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エミーちゃんはおねむ

 寝られるかと思っていたがいつのまにか寝入っていたようだ。

 アイサは足音で目が覚めた。

 誰が入って来たのかと確認しながら時計にも目を向ける。只今午前2時5分ほど前。

 足音の主はレイ。不寝番の交代かと思ったが彼はアイサの寝るベッドを無視してバルコニーの戸を開けようと手を掛けていた。

「どうしたの?」

(あ、起こしちゃった?)

「いいわよ、どうせ交代の時間だし。それより何かあった?」

(うん、敷地内の動哨の連中が騒いでるみたいでさ。こちらから見てみようと思って)

「なに? 侵入者? 今日の警備は最高レベルでしょ? こんな時に侵入(はい)ろうとするバカいるの?」

(僕もそう思うけど……)

 バルコニーに出る扉を開けるレイ。開いた途端に兵士たちの叫ぶ声が聞こえて来た。

 アイサもベッドから起き出して乱れた髪を手櫛で整えながらバルコニーに出た。

 隣を見るとシオンも外に出てきていた。どうやら本当に状況を顧みず侵入って来たバカがいるらしい。迎賓館の前庭には他の部署からの応援も駆けつけており、かなりの騒動になっているようだ。

 暗くてよく見えないが、聞こえてくる声でも相当数の兵が入り混じっていそうだ。

「それにしても、これほどの警戒態勢でどうやって侵入を?」

(ブラッカスのテロ事件があったからもう、やり過ぎなくらいの警備だったのに)

「……賊に転移魔法の使い手がいるとか……」

「魔界や天界ならともかくねぇ。ちょっと考え辛いかな? 使い手の人たちってみんな高位で重要な役職についているし、悪用したらかなりの重罪だし」

 隣のシオンが応えた。シオンの周りは転移魔法の使い手がうじゃうじゃいるからその辺は詳しそうだし説得力もある。

(じゃあどうやって……)

「一番簡単で、有り得る方法は……ま、わざわざ外から侵入する必要が無い連中ってところかな?」

「……警備兵の中に過激派のメンバーやシンパが?」

「そんなとこじゃないかな~、おっと!」

 シオンがそこまで言った辺りで、警備兵の魔導士によって探照球が上げられた。

 迎賓館前の庭が明るく照らし出され、強烈な光に思わず目に手をかざすアイサやレイにも多くの警備兵が入り乱れているのが見えた。同じ装備の者同士が争っているのも確認できる。どうやらシオンの予想通り、賊は警備兵に紛れて侵入していたようだ。

「警備の増員をしたはいいけど性急にやったもんで身元を洗い切れてなかったんでしょうねぇ」

 先だっての組織連合の会議で、街の商工人や農民から徴兵されている一部の者たちからもエスエリアや技術を出し惜しむ帝府に対して不満がくすぶっているのはアイサもレイも聞いていた。

 しかし対エスエリアはともかく、帝府への敵対行動となる活動は各組織の指導者共通の意見として見送られたはずだった。アイサとしては今現在、前庭で暴れている連中を見るに、些か腑に落ちないところである。

 自分たちのいない間に連合が、帝府に対する姿勢を改めたのだろうか?

 考えられるとすればミハルがスパイであったこと、アイサらを救出するために連合の同志であるフォルドや番兵を殺害したことで帝府を敵として認識した……と言うところだが。

(僕たち見てるだけでいいのかな?)

「あたしたちはシーナの直衛だし、宮殿警備兵を押しのけて出張るわけにもいかないわ。連中の目的がただの騒乱、体制への反対をアピールするだけのモノならダロンの内政の問題だし。だけどシーナ……帝府へ危害を加えるのが目的ならそれなりに動くけどね」 

「シオンさん、大臣の護衛はあなただけ?」

「まさか。部屋の前にフィリア殿下配下の戦闘メイド二人。階下に帝府軍特戦隊の三人。あとはダロン王室近衛隊一分隊よ」

(それでもVIPの護衛にしては少なくない?)

「自分で言うのもなんだけどね、帝府軍もフィリア殿下のメイドも元帥や将軍たちに鍛えられた一騎当千の人材よ? それにシーナ自身も二刀流の使い手だしね。そうそう簡単には……」

 

 ドオォン!


 自信たっぷりのシオンの言葉を遮るように迎賓館の前庭から突如として探照球並みの眩い閃光、それに伴って大きな爆発音が辺りに響いた。

「ちょ! 何、今の!」

 アイサが思わず耳を塞いで叫んだ。

「まさか! 爆裂筒!?」

 シオンがすぐさま現状況を予測する。爆裂筒に被弾した周辺は、爆発をまともに喰らった警備兵数人が血まみれで倒れており、その威力を物語っていた。怪我の痛みに呻き声や叫び声、救助する兵たちの声も交錯し、正規警備兵はかなり浮足立っている様子だ。

 爆裂筒や地球での銃砲宜しく鉛弾を撃ち出す爆裂錫杖(魔力で撃発する単発銃)は王都大乱が終息した後は全て回収されて帝府管理下に置かれており他国には流出してはいない。

 それ故、正規警備兵たちもさすがに爆裂筒に対しては、話に聞く程度で現物を見たことすら無いはず。今、その爆裂筒の威力を目の当たりにした警備兵の混乱を責めるのは気の毒というものであろう。

(でも、爆裂粉は厳重に管理されててそう簡単には流出しないんじゃ!?)

