見つめ合う二人
「で、ご丁寧な詫び状を送って貰った上、お屋敷にご招待とか、あたしたちに何を期待してるの? あたしたちが帝府の犬だとは考えないわけ?」
「お二方が帝府の間諜であるならば、再びノコノコとブラッカスに戻ってくるとは思えません。しばらくは他方面で活動、こちらで何かを調べるとしても目立たない地方からだと考えました。それこそダロン辺りで潜伏するのが普通ではないかと?」
「あんたの思惑を暴くのに乗り込んだのかもよ?」
「それは願ったりです。我が意を理解していただき、帝府とのパイプ役を務めて頂ければこれ幸いと言うモノですよ」
ニコニコ顔で語るマシャル。それに対してアイサは目線を落とさざるを得なかった。
勢い勇んで乗り込んできたはいいが、所詮はテロリスト上がりのアイサでは世界を股に掛けて商いをしている大商人相手に直球で突撃するのは無謀過ぎたとちょっと反省。
それでも来てしまった以上、そう簡単に降参するわけにもいかない。
「確かにあたしがターゲサンに身を置いているのは切り捨てられる弱者を無くしたいから。爆破や破壊工作で騒動を起こしたり、それで体制が苦しむのを見て喜んでお仕舞いにするつもりはないわ」
「ええ、ニエムさんみたいな人が一人でも減れば……私もそう思います。しかしカルロ君のように手段が目的になってしまった人も少なからず居ます」
「カルロ、そういうとこ、誰かに、突かれた?」
「恐らくは、技術拡散を良しとしない勢力に……」
「カルロを担いだのもエスエリアだと言うのかしら? じゃあ始末したのも?」
「エスエリアの寡占派だとの見方がほとんどです。もっとも状況証拠だけで断定はできないのですが」
「そうだとして、エスエリアの目的はやはり……」
「即位式の件でエスエリアの態度がより硬化してきたのはご存じとは思います。エスエリア国内では同国産の商品の出荷をエスエリア系住民に限定するという報復措置が提案され、それが認められる公算が高くなってきました。恐らくはその状況を作るための工作であったと」
「それらの動きを抑えるためにダロンとブラッカスで蜂起しようというのね?」
「軍事的デモンストレーションだけで相手が応じてくれればよいのですが……そうでなければ、ダロン国境近くの鉱山工業都市であるニース。最悪は先端技術込みでこの都市を占領してしまう事もやむを得ない、との結論に達しました」
アイサは眉間にしわを寄せてため息をついた。それではただの侵略戦争だ。
「魔素異変以来、6大国間での侵略戦争は一度も無かったのに……」
「技術格差の是正が約束されれば即座に撤退する方向で調整されてはいますが……」
「脅迫、に屈する。エスエリア、面子、丸つぶれ」
「エスエリアがそう簡単に了承するとも思えないけど?」
「それ以前に、ニースへのエスエリア軍の増員・強化がなされるでしょう。そうでなくともエスエリア指折りの工業・工廠都市ですので駐屯軍の数は多い。激突すれば双方に多大の死傷者が出てしまいます」
「なるほど、概ねの状況は分かったわ。で、実際のところブラッドさんはどうしたいの?」
「軍や組織連合の中にはいろいろ思う事もあるのでしょうが、やはり最終的な目的は技術格差の是正です。それを帝府やエスエリア政府が一丸となって推進してくれればと思います」
「即効での効果は乏しくても将来的には有望よね」
「アイサさんが聞いたという、ダロンに対する技術供与と留学制度の提案、これが実現すれば彼らが蜂起する理由も乏しくなります。少なくともダロン側は参加の意欲が減るでしょうし、今は例の件で悪化しているブラッカスとの関係が改善されれば停滞している帝府との交渉にも期待が持てます」
「簡単にはいかないでしょうね。一応帝府はエスエリア国内に間借りさせてもらってる態だからエスエリアの意向を完全無視ともいかないと思うわ」
「帝府、あまり、強権、使いたがら、ない。守護、傍観、が、基本」
「帝府のその姿勢は賢明な判断だと私も思います。しかしそれですと些か時間がかかりすぎてしまう。目に見えなくともダロン・ブラッカスに潜んでいる不満は高まりつつある。農業・工業を問わず、安くて品質の良いエスエリア産のシェアの拡大に経営がひっ迫されている人たちも少なからず居ますからね」
「蜂起、早ければ、いつ?」
