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歓楽街突入

 アイサとレイの二人はブラッカス滞在もそこそこに、ダロンの首都カーオに神殿の(ゲート)経由で移動した。

 ブラッカスに比べて気温も低く、陽の光も穏やかなカーオは二人にとってありがたい気候だった。と言うか、肌の白いアイサにとってはカーオの陽もそこそこ強いのだがブラッカスの紫外線がメチャ強すぎたわけで余計に楽に感じるのだろう。

 ブラッカス入国時と同じく、まずは根城として宿を探す。今度はもう尾行だのなんだの考えず、利便性と値段だけで決めた。マシャルにはバレバレだったし、恐らく張り付いてる帝府の隠密も気にするだけ無駄だと判断した。自分らにはそれの裏をかくスキルなどないのだと開き直ったのである。

(無謀と言えば無謀だけど……仕方ないか)

「あたしたちは自分に納得して行動すればいいんだし、それを連中が邪魔するってんならそん時はそん時よ」

(ブラッドさんは僕たちを買ってくれてるみたいだけど、僕たちってそれほどのモノなのかなぁ?)

「他人に認めて貰いたい訳じゃ無いからねぇ。あたしの目標……あたしたちのような思いをする人を無くす、それは変わんないしそのための活動は続けたい」

(だよね……)

「でも今回の流れはどうにも引っ掛るよね~。技術格差を無くしてどの国や地域もビジネスチャンスが平等になるようにってのはわかるんだけど」

(血の即位式……ホントにエスエリアの寡占(かせん)派がカルロを(そそのか)したのかな?)

「技術流出を止めさせるため、と言うのはまあ合点がいくと言えばいくけどね」

(ホントなら即位式の後でエウロパ情報相が技術提供に関してブラッカスの経産省と協議するはずだったのにお流れになった。寡占派が黒幕なら思惑通りになったよね)

「でもそれなら帝府はエスエリアにはいい顔しないわ。ヨウコ大臣も格差是正には前向きだったし、いくら召喚時からの付き合いと言っても、こんな過激な方法取られて黙って見過ごすとも思えないし……帝府はどのあたりまで真相に迫ってるのかなぁ」

(元帥の反対を押し切っても情報相はダロンとの交渉を進めようとしている。これは寡占派に対するけん制もあるのかな?)

「それも寡占派が全ての黒幕だったら、だけどね。寡占派の仕業に見せかけて、ダロン・ブロッカス連合蜂起を促すためと言う見方も捨てるべきじゃないし」

(そちらだと、だれが得するんだろ?)

「思惑通りの技術提供……それで得をするダロンやブラッカスの商工に携わる人たち……そして魔界の一部連中も」

(魔界の麻薬……アイサがカルロにやられた魔封粉やフォルドさんに打たれたセロト……なんだっけ? 根拠はないけど偶然とも思えないなぁ。それら全部がペンゴンに繋がるなら……)

「ペンゴンが魔界と繋がっていて、何らかの思惑……ブラッドさんたちも出し抜く様な、そんな思惑を持っていたとして一体何かしらね?」

(とりあえず魔界と麻薬の線から嗅ぎまわるしかないかな?)

「あたしたち程度じゃ雲を掴むような話だけど、やるだけやってみないとね。エウロパ情報相は今日の夕刻にもダロン入り。明日は公爵夫人の息子とエミーとの会見、歓迎会があって、明後日から交渉の場が持たれるわ。交渉は最大で3日間、時間は少ないけどやるだけやってみよう」

(歓楽街だね……)

「夕食が終わったら早速行くわよ」



 この時点でアイサは18歳、レイは17歳。アデスにおいては二人とも立派に成人である。

 しかし、職場の年長に連れて来られるとかならともかく、この見た目初々しいカップルに見える二人だけでは、こんな飲む打つ買うの歓楽街を歩いていては浮きまくる事この上ない。傍から見れば人目を忍んで食い扶持にあずかろうかと言う、訳アリで地元を離れて家出した男女みたいに見られてしまう。

