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攻防

 一階に到着すると玄関の扉は当然のごとく施錠され、上下二か所に(かんぬき)もかけられていた。

 アイサは到着するとすぐに扉を凍らせ、他の窓も偵察用に残した一か所を除いて同様に凍らせて行った。

 対侵入者防御優先、籠城の様相ではあるがこちら側としては打って出る必要はない。

 迎賓館警衛兵の1/3以上が反旗を翻した、と言うならばともかく数的には大した事は無いはず。

 実際に攻め手の攻撃は魔法攻撃や爆裂筒によって迎賓館近くまで及んではいるものの、玄関前に陣取る警備兵を突破できず誰一人とも館には取り付けていない。

 しかも今は爆裂筒による攻撃は止まっており、火球等の攻撃魔法が届いてくる程度だ。

 このままの状況を維持出来れば他の王宮敷地内外からの増援が到着すれば立ちどころに制圧されるだろう。それまで持たせればよい。

「様子はどう? 押されてる?」

「今は賊軍の勢いが鈍ってきました。爆裂筒を使い果たしたのか、今は歩兵と魔法攻撃の通常攻撃だけです。宮殿警衛兵らの増援が来ればこのまま制圧も時間の問題でしょう」

 アイサに尋ねられた帝府軍から選抜された三人のうちの一人が、凍らせず偵察のために残された窓から外を確認して答えた。

「……そうね、現状は膠着状態に入ったかしら? 攻め手の速度が停滞してるみたい。ん~、でも双方装備が同じだから動く音も似たようなもんね~。賊軍がどれだけいるかは音だけじゃ正確にわからないな~」

「情報次官殿!」

 迎賓館の護衛として王室より派遣された近衛兵選抜隊々長クレスト少尉がその180cmに届こうかと言う強靭な体をくの字に曲げてシオンに深く頭を下げた。

「このような事態となりダロン王国近衛隊の私としましても誠に遺憾に存じます。我が国軍からこのような賊軍が出て賓客たる帝府の大臣に刃を向けようなどとは、全く以って面目次第もございません!」

「少尉のお気持ちはお受けいたしますが、あなたの責任ではありませんわ。どうかお顔をお上げくださいな」

「は、寛大なお心遣い感謝の極みにございます。しかし、此度のエウロパ大臣のご訪問の目的・主旨は本日警備に当たっている者ならば大抵は行き届いているはず。エスエリア王国王都の復興も落ち着きを見せた現在、他国との技術格差を無くして各国平等に商工活動が出来る様にとの今回の交渉。王室、行政府、軍や臣民に至るまで歓迎するべき事であると考えますが彼らは何をもって反旗を翻したのか、些か解せません」

「どんなことをしても反対する勢力は出てくるものですわ。とは言うものの軍に潜入、若しくは同調者を募ってこのような工作をするとなるとそれなりの原動力が必要であるとも思われます。技術供与にこれほどの明確な意思をもって反対する、その思惑とは何でしょうね?」

「我らの思いが及ばない何か、でしょうか? どう思うかねブラウン軍曹。若手や一般徴用兵たちにそんな話があったかね?」

「はあ。まあ、来訪されたのが王族貴族に匹敵する帝府の要人ですので、その生活ぶり等にやっかみの声は多少はありましたが、技術供与されて困る手合いと言うのは自分も聞いたことがありません」

 クレストに一般兵の様子を聞かれた副官のブラウン上級軍曹が答えた。年配、と言うにはちょっと手前の古参兵然とした年季の入った犬系獣人だ。身長はアイサと同程度の165cm程度か。

