思惑
(なにあれ?)
(多分麻薬ね。ケバブ屋のオヤジが言うにはペロスの資金源は麻薬売買のアガリがメインだそうよ)
(何よそれ! 臣民のための活動なのに臣民を食い物にするって!)
(自分たちが存在するための活動、名目だけの大義、そのために手段は選ばず資金を調達……行き詰まった組織にはありがちな話だわ)
(信じらんないわよ! ターゲサンでは一度でも麻薬に関わったら破門だったわ!)
(でも破壊テロとかやってんじゃん?)
(そ、そりゃそうだけど! 臣民への被害が無いようには考えてはいたわよ)
などと駄弁りながらシオンは部屋に戻ってきた。
「さて、あたしはペンゴンを尾行するわ。奴のヤサにシーナたちが居るんなら話は早いんだけどな……あんたどうする? ここで待機しててもいいけど」
「ううん、あたしも行くわ」
「そう。じゃあ300mほど後方で付いてきて。周りの様子も伺いながら」
「了解したわ」
ペンゴンの馬車を追うこと約30分。離れていたアイサとシオンは合流し、パラモン商会カーオ支店に辿り着いた。
巡航速度の馬車はせいぜい自転車程度の速度。日中の炎天下ならともかく夜風に当たりながらの尾行は元隠密(今もそんなものだが)のシオンはもちろん、シュナイザー脱出で港まで走り続けたアイサにとっても大した負担ではなかった。
とは言えさすがに30分走り詰めだと息も上がる。二人は呼吸を整えながら支店の建物を観察。
表通りに面して3棟に分かれた建物全部がカーオ支店であり、中央は小売りも行っている店舗、右が支店事務所、左が倉庫となっており、ペンゴンの馬車は倉庫に入り込んだ。
建屋の横路地は人一人なら余裕で通れる程度の幅があり、おそらく店舗や事務所の裏口からも小さな台車等で荷を運んだりもするのであろう。
アイサとシオンは足音を忍ばせながら路地を進み、裏口辺りも調べてみた。
ペンゴンが入った倉庫は、裏口はあるのだが壁には窓はなく、高い所に通気口が設けられている程度で、覗いて中を窺い知る事は無理そうだ。防犯から考えても当然といえば当然。
もう一度表通りに出て、周りに人の気配が無いのを確かめながらシオンが倉庫入り口の隙間に目を当てる。
(アイサ、馬車がもう一台あるわ。結構いい作りをしてる)
シオンに言われ、交代してアイサも覗く。
(見たことある……そうだ、ブラッドのところで見た馬車に似てるわ)
(まあ、ブラッドは噛んでるとは思ったけど、ここに出向いてるなんてね)
(シオンさん、中の声とか聞こえる?)
(……奥の中二階が倉庫事務所になってるのかしら? ペンゴンとブラッド。それとそれぞれの付き人かな? 全部で4人ね。ん~、屋根に登った方が聞こえそう。アイサ、氷で梯子作ってくれる?)
二人はもう一度横路地に向かった。
アイサは倉庫奥の事務所の辺りに見当をつけて念を込め、屋根まで届く猿梯子を造形した。
屋根まで登った二人は慎重に足を運び、事務所の真上と思しき場所まで来るとシオンは耳を屋根にあてて聞き耳を立てた。
「こんな場所にお越しいただき恐縮ですな、会頭」
ペンゴンの声。しかも話している相手はやはりマシャルのようだ。
「いえ、この計画もいよいよ大詰め。進捗状況を、ちゃんと見届けておきたいと思いまして」
「残りの組織連合も明日にはニースへ向かいます。明後日の夕刻には予定通り計画は発動されます」
「魔界の方も滞りなく?」
「はい。オーク、牛頭鬼、狂黒熊や象猪等、総数300頭ほどが既に待機中でございます」
――300!
アイサとシオンは思わず顔を見合わせた。100頭でもヤバい数なのに、その3倍とはいきなり話が違って来たワケで、驚くのも至極当然。
(魔獣の比率がさっきの話と同じなら……駐屯軍だけではあっという間に蹴散らされちゃうわ)
(それどころか組織連合500人も……ううん、なによりニース市民が!)
