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作戦発動

 陽が間もなく西の山に沈もうとするニベア台地。台地全体がオレンジ色に染まっている。

 現在ダロンとブラッカスの蜂起軍が集結している平地から台地を東に迂回する形で延びるニース市へつながる街道では日没までにニース市入りしようとするいくつかの馬車、コンボイが脚を速め気味に進んでいるのが良二たちのいるモルバニア山の頂からも見えていた。

「魔獣の襲撃時に街道に誰もいなけりゃいいんだがな。蜂起軍も気を利かせて通行止めにするくらいの配慮でもありゃいいのに」

「中には組織連合も混じっているかもしれんからな。下手なことは出来まいて」

 良二と駄弁りつつ、誠一はハムの塊をナイフでスライスしながら頬張り、作戦前の食事としていた。エスエリアに生息するウォール桜のチップを使って燻製された帝府農場の特産品で兵のために若干塩味が強められており、エスエリア王都軍や冒険者ギルドの連中にも高評価の一品だ。

「ワイルドな食べ方だね」

「ん? お前も食うか?」

 誠一はハムを10mmほどの厚さにスライスしてナイフを突き刺し、良二に差し出した。

 いただくよ、とハムを受け取りかじり付く良二。

「もしも今、魔獣が襲撃してきたら南の城門は緊急閉鎖されるだろうね。あの馬車の半分が反転して逃れられたとして半分は結果、魔獣をニース市におびき寄せるおとりにされてしまうも同然だね。蜂起軍はそれをやむを得ない小さな犠牲として目を瞑るのかな?」

「アイサの最も嫌うやり口だな」

「ねえ黒さん」

「ん?」

「アイサの言う、泣かされる弱者を無くす世界って実現できるのかな?」

「目指すべき世界、ではあるな」

「もちろん俺たちは帝府に身を置くものとしてそうあるべきと言う姿勢を変えちゃいけないってのはわかるよ。でもアデスより文明が発達していた地球でさえ……いやむしろ今のアデスより地球の方が酷かったんじゃないかと思う時もあってさ」

「そりゃあ俺も同感だな。地球でも魔素異変の様な人類共通の敵・災害があれば団結できたかもしれん、なんて思う事はある」

「テクナールさんはこれを危惧してたんだろうなぁ」

「ああ、4年前は奴の言い分にも頷けるものの、それに抗いたいと思っていたが……ちょいと分が悪くなって来やがった」

「でも悔しそうじゃないね? 白旗上げたわけでも無さそうだし?」

 ハムをかじりながらフッと笑う誠一。笑って誤魔化すでもなく、嘲ている訳でもなさそうだ。

「まあ、その通りだ。お前も俺の腹探るのに慣れてきたか?」

「答えは……無いよね」

「まあな。だが、俺達ゃせっかく長寿を手に入れたわけだし? わずかではあるが地球での経験と知識でもって試行錯誤して行けばよ、何か見つかるかもしれねぇぜ?」

「ああ。子供たちには少しでも良い世界で伸び伸びと人生送ってほしいよ」

「ふふ。いっちょ前のオヤジになって来やが……おい、良!」

「うん、台地の上が光り始めた!」

 二人は遠眼鏡を構えた。誠一はロッタ工房で試作してもらった双眼鏡を使っている。

(セイイチ様! 始まりました!)

 同時にラーからの念話が入った。

「こちらにも出口が形成され始めた。第一陣はどれくらい来る?」

(おおよそ90~100頭ほどかと!)

「少しでも止められるか?」

(魔獣が現れたら探照球をお使い下さい! 最大3頭のオークの膝裏が紫に光ればここから送られた証拠となります! 確認できればこちらでも一斉に盗賊どもを蹴散らします!)

「こちらも日が暮れた。駐屯軍も探照球は使うだろうが……わかった、よく仕込んでくれた。そちらも例え少しでも流出を防いでくれ!」

(はい! 出来る限り抑えますわ!)

