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ミハル・チェンバレン

 やがてレイの足が間合いに入る。踏み込むレイ。

 フォルドもほぼ同時に踏み込んだ。またも上から振り下ろすフォルドに中段から払いのけて左に飛び、次手で脚を狙うもまたも逃す。

 そこにミハルが打ち込むがやはり短剣では不利か、レイ以上に弾かれて次手に繋げられない。手から剣が弾き飛ばされそうなくらいの勢いだった。彼女ほどの敏捷性が無ければ距離を取る前に屠られていただろう。

「くそう……」

 また、三角形でにらみ合う三人。が、このままでは、新たな追手がやってくる。フォルドを仕留めるまでは必要ないが、早めに突破しないと。

「アイサ! 魔封環は外れないのか!?」

 アイサの氷魔法があればフォルドの動きを鈍らせ、必殺の一撃を喰らわせられる。しかし……

「ダメだよ、鍵束には無かったし!」

肝心の鍵が無い。

「番兵のポケットとかは!? 探してみろ!」

「う、うん!」

 アイサは牢の入口に向かおうとして振り向いた。

「な!」

 アイサの首に武骨な手が迫った。更にそれほど長くはないが刃渡り約10cm程度のナイフが目の前に突き付けられる。

「舐めた事しやがって……ブッ殺してやっぞコラァ!」

 番兵だ。中肉中背の番兵が意識を取り戻して襲いかかって来たのだ。

 アイサはそのまま壁際まで押し付けられた。

 喉元を抑え、アイサの動きを封じる番兵。抗おうとするが喉を圧迫されて呼吸も阻害されてるアイサは思う様に力が入らない。番兵のナイフがアイサの眼を狙い迫って来る。

「アイ、サ!」

 レイが動揺した。

 そのスキをフォルドは逃さなかった。踏み込むフォルド。

 しまった! レイの脳裏に悔恨の思いが走る。

 ズバァ! 

 フォルドの袈裟斬りが襲った。肩から胸にかけて斬り裂かれた傷から、視界いっぱいにほ広がるほどの大量の血飛沫が噴き出す。

「ミ、ミハルさん!」

 だが斬られたのはレイでは無かった。ミハルが飛び出し、レイとフォルドの間に割り込んで来た。そしてレイの盾となったのだ。

 敏捷性では今現在のフォルドをも凌駕しており、レイの前に立ち塞がる事は出来たのだが、持っていた短剣では奴の剣は受けきれずフォルドの剣はその短剣ごとミハルの身体を切り裂いたのだ。

「ミハルさーん!」

 突き付けられたナイフの事も忘れアイサは叫んだ。頭の中が真っ白になるくらいの絶叫だった。

 フォルドはその叫び声も全く聞こえないかの如く、血まみれで自分の足元に転がるミハルの姿を見たショックで戸惑うレイに狙いを定めた。

 ――レイ! 逃げてー!

 叫ぼうとした。しかし、

ブシャァ!

「え……」

 ここでアイサはまた、驚愕・呆然とする状況を目にすることになった。

 フォルドの振り上げた腕の下、胸の辺りから奴の体は突然、上下真っ二つになってしまったのだ。

 ミハルの時よりも凄まじい血飛沫。

 ビシャ!

 二つの塊と化して血溜まりに転がるフォルドだった肉塊。アイサもレイも、そして番兵も何が起きたかわからなかった。

「フゲ!」

 今度はアイサを押さえつけていたはずの手の力が抜けた。

 阻害された呼吸が戻ると同時に、番兵が妙な悲鳴を上げて崩れた。

 ――なに? なにがどうなって!

 頭が混乱しながらもアイサは番兵を見た。顔を凝視すると、白目をむいた眼の間、眉間の中心に穴が開き、そこから小さい噴水みたいに血が噴き出していた。恐らく生きてはいまい。

「ミハル! ミハルしっかり!」

 ――女の声!? いや、この声は確か……

 アイサの目線はレイとミハルへ移った。

「容子! 止血だ!」

「わかってる!」

 ――キジマ将軍! それにヨウコさん!

