重っ!
とまあ、ペロスの頭の居場所を突き止めたと言ってもそのまま乗り込んでしまっては能がない。とりあえず二人は宿屋パルサにチェックインして二階の部屋に向かった。
「シオンさん、どう? それらしい会話、聞こえる?」
「……いる! 隣の隣くらいかな? ニベア台地での展開位置っぽい話をしてる……なんだろう、なんか聞き取りにくいな。もうちょっと近寄れれば……」
「廊下に出る?」
「怪しまれるわよ。隣は空き部屋だけど鍵掛かってるし……」
そう言いながら天井を見上げるシオン。天板は60cm四方の板が野縁受けに取り付けられているように見える。
「ここしかないか。アイサ、肩車してくれない?」
天板をこじ開けようというのか、シオンは上着等を脱いで身を軽くし、匕首を取り出しながらアイサに天井までの肩車を求めた。
アイサは「了解」と快く返事するとシオンの股に首を入れてフンッ! とばかりに足腰に力を入れた。
「う、重っ!」
思わず本音を漏らすアイサ。壁に手をついて堪えるも細身のアイサとしては結構キツく感じた。
「ちょっとぉ。そういうのは思っていても口にしないのが女同士の仁義ってもんじゃないのぉ?」
小声でブー垂れながらも手を動かし、匕首の刃で極力音をたてないように天板をギリギリ浮かし、シオンは天井裏へ首を突っ込んだ。
「なんとか行けそう。アイサ、肩乗るわよ?」
天井裏に入り込むべく、アイサの肩に足をかけるシオン。若干痛むが、シオンは既に天井の壁側の野縁に手をかけているのでそれほど大した圧では無かった。
(ここからは念話で行きましょ。聞こえた話はそっちに中継するわ)
(OK、気を付けて)
天井裏の高さは良くて中腰、ほぼ四つん這いでしか動けそうになかった。だが、元王室隠密部隊『草』出身のシオンには十分だった。野縁を伝い、目標の部屋の手前まで来ると耳を澄ませる。さっきの部屋で聞き耳を立てるよりかなり鮮明に聞こえてきた。
「はい、ですから皆さま組織連合の方々にはニースに流れ込んでから、市民に紛れ込んでの遊撃行動が主となるとお考え下さい」
「我々は左翼側から展開か。正面はエトラッコとガガオが受け持つのだな?」
「人員的に余裕がございますので」
「結局友軍はどれほど集まるんだ? ニース駐屯軍は常備兵力だけで5千、予備役やら臨時徴兵すれば1万5千は居るって話だ。防御に徹した要衝を落とすには3倍の兵力がいるのが常識だ」
「攻城戦や上陸戦ともなれば更にそれ以上の兵力が必要と言われますな。しかし連合の皆さん約5百人が一般人のフリをして深くに潜行して駐屯軍の後方の撹乱が始まれば先ほどの逆で、ニース軍は千人から千5百人を皆様に向けて本隊から割かねばならなくなります。後方を脅かされればどんな強固な要塞でもひとたまりも無く混乱し陥落します。すでに連合隷下の7割ほどの方が潜入しております」
「蜂起軍は?」
「最新の情勢ですとダロン・ブラッカス両軍で7千人と言ったところでしょうか」
「とても楽に落とせる数じゃないが……例の魔界からの支援はそれほど期待できるのか?」
「そちらは当方にお任せを。彼らは真っ先に戦場に赴きニース軍の防壁を脅かし、防衛線を蹴散らすことでしょう。その直後に皆様に後方を撹乱していただければニースの牙城は落ちたも同然でございます」
「そろそろ種明かしをしてもよくはないかペンゴン? その頼もしい助っ人は魔界のどんな勢力なんだ?」
「果たしてそれは……言わねばなりませんかな? 彼の軍団は本計画の秘蔵部隊、計画発動まで秘密裏にしておきたいところですが」
「部下たちの中には屈強な傭兵団か、いや、戦闘に手練れた盗賊集団だとか銘々に想像しているのだが、当てが外れてしまうと混乱や疑心暗鬼の種にもなりかねん。不測の事態が起こってそれに対処するためにも不安定要素は摘んでおかねばなるまいが?」
「ふむ……さすがペロスの頭目にガガラの副長さん、聡明な判断と言わざるを得ませんな」
「ここまで来たら我らは一蓮托生だ。目的がエスエリア寡占派殲滅であれば我々は同じ方向を見て歩めるはず。情報を開示するか、それとも不開示に対する納得のいく説明をもらえるか、だ」
「そうですな。我らの信頼関係にも係わることです、皆様のご意見ごもっとも。では……」
ペンゴンは身を乗り出し、サブルとモッブも釣られるようにペンゴンに顔を近づける。
「魔界の魔獣を戦場に投入するのでございます」
「なに!?」
「魔獣だと!?」
――やはり……
「はい、魔獣に先陣を切らせて初手からニース防衛軍を混乱に陥らせるのでございます。槍や刀剣で武装した兵を相手にするならばともかく、安寧計画以降は魔獣被害減少の一途でありますし、その状況に慣れてしまった今の国軍。それがいきなり近辺に居るはずのない凶暴な魔界のオーク級の魔獣が集団で襲ってくれば……浮足立たせず冷静に対応できる指揮官がいるかどうか」
「オークを集団で!?」
「しかも魔界の!? 4年前の魔獣暴走の時は人間界と魔界のオークが争って人間界のオークは一撃で屠られたというぞ!? 魔妖馬や小魔牛みたいな家畜魔獣はともかく、そんなものを使役できるのか!?」
「既にあたしの魔界での取引相手がオークや牛頭鬼などを捕獲使役しております。転送魔方陣の準備も明後日の正午までには完了しますゆえ」
「だがどうやって!?」
「セロトニンという薬をご存じでしょう?」
「セロ……あの失敗薬か?」
