首
「アイサ?」
再度、良二に促されたアイサは我に返って答え始めた。
「ああ……ええ、ガーランでのカルロの攻撃……あの時に酷似していたのは確かよ。吸わされた魔封粉には弛緩剤も入っていたらしいから、体の動きもかなり封じられていたわ。それに加えて催眠剤も添加されていたとしたら、すぐに無力化されていたでしょうね」
「どうやら裏で糸を引いているのは同じ連中と判断して良さそうですね。メア? 麻薬絡みでドン・ロンドとお会いしたそうですが何か仰ってましたか?」
「はい殿下。王都三大ファミリーは麻薬の売人等は見つけ次第捕まえて薬は全て破棄させるという協定を結んでいるそうです。で、その麻薬の仕入れ先と言うのがやはりダロンやブラッカスのルートだそうで両方を仕切っているのはパラモン商会だとのこと」
相変わらず、フィリアに対してはしっかりメイドモードが抜けきらないメアであった。
「じゃあ、そこを攻めればいいじゃん」
「そう簡単にはいかないよ美月。今のところ状況証拠ばかりで物証が何もない。ところで沢田くん、まだシーナたちは見つからないかい?」
「……だめですね。エミーやレイさんの気配も感じられません。僕の天眼はまだ使い始めて半年もたってないし、ライラさんでも見つけられないとなると僕では……」
「いや、人間界で天眼を使えるのは全ての魔法属性を持つ君だけだし、引き続いて探してくれ」
「三人とも一緒にいる、と思いたいところね」
容子の言葉にアイサもそうあってほしいと思った。人質として攫ったのなら三人の中ではレイが一番その値打ちが低い。始末されるとしたら真っ先にレイが選ばれるのは想像に難くない。
「しかし誘拐の目的は何だ? 反体制組織や蜂起軍としては今回の技術供与や留学生受け入れは彼らの主張に沿っているものと考えるが?」
「確かに、エスエリアとの技術格差が無くなると困る、と言うのででも無ければこんな所業は無いはず」
「犯行声明なり、要求なりが来ればその辺りも分かって来るんだが……ん?」
ホーラとフィリアが連中の動機を考察している途中だが、二人の視線が部屋の扉を向いたのでアイサも釣られてそちらを見た。なんだか廊下が騒がしく感じる。
「ひ!」
シオンの小さな悲鳴が聞こえたアイサは今度は彼女を見た。
元々今回の失態に落ち込んだ表情をしっぱなしだったシオンだったが、廊下の音? 声? が聞こえたのか一気に涙目になり、隣に座るフィリアに縋る様に身を寄せた。
シオンの耳なら外で何が起こっているかは分かっているのだろう。彼女が今、一番恐れている事、それはアイサにも容易に想像できる。それに関しては自分も他人ごとではない、むしろ同罪だ。
バアァーン!
耳を覆いたくなるほどの凄まじい音と共に、応接室の扉は蝶番が悲鳴を上げそうなほどの勢いで壁まで一気に開かれた。
「ホーラぁ!」
予想通りであった。怒髪衝天を絵に描いた、などと言う言葉も生易しいほどの形相の誠一が乱入である。
よくよく見れば、ラーが「お待ち下さい! どうか落ち着いてくださいまし!」と懇願しながら腰にしがみついていた。しかし誠一はお構いなしにラーを引き摺りここまで来たようだ。
アイラオによって眠らされたはずだがよほど激昂していたせいか、もう目を覚ましたらしい。妻と最愛の愛娘を誘拐されたとなればさもありなん。
