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合流

 門を通ったあと、ブラッカス公国入管に際してもミツキ皇后の花押の効果は絶大だった。

 帝府より依頼され、待ち構えていたエスエリア大使館員の案内も有り、前回同様に何のトラブルも無く、すんなりと入国出来た。

 さすがにもう驚くこともないが、代わりに特権階級の優遇ぶりを見せられて不穏分子(テロリスト)としてのイラ立ちも沸々と沸いて来そうではある。

 ただ今回は、

「入国後はすぐに立ち去り、以後、関わらぬ様に……帝府様のお達しですので」

と言われ、案内人は辻馬車の拾える場所まで二人を誘導すると、命令通りそのまま去っていった。

 ブラッカス公国は6大国に名を連ねてはいるが、国家規模としては最下位。砂漠が多く

穀倉地帯もエスエリアやアーゼナルの様に広くはない。

 ダロン王国・シュナイザー帝国程の国土も無く天然資源の採掘も進んでいない状態だ。

 首都ガーランは豊富な水量を誇るラッカ川沿いに発展した都市である。川からの引き込みや地下水の利用などで周辺においては長年の努力で緑化も進んでいる。

 とは言え、秋の足音が聞こえて来そうだったシュナイザーのバルンやエスエリアに比べると肌の白いアイサとしては、この肌を焼かれるような情け容赦の無い日差しには「殺す気か!」と言いたくなる気候であった。

 そんなブラッカスと言う国は初めてのアイサらにとって、頼りはシュナイザーのアジトで偽造旅券を配られた時に知らされた集合場所の住所のみ。

 自分らのシュナイザーでの失敗、直近では在ブラッカスのエスエリア大使館へのテロ等が影響して場所が変更されていたりすると一から探さねばならなくなる。

 かてて加えてこの強い日差しの中、帝府からのお土産をどっさり引きずっての放浪などゾッとするしないの問題ではない。

 故に、拾った辻馬車(てかラクダ車?)に「この辺だよ」と言われてキョロキョロしている内に、とあるアパートメントの2階の窓から手を振るミハルを見つけた時は、胸の内では小躍りしたかったほどであった。

 


「ホッとした~。今更シュナイザーには帰れないし、この場所が変更になってたらと思うと生きた心地しなかったよぉ~」

「ハハハ、まあとにかく無事にたどり着いて何よりだ。実は俺たちも昨日、来たばかりなんだ」

「よかったよぉ。あのあとフォルドさんたちの足取りは追えなかったから、下手したらあたしたちの方が先かと……」

「あたいも驚いたよ。あの日、ミズシに着いたらすぐにアテがついてブラッカス行きの船に乗れたんだけどね。今回の航路は順風満帆でさ、船員たちが新記録だ―! とか盛り上がってたくらいだったんだよ。なのにあんた、すぐ追いついてきてさ~。おまけにレイ君と同伴とかぁ?」

「いや~、いろいろあってさ~」

「だろうな。この荷物、ただ事じゃねぇ」

 フォルドは荷車から運び出した土産物を眺めながらため息交じりに言った。


 アイサは説明を始めた。

 人質だったがガショーの計画に参加した事。それに失敗し、カリンの手に落ちた事。

 勝負という取引でアマテラを出国、エスエリアの帝府でミカドと四天王に相まみえた事。すべてを出来るだけ感情を入れずに状況説明に徹しながら話した。

「……ミカドと謁見とか、大神帝や大魔王と晩飯とか……アイサ……それ信じろって無理くり過ぎない?」

 ミハルの言う事ももっともである。当のアイサも、

「あ~、いや、あの……あたしも今話しながら、もしかして夢でも見てたかも? とか思っちゃったり……」

と、頬っぺたポリポリ、てなもんであるし。

「しかし伊達や酔狂でこれほどの戴物はあるまいしなぁ。この花押も如何にもって雰囲気が出てるし」

 フォルドが、荷下ろしの時に剥がしたミツキの花押を眺めながら言う。帝府どころか母国シュナイザーの皇族の花押でも遠巻きに眺めるくらいしか無いので真偽のほどは分からないが。

