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失態

「黒さん、落ち着いた?」

「落ち着くわけが無いだろう。アイラオ(黒王)が強制的に眠らせたわ。放っておいたらダロンもブラッカスも焼き尽くしかねない勢いだったからな」

 帝府官舎内応接室で、やれやれと言いたげな表情でソファに腰かけながらホーラは良二に答えた。

 応接室にはシーナ母娘の誘拐を聞いて非常呼集がかけられ、狂乱した誠一を除く日本人とホーラやフィリア、メアら帝府中枢と現場から戻ったシオン、そしてアイサが集まっている。

「まあエミーちゃんへの溺愛ぶりからしてあの反応も想像の範囲内ではあるけどねぇ」

 同じくやれやれと言った感じで美月が零す。

「何が想像の範囲内よ。そりゃ隊長が怒り狂うのはわかるけど、いきなり現場乗り込んで賊軍に噛んだ連中の首、全員まとめて刎ねてやるってカチコミ掛けようとしたでしょ? いくら犯罪者って言っても裁判も抜きに国軍の兵士にそんな事したら戦争仕掛けるようなもんじゃない!」

「そうは言いますけどヨウコさん! あたしもクロさんと同じ気持ちっすよ! どこの馬の骨か知らねっすけどシーナやエミーに傷一つでも付けたら!」

「落ち着けメア! 我としても気持ちは同じだ。だが、だからこそ感情に任せてはならん。とにかく二人の居場所と(さら)った下手人の特定を進めるのが最優先だ」

「ライラにも連絡して天眼で探してもらってるんだが、残念ながら見つかっていない。4年前に前ミカドがウドラ峡谷に潜伏した時と同じ感覚らしい」

「魔素の澱みを再現する様な攪乱結界、と言う訳ですか……12神や8魔王方ならわかりますがホーラさま、人間や魔界の一般人にそんなスキルを持つ者が居るのでしょうか?」

「ミカド陛下の仰るように自身の魔力だけでメーテオール猊下やライラ陛下の天眼をも欺く結界を張るのは我らと同様の魔力持ちでないと難しいであろうな。ただ、最近になって特定の魔石や魔素を多く含む麻薬の類で魔力の底上げを行う事例があちこちで散見されておる。結界師自体は昔からいたわけだから、まあその辺が一番怪しいな」

「随分、薬が絡んできてるわね。良くん、現場で採取した粉末は?」

「フェイが研究室に泊まってたから、預けて来た。今、分析してくれている。だけど状況から察するに以前アイサがやられた方法に酷似しているな。どうだい?」

 話を振られたアイサ。しかしアイサは、今のこの結果を引き起こしてしまった自分の甘さを引き摺っていた。



 迎賓館の玄関でアイサとシオンはレイともシーナとも念話が通じなかった事に、二人はパニクり寸前の形相で二階へ駆けあがった。

 してやられた! いやな予感しかしない!

 そう思いながら階段を上りきり部屋の廊下に出た瞬間目に入った倒れている二人のメイド。当たらなくてもいい予感が的中した。

「レイ! 大臣!」

 ほぼ絶望的な状況ではあったがアイサは叫ばずにはいられなかった。

「シーナ! エミー!」

 シオンも叫ぶ。しかし二人の叫びは当然のごとく、虚しく響くだけであった。

 無造作に捲られたベッドのシーツ。床に落ちているレイの太刀。シーナの短剣。

 シオンは頭を抱えていた。まんまと敵の手管に嵌まってしまっての落ち込み感がハンパない。

「……将軍、お休みのところと思われますが、非常事態です」

(シオンか? 何があった?)

「申し訳ありません! シーナとエミー、そしてレイも行方不明です!」

(なんだと!? 黒さんには……あ、ラーさんの結界か……すぐに行く、現場を保存しろ!)

 そうシオンと良二が念話する横でアイサはレイの太刀を拾った。

 ――粉?