「もう目覚めたか。黒王も腕が鈍ったか、それとも手心を加えたか?」
「ホーラ! 外せ! この魔封環を今すぐ外せ!」
見ると誠一の両手首にはアイサもエトラッコのアジトでやられたのと同様の魔封環が嵌められていた。
「夜王、黒王はどうした。なぜ再度眠らせん?」
「申し訳ありません、ホーラさま。セイイチさまが枕の下に魔石粉を使った魔力に頼らぬ豪雷(スタングレネードの類)を隠されてまして……アイラオは逆に目を回されてしまって伸びております」
フーッ! ホーラは周りに響くほどのデカい溜め息をついた。
「全く貴公は! 詰まらんモノを次から次へとコソコソ作りおって!」
「やかましい! 早く外せ!」
「却下だ。まずは百回深呼吸して気を落ち着かせろ」
「御託はいい! さっさと外せ! さもないと!」
「外して何とする? ダロンに殴り込むか? 敵の姿も場所もはっきりせん内に何をどうするつもりなのだ? だから、頭を冷やせと言っておるのだ」
「ホーラ!」
「黒さん!」
良二が割って入った。
「黒さん。俺も今じゃ子を持つ親の身だ、黒さんの気持ちは痛いほどわかる。でもだからこそ焦っちゃダメだろう!」
「おう? 若僧が言うようになったな、おい!」
「黒さん! ホーラさまや良さんの言う通りだって! まずは犯人を突き止めないと!」
美月も抑えに回った。と言うか誠一を黙らせないと話が先に進みそうにない。
「申し訳ございません!」
部屋内の全員の耳を劈く、叫びとも言える甲高い、そして涙声での謝罪の言葉が飛んだ。
「シオンさん……」
声はシオンのものだった。アイサと誠一の中間で床に這い蹲って土下座しながらの謝罪であった。
「此度の不始末、全ては私の不徳の致すところでございます! 敵を侮り、陽動であることも見抜けず、奥さまとお子様を守り切れなかった責めは全て私にございます! 例えこの首差し出しても、とても足りぬ事とは思いますがせめて、せめて……」
シオンは腰に吊っていた剣を手前に差し出して再度、床に額をこすりつけるほどに頭を下げた。
自分の首で少しでも溜飲を下げてくれとでも言いたげな土下座である。
「ごめんなさい、元帥!」
これにはアイサとしても黙っているわけにはいかない。
「元帥に念を押されて頼まれていたのに、あたしもレイも役立たずで、まんまと大臣とエミーちゃんを攫われて! 不穏分子のあたしたちなのに、あれほど散々お世話になっていたのに期待を裏切ってしまって……ごめんなさい! ホントにごめんなさい!」
アイサも頭を下げた。シオンのように土下座まではしなかったが、くの字以上に頭を下げて誠一に詫びた。
誠一はそんな二人を一瞥するとシオンに近づき、胸ぐらを掴んで立ち上がらせた。
抵抗する術を持たないシオンは涙をポロポロ零し始めていた。
小所帯で家庭的であろうとも、彼女は帝府を支える官僚の一人。しかもエスエリア王室隠密部隊経験者である事も買われてシーナのセキュリティサービスも兼ねている立場であり、軽々しく涙など見せるべきでは無いのだが……
気の緩んだ時にシオンがアイサにも見せた、誠一に気を魅かれているのか? と言う感情。その彼の期待を裏切ってしまった思いが、彼女の涙腺を更に緩ませてしまったのであろうか?
