迎賓館にて
「主様? 最近は女性だけではなく、少年もからかうご趣味に目覚めましたか?」
訪問先のダロン王国王城敷地内にある迎賓館の客間で、歓楽街での顛末を聞いたシーナが皮肉を織り交ぜて誠一をイジッた。
やって来たプラドファミリーの地回りを避けて一旦、建物裏の用水路に難を避けたアイサらは誠一と合流、転移魔法で帝府使者として訪問していたシーナの部屋に移動したのだった。
「もしかして、5人の奥方の尻に耐えかねて男色に走られたとか~?」
「シオン? お前、何かワクワクしてねぇか?」
「お貴族サマの性嗜好なんてどうでもいいんだけど!?」
帝府要人のお気楽会話にイラっとしたアイサは思わず突っ込んだ。しかしシオン。
「そうは言ってもさあ、普通元帥みたいな権力者のオヤジなんてあたしみたいな部下とか使用人に、良いではないか良いではないかって迫って手籠めにするのが常道でしょ? なのに元帥も将軍も口ではからかっても、絶対手は出してこないんだから!」
「いや、だから何期待してんのよ!」
(それよりペンゴンの話を!)
「ん、そうだったな。じゃあレイくんの件は事件解決後にエスエリアのロダの街に連れてくと言う事で」
(いらないってば!)
「遠慮すんな。顔役のドン・ロンドに口利いて貰えば格安で……」
「主様、話が進みませんわ。状況を説明して下さいな」
「ん、済まん済まん。まあ、分かったことと言えばペンゴンが麻薬取引に噛んでて魔界との取引もあるという事くらいだな。ただ、魔界の介入があれば戦力に懸念は無くなるってのはペンゴンが絡んで何か方策を練っているのは間違いないな」
「あたしも先の組織連合の会議で戦力不足を指摘したんだけど、シェルパやペンゴンは魔界の介入による効果をやたら自信たっぷりに言ってたわ」
「ラーの言によると軍にはそんな動きは無いという事だったし、マシャルの言うような傭兵の類もメリアンが否定している。だとしたらギルドに登録していないモグリ……いや、盗賊や野盗とかのならず者を雇うくらいしかないが……」
「魔族の盗賊たちは確かに人間界のそれよりは強いし期待できる戦力だとは思いますけど雇うにしても千人単位でなければ戦力差を覆すことは難しいと思えますが……主様、それほどの資金力が蜂起軍にはあるのでしょうか?」
「支援している商工会もバカじゃない。いくらエスエリアに流した技術力を入手できたとして、それはエスエリアと同等の競争力を得られる程度だ。今エスエリアが受けている恩恵全てが手に入るわけでもなし、それほどの投資をして回収できるとは考えちゃいないだろう」
「その裏辺りでモヤモヤ蠢いている麻薬コネクション……なんかイヤな予感しかしませんよね……」
「そこだなシオン。アイサがぶっかけられた魔封粉と言い、フォルドに投薬されたヤクと言い無関係とは思えん」
「まさか魔界の傭兵たちにフォルドさんと同じ麻薬を投与して、戦闘力を爆上げさせるなんて事は……」
(それは……無くもないかもしれないけど、傭兵たちがそんなの了承するかな? 打たれたら最後、ほぼ廃人なんだろ?)
