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悪い顔

 アイサとシオンは良二に報告するために宿屋に戻った。

 時刻は日にちが変わる寸前であったが、良二は転移で赴いて今後の相談も行った。

「裏で図面を引いていたのはブラッドで間違いなさそうだな?」

「はい、どうもペンゴンすら駒に過ぎない印象も拭い切れませんね」

「今のところブラッドの後ろに国家や国家機関が糸を引いている感じも見受けられないわね」

「その辺りはこちらでも探っているが、少なくともダロンもアーゼナルもブラッカスも、新技術供与の方に耳目が集まっていて他国へ侵略する気配など全くと言って良いほど感じられないようだ」

「傍観者だと言っててもそれぞれの国の中枢は、帝府やそれを後見する天界魔界の介入を恐れてるでしょうしね。上級神や魔王たちが政権を取り上げると言ったら逆らえるはずも無し」

「だから口酸っぱく『見てるだけ』と言ってるんだがな」

「それでも、もし介入されたら全てがおじゃんになる。そのために大臣を人質に取ったんでしょ?」

「居場所はまだ分からず仕舞いだな。君たちの話からすると、攫ったのはペンゴンで間違いないだろうが、今は奴の手から離れていると見た方が自然だ」

「ミカド様や大魔王陛下の天眼ですら欺く結界師……それほどの結界師なら迎賓館に侵入するのも容易(たやす)かったでしょうね……」

「人間でも魔族でも強い魔力持ちだろうなとは思ってたけど……魔界の魔導師の血を引いていたか」

「目の届くところで、と言っていましたから、ブラッドの屋敷や店舗である可能性も高いのですが……」

「それほどの結界が張られているなら外部から、いや内部に潜入しても居場所の内偵は難しいな……」

「ペンゴンやブラッドに居場所を吐かせるしか無いのでしょうか? アイラオ様なら難なく自白させられるのでは?」

「いや、今の段階で魔界の魔王たる彼女らを巻き込むのはマズいよ。建前上であっても相互不干渉が基本の三界間条約にも触れる恐れがあるし」

「……」

「アイサ?」

「……アイサ?」

「え!? あ、ごめんなさい。なに?」

「何じゃないわよ、ボーっとして。どうしたの?」

「何か気になる事があったら、遠慮せずに」

「う、ううん。そういう事じゃないの。ちょっと……」

「言ってごらん。無関係なことでもいいから」

「や、でも、その……個人的なことだし」

「……聞かせてくれないか? まあ、君個人のプライバシーにかかわるなら無理にとは言わないけど」

「う、うん」

 アイサは良二とシオンにタラの村での事を話し始めた。

 この村で、貧しさゆえの哀しい慣習を受け入れている事を自分に見せ、利益も乏しいその村と取引の有用性を説き、教育の重要性を訴えたりしていたマシャルが、なぜ中央大陸全土を戦渦に巻き込むような事をしているのか? アイサはそれが釈然としない、混乱している旨の思いを語った。

「あなたたち不穏分子を発奮させるための奸計じゃないの?」

「そうも思ったんだけど……でも村人たちの反応にわざとらしさは感じなかったし、少なくとも長年取引を続けていたのは確かだと思うのよ」

「まあいろんな見方は出来ると思うが……」

 良二は腰かけたベッドで足を組み直しながら続けた。

「王都大乱ですらそうだが人間界はこの500年間、魔獣の脅威に晒されてはいたが、国家間戦争と言う事態には無縁だった。まあ政権争いだの、お家騒動みたいな紛争はあったらしいけどな」

「でも臣民に大勢の犠牲者が出るほどの紛争は無かったはずよ?」

「その辺りは天界や魔界が目を光らせていたからな。その二界の庇護……いや、管理の中で復興、発展してきたとは言えるかな?」

「……」

「魔素異変以前が人間界としての正常な歴史だとすれば天界魔界の干渉を受けたこの500年は確かに不自然とも言えるかもしれない。ブラッドは本来の人間界の進むはずだった歴史に修正しようとしているのか?」

