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人妻の茶目っ気

 帝府に戻った誠一は、官舎地下にある研究室に赴いた。

「まだ居てくれたのかフェイ。帰って休めばいいものを」

「いえ、元帥。再現した催眠剤の効果を確かめませんとね」

「おお、あれは期待通りの仕事してくれたぞ。感謝する」

「そりゃよかったです。これで安心して眠れますよ。仮眠室、使わせてもらいますね」

「ああ、ゆっくり休んでくれ。明日ももう一服精製してもらわにゃいかん」

「え? あの量では足りませんでしたか?」

「いや別物だ。魔界の香草ハシドコロから抽出してほしいものがある」

「……元帥、それは……」

「ああ、いわゆる自白剤だな」

「元帥。あれは量を間違えるとセロトロン以上に廃人まっしぐらですよ? 個人差によっては死に至ることも……」

「もちろん分かっている。だが、娘の居場所を知ってそうな奴が特定できたもんでなぁ」

 そう言いながらフェイの眼を見つめる誠一。

 アイサにも見せた誠一の、この上なく冷徹な目線。そんな目に見据えられたフェイの身体は込み上げるブルっとした、痙攣にも似た震えを抑える事が出来なかった。


                   ♦


「ああ……そうなんすよ……大番……頭と……ブラッドさんちに運んで……」

「確かなのね? 間違いないのよね?」

(そうそう。大声や威圧的な言い方しないように。喋らせるんじゃなく、喋ってもらおうって感じで)

 シオンはアイラオの指導の下、仕事帰りのラコーンを拉致して誠一から持たされた「香草の秘薬」を使い、情報を聞き出していた。

「間違いねぇ……よ……。俺も……一緒に、運んだ……」

「場所は? どこに連れてったか分かんないかなぁ?」

「それは……知らねぇ……裏口から……渡しただけ……」

「……明日はペンゴンさんもブラッドさんのお屋敷にいるのかな? 明日の夜に届け物があるんだけどなぁ」

「多分……居る……計画……状況を……念話師が……逐一、報告……」

「わかったわ、今夜お邪魔するからよろしく言っといてね」

「やめ、とけ……今夜と明日の警備は……並みじゃねぇ……ヤクを、卸してる……ヤクザどもが……数十人……」

「……」

「おっかねぇから……俺は……行かねぇ……つも……り……」

「白目向き掛けてる」

 ラコーンの表情を注視していたアイサがアイオラに伝えた。

(限界ね。もう声を掛けずに、そのまま寝させた方がいいわ)

「ありがとうございますアイラオ様。おかげで貴重な情報が得られました」

(いいってこと! 帝府のみんなはアデスの恩人だからねぇ~。これくらいは協力するわよ。証拠も残らないしね! とは言え、おじさんもえげつないやり方するわねぇ~)

「全くあの方は、丸い時と尖った時の性格の差が激しすぎですわ」

(アイラオさま~、シオン先ぱ~い、あたしの前でクロさん貶すの無しっすよ?)

「ごめんなさい、メア中佐。ところで屋敷の方はどう?」

(ラコーンの言う通りっすよ。ガラの悪そうな連中が庭だけで20人は居るっすね)

(裏手のカグラです。窓の人影を見ても屋敷内にも相当数が詰めてますわ。外壁の周りにも動哨が結構おりますね。外壁裏だけで3人はうろついてますわよ?)

(こちら屋敷左側のハインツです。()の勢力はカグラ曹長の見立て通りと考えます。侵入路としては、こちらの左側からなら庭木の影を伝って裏口まで一番短時間で到着すると思われます。動哨の動きや頻度からすると、4人ないし5人を相手することとなりそうです)

「一旦撤収してください。明日の日没後に救出作戦を実行します」

(わかったっす!)(了解しましたわ)(宿に直帰します)

 メアを含む特戦隊3名との念話は切れた。

(あたしは魔界の状況をおじさんとお兄ちゃんに報告しに行くわ。シオンさんたちもがんばってね!)

