即位式
やがて護衛依頼は問題なく終了しアイサとレイは一旦、首都ガーランの根城に戻った。
「姨捨山……」
レイがボソッと言った。
「そんな言い方があるの?」
「アマテラでも、昔話、や、そんな、言い伝え、ある。今は、御法度」
「……アマテラはあの村よりは恵まれてるって事かしら? カリンの言うように、あんたらのような組織が少ないってそう言う事なのかな?」
「で、でも、僕たちは」
「わかってるって。あたしだってそうなんだもの」
優劣をつける事ではない。自分らもタラ村の事も同じく不幸なのだと。
「あの人たちはあたしたちのように体制に異を唱える余裕すらない……国に保護や援助を求める知識も……」
「だから、僕たちが」
「うん。あたしたちが声を伝えなきゃ。それが出来ないなら見て見ぬふりするしかない」
「でも、知って、しまった、から」
「そうよ、そんな事が出来るなら、あたしだってターゲサンになんかいないわよ」
「もう一度、エスエリア、行け、ないかな?」
「……あの、アマテラ王国発行の旅券なら行けるかもだけど……なに? 帝府に直訴でもするの?」
「無理?」
「帝府に動く意思があればね。でも彼らはあたしたちがなぜテロ組織にいるのかもわかった上で『見ているだけ』と言ってんのよ? 切られる弱者がいると知っているのに、よ」
「そう、だね。天界も、監視、してる、そうだし」
「人間界を弄んだり、意地悪で知識や技術の出し惜しみしてるとは思わないけど……期待薄ね」
二人そろって嘆息。まあ自分ら程度の頭でポンっと解決策が出せるなら苦労は無いし、テロ活動なんぞもしていない。
「やっぱり、臣民の思いを国に認めさせるしかないね……」
「うん……」
♦
ブラッカス公国前大公の喪が明けて一か月。今日は新大公の即位式が首都の神殿内で行われる。
同時にブラッカス公国は、魔素異変以前から続くエスエリア王国の名目的属国から離れてブラッカス王国となり、名実ともに独立国家となる。
魔素異変前はブラッカス地方に勢力を伸ばしてきていた現在で言うアーゼナル皇国周辺やダロン王国勢に対し、エスエリア王国以前の国家が両国牽制の意味もあってブラッカスを統治下に置き、公国の後ろ盾となっていた。
だが、500年前に魔素異変が起こり、各国は勢力が縮小してしまい6つの防衛拠点となった。その後、天界、魔界からの助勢・介入により実質的に独立国家として扱われ、復興を目指してきた。
各国は国力のバランスの取れた復興がなされ、6大国中最下位とは言え、一国としての維持が可能となり、先々代エスエリア国王が30年の後に名目のみとなった王国の統治から離れる事を承認したのである。それが今年なのだ。
即位式はそのまま国王としての即位であり、新生ブラッカス王国の建国の日でもあるのだ。
即位式後は宮殿の敷地は解放されて、本殿の3階バルコニーに新国王が現れて臣民にお披露目すると言う行事がある。新国王を先頭にそれを承認し祝意を伝える帝府と各国の名代も同席する。
「凄い人ねぇ。てかこの町ってこんなに人いたのね~」
新国王の登場を一目見ようと、首都中から人が集まって来たんじゃないかと思えるほどの人込みぶりに、アイサが呆れて漏らした。
「まあな。即位式なんてそうそうお目にかかれないし、臣民の気持ちもわかるよな」
フォルドもその機会に立ち会えたことをいくらか楽しんでいるみたいな口調だった。
「足、三回、踏まれ、た」
「はははぁ、レイったら槍や太刀の使い手のくせに、こういう時はスキが有りまくりだねぇ?」
「ここ、戦場、違う」
ミハルの皮肉めいた冗談に、ムスっと口がへの字のレイくんである。
例の組織間の同意によりこの即位式ではテロ活動は行わないと決定したので、ターゲサン一行は新国王お披露目の見学に出張って来た。