「夢、ちがう。僕たち、確かに、お会いした」

 レイの反論に、ふむ、と答えながらフォルドは荷物の中からワインを取り出し開栓した。

 鼻を近づけて香りを確かめ、一口クイッと飲んでみる。

「どう? やっぱ高級品? 美味しい?」

 と、ミハルが聞くが、

「う~ん、わからん」

ズコー! 全員コケた。

「何よそれ!?」

「いや、確かに俺が普段飲んでるワインとは全く別物だとは思うんだが、これが『うまい』のか、『高級品の味』なのかは俺には判断できんなぁ」

 どれどれ? とミハルも飲んでみる。

「なるほど……うん、あたいもあんまりわかんないけど……違うよね。飲んだ後の香りの広がり方とか、舌の上に残る後味とか……」

 他の荷物もほどいてみる。酒のほかに植物油や燻製肉に魚の干物。根野菜や葉物野菜に玄米・小麦。焼き菓子や瓶詰のピクルスっぽい食品など、帝府の者たちが牧場や作業場で作っていた様々な産物が入っていた。何か田舎のばあちゃんちに遊びに行った帰りに持たされる土産物の山を彷彿とさせる内容だ。量も品数も桁違いに多いが……

「ねえレイ? このピクルスってあんたの国のツケモノってのに似てない?」

「うん、そっくり。ハ、クサイと、キュウ、リ?」

 続いて、荷車の一番奥の木箱に納められていた氷霧が漂う金属の箱を見てみる。

「わ! 冷た!」

 触ったミハルが驚いて手を引っ込めた。よく見ると蓋上面に何か書いてある。


 有効期限一日 開封後は、お早めにお召し上がりください


 取り敢えず蓋に布を当てて開けてみると更に濃い氷霧が噴き出し、その中に大口のビンに何か白いものが詰められているのが見えた。

「何だ、こりゃ?」

 フォルドが眉間にしわを寄せた。

「アイサ、これ、食事の、最後に出た……」

「アイスクリンね」

 そう、デザートに出たアイスクリームである。早速、取り出して全員でご賞味。

「うむ、美味い! さっきのワインと違ってすぐに、美味いとわかる!」

「わ~、滑らかな舌触り……香りもいいし、こんな氷菓子初めてだよ!」

「暑さ、も、吹っ飛ぶ」

 氷菓子自体はアデスでも珍しいものではない。アイサのような氷魔法に長けた料理人が作る例はどの国にもあるし、魔法文化以前でも冬季の氷や雪を使ったレシピもある。

 ただ、保存となると勝手が違ってくる。魔法を使いっぱなしという訳にもいかないし、氷に塩など使う方法が一般的だがこの箱にはそれらしいものは無く、代わりに雪とも氷ともつかない、真っ白な塊が2~3個置かれている。

