞いとが……」
「台地監視員から連絡! 魔獣集団後方に3人の魔導師のような風貌の者が出現!」
「ま、まさか……」
「大元帥クロダ、そしてキジマ大将軍でしょうね。あと一人は……ミカドが出張るとも思えませんし、風使いのコバヤシ財務大臣、もしくは火炎魔法の達人マツモト皇后でしょうか?」
「ま、魔界の転送部隊はどうなっておる!? 直ちに残存戦力を転送させよ!」
「魔界班、魔界班状況知らせ! 魔界班! 魔界班!」
「どうしたんじゃ!? 早う投入させい!」
「ダメです! 魔界班、応答しません!」
「潮目が……変わりましたか」
マシャルはそう言うと残りのワインを飲み干した。
♦
ニース駐屯軍の軍司令トーハ准将は南側城壁の櫓で取りつくオークや牛頭鬼ら魔獣集団迎撃の指揮を取っていた。
総勢200頭にも及ぶ魔獣の襲撃は噂に聞く王都大乱を思わせ、准将は4年前にニースから増援として王都に派遣されていた駐屯軍第二大隊第一中隊長レイダー中佐を臨時参謀として招聘した。
「率直に聞く、この現状をどう見る?」
「同じく率直にお答えさせていただきますが軍司令殿……ほぼ絶望的であります」
「あまりにも率直に過ぎやせんか、中佐」
「総参謀長。ご存じのように魔界のオークは人間界のそれとは大きさも凶暴さも頭一つ抜きんでております。王都大乱でも一頭に付き20~30人が攻撃魔法や弓矢を集中させ、槍隊が徐々に削いでとどめを刺す戦法でした」
「しかし制圧には成功したんだろう? 当時もかなりの魔獣が城下に侵入したと聞いたぞ」
「その時は各国の支援もありましたし、兵員は4万にも及びました。加えて8大魔王の参戦もあって収まったのです。駐屯軍の兵員は約5千、兵站や市民の避難誘導を最小に割り当てて正面の戦力を増強しても城門が破られたら対抗できるのはせいぜい100頭ほどでしょう」
「取れる戦法も限られるか」
「城壁をよじ登ろうとする魔獣を上から攻撃。残念ながらこれ以上、我が軍が優位に立てる状況はありません」
「今はどんな状況か?」
「火球による魔法攻撃や弓、投石、煮油等も繰り出しておりますが個体の耐久力が強くかなりの物量を必要としておりまして……しかも倒れた魔獣を踏み台にして更によじ登ろうとしております。迎撃すればそれだけ足場を作ってしまうという皮肉な結果を」
「威力のある弩弓やカタパルトは俯角が取れず門を突破された時の備えにするしかありません」
「突破された後の二次防衛線は?」
「市民の男たちも動員して市内中央に阻塞を構築中でありますが、女子供の避難に時間がかかっております」
「9万の臣民の一斉避難を行うには北門は狭すぎるからな……」
「避難の指揮は領主のフォトール伯爵自ら陣頭に立って行われている模様です。その姿に臣民のパニックは最小限に抑えられているとの事」
「若いが見せるところは見せよるな。さすが我が甥ぞ」
「伯爵様の意気に応える為にも少しでも時間を稼がねばなりませんな」
と、その時、
ドオォーン! ドドオォーン!
突然の爆発音が司令部に響いた。全員が聞きなれない大音響に思わず首をすくめた、ただ一人、レイダー中佐だけを覗いて。