とは言え、曲がりなりにもテロリストの端くれであるので他の大衆のように少しでも前へ、という事はせずに遠巻きに離れたところで屯していた。
それでも人の波は結構なものでじっと立っているのもなかなかにキツイ。
「やっぱ工作見送りは正解だったんじゃないかなぁ。こんな状態じゃ何をやっても難しいし、こないだみたいな真似しようとしても思い通りにいかないんじゃない?」
「そうだな。これだけの人だかりじゃ、巻き添えになる大衆も少なくないだろうな。それは我々の望むところじゃない」
「インパクトは抜群だけどねぇ?」
「でも、本末、転倒。でしょ、ミハルさん」
「ああ。例えば、あのバルコニー吹っ飛ばして各国の名代巻き添えに、なんて事したら全世界敵にしちまうな」
「でも、想像以上の盛り上がりよね。警備の兵も周りの監視どころじゃないわ」
「警備責任者はハラハラだろうな。おっと、新国王のお出ましだぞ」
フォルドがそう言いかけると同時に、集まった観衆から正に割れんばかりの拍手と歓声が上がった。新国王がバルコニーにその姿を現したのである。
ウオオオオオオー!
宮殿をも震わすのではないか? そんな地の底から噴き出してきたような大歓声があがった。
アイサは思わず片目を瞑ってしまうくらい、この興奮のるつぼと化した敷地内の喧騒の直撃を受けた。恐らくは、生まれてこの方経験した中で一番の活気ではないだろうか?
国王の後ろには、王を囲む形で各国の名代も姿を現した。100m近く離れているアイサらのところからでは顔ははっきりとは分からないが、帝府の出席者であるフィリアとシーナの姿が何となくわかった。
先頭に国王、そのすぐ後ろにシーナとフィリア。さらに下がって向かって右からエスエリア、ダロン、シュナイザー、アーゼナル、トラバントの使者が横一列に並んでいた。
「やっぱり、フィリア、さんたち、は、前だ、ね」
「そうね、やっぱ帝府は他国に比べて格が上なんでしょね」
「ま、ミカドの名代だからな。当然と言えば当然か」
「アイサもレイもあの連中と会ったんだろ? 後でちょっくら、あたいらも紹介しとくれよ」
「ミハルさん、出来っこないとわかってて言ってるでしょ?」
へっへらへ~と笑って返すミハルさんでした。
まったく~、と渋面で再度バルコニーに目を移すアイサ。と、
「ん?」
アイサの目に妙なものが映った。
新国王を称え、バルコニーの近くで花びらや、花そのものを撒いたり振ったりする大衆の中から何か筒らしきものが2つ、各国代表が並ぶ後方の右側に向かって飛び上がって行くのが見えたのだ。
距離があるので正確な大きさはわからないが、大体直径5~6cm、長さは20cmほどの筒、とアイサは直感した。
だが問題はその大きさではなく、飛んでいく筒の後端に煙を吹いているひも状のものがくっ付いている事だった。
「あ、あれは!」
フォルドが叫んだ。彼も気が付いていた。
導火線の煙!
アイサは勿論、バルンの魔導殿倉庫で着火させた導火線を知るフォルドやミハルもあの筒の正体に感づいた。
――爆裂筒だ!
三人が直感した正体を口にしかけたその刹那、
ドンッ! ドオンッ!
耳をつんざくような爆音がバルコニーのVIP、そして熱狂した大衆に襲い掛かった。
うわー! キャー!
突然のアクシデントに宮殿前広場は爆発音以上の叫び声や悲鳴に包まれた。
バルコニー周辺の衆人は、爆発の衝撃に転倒したり、うずくまったり。そして、時としてそれらを踏みつけながら逃げ惑う者。何があったか理解出来ず呆然とする者、逆にそれを見極めようと近付こうとする者らが入り乱れ、宮殿から離れたところでも転倒する者が続出。まるで視界のあちらこちらで増水時の川の激流さながらに大衆たちが渦を作るがごとく逃げ惑った。
大衆にはエスエリア大使館が爆破テロに襲われた記憶も新しく、それがさらに騒乱に拍車をかけたかもしれない。
ここは危ない! 離れなければいけない!
