泣き場所
「これ以上は君に話すことは出来んな。今でもちと、しゃべりすぎたと反省している」
「え? え?」
「とぼけてもらっては困る。これまでの言動からしても、君の明らかな帝府やエスエリア贔屓は些か鼻につきすぎる」
「何の事よ」
「とぼけるなと言ったと思うが?」
「ちょっと! あんたアイサのこと、なんか疑ってんの!? まさかカルロの事!?」
ミハルが身を乗り出して問い詰める。
「ふふん、あなたたちもおかしいとは思っているんじゃありませんかね?」
そこへマシャルの代理、ペンゴンが割り込んできた。
「なにがよ!?」
「あなた方がバルンで失敗したとき、その時は既に察知していた軍に囲まれていた。アマテラでもガショーが宝物庫にとりついた途端、同じように囲まれた。正に瓜二つの結果でした。そして両事案ともなぜかアイサさん、あなたがいた」
「偶然よ! なんであたしが仲間を売るなんてこと!」
「その後はもともとアマテラの密偵でガショーに潜り込んでいたレイくんと帝府の情報を土産と称してこちらの4組織連合に潜入した」
「ちが! 僕は! ずっと前から、ガショー、いた!」
「潜入した目的は当然、4組織の対エスエリア工作の利用ですな。即位式では工作はせず、後に改めて行動という先の会議での結論は当てが外れただろうねぇ。エスエリア側に態度を硬化させる理由、技術供与を断る理由が作れない。そこでカルロさんを使った」
「な、なにをバカな!」
「恥をかかされカッカした彼に……そう、あれはわざとやったのよ、地元のあなたたちに手柄を取らせるためにね、などと誑かし、今回の計画を持ち掛けた。例のすり替えた爆裂粉の添加剤は当然お持ちでしょうしねぇ。エスエリアの糞野郎どもの腰を抜かしてやって、とかですかな? 彼はすっかりその気になり、言われるがままに計画を実行した。してしまった。大成功でした。あのおかげでエスエリアは技術供与を拒否する名目が出来た。国王は無傷、エスエリアの使者も軽症だけで済ませる見事な塩梅。誰の目から見てもエスエリアが被害者とみるでしょうねぇ」
「でたら、め! でたらめ、だ!」
レイの必死の訴えにも周りの者の目はどんどん冷たくなっていった。
「そして、最後の仕上げがカルロさんの始末。実行犯を追いかけて乱闘の上、止む無く殺害。実に見事な筋書きだ。うん、これで証人も消えた。恐らく他の3人も、今頃彼と同じところへ旅立ったのでしょうねぇ」
「茶番はいい加減にして! くだらない妄想だわ! あんた今すぐ医者行って頭の中診てもらいなさいよ!」
「ん? ああ、あなたは勘違いなさっておられる。この推理はあたしの考えたものじゃありませんよ?」
――こいつ……じゃない?
「じ、じゃあ誰よ!」
「マシャル・ブラッド会頭ですよ」
「な!」
マシャル……その名を聞いてアイサは全身の毛が逆立つような感覚に襲われた。血の気が引く、という形容さえ生易しい。
耳を疑う、突拍子もない、有り得ない、それらはまさにこの時のために生まれた言葉じゃないのか? アイサの頭の中はそんな思いが渦巻き、今にも転倒しそうなくらい身も心もふらついた。
――ブラッドさんが……あのブラッドさんがそんな……
「フォルドさん、済まんがこの沙汰はわしらエトラッコに決めさせてもらう。ロウト、二人を地下牢へ連れていけ。魔封環をつけてな」
へい! と答えたロウトと呼ばれた男は、茫然とするアイサの両手首に魔封環を取り付けた。
この腕輪は体内の魔素の流れをかく乱させ当人の魔力を99%抑えてしまうほど魔力抑制効果のある手錠の一種だ。アイサ得意の氷魔法もこれでほぼ完全に封じられたと言っていい。
「アイサ!」
「動くな!」
アイサを救おうと立ち上がったレイ。しかし後ろから首筋にナイフを突きつけられ、動きを止められてしまった。
