タラの村
会議は日没手前で終了し、アイサらはアジトに戻った。
近所の食堂で食事を済ませると、部屋に帰り本日の反省会である。
とか言いながら実質は、土産物の残りのワインと燻製肉で二次会スタートだったり。
「いや~、あのカルロって奴の顔! 笑かしてくれたわ~。アイサとレイ君の大金星だね!」
「バルンの失敗で俺たちは針の筵になるところだったからなぁ。二人はホント、良い情報を持って来てくれたもんだ」
当初はフォルドとミハルのみの出席で単なる失敗報告に終わるはずだった本会議では、アイサとレイの帝府の情報により立派に存在感を出すことができ、今後の活動計画を策定するにも役立つわけで他国の同志からも高評価を得た。
「とにかく当面は帝府への敵対行動は控える方向に変更だね。ミカドがアイサの言う通り差別や贔屓はしないと言う姿勢がホントならそっちの方が得策とは思うけど」
「だが最終的には帝府の技術を出来る限り広める事。それで今は貧しく非効率な工業、農業に従事してる者たちの負担が減れば幸いだ。俺たちも手を汚して来た甲斐があるってもんだ」
「でも、性急、よくない。本来の、流れ、変える、と、天界、怒る」
「あたいは頭悪いからよく分からないんだけど、便利になる事はいい事じゃん。ケチらずにさっさと出せよって言いたくなるけどねぇ」
「連中には連中なりの考えがあるみたい。見守るのが仕事とか言ってたし」
「6大国の政治に直接関与はしないと言うのなら、こちらもそれなりに動かないとな。安寧計画時の彼らの話やアイサらの情報からしても今のところは敵対する理由は見当たらん」
「四天王、すごい。睨まれる、だけで、死ぬか、と思った」
「神々や魔王たちと同じレベルってことか~。それほど強いんなら何で人間界支配しちゃわないんだろ?」
「めんど、くさい、て言ってた」
「……何なんだろね~。高貴なお方のオツムはどうなってんだ?」
「とにかく、次の計画はダロンで行うと言う方向性は固まった。我々は当面、エトラッコの支援という形で協力する」
「大公の即位式が終わって、アイサの言ってた懸念……情報相が何しに来るのかを見てから、手法を決めるんだね?」
「ああ、もしも帝府が臣民にプラスとなる意向や方策を見せるなら反対する必要は無いからな。やっと盛り上がって来た反体制への気運がどう動くか、やり方を間違えると我々自身の首を絞めることにもなりかねん」
「苦しんでる切り捨てられそうな弱者を救う。その思いが一致するなら敵対じゃなくて歩み寄った方がいいもんね」
「……なあ、アイサ。あんた、少し変だな?」
「え? 何よ、変って?」
「ああ、ごめん。いい言葉が見つからなくってさ。まあぶっちゃけで言わせてもらやぁ、アイサ、あんた帝府の考えに当てられてないか?」
「……あたしが懐柔されたって言いたいの?」
「そこまで言わないよ。ただ、アマテラで別れてからアタリが変わったって言うかさ」
「それは俺も感じた」
「フォルドさんまで?」
「勘違いするな。お前がターゲサンとして参加しているのは自分のような見捨てられる弱者を無くすためってのは疑っちゃいない。ただ今までは何というか、活動の要因として復讐って側面もかなり強かったと思ってな」
「……」
「悪い事じゃない。いろんな見方が増えて尚、弱者救済を旨とするなら……」
「疲れた。寝る」
フォルドの言葉をさえぎってアイサは席を立った。足早に部屋を出ていく。
「ア、アイサ」
レイの言葉にもアイサの脚は緩まなかった。
「アイサ……」
レイがアイサを追いかけて部屋に入ると、アイサは窓枠に肘をつけて外を眺めていた。
「ここは女子部屋よ。男子禁止!」
窓ガラスに映るレイに向かって、ふてくされた口調で答えるアイサ。
「アイサ、迷って、る?」
レイはベッドに腰を降ろした。若干項垂れて眼も何となく虚ろで、ちょっと気には掛かる。
「あんたもそう言うこと、言うの?」
変わらず本人を見ず、ガラスのレイに問い詰める。
「アイサ、カリン様、母娘でも、人質、取ろうとした。今、出来る?」
「……」
「僕、出来ない」
「あんたは前から出来なかったじゃない」
「僕も、迷い、ある」
アイサはやっと振り返った。今度は窓のへりに背中を預け、腕組み。
「あたし、そんな変わったのかな? アマテラで別れて、まだ10日かそこらよ?」
「カリン様も、帝府の、人たち、も、意外、過ぎ」
「まあね……」
正直、ミハルに言われてアイサは初めて気が付いた。そしてそれを否定しきれない今の自分の心持に。
帝府の考えに当てられてないか?
