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追撃

 カルロは手近の門に向かった。衛兵による誘導、沈静化がようやく功を奏して避難者も落ち着きを取り始めていたのだが、

「どけどけぇ!」

そんな中をカルロは全力で飛び込んでいった。

「こらー、貴様ぁ! 列を乱すなー!」

 衛兵の諫める声が響くがカルロはお構いなし。前に並ぶ人込みを掻き分けて外へ外へと進んだ。

 衛兵も秩序を乱すカルロを摘みだしたかったろうが、それよりも早くカルロは群衆の奥深くに潜っていった。

「カルロ! 待ちなさい!」

 アイサも続いて入ろうとした。だが、

「貴様もか! 横紙破りは許さん! 後ろに並べ!」

「で、でも、あいつは!」

「聞こえんのか! それともお縄につきたいか!?」

 ち! アイサは舌打ちはしたが手の平を胸の前に広げ大人しく下がった。投獄されればフォルドらにも迷惑がかかる。下手すれば素性までバレてしまうかも……

 半分あきらめかけたアイサだが、衛兵の誘導により門近くの城壁辺りに居た避難民は列の中に押しこまれ、城壁自体はクリアになっていることに気付く。

 ピコーン! 

 アイサは城壁に向かって走ると念を込め、壁面に氷柱を繰り出して階段を作り、一気に駆け上った。

 城壁天辺に来るとアイサはカルロを探した。

 (なだ)れ出る群衆の中ではあったが、すぐにアイサはカルロを見つける事が出来た。

 奴は後先考えずとにかく周りの避難民を押しのけ、周りからブーイングの嵐を受けながら移動しているので一目瞭然と言う訳である。

 カルロは群衆から抜け出し街方面へ向かって行った。

 アイサは先程と同じく氷柱を出して壁外側を駆け下りる。更に堀を凍らせて一人分の橋を造って渡り街道に飛び出す。後ろで衛兵が呼び止めていたような気もするがアイサはお構いなく走り出し、カルロを追って街に入った。

 追いかけること自体は難しくは無かった。

 即位式の大騒動で街の者たちの耳目は宮殿方向に向かっている。反対方向に歩んでいた者も大半は歩を止め振り返っている。

 だから宮殿方向から反対方向に駆けている奴がカルロだ。

 もしかしたらカルロは関係ないかもしれない。しかしあの挙動は実行犯では無くても、何らかの情報は持っていると考えるのが妥当である。

 爆発は2回。もしかしたら2人以上の可能性、いや確率はその方が高いだろう。

 ならば余計にカルロを捉え、情報を引き出さなければ。

 時折こちらを伺いながらカルロは走った。追うアイサ。

 アイサは牧場育ち。子供のころから牛や馬たちと牧場を駆けまくって培った持久力はアマテラ沖で遭難して浜に辿り着いてもなお魚捕りするほど高い事が証明されている。カルロはどこまで持つのか?

 再度振り向いたカルロは直線では振り切れないと踏んだか、裏路地に入った。次のブロックを曲がる前までにアイサとの差を保てられれば期待が持てただろうが、アイサの足はカルロが次ブロックで右折するのを捉えた。

 アイサはどんどん差を縮め、カルロを追い詰めていく。そして次の三差路で逃げ道を左折に求めたカルロはついに行き止まりに突き当たった。

 実際には乱雑に置かれた荷物や木箱と薄い戸板を抜ければまだ活路は有るのだが、カルロの脚は限界だった。

「カルロ、聞きたいことがあるわ」

「寄るな、クソビッチが!」

 下品な言葉でアイサを罵るカルロ。

 ――あたし、これでも処女なんだけど?

 定番とは言え淫売呼ばわりの雑言にイラっとしながらも、息を整えつつ、アイサはカルロを問い詰める。

「あの爆発、あんたのしわざ?」

「う、うう……」

「4組織の合意で今日は何もしないって取り決めだったよね? エトラッコは抜け駆けしたの?」

「あ、うう」

 目が泳ぎ出した。しかしまだ抜け駆けだと断定はできない。

 とは言えエトラッコ、ましてシェルパ辺りの幹部連との工作ならここまで怯えたりはしないだろう、単に命令でやったことだと言えばいい。

 やはりこやつ本人と数名の仲間による独走、というのがしっくりする。

 その上でのあの驚愕、怯え方は、あの結果が想像よりも上、しかもかなり上だったと言う事が推察される。

「あんた……エトラッコにも黙って独断で……」

「うるせぇ!」

 カルロはやっと言葉らしい声を上げた。

「お、おまえのせいだ! おまえがあそこで俺に恥をかかせなきゃ!」

 アイサの眉間に、思いっきりしわが寄った。あまりにもお約束な、逆恨みの小物感がバンバンである。

「ああそう、まあ動機は分かったわよ。くっだらない逆恨み……ここで騒動起こせばあたしたちを出し抜けるとでも思ったの? でも結局自分の首絞めたわね? 見たでしょあの惨状! 何人死んで、何人傷ついたか、あんたわかってんの!?」

「お、俺だってあんなふうになるなんて思ってなかったんだよ! エスエリアの木っ端役人にヒヤッとさせる、それが狙いだったんだ! そ、それがあんな……」

「……あんた、爆裂粉の量、間違えたの?」

「派手に音が鳴る程度だって言われたんだ! それでエスエリアの役人が腰を抜かせば……それを笑いもんに出来りゃ、それでよかったんだ!」

 言い訳に終始するカルロ。実に見苦しい限りだが、気にかかる事も。

 確かにあの爆裂筒は2つとも右方向に放たれた。エスエリアの名代を狙ったと言うのはウソではないだろう。

 更にその爆裂筒の手配、入手や調合はどうやらカルロ自身ではない……そんな仮説が成り立ちそうである。

 しかもあの驚き様は宮殿前広場の結果のみならず、自分が下手人と知られたらエトラッコ上層部に追及されることを恐れてのことも多分に含まれていよう。

 ――第三者に(そそのか)された?