 ラーとの念話が切れると同時に、良二はシルヴィらに作戦発動を下令した。



「始まりました! ニベア台地上方に簡易門が形成され始めたそうです!」

 ブラッド邸の大広間に開設されたニース市攻略戦の作戦本部では、中央の机上にニース市近辺の巨大な地図が広げられて駐屯軍、蜂起軍、組織連合、魔獣集団の駒がそれぞれに配置され、念話士からの実況をもとに近況を再現されていた。

「魔獣集団、門から降下開始。頭数は概算で100頭前後」

 報告に合わせ、地図上のニベア台地に魔獣の駒が置かれる。

「魔獣集団が順次活動を開始しております。プルートチンの効果が現れてきたものと思われます」

「始まりましたな……」

 地図が広げられた大机の上座に座っているマシャルに、ペンゴンが話しかけた。ペンゴンは机の右側に座り、状況を吟味している。

「ニース側の動きはどうですかな?」

「現地は既に日没し、周辺は暗くなっております。探照球による照明が上がっております」

 ペンゴンの質問に念話士の間断のない報告が返された。次にマシャルが質問。

「魔獣の動きはどうですか? 首尾よくニース市を目指しておりますか?」

「はい、夕刻でもあり街には照明が灯され始めておりましたし、炊煙の煙も確認しております。魔獣の嗅覚ならばおそらく匂いも察知しているでしょう。順次歩を速めながら台地を下り、街道を通ってニース市の城壁や南門に集結中とのこと!」

「駐屯軍の動きは?」

「お待ちを。ニース潜入員、市内の状況を知らせ! …………駐屯軍は臨戦態勢に突入。城壁上に展開を開始。南門の兵に門の閉鎖指示が出されました。魔獣に追われて街道を逃げる馬車が南門に向かっておりますが、片方が閉鎖されました……あ、今、件の馬車が入場しました。門が閉鎖されます」

「間に合いましたか。よかったですね」

「ほんの少し、長生き出来ますな」

 報告を聞き、マシャルは背もたれに背中を預けて一息ついた。

「上々の滑り出しですね。魔獣100頭は最低限、投入したい数でした。折悪く増援が無くてもそれだけ居れば組織連合と蜂起軍で挟撃できます」

「残り200頭。その半分でも間に合えば、まず、ニース市は壊滅でありましょう」

「そうあってほしいですね。救援のエスエリア軍にはその惨劇を見ていただいて激しく戦意を高揚していただきたいものです」

「そのままダロン領に侵攻もあり得ますな?」

「手を拱いている蜂起軍と衝突していただければ僥倖ですね」

 マシャルは執事が用意したワイングラスを手に取ると鼻の近くでグラスを回して一息香りを楽しみ口をつけた。続いて口内に広がる芳醇な香りと舌に絡みつく味わいに満足しながら机上の地図を眺めていた。



 一般商人や職人、隊商に偽装してニース市に潜入した組織連合の過激派はニース市占領計画実行に備えた準備も最終段階にとなり、その時を待っていた。

 ペンゴンらによる偽装結界に包まれた積荷から爆裂粉を調合し、手投げが出来る程度の大きさの薄鋼板で出来たパイプ型爆裂筒を作成し、各派閥に搬出した。これでいつでもニース市駐屯軍の背後を脅かせる。

 そんな中、日没後ちょっとの間を置いてニベア台地に魔獣集団が現れたと言う一報が入り、ブラッカス最大組織エトラッコの代表シェルパは街の更に北方に展開している主力組織、ダロンのNO2と言われるボウゾウに計画発動の伝令を走らせた。

「予定通りじゃな。このまま魔獣が門に取りついて駐屯軍がそれに対応し始めたところでワッシらも動き出すぞい」

「うむ、連中が混乱して全兵力の1/3、出来れば半分近くをこちらに引き付けられれば

城壁や門の防備も浮足立つだろう」

 本作戦ではダロン最大の組織、ガガラの頭目ゴドルとシェルパはそれぞれの中小組織を従えて、市の中央部での遊撃を担当することになる。その数は約250名。

「ワッシらの方は爆裂筒も配り終わっとるし、開始とともに市内への官憲役場や出張所に攻撃を仕掛ける。市庁舎や駐屯軍本部はエトラッコに任せるぞな」

 虎の獣人であるゴドルは自分より一回り小さいシェルパの肩を軽く叩き、激励した。

「おう、だが目的は殺戮ではない。とにかく撹乱させて軍の主力を拡散することが目的だ。特に臣民への被害は最小限にせねばならん」

 血の即位式の折り、配下のカルロが暴走して本来の標的にするべきエスエリア官僚への攻撃に失敗したのみならず、集まっていた臣民に多大の被害を出してしまい支持者が減少してしまった件はシェルパにとって今も引きずる黒歴史である。

