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夜王の憂鬱

「ラーから報告があった」

 ニース市の北西にあるモルバニア山地の頂きで、ニース市、ニベア台地、その更に南の平地辺りに進出してきた蜂起軍を眺めながら誠一は隣の良二に話し始めた。

「8魔王の領地のうち、4か所くらいで大型の魔獣討伐の依頼や実験体の捕獲が増えていたことがわかったそうだ。ただ、全体の増減としてはそれほど突出しているわけでもなく、

目立ってはいなかったらしい」

「でも、それら討伐依頼や、捕獲数は記録には残ってるわけだろ?」

「実は、それ自体が目くらましだったようでな。本命はやはり盗賊らに捕獲を中心としたモグリの依頼があったんだな。魔獣被害の減少も正規依頼の結果だと思われて、いい塩梅で隠れてしまったんだと」

「モグリの捕獲が目立つと調査が入るもんな」

「ああ、盗賊の資金源になる行為は魔界でも当然御法度だ。だが単に捕獲しただけで市場や研究畑に来なければモグリの依頼など実態は掴めない。ただ向精神薬セロトロンの動きが生捕りと合わなくてな、そこから突き止めたんだそうだが……」

「手は出せなかった?」

「魔獣を狩ってはいかんと言う法は無いし、むしろ奨励されている。盗賊どもが『自分らで魔獣を使役して農場を作るんだ』とでも言われりゃそれまでだ」

魔妖馬(バイコーン)辺りならともかく、オークや牛頭鬼を使役とか有り得ないじゃないか」

「法の限界ってとこだな。使役しようという気さえあれば合法なんだそうな。だからラーたちが動けるのは人間界へ転送した時点なんだが……」

「どこへ送られたかハッキリ分からなければ転送現場を見ただけでは押さえられない。魔素異変の魔方陣じゃないが異世界へ送ったと言えばそこまでか」

 良二は軽くため息をつくと更に続けた。

「黒さん。相変わらずシーナたちの居場所がハッキリわからないままだけどどうする? 時間があれば特定出来たかもしれないけど、あと半日もすればニースは魔獣軍団に襲われる。蜂起軍も組織連合も本当の魔獣の数を知らないから、蜂起軍以外のニース市の兵や臣民、過激派の壊滅は必至だし見てるだけってのはさすがに出来ないよ」

「奴らのミスはそこだな」

「ん?」

「この騒乱、魔獣が絡まなければ俺たちは手が出せなかった。しかし過激派や蜂起軍では足りない戦力を補うために魔獣を投入する事で俺たちが介入する理由を作ってしまった」

「だからそれをさせないための人質なんだろ?」

「ブラッドとペンゴンは一枚岩じゃない。そこが狙いだ」

「どういう事だい?」

「俺たちは俺たちのやるべき事をやればいい。そうすれば、エミーたちの居場所は奴らが教えてくれるさ」

「いや何それ、訳が分から……!」

 良二は気づいた。誠一の言葉からその真意、方法、予想される経緯、それに気づいた。

「危なくないか、それ!」

「シオンやアイサ、そしてメアならやってくれるさ」

「いいんだな?」

「それ以外にいい方法があるならいくらでも聞くぞ? 何でも言ってくれ」

「こういう時の隊長って冷静なのか熱くなってるのかわからないわね」

「容子」

 下から上がってきた容子が話しかけてきた。

 良二らが居るところから若干下ったところで帝府軍一番隊が幕営地を設営しており、そこで50名程が作戦の準備をしているのだ。

「なんなら黒さんはブラッドの屋敷に行ってもいいんじゃない? ここはあたしや容子や良さんがいれば」

 美月も上がってきた。

「気遣いはありがたいが、この紛争は人間界、最低でもカタギには一人の犠牲者も出しちゃいけない。しかし魔獣が実際にニースの門に取りつくまで、ニース臣民に危害が及ぶのが確実になるまで接近させなければ俺たちが手を出す大義は無い。要するにのっぴきならない状況下で戦闘の口火を切らなきゃならないワケでな。最初から全力で行くべきだ」

 容子は誠一の様子が特別遊撃隊の隊長だった頃の姿と被り、ちょっと微笑ましく思った。

 あの時の、マイペースながらも着実に最適解を模索する、その時と変わらない事に。

「……わかったわ隊長。でも機を見つけたら遠慮なく飛んでね。シーナは大事な仲間だし、エミーもあたしたちの子と同じ、帝府の子よ?」

 容子の労りの言葉に、誠一は口に笑みを浮かべながら、

「ありがとよ」

と礼を言った。

 それに美月や良二も答えるように笑顔で頷いた。

「元帥、将軍!」

 容子たちが来た下の幕営地から、今度は帝府軍一番隊の隊長にしてメアの副官であるシルヴィ大尉が、4人の元へ上ってきた。

「一番隊出撃準備完了です。いつでも出られます!」

「ご苦労、シルヴィ大尉」

「計画書は拝見しましたが、基本はやはり第一プランで?」

「ああ、魔獣軍団がニース市城壁に取りつき、門が攻められた時に発動する。その後、一番隊はお前の判断で采配しろ。俺たちは各個に動く。帝府の紋章でもって駐屯軍に指示を出し、一般市民の保護を最優先にな。戦闘では同士討ちにくれぐれも気をつけろ。大局は帝府の沢田くんが天眼で見据えて最適な支持を出してくれるはずだ。各自念話は常にオープンに」