誰もかれもがそう思っていたことだろう。しかし、突然の出来事に人々の頭には正常な思考など期待できるわけもなく、やみくもに逃げ回り、城壁や人込みに進路を阻まれ、出口を探すも今自分がいる位置すらも把握できずに右往左往しあい、出口に辿り着いてもその殺到する人数をすんなり通過できる広さなど有るわけもなく、押し付け合い、踏みつけ合いの応酬が至る所で……
パニックである。
下手に動いちゃだめだ、現場からも出口からも遠くで情勢を判断しなくちゃ!
2回の爆発以降、追加の攻撃が無いことからアイサらは一旦、城壁沿いを移動して各通用門から一番遠いところに辿り着いた。
予想通り、時間がたつと出口を目指す避難民の方向が定まってきて、アイサたちのいるところの人込みは見る間に減っていった。
宮殿までの視界が開けると、バルコニーのVIPたちは既に宮殿内に避難し、近衛兵が周辺の警戒に当たっていた。
宮殿前広場に目を移すとこの混乱により転倒したり、踏まれたり押し潰された人々が累々と横たわっているのが見えてきた。
なお這い蹲って遠ざかろうとする者、怪我した腕や足を抱えながら呻き声、または悲鳴を上げる者、横たわって微動だにしない者。
動かない者の中には気絶だけで済んでいるものも居るだろうが、死者も相当数いることだろう。胸、腹を踏みつけられ、鼻や口から出血している者もあちこちにいる。
正に惨状である。さっきまでの熱狂が夢幻のごとくだ。
宮殿内の警備兵の一部も出動し、観衆の避難誘導に入ると同時に負傷者の対応にも当たり始めた。
アイサらも負傷者の救助を手伝いたかった。しかし自分たちは4人とも外国人、しかも札付きのテロリストのメンバーではさすがに軍との共同歩調は躊躇われた。
とは言うものの、
「あーん! ママぁー! どこぉ~!」
目の前で親とはぐれて泣いている子供を見れば、見て見ぬ振りも出来ず、レイはその子に近寄った。
「ママ、いない、の? パパは?」
「パパもいないの~。メグ、寂しいのぉ!」
「メグ? メグちゃん、と、言うの? うん、じゃあ、お兄ちゃん、と、パパたち、探そうか? ね?」
「……うん」
相変わらず子供が好きなのね……アイサは迷子をあやすレイを見て、少し気が落ち着いた。
しかし、避難者の中に居ればいいが、敷地内に倒れている中に両親がいたら……考えたくはないがそんな最悪な事態も……そんな思いを巡らしながら周りを見渡す。
「……あれ?」
視界の中に見覚えのある顔の男が、この惨状を見て膝をガクガクさせながら呆然としているのにアイサは気が付いた。
「カルロ!」
そう、先だっての合同会議で悪態をついていたエトラッコ所属のカルロだ。
名前を呼ばれたカルロはビクッと体全体を震わせてこちら側、アイサの方を見た。
「フウッ!」
アイサらの姿を見たカルロは再度体を震わせ、声にならない驚愕した声を上げると脱兎のごとく走り出した。
「なんだろ? ボーっとしてたと思ったらいきなり……あ! フォルドさん! あいつもしかして!」
――この騒動の実行犯?
「ま、まさか! 即位式では何もしないと全組織で取り決めたはずだぞ!」
だが目の前で、あんな挙動不審の見本みたいな動きを見せられては気にならないわけはない。
「ちょっと! カルロ!」
「待て、おい! アイサ!」
アイサは日除けに羽織っていたカンドゥーラもどきの上着を脱ぎ棄て、呼び止めるフォルドの声を無視して走り出した。




