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再出発

 帝府の墓地は帝府内北側と、王都外の農場の丘に置かれている。

 どちらに葬られたいかは帝府に入営した時点で控えられる。

 その中でミハルは帝府内墓地を希望していた。

 大広間での告別式の後、掘られた穴に柩が運ばれて参列者が花を一輪ずつ柩内に手向けられる。やがてミハルの亡骸は顔を除いて美しい花で埋め尽くされた。

「アデスに生き、共に未来を目指して歩んだミハル・チェンバレンをここに納める。例え別つとも我らの思いは彼女と共にあり、永劫の時を、栄光あるアデスの未来を共に見つめる事をここに誓う。我らとミハル・チェンバレンの御霊は永久(とこしえ)に盟を結びアデスを見つめ続ける(かい)となろう」

 ミカド――史郎の弔辞と共に柩の蓋が閉じられ、穴に降ろされる。

 ついにお別れの時、あちこちから嗚咽が漏れる中でミハルの棺は静かに埋葬された。

 既にアレジン・ロッタ工房が彫り上げた墓石が建てられており、美月が花輪をかけて全員でお祈り……

 これで告別式・埋葬の儀は終了である。

 彼女の死から、今までの人生でかつて無いほどの涙を流したのではないか? と思えるほどアイサは泣いた。しかし回数を追って、流す涙が減っていくようにも感じた。

 ――薄情なのかな……?

 そんな思いも過った。

「黒さんが言ってた」

 墓石の(たもと)に立つアイサの隣に、良二も立っていた。

「死んだ人はもう動かない。考えない、感じない、喋らない。泣きもしなければ笑いもしない。なら、葬儀や法要に何の意味があるんだ? 死んだ人が笑うの? 喜ぶの? そんな事を言う人も居る」

「……」

「でも、むしろ残された人のために、こういう儀式には意味があるんだってね。黒さんの家系は僧侶でね。親父さんが亡くなった後も7日ごとに法要があったそうだ。俺たちの故郷は基本火葬だから、残っているのは骨の一部だけ。こんなの拝んだって……そうも思ったらしいんだけど、回数を重ねるごとに気が落ち着いてくるのが実感できたそうだ」

「慣れちゃったって事?」

「そう言う見方でもいいと思う。厳密には、親父さんのいない環境を受け入れて生きていく心構えが段々と出来てきた、そういう風に考えるようになっていったそうだ」

「そして忘れていく?」

「それがさ……」

 良二は小さく噴き出した。

「黒さんてば、あの時親父さんがこんなバカやらかした! とか、てめぇの落ち度を俺に押し付けやがった! とか親父さんの話になると文句ばっかりなんだよな。ありゃ、死ぬまで続きそうだよ」

「忘れるどころじゃ無いのね」

 アイサもやっと笑みを浮かべた。

「ミハルの事も、そんな感じで話し続けていきたいと思うよ。おっと、悪口じゃないよ?」

「ふふ、わかってる!」

 アイサと良二は、もう一度手を合わせて祈りを捧げ、墓地を去った。



 アイサたちはミハルの葬儀の二日後、つまり明日ブラッカスへ発つことに決めた。

 早朝に内務を兼任する美月に意向を伝えると、昼過ぎには当面の衣類や日用品類がずらりと並べられ、また荷車が必要になるかと思えるほど揃えられた。

 首都ガーランのアジトは組織の連中に抑えられているかもしれないので、大荷物を引き摺ってウロウロするワケにはいかない。アイサとレイは必要最小限を心がけて選んだものだけ甘える事にした。

「皇后さまも世話好きなのかしらねぇ? 『これもいいわよ、あれもいいわよ? これなんかあたしのデザインなんだよ~』とか。まあ、ありがたい話ではあるけど」

「でも、あのスカート、アイサに、お似合い」

「何言ってんのよ。今のあたしじゃスカートは不向きよ」

 アイサの母国シュナイザーやエスアリア辺りは仕事に合わせて服を決めるのでアイサやミハルのように女性でもパンツは普通だし、男がスカートを履くこともまた普通である。

 ただパーティドレスの類だと女性はほぼスカート、と言った傾向はあるようだ。

「そう、かな? きっと、綺麗だと、思う、けど」

「なによう。ん? あんた、まさかあたしの事口説いてんのぉ?」

「え! ち、ちが! ただ、僕は!」

 からかい気味のアイサの弄りにレイは顔を真っ赤にして反応した。絵に描いたような初心(うぶ)さ加減にアイサの頬も思わず緩んでしまった。

「なによ、顔真っ赤にしてぇ~。生意気よ、歳下のくせに~」

 更に追い打ちをかけるアイサ。レイくんムスッ!