 そう、声の主は帝府の財務大臣容子と四天王筆頭の良二だった。

「アイサ! レイ! 無事か!」

「あ、あの……」

「無事かと聞いている!?」

「は、はい!」

「無事、です!」

 よし! とばかりに頷いた良二は再びミハルとミハルに全力で回復魔法をかけている容子の方にその視線を向けた。

「どうだ!?」

「傷は塞げるわ! でも出血が多すぎる! 早く輸血しないと!」

「わかった! レイ、アイサ、俺に掴まれ!」

「え? え、あの……」

「話は後だ! 俺に掴まれ!」

「は、はい!」

 アイサは良二に駆け寄り彼の腕を掴んだ。レイも倣う。

「転移する! 手を離すな!」

 ――転移? アマテラで見せた超高難度魔法!?

「飛ぶぞ!」

 良二の声と同時にアイサの視界は一瞬、荒れる海みたいに波打ち、頭がフラっとして思わず目を瞑った。

 再び目を開けた時、アイサの眼の前には帝府の官舎内に有る医務室の光景が広がっていた。



 ミハルは斬られた瞬間、良二に救援を求める念話を送っていた。

 状況を察知した良二は容子と共に念話の糸を手繰って現場に転移し、アマテラでアイサらに突き付けた魔法剣――水剣を起動させ魔人と化したフォルドを一撃で屠り、次いで指先からも極細の水剣を打ち出して、ウォータージェット切断機よろしく番兵の額を貫いたのだった。

「ギリギリまで躊躇(ためら)いやがって……」

 良二が呻くように零した。

 叱責のような言葉ではあるが、その口調、表情はそうではないことを表していた。

 無念、残念……そんな思いが滲んでいた。

「どうだ?」

 元帥――誠一が治療中の容子にミハルの容態を聞いた。

「出血がひどかったから……ストックしておいた分の輸血じゃ足りないわ。危ない状態よ……」

 答える容子はフィリアと共に回復魔法をかけ、体内での造血を促してはいたが、いかんせん時間がかかる。ミハルの体力も奪いかねない。

 ぶら下がっているガラス瓶から送られていた輸血用の血液はすでに全量ミハルに送られており、空っぽである。

「血……、血を、身体に、入れる、の?」

 レイの質問に良二が説明する。

「ああ、出血した分を補充して何とか元に戻そうとしてるんだが……人は出血が20%以上でショックを起こしやすくなり、30%を超えると死に至る。ミハルはおそらくそれ以上の出血を……」

「20%までならいいの? じゃあ、あたしの血を使って! ミハルさんにあげて!」

「ぼ、僕の、血も!」

 アイサとレイは献血を志願した。そんな治療法があるなら喜んで! と。

 だが、良二の表情はさらに曇った。

「ダメなんだ……」

「ど、どうして!? あのビンの血ってそうやって抜き取られたんじゃ無いの!? なぜダメなの!?」

「血液型ってものがあってね……」

「血液……ガタ?」

「表向きアデスではまだ、血液にはいくつかの型がある事は発見されていない。これは俺たちの世界の知識でね……しかし輸血には双方の型が一致しなければダメなんだ。違う型を輸血すると、大雑把に言うと血の成分が固まったりして、より重篤になり、患者の容体次第ではそのまま……」

「で、でもその型とかが合えばいいんでしょ! 調べてみて!」

「すでに調べた。さっき、君たちの検査中にちょっと血を採取しただろう?」

「違った、の? 僕、のも?」

 良二は黙って頷いた。

「だ、だけど帝府には200人もいるじゃない! 一人くらいは!」

「ミハルの血は希少なんだ……」

「希少?」

 魔族転生で脳が活性化されたとは言っても、良二や誠一程度ではABO式の知識は有るものの、試薬等の成分までは不明だった。

 魔界の賢者ローゲンセンや天界の12神の一人、知と学の最上級神ヴィニキューラの協力を経てABOとRH型に近そうな判定までは100%正確ではないにしろ、ある程度は可能になっていた。