帝府はミカドを皮切りに皆、民の事を考えてくれている。
その桁違いの魔力と魔法技、そして異世界からの知識や技術。それを盾に世界中から税を取り、人間界を支配して贅沢三昧、この世のありとあらゆる快楽物欲を満たせる立場にあるのに、ほとんど興味を示さないどころか「めんどくさい」と宣う始末。
全てが悪いとは言わないまでも、自分らのような国家の恩恵を受けづらく辛酸を舐めながら、しかし差し出すモノは差し出している辺境の生活者たちも数多い現体制と比べれば、
――もし彼らが導いてくれれば泣く弱者は減るかも……
との思いが過ってしまう。
自分らを切り捨てた体制には今でも修まることの無い怒りと怨嗟は変わることはなく、胸の内で燃え盛っている。
しかし、ほんの少し流れが変われば、ほんの少し帝府の人々のような思いになってくれれば……
我らの思想を思い知らせるために、耳目を引き付けるために、派手に、過激に騒動を起こし、時には犠牲を伴う結果を出してしまう、そんな工作活動も不要なのではないか?
レイの言う迷いの元、それを言葉にしようとすれば、そんな考えが今の自分の中で、形を成し始めているからではないか? ミハルの一言で帝府訪問以来、頭の奥で燻っている事、どうにも離れない事を一気に具現化された、そんな思いなのは否定しようもない。
だがそれは淡い希望。実際にクロダは自ら首を突っ込まない、と明言している。
「確かに、帝府が、実権、握るの、危険。6大国が、一国に、なるだけ」
レイもまた、帝府の強大な力を民の生活向上のために向けてほしいという思いはあるのだろう。しかしそれは、帝府の一員たるラークによっても否定されている。
「世界は帝府だけでは眼を通しきれない。今の体制が下請けになるだけよね」
「だから、帝府、見守るだけ。天界と、同じ。それは、わかる。でも……」
「時空の最上級神であるホーラさまがアデスの時の流れを乱すことは許さない。帝府が実権を握るのはその元になってしまうんだろうね。まあ、あんな超兵器見せられちゃあねぇ」
「あれ、だけで、国相手、に戦争、出来そう」
「今日のカルロみたいな奴が持ったらロクなこと起きないよね。ま、元帥並みの魔力が必要だから神族や魔族でもよほど高位でないと無理だろうけど」
「今日、と言えば、アイサ、会頭と、何を、話して、た?」
「ん? 何か気になる?」
「なんだか、嬉し、そうに、話し、てた」
「そんな風に見えた? 話題は今あんたと話してたのとあんま変わんないよ? どうすれば臣民がより生活しやすくなるか? そんな感じ。あ、でも……」
「でも?」
「最後に『もしよろしかったら』とか言ってたから、何かのお誘いだったかもね」
「お誘い?」
レイの眉間にしわが寄った。
♦
「レイ! そっち行くよ! 頭出させるからね!」
「うん!」
砂中をまるで沼か池の魚のように走り回る砂虫を隊商の馬車から遠くへ引き付けたレイは、アイサの声に合わせて太刀を身構えた。
レイに照準を定めた砂虫は、その全長10m強、太さ70cmの体をくねらせ、周辺の砂をまき散らしながら一直線に彼に向かう。
砂虫がレイの手前約5mくらいに達した時「今!」という彼の掛け声に応じて、アイサは氷魔法で奴の眼前、砂中から始まるレイの腰の高さほどの地上高があるスキージャンプ台のような氷台を、2m位の幅で創造した。
勢いのついた砂虫は、台手前での減速も進路変更も出来ずに体を氷台に勢い良く乗り上げてしまった。
更に熱い砂漠から、いきなり氷点以下の氷台に触れて体の動きも鈍くなり丸太よろしく台の上、レイの身構える真ん前に頭を晒す砂虫。
「や!」
短い掛け声とともにレイの太刀は砂虫の太さをものともせず、その頭部をバッサリと斬り払った。
巨大なミミズみたいな図体と、円形でぐるりと牙が生え揃った無顎類の如き大口を持つ、砂漠を中心に生息するこの魔獣は、砂漠を突っ切らなければならない軍隊や隊商などが最も恐れる魔獣の一つだ。
縄張り意識が強く群れたりすることはないが、その分予兆も無しに潜んだ砂の中から突然現れて襲ってくる。
頭部を狩ればやがて死に至るのではあるが、普通のミミズや蛇と同様に胴体はしばらく動きまくる。これに巻き込まれて負傷、運が悪いと下敷きになり圧死する事も少なくない。
しかしレイはその動きを瞬時に見切り、魔石のある部分の前後で太刀を二閃させ切断。魔石の力を失った前後の胴体は瞬時に動きを止めた。
魔石を含む切り取られた部分は尚もビクビクとうごめくが、レイは今度は胴体を縦に一刀両断し、魔石を取り出した。
これで討伐は完全終了だ。魔石を取られた魔獣の体は再生はせず朽ちていくだけである。
「お見事です、レイさん、アイサさん!」
馬車から討伐の様子を見ていたマシャルがアイサとレイの活躍を称賛した。