「……でもさ、レイ。あんたはあたしと一緒に来ることは無いんだよ? あたしと同じように、あんたも今までの罪状はすべて抹消される。故郷(アマテラ)に返っても大手を振っていられるんだしさ?」

「アイサ、僕、のこと、邪魔?」

 意識してかどうか、レイは上目のおねだり目線をくれていた。

 レイの事を歳下だの生意気だの言っていても、アイサとてそちらの初心さ加減はそれほど変わりは無い。そんなレイの目線にちょっとドッキリ。

「ちょ、何そういうとこだけ子供っぽくすんのよ、もう!」

 レイの目線に若干戸惑うアイサ。が、当のレイは真剣そのままである。

「アイサと、僕、目的、同じ。場所、関係ない!」

「……レイ」

「アイサ、氷魔法、得意。僕、は、剣術。二人、なら!」

「まあねぇ……」

「それに……」

「ん?」

「ミハル、さんに……アイサ、守れと……言われ、た……」

「……で、どっちがホントの理由?」

「どっちも」

「……フゥ……りょーかい。うん! 実のとこ、あたしも今度は一人っきりだし不安だったのは事実なのよね。官憲はまあなんとかなるけど組織連合はあたしたちを見過ごしてくれるとは思えないわ」

「じゃあ」

「腹は括ってるの? とか聞くのも今更ヤボよね、モノノフさん?」

「僕たち、ハメた奴、理由、探らない、と」

「そうね。改めて宜しくお願いするわ、レイ」

 そう言うとアイサはレイに右手を差し出し、レイも笑みを浮かべながらその手を受け取った。


 翌朝の旅立ち。神殿までは前回と同じくラークに引率してもらうことになった。

 馬車が用意され、最小限に選別した荷物も載せ終えて準備が整うと、良二ら帝府の面々が二人を見送りに来た。

「また世話になっちゃったわね」

「それ以上に働いてくれたよ君たちは」

「やっぱ、尾行でも付けるの?」

「そのつもりさ。まあ君たちに気付かれるようなヘマはしないと思うけどね」

 言われてアイサは笑いながらも、

「やな感じね。やっぱりあんたらと組む事はしばらく無さそうだわ」

と返した。

「可能性がほんの少しでも有るなら嬉しいね」

 アイサは目を瞑り、うんうんと頷いた。今はまだ(わだかま)りはあるが、帝府と自分らは目指す方向はよく似ている。ただ行き方が違うだけだ。アイサもそれはわかっていた。

「そうだ、君たちに餞別があるんだ。沢田くん?」

「はい。お二人さん、ちょっとそのままで……」

 良二に促され、史郎は胸の前に手を合わせて念を込め始めた。

 やがて合わせた手の内側から金色の光が輝き始める。

 ――魔法? な、なに?

 アイサが戸惑う間にその金色の光は史郎の手を離れアイサとレイの頭上に降り注いだ。

「こ、これは?」

(ねん……す……だ……)

「アイサ! 声が!」

「うん、これは」

「耳に気持ちを傾ける感じで」

 驚くアイサらに容子がアドバイス。よく飲み込めないが、とにかく耳に神経を集中してみる。

(どうかな? 聞こえるかな?)

 ――将軍の声! でも将軍は口も開いてなくて……あ、これって!?

「念話のスキルだよ。話しかける時は口ではなく感情、と言うか頭で喋る感じかな? レイくんと練習するといい」

「あ、あの、ありがとう……でも、どうしてここまでしてくれるの?」

「君たちには期待していると言っただろ? 俺たちの手が必要な時はいつでも呼んでくれ。ミハルの思いに応えるためにもね」

「……うん」

「よし、大人の時間はここまで。いいぞお前たち」

 と誠一の声と同時に、

「「「お兄ちゃーん」」」

帝府の子供たちがレイに纏わりついてきた。

「あ、エミーちゃん、ヒロコちゃん、ジョウくん……」

「ばいばい、お兄ちゃん!」

「お兄ちゃん気を付けてね!」

「また遊びに来てくれるよね?」

 子供たちのお見送り。満面の無邪気な眼を向けられ思わず自分の目尻も下がるレイ。

「おね、ちゃーん、ばっば~」

 フィリアに抱かれているカトラス坊やが、アイサに微笑みながら手を振った。

「ば、バイバイね、カトラスちゃん」

 レイはともかく、自分にも言ってくれるとは思わんかったので、ちと焦るアイサであった。でもやっぱり嬉しいな、とも。

「それじゃあ、これで……」

 二人は馬車に乗り込んだ。窓を開けて、帝府の人たちの最後の見送りを受ける。

「気を付けてね~」

「元気でね~」

「また来なよ~」

(予も待っとるでな~)

「おにーちゃん、おねーちゃん、さよなら~」

「達者でな~」

 アイサとレイは門を出るまで手を振り続けた。やがて守衛の敬礼を受けながら敷地外へ出ると窓を閉めて、座席に座り直した。

「誰かさっそく念話で話してこなかった?」

「いた。でも、誰だろ?」

「相変わらずお子様にモテモテでしたね、レイ様?」

 出発した馬車の中でラークにからかわれるレイ。でも全く嫌な顔はしていない。

「タラの村でも好かれてたよねぇ。やっぱレイは子供が好きなの?」

「意識、した事無い、けど、みんな、かわいい」

「ふふふ、ミカド様も元帥閣下たちも子煩悩ですけど、レイ様もいいお父さんになれそうですね?」

 よくある世辞ではあるが、ラークはそれをレイではなくアイサに向けて言っていた。

「ちょっとラークさん、なんであたしに言うのよ」

 妙な勘違いを! と言わんばかりに口を尖らせるアイサ。そんなアイサに、

「さぁ~て?」

と明るく微笑みつつ、とぼけるラークだった。

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