 その古参兵は耳をピクピクッとさせながら窓に近づき前庭を注視し始めた。

「……騒乱が収まり始めました。増援が到着したみたいで、賊軍が投降し始めている様子です」

 ブラウンの報告にシオンも耳を澄ませる。

「……その様ですね。武器を次々手放しているのが聞こえます」

「ふうむ。当館に被害が及ぶ前に制圧できたのは幸いでしたな。まあ、明日からでも賊軍を締め上げて動機を探る事になると思われますが」

「その辺りは王国軍にお任せですね。ですが動機がハッキリすればこちらとしてもぜひ知りたいことでもありますので、少尉、その時はぜひ」

「はい、事の次第が判明次第ご報告があるものと思います」

「宜しくお願いします。ただの反対アピールにしては今回の騒乱は妙に感じますし」

「確かに妙ね……」

 アイサも窓の外を見ながらこの騒動に違和感を感じた。

「何、アイサ? あなたも何か引っ掛ることでもあるのかな?」

 シオンはアイサに近づいた。次いで小声で、

「こういう言い方はイヤかもしれないけど、あちら側にいた者としての意見なら聞いておきたいところなんだけど?」

と若干意地悪な言い方で聞いてきた。

 アイサとしてはシオンの言い回しにちょっと抵抗は感じたがそれも今は後回し。

「あたしたちもシュナイザーでは欺瞞、ていうか偽装して侵入してテロ活動するってのは、まあ常套手段なんだけどタイミングがおかしくてね」

「そうね、あたしも引っ掛るとすればそこかな?」

「迎賓館を襲撃して破壊するにも、占拠するにも、大臣を拉致するかあるいは殺害するにしても……もっと迎賓館に近づいてから行動を開始するのがセオリーよね。せっかく正規警備兵と装備が同じで見分けがつかないんだから出来る限り近付いてから一斉に襲撃する、とかでないとどの目的にも合致しない。これじゃあ……」

「そう、敢えて合致する目的をこじつけるなら、遠巻きに騒いであたしたちに対応させるくらいしか……」

 ここでアイサは全身がザワッとする悪寒に包まれた。思わずシオンの目を見る。

 シオンもまた同様で、アイサの目に視線を合わせて来た。

「レイ、聞こえる! 表の賊は陽動だわ! そちらの方はどう!? 大臣の部屋に変わりは!?」

「シーナ、無事!? 今からそちらに戻るわ! 索敵を厳にして……シーナ? シーナ!?」

 二人は部屋にこもるレイやシーナに念話を送った。しかし、返信は無かった。



 時間は十数分遡る。アイサとシオンが侵入者に対応するため館の玄関に向かった直後。

 レイは窓から外の様子を伺うも探照球による一方向からの光だけではやはり正確に状況を把握するのは難しかった。

 おまけに正規軍も賊軍も外観も装備も同じであるから余計に彼我の区別がつかない。

(分かりにくいなぁ。連中はどうやって敵味方を区別してるんだろう?)

「目立たないところに目印でも着けているのでしょうか? だとすると鎮圧部隊の方が不利ですね。しかしこちらに迫る兵の動きが緩やか、と言いますか減速している様子です。爆裂筒も鳴りを潜めましたし、攻め手の勢いが落ちているのでしょうか? 増援も続々向かって来ていますし、この館には取り付けずに鎮圧されるかもしれませんね」

(じゃあアイサたちが会敵することも無いのかな?)

「先輩……シオンやアイサさんたちの動きに慌ただしさはありませんね。玄関外の警備軍にも乱れは無くなりました」

(鎮圧軍が押し返しているのかな? そういや爆裂筒や魔法攻撃も収まって来てますね)

「元々攻撃魔法使いが少ないのか、魔力切れか……とにかく賊軍の勢いが落ちていますね。

このまま鎮圧されるといいのです、が……」

(うん? 大臣、どうかなさいしたか?)

 何か変化を感じたのか、眉をしかめるシーナにレイが尋ねる。

(大臣?)

「す、すべての気配が消えてしまいました! 外の警備兵も玄関の先輩たちの動向も全く感じません!」

(え!? そ、それって、どういう事ですか!?)

「先輩! 聞こえますか? 先輩!」

 シーナが恐らくは念話でシオンを呼び出しているようだ。だが彼女の表情を見るに応答は無さそうである。

(アイサ! 玄関に居るの!? 大臣が全ての気配が消えたと言ってるんだけど! アイサ? アイサ!)

 自分も同様だ。アイサとの念話が繋がらない。

(一体、みんなどうしたんだ……)

「いえ、違います!」

(え?)

「先輩たちが消えたんじゃありません。私たちが消されたんです!」

(ど、どういうこと!? 俺たちはこの部屋からは一歩も……)

「結界です! 誰かがこの部屋に結界を張ったんですわ! 音も、地磁気も、魔法も通さない攪乱結界と思われます! 念話も私の索敵能力も無力化されました!」

(そ、そんな技が? くそ!)

 レイは太刀を抜き、シーナとベッドで再び寝息を立てているエミーのそばに寄り添った。

「これほどの攪乱結界……まるで天界のテクナール様みたいな……」

 シーナもベッドの下に隠してあった2本の短剣を引っ張り出す。

「外の騒乱は陽動ですわ! 本命は私共の拉致か殺害か!?」

 バタッ! バタッ!