(でもどういう事よ? ペロスやガガラには100頭と言って安心させておいて実際はニース市が壊滅するほどの戦力を投入なんて……)
シオンは更にマシャルとペンゴンの会話に耳を澄ます。
「ニースは間違いなく壊滅……蜂起軍はなすすべもなく立ち往生でしょうね」
「次に来るのはエスエリアの増援軍。ニース内での惨状、そしてそれに混じって市内で活動したダロンとブラッカスの過激派を確認し、ニベア台地後方で蜂起軍が展開しているのを見れば……過激派と魔獣をけしかけてニースを攻めた犯人は連中だと信じ込むでしょうなぁ」
「エスエリア軍への対応は?」
「ダロン・ブラッカス両国の過激派や軍の一部に不穏な空気あり、と噂を流させております。エスエリアは表向き目立った動きはしておりませんが要所々々に念話網を展開し情報伝達を密にしております。蜂起軍が演習名目でニベア台地周辺に集結中との情報は届いているらしく、王都軍は地方防衛軍も交えての合同演習がニース近辺で計画されているそうで」
「蜂起軍と交戦すれば……三国間は全面戦争に入りますね」
「アーゼナル皇国の属国筆頭であるアマテラ王国は第一王女を帝府に輿入れさせております。アーゼナルへの新技術供与に関しては表立ってはいませんが件の王女が水面下で話を通しているらしく帝府を抱えるエスエリアとは友好的な姿勢をとっておりますし、参戦とはいかなくても物資や資金面での支援、ある程度の人的増援まではあるかもです。そうなれば……」
「その大戦の果てに、この中央大陸、ダロン、エスエリア、アーゼナル、ブラッカスを統一できる真の強国が現れるでしょう。これこそが人間界を更なる高みに昇る礎になるのです」
――中央大陸を統一!?
「その時の大陸内の全通商はペンゴンさん、あなたが握るのです」
――大陸内4か国の経済を独占?
「身に余る大役ですが……本来それはあなたが立つべきなのでは?」
「私では理想が先走り過ぎて向いていないのですよ。言っては何だが、あなたのように通商の表も裏も、白い所も黒い所も知っている人が統一経済黎明期には必要なのです」
――麻薬……暗黒街や裏市場の掌握か……
「フフ……平民のちっぽけな商人風情と鼻で笑ってくれていた豪商どもを顎で命令出来る立場に立てるとは……」
「私は先代、先々代の踏ん張りで今の立ち位置があるのですが、あなたは一代でここまで昇りつめなさった」
「豪商のパシリから始まり、平民を見下す豪商たちの靴を舐める思いをしながらパラモン商会の大番頭までなりましたが……トップには立てませんでした」
「ハッキリ言わせていただければ、過保護で育てられた現パラモン会長よりあなたの方がトップの位置にふさわしいと思うんですが」
「ありがとうございます。まあ、落ちぶれたとは言え、ご生母は貴族の血筋ですからねぇ。色々下らない縛りがあるようで……ところで会頭はこの後はやはり政に専念なされるわけで?」
「いや、それも向いていないでしょう。でも表に出ずに裏で意見など出来れば……とは思ってますが」
「やはりブラッカスの新国王を推されますか?」
「出来ればミカド様に表に立っていただきたいのですが……天界や魔界がそれをさせないでしょう。今はまだ、その二界と争う時ではありません」
「帝府の五人衆は魔力、知力、身体、その実力が飛び抜けておりますからなぁ。ですから自らを傍観者と位置付けていなさる」
「逆に人間同士の紛争には手を出さない……いや、出せないと言う事が我らには好都合でした。魔素異変から続いた魔界天界に管理されての不自然な人間界の発展。各国の足並みをそろえることで対外的な戦争は起こりませんでしたが、その分、国内ではそのツケを回される人々が出て来てしまった」
――ツケ? あたしやタラの村人のように?
「我々人類は天界や魔界の管理を離れて本来の、戦いながらの自然な発展に戻るべきなのです」
――え!? どゆこと!? 戦うのが自然だっていうの? ええ!?