「将軍や元帥がいらしたチキュウのように、ですか?」

「地球じゃいつもどこかで戦争してたからな~。俺が生きてた時代の日本はホント幸運だったと思うよ。まあこちらでえらい戦闘に巻き込まれちゃったけど」

 苦笑しながら話す良二。

「皆様にはアデスのためにホントに申し訳ない事を……」

「おいおい、シオン達が謝る事じゃないだろ? 黒さんも必ず帰るとか言いながら結構この世界楽しんでるし」

「将軍は全く別の世界からアデスに来たんだよね?」

「ん? ああ、そうだけど?」

「戦争だらけの歴史だって言ってたけど?」

「うん、まあ、恥ずかしながら」

「アデスの人間界は500年間、国同士の戦争は無かったワケだけど……将軍たち異世界人から見たら変に思うの?」

「ブラッドみたいにかい?」

「どうなの?」

「まあ、それより天界魔界があって魔法が当たり前にある方が違和感あったけど……でもやはり同じ物差しでは測れないな」

「どゆこと?」

「地球と違って、アデスは天界・魔界・人間界があってアデス足り得ている。その時点で地球とは全く違う。だから、魔素異変で三界がお互いを認識し、手を取り合いながら500年を過ごしたことも、噴き出した魔素を引き受けて別世界へ転生した前ミカドにしても、それが本来のアデスの歴史から外れているなんてことは決して言えないと思うんだ」

「起こった事こそが必然?」

「身も蓋もない言い方だけどね。時間を遡ることは時空の最上級神ホーラ様でさえかなり困難なことなんだそうだよ。この先起こる事象を右左する事は出来ても、起こってしまった事象を変えるのは時の流れを最大級に乱す元なんだそうだ」

「四年前も皆さん不思議がっていましたよね。異世界から勇者を召喚なんてとんでもない手段を講じたのに時の流れが乱れなかったって」

「ホーラ様方に言わせれば今までの歴史が本来の真っ当な歴史だと言うだろうな」

「んなこたぁどうでもいいんだよ!」

 バァーン! と廊下の扉がド派手に開き、初老男の怒鳴り声が部屋内に響いた。

「黒さん!」

「元帥!」

 現れたのは誠一であった。

「奴の思惑がどこにあるかなんぞ直接乗り込んで聞きゃええだろが! まずはエミーとシーナの居場所だ!」

「黒さん、声が大きい! 今何時だと思ってんだよ!? 宿中みんな起きてしまうだろ!」

「安心しろ。今この宿で使われている部屋は8部屋中3部屋。この部屋を除けば2つだ」

「でもフロントだっているだろ。他の2部屋だってもし計画参加の不穏分子だったら!?」

「全員眠らせた」

「ハァ!?」

「アイサが回収した例の薬物の分析が終わってな、そいつを再現してみたんだ。フロントで試したが効果抜群、数秒で寝てしまったわ。他の2部屋も隙間からこいつを吹き込んでおいたからしばらくは目が覚めんだろう」

「無茶すんな!」

「ほれ!」

「え? なに?」

 アイサの目の前にここへ来る前レクチャーを受けた防護マスクそっくり、と言うかちょっと形状が変更された防護マスクが突き出された。

「新型の防護マスクだ。俺自身で試したが、件の催眠剤も防いでくれるように吸収缶内蔵の活性炭を強化しておいた。これを着けておけばもう同じ手を食うことはないぞ」

 手に取ってみるとなるほど旧型より鼻から顎まで広くしっかりカバーするデザインで、アイサもカルロに食らった時の様な攻撃を受けても護ってくれそうだ。

「二人の場所さえ分かれば俺が転移してすぐに救出する」

「その場所が結界で封じられているから分からないのよ。おそらくはブラッドの屋敷か店舗だと思うけど……」

「順番に焼き払うか」

「黒さん! まだ頭に血が上ってんのか!?」

「奥さんや娘さんももちろん心配だけど、ニース市の方も心配してあげて! 明後日の夕方には計画が実行されちゃうわ」

「中央大陸全土を戦乱に巻き込むたぁな。ニース市が壊滅すればエスエリアとしても黙っちゃおるまい。全力を挙げてダロンとブラッカスに宣戦布告だな」

「大物魔獣が300……過激派連合の相手をしながらでは守備隊5千などあっという間に無力化されるな」

「連合だって無事では済まないわ。彼らは魔獣の数は100程度だって信じてるんだもの」

「魔獣にとっちゃ兵も過激派も民間人もみな同じだ。しかもプルートチンで凶暴化されててはダロン・ブラッカスの蜂起軍とて手も足も出ない」

「黒さん、やはり魔獣が出た時点で俺たちが動くしかないな。俺たちが介入を許される唯一の手段だ」

「それはわかっている。軍同士の戦闘は俺たちは手を出せない。おまえの言うタイミングがベストなのは俺も賛成だ。賛成だ……」

「ニースの防衛線に魔獣がとりついた時点で我が帝府軍は動く。沢田くん……ミカドにはこの方向で決裁を仰ぐつもりだよ。いいね?」

「ああ……それが唯一最善の方法だな……」

「元帥、将軍」

「ん?」

「私に特戦兵を3人下さい。必ずや奥様とお子様を救出して見せます!」

「居場所はまだ特定できていないはずだが?」

「現状ではブラッド邸、もしくはブラッド商会内が一番可能性があります。しかし商会は人の出入りも多く、間取りも容易に推測できますし、人目の多い中で監禁し続けるのは危険ですし手間もかかります。本命はブラッド邸かと?」