 扉の向こうで何かが倒れる音が二つ。

 ――来た!

 外のメイドが倒されたと確信したレイはベッドと扉の中間に立った。

 結界を張りめぐらせ、外の護衛は無力化。バルコニーへの扉や窓はアイサが凍結させてしまっていて、正に袋のネズミ。逆に敵は小細工する必要はない、堂々と正面から来るはず。

 レイは扉のドアノブに神経を集中した。

 シーナもベッドの前で剣を構える。

 チキッ

 外側で僅かに誰かがドアノブに手を掛ける音が聞こえた。

(来ます! 大臣、この距離でも敵が何人かわかりませんか!?)

(結界は室内全域を覆っているようです。残念ながら気配も読めません!)

 ギリギリギリ……

 ドアノブがゆっくり回される。

 ――おそらく……回り切った瞬間に全速で開けられ、賊が突入してくる。その瞬間に一人か、それ以上かで対処を変えなければならない。

 複数であれば不本意ながらシーナの二刀流の腕前に期待せざるを得ない。レイは己の熟練不足を今ほど歯がゆく思った事は無かった。

 とレイがわずかに逡巡しているとドアノブは回り切り、

ガチャ!

扉が開き始めた。

 レイが全神経を扉に向けたと同時に、

バンッ!

大きな木の板が弾けたような破裂音がレイの耳に響いた。

「な!」

 だがその音は扉ではなく天井からのものだった。天井中央の天板が弾け飛び、レイとシーナの中間目指して落下して来た。

(くそ! 扉も陽動か!)

 天井に開いた穴を睨むレイ。そこから二つの丸い玉がレイは勿論、シーナにもに投げつけられた。

 ――まさか、爆裂筒!?

 大きさは直径5~6cmほど。野球のボールよりちょっと小さい程度。レイは扉の向こう側も注意しつつ、投げられた玉を太刀で斬り払った。

 バサァッ!

 玉は見事に両断された。導火線もなく、どうやら爆裂筒の類では無さそうだ。

 しかし、切った玉の中からは夥しい粉末が飛び散りレイの全身を覆った。

 シーナも同様に投げられた玉を斬ってしまい、ベッドのエミーも含め、中の粉末をまともに浴びた。

 更に次いで、

バン!

と扉が全開され、またしても同じ球がレイに投げつけられた。

 ――これは!?

 イヤな予感が走った。

 レイは、今度は刃を翻して峰で玉をはじき飛ばした。

「レイさん! 息を止めて! この粉、吸っちゃ……ダ、メ……」

 後ろでシーナが粉末の異常をレイに訴えた。だがその本人は既に膝をつき、そのまま転倒してしまった。

「大、臣!」

 レイはシーナに駆け寄ろうとした。

 ――え? あ、足……

 足が動かない、と言うか前に出せない。レイもシーナと同じく転倒してしまった。

 ――足、だけ、じゃない。体中、動か、な……

 起き上がろうとするも、足も腕もレイの命令を聞かなくなっていた。おまけに瞼も閉じ始める。

 ――ね、眠い……ア、アイサが、カルロに……やられ、た、魔封粉の類……か……

 閉じかけの目でレイはシーナを見た。

 彼女もまた自分と同じように眠りに入っていた。

 レイはそれでも懸命に睡魔と戦った。

 まんまと敵の手管に嵌まってしまった。このままで終われようか! まだ動く口で唇を懸命に噛んで睡魔を追い払おうとするが、ほぼ無駄な抵抗だった。唇から血が滲むほど噛んでいた力もどんどん抜けていき、それも叶わなくなった。

 最後に残ったのは耳だけだった。

「何とかうまくいきましたな」

 賊の声が聞こえる。

「女子供相手じゃったが二段構えは正解だったかのう。こやつ二投めの玉は峰に切り替えて弾きよった。ガキのわりにカンは働くようじゃな。ま、最初にそのカンが働かなかったのは若さゆえかの。ふぇっふぇっふぇっ」

「唇を噛んでいます。最後まで睡魔に抵抗してましたね。ガキのくせに根性は有りそうだ。ところでこのガキも一緒に?」

「顔を見られとる可能性もある。帝府のお気に入りの様じゃし、(しち)としては有効じゃろ」

「おい、そろそろ外も限界だ。予想通り裏はガラ空きになってるから今のうちに」

 ――三人? こうも簡単に侵入を許すとは……

 レイの記憶はそこで途切れた。

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