 だが今現在は、まだ市井に広げられるレベルではないので帝府内で試験的にサンプルデータを取っている最中でしかなかった。それこそ帝府内の血液サンプルを総当たりで組み合わせて異常の有無を判断する程度のレベルなのだ。

 それでも、ABO式宜しく、大きな4つのグループに纏められそうな状況ではあった。

 ところが、ミハルの血液は、そのどのグループも拒否したのである。

「もしもRH-だとしたら、発現率は200人に一人かもっと低い事に……」

「そんな……よりにもよってそんな!」

「だから彼女の分は通常時に採血して、冷蔵保存していたんだ。でもいつまでも保存は出来ないし、量はそれほど貯められない。今回、有るだけすべて輸血したんだが……」

 それでも足りない……

「ヨウコさん、脈が弱いっす」

「呼吸も……中々回復しません……」

 脈拍と呼吸を診ていたメアと、メイス・パレットと並ぶ侍女長ロゼ・カーセルが険しい顔で容子に報告する。

「あ……う……」

「ミハル! 気が付いた!?」

 ミハルの意識が戻ったようだ。枕元にいた美月がそれを見て、話しかけた。

「ミハル君! わかるか? 僕だよ!」

 史郎も同じく話しかけた。

「ミカド……さま。ミツキさま……」

「わかる? あたしだよ! 美月だよ!」

「ああ、陛下……あたいみたいな、者に……もったいのう、ございま、す……」

「何言ってんの! しっかり!」

「将……軍……?」

「良くん……」

 容子が良二を手招いた。

「ミハル……」

「申し訳……ありま……せん、将軍。最後で……ミス……お手を、煩わ……せて」

「何言ってるんだ。お前はよくやった、任務は完了したじゃないか、よく頑張ったぞ!」

 ミハルはホッとした表情を見せた。ちゃんと仕事は全うした。そんな満足感だろうか?

「アイ……サ、は?」

「無事だよ。かすり傷も負ってない、お前が守ってくれたおかげだよ」

「ミハルさん!」

「アイサ……レイも……無事かい?」

「ミハル、さん。僕、ここ!」

「ごめん、よ。二人……とも。あたいの、せい、で……イヤな……思い……裏切り、者の疑い……」

「いいから! そんなこと今はいいから!」

「大丈夫! だって、ミハル、さん、命の、恩人!」

 三人の会話を聞きつつ、容子は改めてロゼとメアの方を見た。

 二人はもう、泣き出しそうな顔で首を横に振った。脈も呼吸も回復していないのだろう。

「ミハル! もういいわ、喋らないで! 息を落ち着かせて、身体を楽にするのよ!」

「いえ、ヨウコ、さま……言わせ……。アイサ……あんたは、まっすぐ、だよ……やり方、は……アレ……だけ、ど……弱い人……助け……たい、思い……それは、(たが)ってない……」

「ミハルさん、もう、もう!」

「あたいの……正体、教え、たら……帝府に……誘、おうと……思って、た……こちら、側で、弱い人……助け……」

「お願い、もう喋っちゃ……」

「レイ……?」

「う、うん!」

「アイサ……守って、あげ……て」

「も、もち、ろん!」

「だ、大丈夫よ、ミハルさん。あのね、レイったらね。歳下のくせに牢屋であたしが凹んでたら、好きなだけ泣きなよって泣かせてくれるのよ? 僕は泣き場所作るくらいしか出来ないから、とかさあ。生意気でしょ? 歳下なのにさ」

「ふふ、可愛い顔……して、ても……男、だねぇ……」 

 アイサも、そしてレイも、そしてミハルも微笑んでいた。だが涙があふれて来た。止まらなかった。

「なら……あたい、からの……お願い……二人で……帝……府……」

「仲間に入れてくれるの? じゃあ、ミハルさんに色々教えてもらわなくちゃ。ね、ミハル……ミハル、さん?」

 ミハルの口元から笑みが消えた。

「ミハルさん!」

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