不覚! そう思ったレイは自分にナイフを突き立ててる者を見て更に驚く。
「ミ、ミハル、さん……」
「あたいはね、ペンゴンの話は疑えないくらい筋が通ってると思うけど、まだアイサがスパイだとはあたいは思い切れない。でもあんたは別! バルンで、スップ城で、全く同じ顛末なんてずっと引っ掛ってたんだ。あんたの後ろで糸引いてるやつがいるんじゃないかって……死にたくなければエトラッコに洗いざらい吐きな!」
「ち、ちが、ミハ、ルさ……」
レイの手にも手枷が嵌められ、茫然自失の二人はロウトらエトラッコの者たちに連行されていった。
「いやお疲れさま。ミハルさんのナイフ捌き、正に目にもとまらぬ……」
「うるさい黙れ!」
ミハルはペンゴンの言葉を遮った。
「あんたにあたいらの気持ちなんかわかるもんか!」
「ええ、ええ、そうでしょうなぁ……心底信じていた者に裏切られるなど、そんな心を痛める事などそうそうあるもんじゃ……」
「黙れと言ってるだろう!」
ミハルは床に座り込み、膝を抱えてうずくまった。
「……シェルパさん、申し訳ない。正に俺の不徳さ故だ……この通り……」
フォルドは深く頭を下げた。
正直なところ、フォルドはバルンやスップでの失敗はその共通点から間諜による情報漏洩ではないか? とは思っていた。
しかしそれは長く付き合って来たアイサやミハルでは無く、バルンでの爆破計画の裏方の誰かだと推測していた。変更された出国方法やその船が難破するなどイレギュラーな状況も多く、彼女らが間諜である可能性などほとんど無いと考えたからだ。
しかしレイが絡み、更に帝府が絡んできた辺りで、胸の内に上手く形容することが出来ない引っ掛かりの様なものを感じてきたのは否めない。
――出来過ぎている……
アイサとレイの帝府での情報。
その意外過ぎる情報は、この合同会議で自分らの存在感を示す格好の素材であった。
爆破計画の失敗で肩の狭い思いをするところを一発逆転してくれた事に気を良くして受け入れてしまったが、これは確かに可笑しな話でもあった。
アイサにしろレイにしろ、ズブの素人とは言えないもののまだ若く経験も浅く、精々やっと初級から中堅へ昇ったばかりの二人が帝府の重要情報をまんまと頂いてくるなど思い起こせば疑惑・疑問だらけ。
バルンと全く同じ顛末のスップ上での失敗。間諜であるアイサとレイが申し合わせて行動した、と捉えた方が合点も行きやすい。
だが、間諜で有るか無いかを決めつけられない半端な状況の中、4か国合同の会議を推し、様々な支援をしてくれるマシャルやペンゴンの言う、二人がスパイであると言う推理は納得のいくものであり、それを否定するのは、もはや仲間の裏切りを信じたくないという感情だけであろう。それを頑なに主張しては自分やミハルも疑いの目で見られてしまうのは間違いない。
フォルドにはもう、二人の身柄をエトラッコに預けて取り調べてもらう以外の選択肢は無い。
フォルドもミハル同様、膝を抱えて塞ぎ込みたくなってきた。
「いや、一番辛いのはあんたらだ。俺たちもペンゴンさんに言われるまでは……同志を疑うようなことはしたくなかったし。俺らよりショックは大きいだろう。今日のところは部屋へ引き上げてはどうか?」
「いえ、最後まで聞かせていただきます。次第によっては本国の同志にも動員をかける事もあり得ますし……」
そうかね……シェルパはそう呟くと、ダロン・ブラッカス同盟を議題として会議を再開した。
アイサにとっては久しぶりの投獄であった。
地下牢は一室しかなかったので当然ながらアイサとレイはまとめて放り込まれた。
パンと水だけの夕食を終えた頃から牢内は冷え込んできた。
アイサにとって、ガーランより弱い日差しは有難かったが所詮は砂漠地、夜は冷える。 地下のくせに冷え込みが早いとか、付近に冷蔵倉庫でもあるのだろうか?