「だが推測に過ぎない」

「お言葉ですが、人質は生かしておいてこそ価値があります。作戦が瓦解し、逃亡を図る場合の安全を確保するためには、盾にするためにも簡単には殺害はしないものと思われます!」

「……」

「その時のためにも『目の届くところに置きたい』と考えるのは当然で、それはやはり計画実行時にブラッドが居るところ、そこが監禁場所だと!」

「推測とは言え、それが一番可能性は高いかな? しかし黒さんの気持ちも考えるともう少し確証が欲しい。ペンゴンの部下、ラコーンとか言ったかな? 連中も実行中はガーランの本店辺りにいるはずだが、奴の口は割れないか?」

「ラコーンを?」

「そうね、奴は今日の密談にも参加してるし程だし、細かい場所は知らなくてもマシャルさんの屋敷にいるかどうかくらいは知っているかも?」

「そうですね。明日……もう今日ですが特戦兵にブラッド邸を監視させ、私はラコーンと接触して聞き出そうと思います」

「ラコーンとの接触は夜まで待て」

「夜まで? 元帥、それはどういう理由でしょうか?」

「ラーかメリアンに頼んで魔界の、とある香草を手に入れてもらう」

「香草?」

「一応香草の部類なんだが精製すると地球でいうところのチオペンタールの様な効果があってな」

「黒さん、それって……」

「いわゆる真実の血清ってやつだ。まあ投与するだけでは効果は薄い。尋問にもセッティングが必要だがその辺はアイラオが得意だから念話で手ほどきを受けながらやるといい」

 ――真実のケッセイ? なんのこと?

 アイサはその辺の科学や医学の知識が乏しいので今一つ良くは分からないが、誠一のこの上ない冷徹な目の光を見ると、何やら外道な手段なのではないだろうか? とは想像がついた。

「シオン、明日の午前中に特戦から選抜して3名連れてくる。ラコーンの情報次第だがニース攻めが始まると同時に動け。焦るなよ?」

「ありがとうございます。必ずや期待にお応えます!」

「将軍、あたしもシオンさんに付いていくわよ」

「レイ君か?」

「もちろんレイも助けたい。その上で、あたしはブラッドに会いたい」

「会ってどうするんだい?」

「真意が知りたい」

「ブラッドのか?」

「タラの村への施しが嘘なのか、この計画……戦争を引き起こすことが何なのか。人間界の未来をどうしたいのか? なにより、なぜあたしに入れ込んだのか?」

「……」

「肩身の狭かった組織連合の会議であたしたちターゲサンの名誉回復に手を差し伸べて、タラの村の様な現状を見せて、この計画に参加させるため紹介状を用意するなど、なぜあたしのような一介の不穏分子(テロリスト)に便宜を図ったのか……」

「それが君の納得のいくもの……賛同する内容だったら? そうなったら君が次に俺たちと会うのは敵同士になるかもだが?」

 以前、ラークさんにもそんなこと言われたな……そんなことを思いながら、

「その可能性は否定しないわ」

アイサは続けた。

「でも、あたしは今の帝府の姿勢は賛同している。あなた方は支配することに重きを置いていない。自分たちがアデスに対して何ができるか? 常にそれを考えているように見えるわ」

「お褒めに預かり光栄だ」

「おかげであたしは支配者層=利己的な搾取者という偏見からは逃れることができたわ。その辺は感謝してる」

「まあそういう連中もまだまだ多いがな」

「あたしはあたしで答を見つけたい。ブラッドさんに会って、話して、向き合って答を出したい」

「わかった。シーナとエミーの救出に支障が出ない範囲という条件で君の申し出を受けよう」

「いいのね? 重ねて言うけど、その先のあたしの行動はあなたたちが望む方向じゃないかもよ?」

「俺たちは家族を保護し魔獣災害を防ぐ、それだけだ。そのあとのこと……人間界の事は人間界がケリをつければいい。俺たちはそれを見ているだけだ」

 アイサは小さく静かにコクコクと頷いた。

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