「お、俺をどうしようってんだ! 軍に突き出すのか!?」

「……そうしたいけど、あたしらもそんな立場じゃないからね。連携している組織の仲間を売ることは出来ないわ。とりあえずシェルパさんに連絡を……」

「させねぇぞ!」

 カルロは腰の後ろから短剣を取り出して構えた。それをみてアイサも反射的に、左に構える。右手に念を込め氷矢を浮かび上がらせた。

「……エトラッコは関係ないってわけね? やっぱりこれはあんたの独断?」

「だからお前のせいだっつってんだよ! 余計な事ベラベラ喋って俺の顔潰しやがって!」

 潰れてどうこう言えるほどの面子か? などと言ってやりたいところだが火に油注いで炎上を楽しむ場合でもない。

「だからってこれからどうすんのよ? ブラッカス最大の組織であるエトラッコはこの先すぐに目を付けられて搾り上げられるわ。シェルパさんらにしちゃいい迷惑ね」

「ううう……」

「エトラッコにはもう帰れない。これだけの事をしてしまっては……」

「頼む!」

「え?」

 カルロは右手に持っていた剣の柄をアイサに向け頭を下げた。

「見逃してくれ! 俺は身を隠す! あんたにももう手は出さねぇ!」

「……」

 本音であるならば、マジでこいつの小物感がハンパない。大義も名分もない、ただ己の保身にのみ全力。

 ――もう手は出さないとか、あんた如きが言えるような実力? ほざけるような立場?

 アイサはため息しか出なかった。

「身を隠すとかあたしに言われても困るわよ」

「そこを何とか! この通り!」

 更に頭を下げるカルロ。

「無理だって。よその組織の人の処遇を勝手に……」

 バッ!

「うっ!」

 アイサの視界が遮られた。煙幕のような黒鉛のような粉末を顔に投げつけられた。

 ――しまった、侮った! く……ち、力が入らない。

 アイサは浮かべた氷矢を放とうとした。しかし氷矢はアイサの思いとは裏腹に飛ぶことなく地に落ちてしまった。

「へへへ、どうだ、魔界の毒草を使った魔封粉の味は!」

 ――魔封粉! 魔界の!? く……魔法を封じられた……

「加えて弛緩剤も混じってるんだ。どうだ、動きが取れねぇだろが、けっへへへ!」

 騙し撃ちが見事に決まり、得意満面のカルロ。短剣を両手で握り直すと大きく振りかぶった。

「爆発は下手売っちまったが、おめぇを始末できりゃ釣りが来るわ! あ、そうだ。このテロ、汚名返上狙ったターゲサンのせいにしちまうか? ンで主犯のおめぇを俺が始末したと」

「く、くそ野郎……」

「悔しいか? あ? 悔しいか、悔しいかぁ? その顔、その顔だよ! 気持ちいいねぇ、最高だねぇ! へっへ~、最後に笑うのは俺のようだなぁ! 後悔しながら逝きやがれ!」

 カルロは横たわるアイサ目掛けて剣を突き下ろそうと足を踏ん張った。

 ――動けない! 畜生!

 アイサの脳裏に悔恨と口惜しさが交錯する。

 と、その時、

パシッ!

何か石らしき物が凄まじい速さで布にぶつかった、そんな音がアイサとカルロの耳に届いた。

「え?」

「あれ?」

 カルロの動きも止まった。そのまま音のした方に目を移す。

 音がしたのはカルロの腹の辺りだった。中心より右寄りに、1cmほどの穴が開き、血が服に染み込んでいき、ゆっくりと広がり始める。

「い、痛て……何だこれ……て、てめぇ……なに……しやが……」

 カルロがうめく。しかしアイサも何がどうなったか分からなかった。

「こ、この売女ぁ!」

 カルロは再び剣を振り上げた。アイサの顔を目掛けて振り下ろそうとする。だが次の瞬間また、

パキッ!

という音と共に今度はカルロの額辺りに穴が開いた。

 額に穴を開けられたカルロはそのまま全身の力が一気に抜けたと言わんばかりに地面に崩れ落ちた。

 ――なに!? なにが起こったの!?

 弛緩剤にやられた体に鞭打って起き上がり、アイサは自分の前に転がった、両膝共、くの字に曲がって揃えられているが上半身は両腕を広げて上を向いている、と言った奇妙な体勢のままのカルロを凝視した。

 額の穴の大きさも腹のそれと同じくらいだった。その穴から血がとめどなく流れ出して周りを朱に染めていく。

 ――弓矢? いや違う、貫通していないし矢なら目でも追えたはず……吹き矢でもないし釘とかでもない……なに? なんなの?

 まだ動きの鈍い首を懸命に動かして周りを見回すも、アイサの目は人一人、猫の子一匹見つけることは出来なかった。

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