そんな事に気をかける場合ではないとは思うものの、つい数時間前のあの出来事が何故かアイサの脳裏を過った。
「……ふざけるな」
「……」
「お前の首飛ばして誰が得をする? エミーたちを攫ったクソどもだけだろうが。これからシーナやエミーを救出するには王室隠密だったお前のスキルが必要だ」
そう言うと誠一はシオンの頬を少し張る様にペチっと顔を抱えた。
「命を投げ出す事では何の責任も取れん。何より、常に身近で守ってくれていたシーナやエミーが哀しむ」
「……はい」
「汚名返上を訴えるならともかく、二度とさっきみたいな――命でケリを付けようなんて事は言わないでくれ。これは命令じゃない。俺からのお願いだ」
「元帥……」
「いいな?」
シオンは頷いた。頷いて誠一の胸に顔を預けて嗚咽を漏らした。
「すまんなアイサ」
「え?」
「君たち二人を思わぬ形で巻き込んでしまった。レイが攫われたのは俺の責任だ。申し訳ない」
予想もしていなかった誠一からの謝罪に、アイサは首を横に振る事で答えた。第三者から見れば御相子と言えそうな事なのだが、賊にしてやられたのは自分らの力量不足であるのには間違いない。
「みんなにも詫びる。歳甲斐もなく頭に血が昇って心無い事を言ってしまった。許してほしい」
誠一は良二やホーラらに頭を下げた。
「さっきも言ったろ? 気持ちは分かるってさ。気にしないで」
良二も笑って答えた。
「血圧も下がったようだな。じゃあ本題に入ろうか」
そう言いながらホーラは魔封環のカギを誠一に放った。
椅子に戻り、アイサらは仕切り直しで本件の検討を再開した。
「動機……ですよね?」
「状況としては帝府に対する宣戦布告よね」
「それなら迎賓館ごと焼き討ちにするとか、誘拐なんて面倒な事せずに殺害の方が手取り早いんじゃない?」
「人質にとると言う事は帝府の動きを牽制するためと言った方がしっくりくるわね」
「こちらに何の要求も無ければ『手を出すな』と言う警告と取れるな」
「じゃあそれは何に対して『手を出すな』なのかしら?」
「当然、これから起こる事に対してであろうな」
「ダロンとブラッカスの蜂起、更に言えばニースへの侵攻・侵略……」
「黒幕は戦争を望んでいると言う事か? それでは技術格差是正云々は主目的ではなくなるが」
「商人たちの特需狙い……にしてはちょっとな。軍需に関しては中央と繋がっている豪商が絡むはずだが彼らはむしろ技術供与の方に興味津々……ん?」
(ご報告します将軍!)
「ソーンか? 何か進展があったか?」
(はい、まだ途中経過ではありますが賊軍の指導者は『エスエリアの財界の、ある人物に買収された』と証言しているようです)
「エスエリアが? 確かか?」
(まだ第一報ですので例えばエスエリア財界の、どこの誰それに言われたか等はまだ……。今の段階では偽証の可能性も否定できないとクレスト少尉も仰ってます)
「わかった。また何かあったら報告してくれ」
(は!)
良二は念話を終えた。今の報告は良二が中継し、ここにいる全ての耳に入っていた。
「……と言うこじ付けでニース侵攻を正当化するシナリオか?」
「ホーラ様の言う通り、これがこじつけならシーナたちの誘拐もエスエリアの寡占派の仕業だと言い出すのかな?」
「あの二人は寡占派によってニースに拉致されている、技術格差解消の実現と帝府要人の救出のためニースに侵攻……こんなところではないか?」
「エスエリア財界には寡占派の不満もあるのはあるが、王室までが仲裁して、復興なったこれからは自国優先からの脱却を了承しているのに」
「実際はダロン以前に、ブラッカスとは即位式後に協議されるはずだったのを、あのテロ活動で延期になっただけです。ダロンとの交渉後に改めて行うはずでした」
「フィリアさん危なかったよね~」
美月の労いに「肝を冷やしましたわ~」と答えるフィリア。
「にしても偽旗作戦なんてベタ過ぎじゃない?」
「我の知る限り多少の小競り合いはあっても、長らく対外戦争の無かったアデスの人間界では有効ではないか? 特に何も知らん蜂起軍の一般兵たちは正義は我らに有り! と士気も上がるだろう」
「逆にエスエリア側は困惑して士気も下がりそうだな。ただ、それだけで両軍のパワーバランスが覆るほどでも無いんじゃないかな」
「そこで魔界の介入か……ラー、何か掴めなかったか?」
「はい。相変わらず軍や各分野のギルドでも人員等を大量に人間界に送ろうと言う動きは有りません。小さいグループが一度に集結して、と言う方法も考えられますが今のところギルド所属の人員の稼働率は高く、可能性は低いとのこと」
「以前言われてた野盗の類はどうっすか?」
「そちらは掌握しきってはいませんが、自分の縄張りを離れて且つ、他所の野盗たちとの共同作戦など、よほど勝ち味が無ければ考えにくいかと?」
「麻薬の線はどうです? セロトロンでしたっけ?」
「はい陛下。アイラオが調べていたのですが……今は豪雷の衝撃で伸びてしまっているので……」
部屋中のジト目が誠一に集中した。