「了解であります! いや~、今から腕が成りますわ!」

「第一級武装とは言っても油断するなよ? 例え破壊力の高い魔法銃といえど、当たらなければ意味がないからな?」

「久しぶりの魔法銃・爆裂筒装備ですが訓練は真剣に受けてましたからね。不覚は取りませんよ!」

「士気旺盛で結構だ。よろしく頼むぞ」

「はい!」

 シルヴィは良二や誠一らに元気よく敬礼した。



 情けなや……夜王ラーは自分の領地の北端、冥府王シランと青樹王ウドラとの領地が接するテネブリス樹海で転送魔方陣を展開している盗賊団を遠巻きに睨みながら、正に絵に描いた……てな苦虫を噛み潰しまくった顔をしていた。

「まさか愛するセイイチ様に仇成す輩の片棒を担ぐ連中が我が領地に巣食っていたとは!」

 例のモグリで魔獣捕獲を受けていた盗賊連中のアジトが自分の領地内にあったと分かったときは彼女自慢の漆黒の黒髪が逆立って天界まで突き上げられるんじゃないかと思えるほどラーの怒りは凄まじかった。

「まあ、お姉ちゃんの気持ちはわかるけどねぇ。でも、あたしの眼から見ても隙あらばおじさんちに入り浸っていたんだもの、内政に手落ちがあってもおかしくないな~とは思ってたんだよにぃ~」

 アイラオが半ば呆れた顔しながら諫め混じりに意見した。

「でも、これは今回の転送場所にラーさまの領地が選ばれただけで、本来あの盗賊団はシラン様とウドラ様の領地を根城にしてる連中ですしぃ。ほら、この樹海は外からも空からも中心地はほぼ見えないほど木々が生い茂っている森ですし、本拠地からも近い事もあって選ばれたんでしょうねぇ」

 同伴したメリアン・サドールも遠眼鏡を覗いて盗賊どもの動きを観察しながら慰め気味に言った。しかしラーにとっては慰めにも気休めにもなっていない。

「お心遣い痛み入りますわ! しかしながら一網打尽にとっ捕まえて一人残らず処刑できるならいざ知らず、これから起こす悪事の中身を知っていながら未だ手が出せない、出してはいけない状況に(はらわた)が煮えくり返る思いですわ!」

「ニベア台地に転送するって確たる証拠が今のところ無いからねぇ。下手に手を出すとこちらが法度に触れちゃうし」

「でも夜王様はよく『犯罪者と言う者は証拠を残すようなヘマしたバカちん』とか仰ってたじゃないですか。今回はそのノリ無しですか?」

「その辺はセイイチ様に釘を刺されておりまして……『そういうのはここ一番の時のために温存しておくものだ』と」

「いや、それ、釘刺した事になるの、お姉ちゃん?」

「細かい事はよろしゅうございますわ!」

「夜王様! 連中が動きます!」

 メリアンの報告と同時にラーもアイラオも遠眼鏡を構えて確認する。

 魔導師と思しき十数人が3か所に分かれ、展開された魔方陣に張り付いて準備に入った。

 同時に盗賊団に引き摺られる形でオークらが魔方陣に誘導されて行く。

 一つの魔方陣に30~40頭の魔獣が割り当てられ、陣内に連れ込まれると繋がれていた手枷が外された。

「なんかシュールな光景ですね。あの凶暴なオークや牛頭鬼がみな呆けたように立ち竦んでいるなんて。セロトロンと言う薬はこんなにも戦意や食欲までも奪ってしまうものなんでしょうか?」

「誤用した魔族……ハーピーだったけど、一度頭の中を覗いたことがあったわ。もうホントに麻痺と言うか痺れているって言うか、脳内の点と線がまるで繋がらないし動かないのよ。座ってたら座ったまま。立っていたら立ったままてな感じでねぇ。押したり引っ張ったりすれば本能レベルでバランス取ろうとして足を出すから、結果歩かせたりは出来るんだけど」

「ミカド新生計画前に開発されていれば人間界の被害も少なかったでしょうにねぇ」

「この状態で次にプルートチンを投与して戦場に送り込むんですね?」

「個体差はあるけどあれだけ大型の魔獣は投与してから効果が出るのにはある程度時間がかかるわ。と言ってもせいぜい1分ほどだけどね。その間に転送するんだろうな」

「とにかく、転送される頭数が少ないほどセイイチ様たちの負担が軽くなります。なんとかしてニベア台地に送っている証拠を掴まないと。アイラオ?」

「なに?」

「転送が始まったらあそこに近づいて出口がどこに繋がってるか首突っ込んで確認してきてくれませんか?」

「……それマジで言ってんの?」

「ダメですか?」

「あんな不安定な転送魔方陣、身体はもちろん精神に何が起こるか分かんないわよ! 各界の(ゲート)だって安定性にはメチャ気を使ってるじゃん! 魔獣だから良いようなもんだけど知的生命体はヤバすぎだって!」

「そこをなんとか」

「なんとかじゃないわよ! それならお姉ちゃんが適任じゃない。光の速さでサーッと近づいてサーッと覗いてサーッと帰って来ればいいじゃん!」

「髪型が乱れてしまいますわ」

「あのね!?」

「お二方お静かに!」

 メリアンが二人に諫言。

「あの、僭越かとは思ったのですが、あたくし昨夜の魔獣が搬入される時に夜陰に紛れながら近づいて様子を窺っておりました。その時ついでにオークに印をつけておいたんです。搬入の喧騒に混じってなんとか3頭ほどに」

「お、やるじゃん!」

「オークの膝裏に探照球の光に反応する塗料を塗っておきました。残念ながら数が少ない上に、どの魔方陣の何番目に送られるかは分からないんですけど」

「いえいえメリアンさん、それはお手柄ですわ! ヨウコさんにも褒めていただけますよ!」

「はい! お姉さまのご負担を減らしたい一心で!」

「やるねメリアン! ヨウコお姉ちゃんに知らせておこう!」

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