二人は床に敷かれた茣蓙の上に並んで座り、粗末な毛布を体に巻き付けて僅かな暖を取っていた。
「こんな時……あたしの魔法は何の役にも立たない……」
ターゲサンに入る前、アイサ自身は何度もトラブルを起こしてその都度、投獄された。
どの牢獄でも印象に残っているのはまずい食事でも、ロクに清掃されない房内の臭いでもない。ここと同じ、寒さだ。冷たさと言い変えた方が良いかもしれない。
「でも、昼間、涼しい。アイサの、涼風魔法の、おかげ」
明日の昼は期待したいところだが魔封環が嵌められていてはそれも出来ないが。
「アマテラ、夏、蒸し暑い。冬、雪、多い。だけど、家のつくりは、夏向け。風通し、いいけど、冬は、寒い」
「冬の寒さは無視するの? 豪雪地帯なら凍えちゃうじゃない」
「冬、厚着する。火、燃やす。暖まれ、る。でも、夏は、水か、魔法で、冷やすしか、ない」
「燃やすものが無くなったら?」
「家族で、暖め合う。子供、の頃、寒い日、母さんと、一緒の布団、で暖め、あった」
「……あたしと、暖め合いたいの?」
「え!? そ、そう言う、意味、違う。む、昔の、話!」
「へ、変な反応しないでよ! その、そうじゃなくて、さ……あ、あたしも、その、ちょっと……」
「な、なに?」
「寒いの、限界かなって……牢屋には何度も入ったけど……ここって一番、寒いかも」
「ぼ、僕、牢屋、初めて……」
「よ、寄せ合うだけでも、違うんじゃないかな?」
「そ、そう……じゃ、じゃあ……」
二人はじりじりと身体を近づけ合った。それほど離れて座ったわけではないのですぐに寄れる。
「も、毛布……」
「撒き直そうか?」
毛布をまくって身体をさらによせ、毛布を重ねる。しばらくそのまま、じっと。
「やっぱり、さっき、より、暖かい」
「うん、だいぶ違うね……」
レイの温もりが、アイサの温もりがお互いを温め合う。歯の根も合わなくなりそうだった先程に比べて、ほっとした気分である。
しかし、寒さが和らいだ分、感情の波が高くなってくる。
「……アイサ?」
僅かではあるがアイサの体が震えて来た。寒さからくる震えとはまた違う……
「寒い、の? ……アイサ……泣いてる?」
アイサの目に涙が浮かんでいた。寒さで忘れていた昼間の事が巡ってくる。
「悔しい……なんで、なんであたしたちが……」
周りのみんなに疑われたこと、アイサの口惜しさはそこだ。
「うん、誤解、も、いいとこ」
「悔しい!」
月明かりに光るアイサの涙。それを見るレイも胸が苦しくなっているようだ。
「ミハル、さん……僕の、事、信じて、くれなかっ、た……」
おまけにナイフまで突きつけられた。あの間合いなら多少の傷は負っても逆転の可能性はあった。自信もあった。しかし、自身が疑われていたことがショックで身体が動かなかった。
「ブラッドさんが……あの人が……」
そう、アイサにとって一番の衝撃は自分たちがスパイだと言い出したのが、あのマシャルだったと言う事だ。
商いの意義、商人としての矜持を笑顔で語り、タラの村でニエムが捨てられるのを見せて、この世界であのように切り捨てられる弱者の存在、その不幸を無くしたいと言う思いを共有していた、そう信じていたのに。
今日のシェルパやペンゴンの話からすれば、自分たちがブラッカス入りする前の行動辺りから、既に疑われ始めていたと考えられるだろう。
ならばなぜマシャルは護衛として自分たちを雇った? あの悲劇をなぜ、わざわざ見せた?
『もし、よろしければ……』
マシャルは明らかに自分にあれを見せたくて誘ったはず。その意図は?
スパイならあの悲劇を見せても無理に平静を装い、その不自然さを突けば尻尾を出すとでも思った?
でもその時自分は取り乱した。ニエムやその息子を前に、彼らの慣習を悪だと言わんばかりに批判した。手を差し伸べない体制を憎んだ。この呪わしい現実に対する思いはマシャルと一緒だったはずだ。
それでなお、疑われていたのか!?
と、涙があふれるのをこらえきれないアイサの頭に、右に座るレイの左手が触れ、そっと包み込むようにアイサの左の髪にそえられた。
「え?」
アイサは涙をこらえようと閉じていた眼を開け、レイの顔を見た。
「泣きたい、なら、泣くといい。僕、一緒に、いる」
「……普通、泣くなって元気づけるもんじゃないの?」
「父さん、言ってた。泣くのは、泣きたい理由、ある、から。まず、好きな、だけ、泣かせる。落ち着いたら、話、する」
「そ、そう……」
「僕、無力。泣き場所、作る、しか、出来、ない」
「ううん……嬉しい。うれし……ありがと……」
レイの言葉に、アイサの涙腺は限界を超えた。
「うう、ひぐっ、う、うううう……うえっ、うぐ!」
レイと寄せ合った身体は暖かかった。そしてレイの言葉も暖かかった。
アイサはしばしの間、この歳下の弟のようなモノノフに甘えて泣きつかせてもらった。




