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乾いた国

「確かにな。今回の攻撃を防げなかった公国に対し、エスエリアは腹を立てとるだろうし、トーラ氏の想像通り、そんな相手に新技術の供与は面白くないと思える、て事なんだな」

「でも帝府の意向に逆らえるかしら? いくら元王女とは言え、もう王室から籍を抜いて帝府に置いてるんだし。それより、帝府の邪魔をしない代わりにもっと新しい技術を要求したりしてね」

「アイサくん、帝府はどれほど未知の技術や知識を蓄えているか、その辺りは分からなかったか?」

「研究室周辺は天界も警備に関わるほど厳重だったから。残念だけど、そういう情報は……」

 違反者には無慈悲なかかと落しである。

「とにかく魔力に関しては超人的な人たちだったわ」

「ふむ、だとすると帝府に対しては様子見、即位式はエスエリアの出席者は小物の可能性大、いやもしかしたら出席見送りもあり得るから次回の標的にするには得るものが少ないか?」

「となると次回は予備のプラン、ダロン内での計画を主軸にするのがよさそうではないかな、シェルパ殿?」

「アマテラ案は無し?」

「注目を引くならアーゼナル・アマテラと考えとったが、今回の爆裂粉を用いた二計画の内、一つは成功、一つは失敗。その差は主剤と添加剤運搬ルートの距離差だぞな。先だっての大使館爆破成功時は別々のルートだったが主剤・添加剤とも出どころは我らダロン国内だぞい。対してシュナイザーでのルートは主剤はダロン、添加剤はエスエリア発」

「その結果についてはターゲサンばかりを責められない。俺たちエスエリア組の不手際の可能性も高い。各方面から洗い直してはいるが、どこでまがい物とすり替わったか? まだ調査結果は出ていないが、間にいろいろな手が携わっているから手間がかかっている」

「そもそも最初から本物であったのか? という疑問もあるぞな。だから今ンところ、最短で確実に入手するにはダロンの工事現場が一番当てになるぞい。山間の水がめ工事のほか、運河造成計画が始動するんで、大量投入の許可が下りとるからのう」

「しかし、ゴドルさんよ。国側もこの爆発方法が使われたと考えるのは間違いねぇし。これからは管理も厳しくなると思うべきだしぃし」

 ビエドがリーダーに意見具申。それに応じる様にマシャルがさらに意見。

「その辺りは私どもにお任せください。蛇の道は蛇、どんなところであっても抜け穴は存在するモノです」

「うむ、ではそちらは会頭に骨を折ってもらうとして次の計画の指針だ。我らの活動を見る臣民の支持を得て体制への発言力を高めるには今回のエスエリア大使館爆破は当初の予想を超えて効果があったと思う。次回もこの延長で計画したいと思うがどうか?」

「標的をエスエリアにすると言うことか?」

「そうだ、ダロン王国の在エスエリア関連施設を狙いたい」

「不満の対象としてエスエリアをより吊し上げると言うことか、シェルパ殿? 今回もエスエリアへの不満解消の面は効果があったと思われるが、死者が3人発生した。死者が出ると素直に賛意を表すことが出来ない者も多いと考えるが?」

「甘いんじゃないかパルマくん? ある程度の人的被害も無けりゃエスエリア側もタカを括るとは思わんか? 極端な話、好景気のエスエリアにとって物的被害だけでは、また作り直せばいい、と軽く見られてしまう可能性も高い」

「それには反対よ」

 アイサが異を唱える。

「あたしたちの意見を通すためなら、多少の犠牲はやむを得ない……そう言う考えは体制側が弱者を切り捨てる思考と同じじゃないの?」

 アイサにとっては見過ごせない事項だ。何よりここにいる全員・全組織の主目的は弱き臣民の声を代弁する事であるはず。

「だから甘ぇつってんだよ! こいつぁ臣民と支配者階級との戦争なんだ! 俺たちを見下して搾取する連中を残らずブッ潰しゃあいいんだ!」

「そう熱くなるなカルロ君。たしかにアイサ嬢の言う通り、犠牲者が出ても当り前、という考えは私も賛同できない。エスエリアに不満の矛先を向けるとは言ってもブラッカスやダロンにいるエスエリア系住民を狙ってもいいわけではない。そうなればエスエリア国家のみならず臣民同士でも争う結果にもなりかねないし万民平等を目指す我らの趣旨にも違える。最低でも公権力側、出来れば死者を出来得る限り少なくさせる設定が必要だと考える」

 パルマが諫めるように言う。しかしカルロは収まりそうにない。

「るっせぇよ! さっきも言ってたじゃねぇか、連中は地元の店屋と違って優先的に商品を回してもらってんだろうが! そういう連中の店や倉庫だってブッ飛ばしゃ、同業者は俺たちに賛同するに決まってる!」