 あの二の舞はご免である。目指すはエスエリア寡占派の思惑を挫き、ダロンやブラッカスに新技術を浸透させることなのだ。騒動が目的であってはならない。

「わかっとるぞい。ここの臣民が迷惑するのは申し訳ないが……ニースの新技術を手に出来ればワッシらの国もこの町のように活気づける事が出来る。ワッシらも泥の被り甲斐があると言うもんぞな」

 カルロと同様、騒乱や混乱自体を面白がる輩は一定割合、組織内にはどうしても存在する。高い理想を語っていてもそれを単なる言い訳にして人生のはけ口にしている連中。

 翻ってゴドルのように自分と同じくテロと言う決して褒められない方法を選んででも理想を追い求める者もいる。

 葛藤が無かった訳ではない。いくら理想が正しかろうと結果臣民のためになろうとその臣民に煙たがられている面があるのは分かっている。

 しかし今回の計画は、今までの「無駄に終わったのではないか?」と悩む過去と違い、明確にダロンやブラッカスの臣民の暮らしの向上に寄与できる実感を掴めそうなのだ。実現すれば後進に任せて組織を引退しても良い位に。

「シェルパさん! 南側のペロスから伝令だ!」

 シェルパは伝令が来たとの同志の声が耳に響き、意識が現実に戻った。

「ペロスから? 軍が南側に展開したか? 予測通りだな!」

「違います!」

「うん?」

「魔獣の第二陣が降りてきました! 第一陣とほぼ同数だとのこと!」

「なんだと!?」

 シェルパとゴドルは同時に驚愕の声を上げた。

「同数! 総数200頭と言う事か!? 種族は!?」

「やはりオークや牛頭鬼など大型で凶暴なものばかりで!」

 予定の倍の数! 100頭でも制圧するのはギリギリだったはずなのに!

 シェルパらは言葉を失った。状況が全く理解できないでいる。

 駐屯軍5千のうち、3千以上が対魔獣戦に取られ、後方で組織連合が攻撃を仕掛ければ他の兵力をこちらに割かせる事ができ、魔獣との戦いで疲弊した南側守備勢力は台地後方で待機する蜂起軍の介入によって魔獣ごと蹴散らかされるはずだった。

 魔獣の数が100頭であれば駐屯軍との消耗戦も画策出来ていたのだが現れたのはその倍の200頭。

 南門が落とされて想定の倍の魔獣が市内になだれ込んできたら、駐屯軍全員で防戦しても耐え切れるものでは無い。それどころかニース市民、さらに潜入した組織連合の同志たちすら残らず餌食にされてしまうのは想像に難くない。

 いくら爆裂筒などで武装しているとは言っても所詮はテロ活動に必要な程度の量。攻撃魔法の使い手の数も寂しい連合500人が一丸になったところでオーク級の魔獣を相手に出来るのは、せいぜい20頭ほど……

「なぜ……これほどの魔獣を……」

「これではニースは、軍民もろとも全滅してしまうぞい!」

「北方のボウゾウから連絡。駐屯軍の念話士が王都方面と各城塞都市に援軍の要請を行っております!」

「援軍要請は想定内だが……本来はその援軍が到着するころにはニース市は我らが占領し、明け渡しを条件に技術の解放を要求するはずだった。しかし、この魔獣の数では援軍が到着してもニース市は……」

 援軍の諸侯は、ここで夥しい屍の山を見ることになるだろう。

「そんな状況でニベア台地後方で蜂起軍が展開していたら……」

「連中の仕業だと誤解するのは火を見るより明らかだ。頭に血の昇ったエスエリア軍はダロン領内であろうと蜂起軍に突撃するぞ!」

「そんなことになればエスエリアとダロン・ブラッカスは全面戦争になる! いや、アーゼナルはおそらくエスエリアに付く。中央大陸全土に戦火が広がりかねんぞな!」

「何を考えてる、ペンゴン! ブラッド!」

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