「そうは言っても、あの弾け方、爆炎の色は間違いなく爆裂粉よ。おそらくはダロンに許可された運河造成工事に使う分が流出されたとみるのが自然ね」

「そんな……血の即位式の時は技術を独占するエスエリアに対して、と言う見方も出来た。だけどこれじゃ完全に帝府に対する宣戦布告だわ。大臣は技術供与のために来訪したというのに!」

 ボン! ボボン!

 爆裂筒に呼応して反乱兵の一部による火炎魔法、火球攻撃も始まった。狙いは迎賓館の正面玄関に集中している。

「完全に狙ってるわね。一階の警備が心許ない……レイ! こちらへきてシーナの直衛を代わってちょうだい! アイサはあたしと一階へ」

「あたしも!?」

「あなたの氷結魔法で玄関の扉を凍らせてほしいの! 多分他の警衛兵も増兵されると思うからそれまで時間稼ぎしないと!」

 シオンに協力要請されたアイサ。この状況下では止む無し、と言うか当然の成り行きであろう。

 だがアイサには頭の奥隅で引っ掛るモノも感じていた。寝る前に感じたあのザワザワ感である。 

 大体が元々アイサは今、攻めて来ている連中の側の人間なのだ。ところが今は帝府にべったりの状況になってしまっている。

 体制側に牙を剥いていた自分が、今や体制を守る側として元いた側と相見えている……図らずも、と言う言葉がこれほどしっくり嵌まる例もそうは有るまい。

 今までは、そう、アマテラ王国でカリンと出会うまでは行政府・体制は問答無用で敵対し、叩く相手であった。

 ところが今では帝府との関わりが出来て、いわゆる支配者層も臣民の事を思ってくれている、考えてくれている、搾取だけしているわけじゃない、そんな思いも突き付けられてしまっている。

 ――一体、今のあたしは……

 不穏分子(テロリスト)としての自分、それが自分自身の思いを置いてけぼりにされた状態で崩れて行っている事、自分はそれに戸惑いを感じているのだ。そこが引っ掛るところなのだ。

 しかし今はそれに気を取られている場合ではない。目の前の現状は、言ってしまえばそんな事で悩んでいるような悠長な状況ではない。

「アイサ? 聞いてる?」

 こんな時ではあるが、アイサの心情は妙な混乱を引き摺ってしまっている……と思ったところで、今の自分は誠一にシーナ母娘を護ってくれと頼まれてそれを承知しているのもまた事実。それに彼女らを守る事はダロンとエスエリアとの技術格差を無くす事への一助となるはず。

(いや、シオンさんが大臣についてて。僕がアイサと一緒に!)

 レイはすっかりその気である。もちろん誠一との約定を守るため、というアマテラ臣民の義理堅さも手伝っているかもしれない。こうなるとアイサも自分の信条の矛盾は後回し。

 アイサとレイはシーナの部屋に飛び移り、部屋に入ると扉を閉め施錠をした。

 今はとにかく、この母娘の保護を一番に考えようと思った。何よりまだ年端も行かないエミーを怖がらせてはいけない。爆裂筒の音で怯えていなければいいが……

 だがしかし、

「なに~? パパのえんしゅう?」

当のエミーは爆音で目を覚ましたようだが全く怖がる様子はなかった。

「ここはダロンよエミー。パパは帝府にいるでしょ?」

「じゃあ、だろんぐんのえんしゅう? うるさいなぁ……むにゃむにゃ……」

 さすが、あの大元帥の娘と言ったところだろうか? この喧騒の中でも普通にウトウトしている。大した肝っ玉だ。

 驚きの反面、お眠(ねむ)な幼女の表情に、

 ――やっぱ母娘保護(それ)が最優先よね……

アイサもそう思わざるを得ない。

「いえ、あたしでないと命令系が二重になるわ。部下もそうだし、ダロン近衛隊の命令系も今はあたしに帰属してるの」

「それと先輩の耳。彼女の耳は地獄耳なんです。このくらいの領域(フィールド)ですと音だけで敵味方を把握できますので現場に必要です」

「それにね、シーナの索敵能力はあたしの耳以上に現状を把握するわ。自分の周りに危険因子が迫ればすぐに指示できるから、レイくんはそれに従って対応してくれれば敵が来ても撃退しやすいわ」

「わかったわ。じゃあ、バルコニーの扉も凍らせておこう。ちょっと寒くなるけど侵入の足枷にはなるわ」

 そう言うとアイサは扉に氷結魔法をかけた。錠前、ドアノブ辺りの金属は特に低温で凍らせた。素手で触ればあっという間に皮膚が貼り付き、慌てて剥がせば皮膚まで剥がれてしまうほどに。

「じゃ行くわよ!」

 シオンとアイサは部屋を出て、一階の正面玄関を目指して駆け出した。

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