「そうよね~。いくら盗賊とかに落ちぶれててもそこまでバカとも思えないわねぇ」
「アイサの言う方法は俺も考えはしたが……十数人レベルで無理やりにって程度ならやれねぇ事でも無いだろうけど、その程度の人数じゃあ大して効果は得られんよな」
「もっと手軽な麻薬……それこそ食事に混ぜる程度で効果のある新薬とか?」
「魔界の支援と言うのが麻薬のような物資なのか傭兵のような人的支援なのかがまだ分からんからなぁ。ともあれペンゴンと繋がっている魔界のコネってのが何なのか、ラーやアイラオに当たって貰うようには頼んではおいたが」
「ラーさまと言えば……主様、今夜はラーさまの番では? そろそろお帰りにならないと?」
「まあ、そうなんだが……出来れば、お前やエミーと一緒に居たいな」
「お気持ちとても嬉しゅうございますわ。でも、ダロン王室もメンツにかけて私たちを護衛していただけるでしょうし、シオン先輩や、図らずもアイサさんやレイさんも居てくださいますし心配には及びませんよ」
「え!? あたしたちも数に入ってんの!?」
「今日宿に戻れば地回りさんに追いかけられるかもしれませんよ? 私はエミーの部屋で一緒に寝ますから、お二人はこの部屋で寛いでくださいね」
「あたしもシーナの部屋で直衛するから、お二人さんはこちらでごゆっくりしなさいよ~」
目をイヤらしく細めてニヤつくシオン。エルフ耳が二人を挑発するようにピッコンピッコン。
(え! ちょっと!)
「先輩? お二方は一応御姉弟なんですからそんな意地の悪い言い方は。一応御姉弟なんですから、一応は」
「なにを妙な気を回してくれてんのよ! あたしたちそんなんじゃ無いから!」
「まあまあ、どうせ暗い内に戻ればシーナの言うように面倒しか降って来んだろう。俺としてもラーには魔界周辺を洗ってもらうためにもこの事を話しておかにゃならん。虫のいい話だが、今夜はここに留まってシーナとエミーを守ってやってくれんか? アイサ、レイ」
「う……」
アイサは、相変わらず彼らの手玉に取られている感がハンパなかった。しかし実際彼らが言う通り、戻れば地回りの待ち伏せとか、トラブルが起こる可能性はかなり高い。
単なる居候なわけでは無く、ちゃんとした護衛依頼でもあるし……まずまずの落としどころと言えよう。
レイの方を見ると、彼も納得するように頷いてくれた。
「魔界の動向や介入の方法がハッキリせんと君たちもどう動くか決められまい? 今の状況だとブラッドの言い分とて鵜呑みに出来んからなぁ。こちら側で新たに手に入れた情報は君らにも提供するから今夜のところはそれで手を打ってくれんかな?」
アイサは、ふうっと一息つくと半ば観念したように、
「わかったわ。あたしたちじゃ魔界関連を洗う術は無いし、それで行きましょ?」
と誠一の申し出を受けた。
「ありがとう。じゃあなシーナ、明日また来るから」
誠一はシーナを抱き寄せるとアイサらの前にもかかわらず臆面もなくキスを交わした。ほぼ親子と言った方がよい絵面だが、アイサとレイはそんな抱擁を交わす二人を見て、ほほえましさと気恥ずかしさと羨ましさが織り交じった妙な気分になった。
「エミーの顔も見たいが、もう寝てるしなァ」
「ご安心を。私からちゃんと言っておきますわ」
うんうんと頷きながら誠一は「じゃあ、二人の事頼むよ」と言い残し、転移魔法で帝府に戻っていった。
と言う訳でシーナもシオンも隣のエミーの部屋に行ってしまったので客間にはアイサとレイの二人だけである。
一つベッドで二人きりの夜……などと言うと色っぽさも満天ではあるが、現実的にはシーナ母娘を護る不寝番であり、ベッドは二時間ごとに交代しての仮眠所に過ぎない。
時間は午後12時。これからは仮眠タイムを入れ、最初はアイサが床に就いた。
とは言え、そう簡単に眠りにつけるほどアイサも器用ではない。そうでなくても歓楽街に出てからの、この2時間の流れは些か変化に富みすぎた。
「結局、あたしたちだけじゃ何も出来なかった訳かなぁ」
ベッドで横になりつつ、今日を振り返ってみてアイサはレイにボソッと呟くように話しかけた。