「あ~、やっぱ砂漠であんなデカい氷作るのしんどいわ~。次出て来られたらやばいかも~」
かなりの魔力を消費したらしいアイサは馬車の荷台に凭れかけて息を切らした。
「大丈夫でしょう。砂虫の縄張りは半径1km、2kmじゃないですから、そんなに連続で出くわす事はありませんし」
「アイサ、最初に、氷槍、出し過ぎ。あれ、ムダ」
「しょうがないじゃん! あんな簡単に溶けると思わなかったもん!」
最初は、砂中を動く砂虫をアイサが氷槍を多数繰り出し、串刺しにして動きを止めて頭を斬り払おうとしたのだが、砂漠の熱は瞬時に氷槍の刃先を溶かしてしまい、動きを牽制、若しくは進路を変えるくらいは出来たが砂虫の体を射抜くほどの切れ味は維持できなかった。
それでレイが隊列から遠ざける囮として離れ、先程のジャンプ台を出現させて頭を砂場より高く跳ね上げ、レイが仕留めると言う戦法を取ったのだ。
刃先と違ってあれほど大きな氷塊は簡単には溶けず、首尾よく打ち取る事が出来た。
で、その分、魔力を損耗させてしまったと言うわけだ。
「お疲れさまでしたお二方。やはり隊商の護衛をお願いしたのは正解でしたね」
ターゲサンを含め、他の組織は先だっての会議で公国の即位式関連の工作・攻撃は見送り、今後の活動の練り直しをするという方向に同意して、来月にまた合議することとなった。
その間の首都ガーランでの滞在費は、例の土産物売却である程度は確保できているが、それだけでは心もとない事もあり、計画立案はフォルドとミハルに任せてアイサとレイは港町スズに出稼ぎとあいなった。
と、言うか、会議の休憩中に話していた「もしよろしかったら」とのマシャルの誘い文句、あれはこの隊商の護衛を依頼したいと言う意味だったのだ。
安寧計画、王都大乱の後は魔獣による被害はかなり減少、半減以下と言っていいほど少なくなった。だがしかし、相変わらず魔獣の脅威は存在しており、こう言った魔獣や盗賊相手の護衛任務は今現在も冒険者ギルドのメンバーらの食扶持となっている。
「レイさん、凄い腕前ですね。一振りであの太い砂虫の頭を斬り払うとは」
「ブラッドさん、から借りた、太刀の、おかげ。素晴らしい、業、物」
「それは以前、アマテラの商人から譲って頂いたものなんですよ。レイさんがアマテラ出身と聞いてそれならばと思いまして引っ張り出してきました。実戦で使用してもらったのは初めてですが素晴らしい切れ味ですね、アマテラの職人は世界でも指折りと聞いていましたが、これほどとは想像しておりませんでした」
「意外ってか、あんた槍の使い手だとばかり思ってたわ。浜の時の迫力もなかなかだったわよ?」
「槍は、太刀より、間合い、広い。相手と、状況、次第」
「頼もしい限りです。では出発いたしましょうか」
脅威を排除したマシャルの隊列は再び動き出した。まあ隊列とは言え、アイサらの乗る馬車を含めて3車しか無いのだが。
「でも、3日近くもかけて商売しに行くのに規模が小さいわね?」
「今回のお客は辺境の山際のタラと言う村で人口も少ないんです。ほとんど自給自足の生活に近いのですが農業や狩猟が中心で生活に必要な刃物類や農機具など金属を使った道具は自給できません。ですから、年に2~3回ほど商いがあるんです」
「でも商人としては儲かるから行くのよね?」
「ええ、農産物の買取もありますし、あの周辺にいる魔獣の中には希少な魔石を持つ種類のものが生息していて、それが村の収入の柱となっていますね。とは言え大儲けできるほどの量は無く、こちらとしても採算はギリギリ、赤字の時も珍しくありません」
「それなのに、ブラッドさん、続ける?」
「タラ村とは曾祖父の代から付き合いがあるんです。よほどの不利益が無い限り続けたいんですよ。それに、そういう所とでも商いをするという実績は他の取引相手にも好印象を持ってもらえます」
「買い手によし、売り手によし、か」
「そして世間によしです。商人として生き甲斐を感じる時ですね。今回の取引はその村相手の中では一番の規模になります。農産物の収穫が終わった後ですし、春夏は魔獣狩りのピークですので今の時期は魔石の量も期待できます。今日の夕方には到着しますが、今晩は年に一度のお祭り、収穫祭が催されるんです」
「なるほど、ちゃんとタイミングは計っているのね」
「普段は慎ましい生活をしている村民も、この日だけは特別でお腹を十分に満たします。こちらの荷物の中には祭りで楽しむための酒肴も入ってるんですよ」
アイサとレイは、異国の村の様子や祭りに興味が出てきた。
自分らも地方の生まれであり、地元の最大の娯楽と言えば祈願祭や収穫祭だ。子供のころは準備が始まる数日前からワクワクして本祭を待ったものである。
いい時に来た。その日アイサはそう思っていた。