「まあ、嗜好用麻薬としては売り物にはなりませなんだが、魔獣使役には有効でしてな。魔界の臨時牧場では薬を打たれたオークは小魔牛より大人しくしておるそうで。で、ニベア台地に転送直前、今度はプルートチンを投与します」
「なるほど……プルートチンで頭に血が上った魔獣たちが獲物を求めて暴れだすって寸法か」
「数はどれほどだ?」
「おおむね百頭」
「そんなに!?」
「内訳はオーク約50頭、牛頭鬼30頭、その他20頭。魔界のオーク相手ともなると戦闘兵は一個小隊50人ほどが必要となりますが、まあ平均して三個分隊30人としますと割かれる兵力はざっと三千人以上。そこで皆様がた組織連合500人が動き出せば先ほど申しましたように千から千五百人がそちらに向く。常備兵力のほとんどがこれで忙殺されます。徴用兵は数は多いですが後詰や兵站など後方支援に当たりますので動きは鈍いでしょう」
「予想通りに魔獣が制圧できなければ我らにも被害が及ぶ。なにより一般のニース市民にそれがあっては我らの大義が……」
「既にエスエリア抵抗組織アウロラの手によってみなさま方の使用する武器は市内へ持ち込まれておりますが、その中に煮詰めて高濃縮されたセロトニンも入っております。それを弓矢や氷矢等に仕込んで魔獣に打ち込めばたちどころに戦意を失い容易に討伐できます。効率よく魔獣を倒し、街を守れば臣民はあなたがた組織連合を市民を救った恩人として称賛することでしょう」
「一応、筋書きとしては悪くない段取りだが皮算用にならなければいいがな」
「魔獣集団の制圧自体はニース防衛軍で鎮圧できますでしょう。もしも我らの予想に反してニース軍が制圧に手古摺っても皆様方が加勢し、魔獣が制圧され疲弊したところへまったく無傷の蜂起軍7千が突入すれば結果は火を見るより明らかでしょう。いや、むしろ蜂起軍は魔獣に襲われたニースを救援に向かい臣民を救ったと言う名分すら期待できます」
「軍はニベア台地後方5km辺りで合同演習、という名目で集結しているのだったな?」
「計画が発動し、ニースの戦闘状況が機と判断されればあたしの手のものが狼煙を上げ蜂起軍に伝達します」
「念話ではないのか?」
「もちろんそれも同時に。しかし念話スキルを持たぬ一般兵には救援を求める狼煙を見せれば精神を一気に昂らせる効果があります。侵略軍としてではなく臣民の救援という大義名分が出来れば士気もこれ以上なく上がるでしょう」
「そうか。まあ軍に関してはあんたやブラッド会頭に任せるしかないからな」
――ブラッド……
「しかしエウロパ大臣母娘がニースに軟禁されているという噂は捨て置けん。帝府は各国間の格差是正に前向きだ。彼女らを守れなければ我らの大義も屋台骨を失いかねん」
「その辺はご安心を」
「軟禁場所を突き止めたのか?」
「いえ、大臣らは寡占派によって攫われたと言うのは、まあデマというと言いすぎかもしれませんが……」
「なに?」
「どういうことか?」
「いえね。寡占派による拉致・誘拐の噂は事件前より流れておりましたし、ブラッド会頭と話し合いまして、その前に大臣らを保護してはどうかと……拉致される前に我々の手で安全な所で事が終了するまで過ごして頂こうと」
「やっぱり寡占派の仕業と言うのはデマではないか!」
「しかしながら我らが保護していなければそれがデマにならなかったのでは? というのは容易に想像が出来るというものでございましょう? 実際に寡占派が傭兵ギルドと接触していたという情報もあります。ブラッカスの血の即位式が寡占派による自作自演であった可能性もいまだ否定されておりません。大臣らが寡占派の手に落ちていたら、もしくはその可能性を引き摺りながらではこの計画そのものが瓦解しかねませんぞ?」
「そりゃ、その可能性はなくもないが……」
「帝府の方々にご心配をおかけするのは本意ではありませんが……計画を成功させるには寡占派による拉致という噂は利用できると判断しました」
(よく言うよ。帝府に手を出させないための人質のくせに)
(噂を流したのもおそらくペンゴン一味でしょうね)
アイサらとは持っている情報量が違うと言う事もあってか、若干の引っ掛かりはあるもののサブルとモッブはペンゴンの説明に納得したようだ。
「計画発動は明後日の夕方だ。俺たちも明日、早朝に出発してそれまでにニース入りを目指す」
「首尾よく事が運べば計画発動の翌朝には結果が出ましょう。その後、エスエリアに技術独占の放棄を確約させられれば成功です」
「そうだな……ではこれが最終的な段取りということで」
「ああ、我々も計画通り明日早朝から動く事とする。ペンゴン、軍と魔界に関してはそちらに任せるからな。よろしく頼む」
「心して」
「じゃあ、俺は宿に戻るぜ。モッブ、ニースではよろしくな」
「ああ、お互いに」
夜の挨拶をすませ、は部屋を出て行った。
「さて、あたしもお暇致しますかな。ああ、モッブさん?」
「ん?」
「新商品が届きました。サブル今までと同じ効用でより安価に出来る品だそうですよ。お試しとして少々お持ちしましたので、市場の反応を試して頂ければ……」
「お、話に出てたアレか?」
「煙草に混ぜなくとも、鼻から直接吸引出来るそうなので、より気軽な用法で嗜好できそうですよ?」
「わかった。試してみよう」
ペンゴンは新商品とやらが入っていると思しき小瓶をモッブに渡し「今後とも良しなに」とそのまま部屋を後にした。