 現にアイサも酒場か娼館かはわからないが数回勧誘された。

 それどころかレイまでも客ではなく勧誘の声を掛けられる始末だ。

「僕、男!」

 と言い返すも、

「だから誘ってんのよ、給金はずむよぉ?」

だってんだから困ったもんである。

 更にアイサを悩ませたのは、声を掛けられる頻度が自分よりレイの方が多かったことだ。

 競うつもりは更々無いが、何となくプライドが傷ついた気がしないでもない。

 確かにレイは童顔で美少年の枠に入れても異議を唱える者は少ないだろうし、この手の嗜好を持つ客には需要は高いかもしれない。

 張り合う気は無いとはいえ釈然としないアイサであった。

 で、それはさておき本命の情報収集。それがこれも空振りばっかりである。

 声をかけて来る勧誘屋や道の端っこ辺りで何かキメてそうな連中に声をかけるが薬の話となると軒並みそっぽ向かれてしまっていた。

 十人ほどに声をかけたものの、全く収穫なしであった。

 もとよりご禁制の品を扱う・嗜好する、カタギと言えない連中が相手である。

 不穏分子(テロリスト)であるアイサやレイも当然カタギでは無いが方向性がまるで違う。

 類友よろしく近しくしてくれるわけもなく、薬品の話をし出すと相手の目つき顔つきはがらりと変わり口を閉ざされてしまうのである。売る側も買う側もご禁制品であることは重々承知の上なのだから当然と言えば当然の反応と言えよう。

 アイサらは2時間強歩き回って何の手応えも得られないまま、ケバブの屋台のベンチに座って脚を休めていた。小腹が空いて来たのでケバブを頬張りながら今後の方策を練る。

「想像はしてたけど……マジで取り付く島もないよね~」

(下手したらお縄についちゃうからね。そう簡単には話しちゃくれないか)

「あたしたちが官憲に見えるのかしらねぇ? 自分で言うのもなんだけど小娘と若僧よ?」

「だから胡散臭いんだろうが?」

「まあ、そう言う事なんだろうけどねぇ。ドラッグに興味持った不良少女には見てもらえないかしらね?」

「不良少女は間違い無ぇだろうけど、いくらチンピラの類でも、こいつら毛色が違うなってくらいの目端は利くだろうなぁ?」

「そう言う事かしらねぇ? って、ちょっと。何よレイ、さっきから分かったふうな口きいて?」

(え、僕、何も喋ってない)

 と返すレイの目が自分を見ていないことにアイサも気が付いた。

 レイの目線を追いながら振り返ると自分の隣にはいつの間にか、フード付きのマントを羽織った初老男が座っていてアイサらと同様にケバブを頬張っていた。

 気安く話しかけてきていたその男、アイサはその男の顔には見覚えがあった。ありまくった。

 髭をわざわざだらしなく伸ばし、くたびれた服をさりげなく着こなして、すっかり街に溶け込んではいるがその男……ミカドの相談役にして大元帥のセイイチ・クロダその人であった。

「げ、げんす……!」

 アイサがそこまで言うと男は口に人差し指を当てて二人に大声を出さないように促した。

「元帥が何でここにいるのよ!」

 一旦、出そうになった声を飲み込んで改めて小声で問い詰めるアイサ。

「いや~、今、シーナがエミーとこの国に訪問してっだろ? お前らに付けてた隠密があいつの直衛に回ってるもんで俺が交代してんの」

「普通、わざわざ元帥が出張る? まともじゃないでしょ!」

(……もしかして、エミーちゃんが気になって?)

「お? 念話、もうモノにしたか? 早いな、さすがに若いと上達も早いか?」

「ごまかさないで。どういう魂胆?」

「はは、まあ娘が気になるっちゃ気にはなるんだけどな。俺はまだメルやライラちゃんみたいに天眼でアデス三界のどこでも見透かせるスキルは無いしな~。まあ、たまには現場に出張ってカンを養わんとな。てか君らもまあ、なんのヒネリも無い聞き込みしてくれてるなぁ。ありゃ、別の意味で悪目立ちだわ」

「だからぁ……」

「そう、おかげでこちらも収穫アリだ。なあオヤジ?」

 誠一は会話をケバブ屋の店主に振った。

「行き違いだから良かったけど、あんまり肝冷やさせねぇでくだせぇよ旦那ぁ。こちとらこういう街で商売やってる身なんで、お上と繋がってるなんて知られたら街から追い出されちまうよ」