 レイの太刀には手に取ってすぐわかる程度の粉末が掛かっていた。即座にアイサの脳裏にカルロに喰らった魔封粉の記憶が蘇り、手で鼻と口を覆った。

 同じく転がっていた太刀の鞘を見た。

 ――鞘には全体的に粉がかかっている。抜いてから粉を掛けられたわけね。

 辺りを更に見回す。上を見ると一か所、天板が外れている。

 どれほどの勢い、方向へ外されたかは不明だが真下には落ちていない。その代わりに真下には上から降りて来たであろう賊の足跡が撒かれた粉を吹き飛ばす形でかすかに残っている。

 ――レイ……

「次官殿! どうされましたか!? こ、これは一体……」

 一階に詰めていた選抜帝府軍のうちの二名、ソーンとライムが様子を見に来た。扉前で倒れているメイドと部屋内にはシーナの姿がどこにも見えない事に尋常ならざる事態を感じている。

「現場の状況を保存します、キジマ将軍が来られるまでこの部屋には入らないで! 外の二人を介抱して!」

 は! 答えた兵はそのままメイド二人の様子を伺い始めた。

と、その時、良二が単独で転移してきた。

 良二はほとんど部屋着に近かった。水剣の柄だけは携帯していたが、とにかく迅速さを第一にしたのだろう。

「……拉致、誘拐の類か……」

 良二は瞬時に判断し、ちっ! と舌打ちした。

「将軍、賊は三人よ」

「分かるのかアイサ?」

 聞きながら自身も辺りを見回してみる。

「ふむ、足跡か……真上から一人、扉から二人、入って来ているな。そのあと三人分がベッドから扉に向かって……」

 足跡を追う良二。

「玄関への逆の階段方向に向かったか。ソーン、粉を纏った足跡が見えるか? 追いかけてみてくれ。負傷者は俺が看る」

 帝府兵の一人、ソーンが良二の指示に、は! と返事をして、即座に身を屈めながら足跡を追っていった。

 良二が倒れているメイドの様子を見ると、目立った外傷、出血等は無く眠っているだけに見えた。取り敢えず抱きかかえベッドに移す。残ったライムも良二に倣い、二人目のメイドを担いでベッドに移動させた。

「あの……元帥は……」

 震える声で聞くシオン。

「ラーさんと一緒だから結界を張っていると思う。念話も遮っているだろう。言っちゃなんだが俺に最初に連絡してくれたのは正解だ。黒さんが知ったら怒り狂って何をしでかしたか分からないからなぁ」

「で、でも、いずれはお耳に……この不始末、何とお詫びすれば……」

 容子をしてバカ親と言わしめるほどのエミーに対する誠一の溺愛ぶりはアイサも目の当たりにしている。確かに、自分も含めてどんな仕置きを受けるか?

「その前に帝府に戻ろう。アイサ、散らばっている粉末をいくらか回収してくれ。研究室で分析してみる。吸い込まないように気を付けろよ? シオン、負傷者も連れて帰るぞ、用意しろ」

「将軍!」

 足跡を追っていたソーンが戻って来た。

「足跡は裏口や、その近くの窓辺りで消えておりました。その後の足取りは雑草も多く残念ながら……」

「裏口にも警備兵は居ただろう? どうなってる?」

「外で二人ほどがメイド同様に眠らされておりました。他はおそらく前庭の賊軍の増援に回ったものと……」

 転移するためにメイドの身体を寄せていた良二は、彼女らにも床にまかれているものと同様の粉が掛かっていることに気付く。

「かなり強力な催眠薬かそれに類する物か……よし、俺たちはメイドたちの治療と、この粉の分析のために一度帝府に戻る。ソーンたちは引き続きここに残り、ダロン側の者に対応しておいてくれ。何かあったら念話で、まずは俺に一報を寄こせ、いいな?」

「は、了解であります!」

「アイサ、粉末は?」

 アイサは太刀の刀身や鞘に降りかかった分を中心に掻き集めて、テーブル上にあったティーカップに入れていた。

「ティースプーンに軽く半分程度だけど……少ないかな?」

「十分だ。よし、転移するぞ。シオン、アイサ、俺に掴まれ」

 アイサは二人のメイドを抱える良二の右腕に掴った。シオンも左腕に掴ると、良二は帝府へ転移した。

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