「ありがとうございました、アイラオ様」

 念話を終えたシオンはフッと一息つくと、安らかな眠りに入ったラコーンを見下ろした。

「こいつ、いつ目を覚ますかな?」

 アイサも同じく、もはや利用価値の無くなった狸の獣人を見下ろしながら言った。

「わからないわね。出来れば明日の夜まで寝ててほしいけど」

「早く目覚めて拉致されたことを報告されると後々マズそう」

「川にでも流しちゃおうか?」

「ちょ! マジで言ってんの!?」

「冗談よ! まあ誘拐の片棒担いだ共犯者だし、元帥がここにいたらマジでそれやったかもしれないけど……」

「元帥……そうだ、元帥が宿屋で使った催眠剤の残りがあったよね? 瓶ごと頭に括り付けて、起き上がったら顔にかかるように仕込んどこうよ!」

「あら、いいアイデア! じゃあ、さっそく仕掛けて宿に戻ろう。メアたちと打ち合わせしたいし」

 自白剤の投与で下手すればズーっと目が覚めない場合もあるワケだが、さらに追い打ちをかけんばかりの罠を仕込む二人。なかなか外道である。

「とりあえずこうしておいて、明日の救出作戦前に覗いてみよう。寝てりゃそのまま放置だし、居なかったら……報告されて警備がさらに強化されるかもね」

「警備してるヤクザどもならこいつも躊躇なく殺してるんだろうけどね。帝府に身を置くものとしては自白剤使用もギリギリだしそこまでは」

「薬で口を割らせるなんて聞くのも見るのも初めてだわ。やっぱり異世界の知識?」

「たぶんね」

 ラコーンに罠を仕込み終わった二人は街郊外の空き家の物置から外に出て宿屋に向かって歩き始めた。

「後は明日の夕方……時差があるからこっちは夜の9時、10時くらいになるのかな? その辺りで作戦決行ね」

「大臣やレイたちがどの部屋に監禁されているか、そこまで分かれば成功率も高くなるけど……」

「やみくもに探し回るわけにもいかないしね。4人じゃ、警備のヤクザども全員を相手するのは難しいわ。かといって大人数で攻めても大騒ぎになってシーナたちが盾にされちゃうと本末転倒だし」

「定石から言えばこういう監禁場所って大体地下にあるもんだけどね~」

「そういや、あんたたちもエトラッコの地下牢に閉じ込められたのよね? だからって地下と決めつけるわけにもいかないしなぁ。結界と監視さえちゃんとしておけば客間でもいいわけだし、地下を攻めてハズレ~てなって用心棒どもが詰め掛ければ袋の鼠だわ」

 目標はかなり絞れては来たが、最後の詰めを誤ってはすべては灰燼に帰す。

 アイサもシオンも更に頭を絞りつつ、集合場所である宿屋へ歩を速めた。


                   ♦


 窓はあるのだが、ほぼ天井と言える位置に有り、開閉すらできない構造で正に採光の役目しか負っていない。

 通風口もその横にあるのだが、格子がガッチリ嵌められていて大がかりな道具か高位の攻撃魔法が無ければ外せそうに無い事が一目でわかる。

 レイはベッドに座るとガックリと項垂れた。

「焦ることはありませんわ。拉致した者たちも、私たちには極力危害が及ばないようにしていますしね」

 隣のベッドで横たわり、お(ねむ)のエミーをあやしながらシーナはこの状況にも動じていない普段通りの口調で言った。

 ここは本来、単なる地下室、地下牢の類であることは天井や壁を見てもわかる。

 しかしながら床には厚めのカーペットが敷かれて夜の冷え込みから守り、ベッドも一級品とは言えないまでも牢獄には似つかわしくない上質な物であるし、男女で同室させていることに気を使ったのか便器にもしっかりした衝立が置かれている。