「ところで、エウロパ大臣方はあの部屋のままで?」
「目の届くところで保護させていただきたいですからね。いや、あなたの結界師としての魔力は大したものですねぇ。いまだに帝府は大臣らの居場所を特定出来ていないようで……」
「お褒めに預かり光栄の至りですな。あの部屋は魔界で入手した魔石に結界の魔を封じ込めて全体を覆っております。あたしが解除しなければ一月は魔石が結界を維持します。目の前に来ていても出入口すら見えないでしょう。大臣にもあの青年にも魔封環を施しておりますので念話の様な高度な魔法はもちろん、生活魔法すらも封じられております」
「女性を拉致監禁とは胸が痛みますが今回の件、帝府の方々には出張って来て欲しくはない。これは人間界の人間の手によって成さねばなりません」
「そうですな。さて、あたしは一足先に明日朝一番でガーランの本店へ戻ります。現場の状況は念話師が伝えてくれますしな」
「私も明日の商談が終わり次第戻ります。我々が過激派集団にテコ入れしているのは官憲にも薄々気づかれていますからね。計画発動中は遠くにいた方がよろしいでしょう」
「それでは、今宵はこれで引き揚げましょうか」
マシャルとペンゴンは頷き合うと二人は倉庫事務所から降りて、マシャルは馬車に乗り込み倉庫を後にした。
「欲の無い方ですねぇ。世界の商いの七割を手に出来ると言うのに人間界の未来を優先なさるとは……あっしには真似出来ねぇですねぇ」
部下の狸の獣人ラコーンがマシャルの姿勢に感嘆の言葉を漏らした。
それに対しペンゴンは、はあ~、とため息をつき、
「ラコーン、お前は人を見る目がその程度だから未だに小番頭どまりなんだぞ?」
と、あきれた口調でラコーンを諫めた。
「へ? どう言うこってす?」
「相変わらずあの男、何を考えているのか全く分からん。最初は戦争を引き起こして特需で儲けるつもりかとも思ったが、それは商工会の会員に割り振って自分の商会の取り分はほんのわずかにするつもりらしいし」
「だからそりゃあ、人間界の未来だか理想だかの……」
「商人がそんなこと考えるわけなかろう! 商工会きっての大店の会長ならば自分の店の従業員の生活維持だけでも頭の痛い問題だ。何よりそんな少ない取り分では従業員の不満が噴き出すだろうが。おまえならどうだ? ワシやパラモン会長が商工会でいい顔するためだけに取り分ワリ食って儲からん仕事ばかり回されて来たら?」
「そ、そりゃあ、まあ、俺たちの生活も考えてくれ、くらいは言わせてもらいますかねぇ?」
「商人としては考えが外れとる。それで政に手を出すってなら分からなくもないがそれもせんと言う。商いもほどほど、政もほどほど……そんな半端な地位が欲しくてこれほどの計画を立てるはずもあるまいが」
「言われて見りゃあ……そうっすね?」
「ワシに声を掛けてきた事でも、我らの店が商工会所属店中、ブラッド商会に次ぐNO2の店だからってだけではあるまい。会長が実質お飾りであり、黒市場にも精通し、何よりワシが魔族の魔導士の三世で結界魔法も扱えるから、と言う事に他あるまい」
「……大番頭の結界魔法のおかげで麻薬以外のご禁制品の密輸も全くバレねぇんですもんね? ニース市に運び込んだ爆裂粉の主剤や添加剤も大番頭が居てこそ」
「ワシの魔力が衰えたら今のパラモン商会の規模は維持できん。もしそうなっても既存の豪商どもの利権を奪えれば維持成長も出来ようとこの話に乗ったが……計画実行寸前と言うのにあの男の真意が見えん。薄気味悪い話じゃて」
「後悔してるんすか?」
「そう見えるか?」
「あ、いや……」
「だからお前はなかなか中番頭になれんと言っとるんだ」
ペンゴンはもう一度ため息をつきながらラコーンに説教した。