 頭に血を昇らせまくりながらカルロは捲し立てた。誰が外で聞き耳立てているかわからない雑踏だらけの港町の一室で。

 アイサの頭にふと、誠一の言葉がよぎった。

 ――活動する自分に酔ってるだけじゃないのか? か……

 同時に、四天王の過去も知らず一方的にアイラオと言い合った事もよぎる。カルロと自分が重なって赤面の行ったり来たり。

「カルロ、頭を冷やしてこい……」

「シェルパさんよう、こんなヘタレの腰抜けどもと組む必要なんて無ぇよ! 俺たちだけで十分やって……」

「命令だ! 水でも被って来い!」

 カルロはシェルパの一喝で押し黙った。ち! と舌打ちしながら立ち上がったカルロは、ガンッ! と荒っぽく椅子を押し込み出口に向かった。

 更にまだ収まらないのか、アイサの横を通ると顔を近づけて一言、

「図に乗んなよ、小娘!」

と毒ついてから出て行った。


 シェルパの謝罪から始まったその後の合議は30分ほど続き、休憩に入った。

 アイサは茶の入ったグラスを持ってベランダに出て、港湾での荷の上げ下ろしの作業を眺めながらのどを潤していた。魔法で氷を茶に落し、更に涼を求める。

「この国では重宝する魔法ですね」

 後ろから声をかけられ首だけ振り向くとマシャルが同じくグラスを手に、やって来た。

「よろしければ私にも氷をいただけますか?」

 アイサは、いいわよ? と言いながら念を込めてマシャルのグラスにも氷を落とした。

「ありがとうございます」

「海の近くだからまだいいけど、砂漠とか乾燥してるところだと氷結も結構魔力がいるのよね」

「ええ、この国は乾いています」

「それでも緑地は増えているんでしょう?」

「先祖代々の努力の賜物です。川から水を引き、井戸を掘りあて、少しずつ耕作出来る土地、人の住める土地を広げてきました」

 ――カリンも似たようなこと言ってたなぁ

「先程の話にも有った、死者に対する礼儀と言うのは、そのような祖先の偉業に感謝する意味もあります。ですから前大公陛下崩御の喪が明けないうちの実行には抵抗が無かったわけではありません」

「なら、どうして?」

「先ほど言ったように、微増しているとはいえこの国はまだまだ乾いています。その中で普段の生活さえ血の滲む努力が要求される地域は他国に比べても多い。ですが、国としてはどうしても人口の多い地域に手をかけざるを得ません。そんな中で生まれる癒着や談合、贈収賄。政治家や役人たちの私腹を肥えさせることで更に財を成そうとする豪商たち。その一部でも地方に向けてくれれば……」

「あなたは商工会の会頭だって言ってたわよね? 体制側に付いた方が儲かるんじゃないの?」

 マシャルは一瞬クスっと笑った。

「そちらに行けるものならとっくに行ってますよ。そりゃあ、この町ではそれなりの規模の商いをさせてもらってはいますが、所詮は地方の一商人。とても中央の豪商とは比肩出来るものではありません。だから我々は小さな者同士が寄り集まって商工会を作り、対抗しているのです」

「なるほど……その辺りで、あたしたちと思いが繋がっているわけか」

「そう考えて頂ければ……勿論、商人として、金儲けのために投資している、という見方がされても否定はしません。苦労している人に余裕ができ、我らの商品にお金を落としていただければ私にも蔵の一つくらい持てるかもしれませんしね」

 笑いながら冗談めかして言うマシャル。

「みんなが笑えるんならそれでお金儲けも悪くないね」

「売り手によし、買い手によし、世間によし。これが商いの基本だと祖父や父から叩きこまれているもので」

「ステキな考えだわ。でも実際はそうならないから……」

「ええ、このような事をしているわけです」

 コロン……マシャルが傾けたグラスの中で氷が転がった。氷のぶつかる音がさらに涼感を深める。

「アイサさんは帝府に赴かれた。つまり、今現在のエスエリア王都をご覧になったと思うのですが……何を感じられましたか?」

「う~ん、修復された所、以前からあった所を比べて見ると、王都大乱はかなりの被害があったことは分かるわね。復興に時間がかかっただろうけど、臣民は新しい王都の生活にも慣れてきたらしく、活気はあったわ」

「私が最後に赴いたのは二年前でした。まだまだ大乱の傷跡は残ってましたが市井の皆さんは皆微笑んでいて、前を見て、上を見ておられました。あれほどの戦い、惨状の後だと言うのに」

「うん、そんな感じだったわね」

「しかしそれは、エスエリア王国、王都市民の力だけではなし得なかったものです」

「……帝府の事?」

「そうです。もし、ミカド様や四天王のお方々がいなければ、まだまだ復興途中、最悪を考えれば、希望が見えてこない臣民によって政権は倒され無秩序な街になっていたかもしれません」

「彼らの知識や新技術がそれを阻止した?」

「そう考えるのが妥当だと私は思います。ならばその知識や技術をなぜ我らにも授けて頂けないのか? エスエリア王都の北側の多くがまるでこの国の砂漠……いや、それ以上に荒れた土地になってしまったのに今では大乱以前より住みやすい街に変貌、いえ、進化していると言えるでしょう。その知識・技術があれば、この国の民ももっと生活が向上するはず。しかるになぜ……」

「いろいろあるんでしょうね。学の無いあたしじゃ理解できないけど……」

「いろいろ、ですか……で、あるならば世界が向上するには……」

「ん?」

「あ、いや何でも……ところでアイサさん。もし、よろしければ……」

 マシャルがアイサに何かを言いかけ、というか何らかの誘いのような言い方を仕掛けた時、

「アイサ! そろそろ、始まる」

レイが会議の再開を告げに来た。

 マシャルは軽く嘆息しながら、

「そうですか……アイサさん、続きはまた、時を改めまして」

と告げ、部屋に戻っていった。

「アイサ、なに、はなして、たの?」

「え? なにって、何が?」

「う、いや。なんか、話が、弾んで、たような……」

「ん~? えーとね、レイのオツムじゃわからない難しい事よ」

 からかいながら答えるアイサ。当然のことながらムッとするレイ。

「アイサ、そんな、意地悪、だっけ?」

 唇を尖らせてブー垂れるレイ。まあ当然の反応だろう。

「だってあたしにもよくわかんないもん。まあ夜にでも話しましょ?」

 まだ釈然としないレイをなだめつつ、二人はマシャルの後を追い、部屋に戻った。

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