 エトラッコの地下牢ではアイサが用を足すときは一番遠くまで離れて毛布で目と耳を塞ぐなど気を使ったものだ。自分の時はアイサは全く無頓着だったが……

「投獄なんて王都大乱以来ですわ。あそこに比べればここは快適ですよ」

「大臣、投獄? なぜ? 想像、出来ない」

「まあ、無実の罪だったんですが……特別遊撃隊の全員が天界で拘束されましてね」

「無実の、罪? ん、そう、帝府の方、見てると、投獄される、ような、こと、する、とは……」

「じっとしていてもすぐに釈放されるはずだったんですよ。でも主様ったら悪乗りしてその日のうちに脱獄しちゃいまして」

「……大臣の前、です、けど、元帥って、変わってる。あんな、攻城、兵器、面白半分に、作ったり。でも、エミーちゃん、親バカ、ぶり、もう、デレデレ」

「チキュウ世界の基準でも変わっているそうですわ。でも何故か魅かれてしまったんですよね」

 屈託なくクスッと笑うシーナ。

 そんな笑顔に緊張感を和らげてもらいながらも、レイは今の自分たちが置かれた状況を考えてみた。

「誰が、大臣を、拉致、した? 組織、連合は、血の即位式、は、裏で、エスエリア、の、寡占派、自作自演、して、新技術、拡散を、妨害してる、言う人も、居た……」

「それに付け込んでエスエリア攻めの大義をでっち上げる気かもしれません。その辺りは帝府が内偵しているでしょう。いずれにせよ私たちは待つだけです」

「不安、じゃ、ない?」

「ええ、不安はありません。主様は必ず私たちを迎えに来てくださいますわ。レイさんもそこはご安心なさいな」

「でも、万、が一……」

「そうですね、エミーに危害が及ぶこと。それだけは何としても」

「その時は、僕が、盾に!」

「うふ、ありがとうございます。でもあなたが守るべきはアイサさんじゃありませんか? その時のために、努々(ゆめゆめ)命を粗末にしないようにしませんと」

「でも、今は大臣と、エミー、ちゃん、護る、僕の命、懸けても」

「うれしいですわ。こんな人妻の経産婦にそんなこと言ってもらえるなんて」

「そんな、こと! 大臣は、とても、素敵、な、方です!」

「アイサさんよりも?」

「え! な、なぜ、そこでアイサ!? なぜ!」

「え! って? お二人はそういう仲じゃ? ホントに御姉弟では無いんでしょ?」

「ちがう、けど! ……その、僕は……その……」

「その、何です?」

「僕、歳下だし。アイサは……そういう、眼で……見てない……」

「ん~。でもレイさんはアイサさんをそ《・》う《・》い《・》う《・》で見てらっしゃるのでしょ?」

 ボンッ!

 図星を突かれたレイの顔が真っ赤に染まる。夜の冷え込みと相まって湯気が出て来そうだ。

「かわいいですねぇ。この分だとアイサさんには、ずいぶんとイジられてるのでは?」

「勘弁、して、下さい!」

「……自信、無いのですか?」

「う……」

「私は、お似合いだと思ってますよ? 初々しいお二人を見て、元気をいただいてますわ」

「そんな、事より、今の、状況を!」

「ですから待つだけですわ。もともと大した魔力も無い上に、得物も無いのであれば脱獄を狙っても良い結果は期待できません。何より……」

 シーナは今一度エミ―に目を移しながら続けた。

「私たちだけならともかく、エミーを危険に晒す訳には……」

「それは……そう、ですね」

「何も出来ないと言うのは歯痒い事ですよね。しかしながら、それが必要な場合もあります。人は逆境に追い込まれると『何かしなけりゃ!』という衝動に駆られやすいですが、時として何もしない方が最善策と言う事もあります。特に今回、主様だけではなく帝府軍の特戦隊や隠密経験者がおそらくこの場所にも探りを入れていると思われます。だとすれば、こちらが想定外の行動をとると私たちの救出に携わっている部隊と行き違いがあってはいけません。お互い剣術にはそれなりに覚えがありますが、それを生かせる状況にないと言う判断で動いておられると考えます」

「だから、動かない、方がいい、と?」

「私たちの救出はニース近辺で起こるとされる騒乱と、ほぼ同時期に行われるでしょう。多分、蜂起軍の望まない状況・結果になってこちらが慌ただしくなった時、その時が最大のチャンスかと?」

「……でも、それって」

「はい、私たちの身が最も危険になる、そういう状況となる可能性は極めて大です。今は動かず、その時のために体力を温存しましょう。必ず、主様が救ってくださいます」

「……ホントに、心の、底から元帥、を信じてらっしゃるの、ですね」

「はい、初めてお会いした時から、一生この方に付いて行こう! そう決めてましたわ」

「すごいです、ね、元帥は。僕は、とても」

「そんなことありませんよ。あなたもきっと、愛する人を背負えるようになれますわ。なんなら私で練習しますか? 暇はありますし、まずはおんぶから」

「大臣~」

 人妻のイジリに辟易としながらもどこか心の片隅で、練習したいなと思ってしまった自分にトホホなレイ君であった。


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