「先ほどの、ダロンと帝府との交渉。もしもこれが決裂と言う事にでもなれば、恐らく……」
「でも、以前にも言ったけど組織連合に民兵、軍の一部呼応勢力だけじゃ対抗できないんじゃない? それでもやるのかな?」
「魔界、が、どう、とか、言って、無かった?」
「夜王様らが軍は動かないと明言されたのが事実ならば、民兵・傭兵の類かも知れません。帝府の知識・新技術に関しては魔界の中の財界でも欲する連中は多いでしょう」
「8大魔王は黙ってみているのかしら?」
「正規の軍であればともかく、傭兵の類であればこれはビジネスです。他の界でのいざこざが魔界に明確に悪影響を及ぼす事、若しくは明らかに法度に触れる事でなければ、口は出せないでしょう」
事態は時に複雑に、またある時は単純に絡み合っている。一言で言えばアイサはそんな印象を受けていた。
不穏分子として活動を続け、弱者救済の思いを体制に届ける突き付けると言う、その気持ちは今も揺るがないが、
――それはテロ以外の方法では出来ないのか?
頭の中に誠一の言葉が擡げて来る。
あの時アイサは、それでは時間が掛かり過ぎ、その間も切り捨てられる者が居ると反論した。
ならば、不満を持つ者たちが一気に集まり、その数をもって要求を突きつける今回の作戦は抱いている思いを大きく前進させる好機であると言える。
しかしそうは言っても本作戦は軍を巻き込んでの侵略戦争の様相を呈してきている。今までの数人、数十人規模のゲリラ活動とは桁が違う。
もしも交渉が頓挫して武力衝突ともなれば、何人の死傷者が出るか見当もつかない。
アイサの心は揺れ始めた。
万民平等、弱者救済。これが実現できる手段として、やがて起きるであろう蜂起が最良の選択であるならば自分もそれに参加すべきだとは思う。
だが本当にそうだろうか? 戦いに勝ってエスエリアの寡占状態を是正できれば全て丸く収まるのか?
必ず出るであろう死傷者。そして悲しみに暮れるその遺族。
「それを恐れていては何もできない」それも一理あるだろう。話し合いで全てが解決するのであればアイサとて過激派組織に身を置いて居ない。
「エウロパ情報相のダロン訪問は5日後。そこでの会談次第で反体制、反エスエリア勢力は決起します……これはお二方があくまで我らの理想を理解、同調していただいているものとしてお話ししております」
「それは勿論わかってるわ。それに応えるわけじゃないけど帝府はそれは嗅ぎつけてるわよ」
「それでも尚、帝府は手を出さないと?」
「状況の把握には務めるけれど、基本的には見守るだけ……彼らはそのスタンスを崩さないわ」
「……そうですか……いや、確かに人間界の事は人間同士で結果を出さなければいけませんよね。それで、お二方はこれからどうされますか?」
「そうね。もう、ターゲサンとしての参加は出来ないしね」
「帝府と縁が出来た事ですし、一員となってそこから世直しに尽力するという手段もあったと思いますが」
「もちろんそれは考えたわ。でも今の状況下でその選択は無いわね。やはり、相手がどの国であっても私の相手は行政府にあるわ。帝府の意思がどうあれ傍観者である以上、あたしたちが体制を変えなきゃ」
「そうですか……」
「でももう組織にも属さないただのチンピラ過激派じゃあ決起軍に参加するにしたって煙たがられるでしょうけどね」
「それでしたら私が紹介状を書きましょう。ダロン・ブラッカス連合に与する組織ならどこでも加入が可能かと」
「それはありがたいけどホント? こんな若僧のそれもたった二人」
「いえ、アイサさんは氷魔法の使い手ですし、レイさんは剣の達人。戦力としては申し分ないでしょう」
「そう……じゃあお願いしようかな?」
「ええ、喜んで。少しでも先のトラブルのお返しが出来れば……」
「……」
「決起されれば参加者、参加勢力は恐らくはダロン側のエスエリア国境に終結するでしょう。ニースへ続く街道の関所、そのダロン側に広がるニベア台地と呼ばれる場所は数万の兵が展開出来る要所です」
「まずは首都カーオに出向くわ。そこでエウロパ情報相とダロン経産相との会談を見極めたいわね」
「承知しました。ではしばしお時間をください。書斎にてしたためてまいります」
そう言うとマシャルは応接室を出て書斎に向かった。
(ペンゴンの事は良いの?)