「俺は世間話してるだけだぜぇ?」

 そう言う誠一の顔は実に悪い顔に見えた。少なくともアイサの直感はそう囁いていた。

「思わせぶりなこと言ってないでちゃんと説明してよ」

 アイサのリクエストに、誠一はニヤッと笑いつつ店のオヤジに目配せした。オヤジはやれやれとため息つきつつ話し始めた。

「なんか若ぇ男女が、やたらめったらヤクの事に嗅ぎまわっているんだが何かそれらしいのを見てないかって地回りが聞いて来よってな。それがあんたらが来る10分くらい前で、うまくすれ違ったみたいだが、こちらの旦那が来なかったらチクってるとこだったぜ」

 アイサとレイは思わず顔を見合わせた。残念ながら二人は、あちこちバラバラの場所で聞き込んでいたので元締め等が動き出すとは思っていなかったのだ。

「どこのファミリーだ?」

「プラドでさ。こちらじゃあまり手に入らん魔界産のブツを多く押さえててな、ブラッカスにも卸していやすよ」

「窓口は?」

「パラモン商会が隠れ蓑ってもっぱらの話で。元々魔界コネクションはパラモンが主力で、プラドはダロン内の販売網とブラッカスやエスエリアへの運び屋に過ぎないって言うのもおるし」

「……繋がったか……」

「え?」

「パラモン商会の会長はポルト・パラモンだが、社内を実質采配してるのは大番頭のドール・ペンゴンだよ」

 ――やはりペンゴン!

「あとは魔界の、どの組織が今回の蜂起騒ぎにどう関係してくるか、だな。予定されている蜂起軍の規模ではニースは落とせないのは明白なのにそれを覆す支援てのは……ん? どうした二人とも、眉間に思いっきりシワ寄せてよ?」

 誠一の言う通り、アイサとレイはこれ以上はないくらいのシワを眉間に作り、その真下の目もまた、これ以上ないって程のジト目であった。

「……そう言う事なの?」

「ほえ? 何のことだ?」

(僕たち泳がせて、どこの組織が釣られて出て来るか。不慣れな僕たちが下手に嗅ぎまわれば警戒した地回りが出て来るだろうから、そこを突破口に……つまり僕たちを囮にした……て事だね?)

「え~? 俺はキミタチにそげなこつ、何も言うとらんかったじょ? キミタチは自分の思い通りに動いてただけだび? この結果はただの偶然だび?」

「バカにしてる! 絶対あたしたちの事バカにしてる!」

「君たちだけで探りたいっつーからそうさせたんじゃねぇか。尾行だって最初から分かってたび?」

(なんでこんな人に奥さんが5人もいるのかな? しかも天界・魔界の大物ばかり……)

「お? 羨ましいんか?」

(そうじゃないよ! ただちょっと!)

「そらお前、経験が足りないんよ。む? もしかしてレイくん、まだ女知らねぇか?」

(え! そ、そんな! どどど、どうでもいいじゃ無いか、そんな事!)

「なんだ、そんなら早く言えや。よし! これから、超絶・絶妙に雰囲気のいい店連れてってやるよ。ちょいと歳いってるのが目立つが初めてでもちゃ~んと良い時間過ごさせてくれる手練れの姉さん揃いって評判のところでよ、筆おろしには最適だって話だ」

「あんた、奥さん5人もいてまだ足りないの!?」

「誤解すんなって。俺は利用した事なんぞ無いよ? ただ情報だけは仕入れておかねぇとうちの若ぇもんが困るでな。んじゃ、レイくん行こか?」

(い、いらない、いらない! 僕には!)

「ん? 僕には……なんだ?」

「旦那」

 オヤジが童貞弄りに夢中の誠一に警戒気味に水を差した。

「来やしたぜ。プラドの地回りが戻って来てまさ」

 調理台を掃除する仕草をしながら三人に警告するオヤジ。

「……河岸を変えるか。お二人さん、目の前の建物の裏には用水路がある。俺は反対に向かった後、そっちに行くからそこで待っててくれ」

 何を勝手に! とも思わないではないアイサだったが、話はまだ終わってはいない。引っかかりも多いが今は誠一に従おうと決め、レイと一緒に足早に建物の側道へ向かった。

「オヤジ、ありがとよ」

 誠一は、そう言いいながらオヤジの尻ポケットに金貨2枚を入れ込むと立ち上がり、自身も反対の側道に向かった。

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