(そりゃ僕たちは深く考えずに、やたらと嗅ぎまわってたから……元帥があそこに来てくれてなかったらヤクザたちと乱闘になって……)
「二人とも〆られてたかな?」
(ヤクザの2人や3人なら負けない。僕は必ずアイサを護る)
「うふん、頼もしいわね」
(からかわない! でも、僕たちが無防備に動いたから元帥が糸口を見つけられたって見方はしても良いと思うけどな)
「まんまと利用されたわねぇ。やっぱ年の功ってやつかな?」
(人の気持ちを手玉にとるのはあの人の十八番だってシオンさんが言ってた)
「単に性格が悪いだけ? それでよくもまあ、5人も奥さん囲えるわねぇ。シオンさんもなんか期待してるみたいだし?」
(とにかくペンゴンが暗躍してるのは間違いないね。問題はその中身だけど……)
「何らかの方法で蜂起軍を増強させ、エスエリア、引いては帝府に技術の供与を認めさせる。それが出来なければニースに侵攻、占領する……そうなればエスエリアも黙っちゃいない。軍を派遣してニース奪還に注力するでしょうね。それでは泥沼になっちゃうし、ニースの一般臣民が一番迷惑するわ。それでは蜂起軍も支援する財界も本来掲げていた目的とは相反するし。組織連合や蜂起軍もそうだけど、ペンゴンやブラッドたち財界はそれでも支援するのかしら?」
(ブラッドとペンゴンの思惑はバラバラなのかもしれないね。ペンゴンが何か良からぬことを考えて居そうだってのが今のところしっくりくるな)
「良からぬことって何よ?」
(それが見えれば、何をやらかすか、どういう手段を講じて蜂起軍を増強するのか分かって来るんだろうけど……今のところは元帥の首尾に期待するしかないのかな?)
「シーナさんの交渉がうまくいけば連合や軍が蜂起する理由も無くなるわ。臣民のためにはそれが一番ね」
(明日からの交渉で良い結果が出ればいいね。さてと……僕、周りを回って来るよ。アイサは少しでも寝ておいて)
「うん、わかった。2時には起こしてね」
そう言うアイサにレイは黙って頷くと見回りに出て行った。
まだまだ神経の昂りを感じるアイサではあったが、少しでも頭を休めるよう、深く呼吸をしながら目を閉じた。
自分の体を包むシルクのシーツ、おそらく新品で高品質な製品だろう。肌触りがハンパなく心地よい。
ここのところ、アマテラから始まって帝府で、そして今ダロンの迎賓館で、これまでの人生で味わったことの無い高級な寝床で寝る機会が矢継ぎ早に続いている。安寧計画以降、一番マシな寝床など精々街の宿屋のベッドだった。ところが今は……
――あたし、何やってんだろ?
今までは、あれほど憎んでいた国家・体制。自分の両親の仇とばかりにターゲサンでテロ活動に邁進していたのはついこの間だ。
カリンや良二他、帝府の者たちと接してからアイサの心持ちは揺れていた。
彼らに当てられている感は否めない。帝府は間違いなく支配者側の連中のはずなのにどうも勝手が違う。同じ体制側にいるはずなのに他の高級貴族や王族たちとは違った雰囲気、何となく心地よい距離感。そこに引かれているのだろうか?
まあアイサはこの時点で召喚者五人衆が地球では自分らと同じく絵に描いたような庶民であることは知らないワケで。その辺あたりが功を奏しているのだろう。
本来の自分なら憎むべき対象のはずなのに、隣で休んでいるであろう各国の王族に匹敵、若しくはそれ以上の存在であるあの母娘を守る事に何の抵抗も感じていない自分。
だったら今までの自分は何だったんだろう? 親の仇として体制を憎んで憎んで憎み続けていた自分は……
いや、確かに自分がターゲサンに身を置くきっかけは国家・体制への復讐だ。加入当初は、カルロではないが国家にダメージが与えられればそれで嬉しかった、充実していた。
その頃は自分たちと同様の国家の施策の歪によって泣きを見る弱者の救済は復讐の理由、言い訳であったかもしれない。
だが、やがて弱者救済こそが国家に対する復讐だと思えるようになっては来ていた。だから組織連合の会議で犠牲者容認を認めるような計画立案には反対したのだ。
――自分が戦う理由。自分がやっている事の意味……
シーツの心地良さとは裏腹にアイサの胸の内はザワザワした妙な感触に包まれていた。