「責任を感じて行方不明……これは絶対無いわね。真相らしき辺りを話さないところを見るとブラッドの真意は別にあるってくらいはあたしにもわかるわ」
(ブラッドは置いといてペンゴンを洗う?)
「全くのカンだけど、ペンゴンはダロンに行ってると思うわ。カルロがあたしに食らわせた魔界産の魔封粉、フォルドさんに打たれた麻薬、その辺りの線がどうにも別物とは思えないのよね」
(魔界の介入……シェルパが以前、そんなことを言ってたね?)
「黒王アイラオさまや夜王ラーさまの言う事がホントなら魔界の介入ってのは魔界でも胡散臭そうな連中って事になりそう。その辺あたり、突けられればなぁ」
(カーオのどういう所を回ってみるの? やっぱり歓楽街とかかな?)
「歓楽街かぁ……雑役の仕事では結構行ったけど客として行った事無いしなぁ。アマテラとかどうだった?」
(うーん、僕も、そう言うとこ行ったことないし)
「そうなの? ガショーって男ばっかだったじゃん? 女郎とか買いに行くなんて、しなかったの?」
(え! し、知らないよ! そ、そんなこと、した事無い!)
「何よ取り乱しちゃってぇ~。なんか可愛いくみえるじゃん?」
(か、からかわないでよ!)
レイには本当にその手の経験はなさそうだ。頬を赤らめ眼も踊らせている。
――やだ、マジ可愛い!
アイサは悪乗りモードがオンになったようだ。こんな弟が居たら……などと言うノリで指でほっぺツンツンを仕掛ける。
(やめてってば!)
アイサの手を払いのけるレイ。までは良かったが、
――え?
図らずも両者が顔を接近させてからの、にらめっこフリーズ。
(う……)
あまりの急接近、視線はもろに相対して、目と目で通じ合う~と言うようなポジで二人は固まった。固まってしまった。
「……」
(……)
悪ノリでレイをからかったはいいが、アイサとてその方面の経験はからきし……と言うか自他ともに認めるド処女である。こういったシチュで、次手に繋げるノウハウを知らないのはレイと同じレベルだ。
金縛りのごとく固まってしまい、顔を離すことも目を逸らすことも出来ない。
――誰か……誰か助けて……
ガチャ!
扉を開く音!
「お待たせしました」
マシャルが紹介状を書き終えたらしく、部屋に入って来た。
心臓が、ボンッ! と跳ね上がるも、マシャルを見ると言う他の目的が出来てアイサもレイも金縛りから解け、マシャルの方へ顔も視線も向けた。
「それと、昼食の準備も出来たようです。お二方、食堂の方へどうぞ」
「あ、ありがとうございます!」
「ありがと、です!」
二人は取り敢えず、助かったぁ~と胸をなでおろすことが出来た。
「……何かありましたか?」