「なにこれ?」

 ミハルが掴んでみた。

「ぎ!」

 途端にミハルの顔が激変した。

「冷た! え、ちょ! くっ付いた! てか張り付いた! 痛い痛い痛い! なにこれ、取れない!」

 ミハルは思わず手を振った。振りまくった。

 やがてその物体はミハルの手を離れ、テーブル上にぶつかって跳ねた後、偶然にも水差しの中に入り込んだ。

 ズボボボボ

 水差し内の水が沸騰したようにボコボコと泡立ち、かなり濃い白煙が噴き出した。

「え! なに!? 燃えてんの!?」

「ちが、う。熱さ、感じ、ない!」

 なるほどレイの言う通り、吹き出た煙からは熱気ではなく冷気が漂ってきている。

「これで冷やしてたのか?」

「え、それで? それ氷なの?」

 冷えた指先を窓の外壁に押し当てて温めながらミハルが聞いた。

「氷では無いな。氷ならこんな煙みたいな冷気は早々出ない」

 ミハルの問いに答えながらフォルドは視線を箱に移す。手を近づけて外と内側との寸法差に注目。

「……何か特殊な構造になってるな、この箱は。重さからすると、この寸法差は板の厚み分ほど重くないし……さっきの白い塊と同じで冷気を保つからくりが……」

 二重底等に見られる特殊な構造は先のテロ計画でもフォルドたちには馴染のあるからくりだ。

 それらほど単純ではないにしろ何らかの仕掛けがあるのは直感できた。

「……こんなしかけは今まで見たことも聞いたこともない。となると……」

「帝府の先端技術ってわけかい? じゃあアイサの言うことは本当なんだね?」

 目の当たりにした帝府の科学技術。フォルドらはしばし声を失った。水差しの中でドライアイスの泡がポコポコ出ている音だけが四人の耳に響いた。



 さて、帝府の技術に目を丸くしてるばかりでは物事は先に進まない。アイサたちは、今までの経緯、今後の行動を検討しなければならない。

「妙だね? あたいらはスップ城襲撃は参加しなかったけど話を聞いただけでも既視感バリバリじゃないか」

「そうなの。考えすぎかもしれないけど、両方とも最初から仕組まれててあたしたちは踊らされてるんじゃないかってセンも振り払えないわ」

「ミズシ港へ向かう道中、スップ城を通過した後にガショーの奴からここだけの話だと言って、その城への襲撃計画があるってのは聞いてたが……」

「まるで同じ状況・結果だと、あたいらの中かガショーに間諜(スパイ)がいる可能性もあるよな?」

「そんな! ガショー、そんなの、いない!」

「まあまあ、可能性の話だよ、落ち着け。それに仮にスパイがいるとしても両方が同じ顛末ってのは出来過ぎだろ。かえって、お前らの中に間諜がいますよって言ってるようなもんだ」

「なるほどそうだねぇ」

 スパイ潜入説が揺らいでしまい、ミハルは嘆息しながら ワインをゴックン。可能性は捨てるべきではないがそんなもん、身内には居ない方がいいに決まってる。

「この二つを一緒に考えるべきかどうかも迷うところだが、だとしても誰がその画を描いているのか? それぞれがその国の官憲によってそれぞれに描かれているのか?」

「繋がっているとしたら黒幕は帝府だってのが一番しっくりくるね。人間界全体を支配する側からすりゃ一網打尽にできるチャンスってわけさ」

「そ、そうなんだけど……」

 アイサの脳裏に帝府で笑い合った四天王らの顔がよぎる。それに、最後に見たラークの顔……

「俺もそれが一番高確率だとは思う。しかしアイサやレイの言うことが真実だとするとなぁ。そんなのめんどくせぇ、って言いそうなのも有り得ない話じゃないな」

「僕たち、ごとき、騙すのに、あんな、高位な人、演技、する、かな?」

「あんたらの言う、連中の正体が異世界人だってのがホントなら、あたいらの基準で見ちゃダメなんじゃないかな? なあフォルドさん、それ使ってさ、『人間界はよそ者に支配されてるぞ~』とか煽ったら、あたいらに賛同する連中増えるんじゃないかな?」

 ミハルの提案にアイサとレイは視線を落とした。やり方としては悪くない案だ。今までの流れはどうあれ、部外者が自分たちの世界の象徴とか腑に落ちない連中、感情的に反発する連中はいるだろう。だが二人にとっては……

「驚いたな。世界の危機とは言え異世界から召喚とか、まさかそんな手段を使うなんてなぁ」

 ミカドと四天王がチキュウという世界から召喚された異世界人であるという事、アイサはこのことを話すべきか迷っていた。

 帝府のやり方に対して異を唱えるならともかく、出自・身上でどうこう言うのは抵抗がある。

 実際、それをもってミハルの言うような手段を講じようとする者も居るだろうことは予想できた。

 しかし、お互いの思想、信用・信頼で結びつくべき同志に隠し事は良い結果を生まないと判断して、フォルドらに打ち明けたのだ。

「確かにそれに反発を感じるものはいるだろうな。俺たちの同志も増えるかもしれない。しかし、今までの経緯を考えるとその手段は得策であるとは思えないな。なんたって今我々が生きていられるのは帝府の連中あってこそ、それは忘れちゃいけない。連中がこれから我ら人類に仇なすというならともかく、よそ者だと言う事だけで反感を煽るのは筋道からそれる。じゃあ、天界はどうなる? 魔界は? 彼らだってよそ者と言えるんだしな、筋が通らなくなる。魔素異変時に救いの手を差し伸べた神々や魔王たちを崇拝する者も多いし、それでは臣民の支持は得られない」

「そういやそうねぇ……理のないやり方かな?」

「俺たちターゲサンが目指すは万民平等、為政の歪によって切られる弱者を救う事、無くす事。そのために声を上げ、体制を振り向かせることだ。騒乱を起こす事が目的じゃない」

「代表の言葉だね」

「この先、アイサやレイに襲ったのと同じ不幸に遭う者を無くすためにな」

「早速だけどアイサ、レイ。明日はここからちょいと離れた港町スズに向かうよ。そこでここの組織エトラッコやダロンのガガラの連中と会談することになってる」

「エトラッコ……あたしたちが最初になるはずだった方法で大使館の爆破をやってのけたとこよね」

「エトラッコのやつら鼻息荒いだろうなぁ。バルンで失敗した身としちゃ肩身が狭いねぇ」

「そう言うなミハル。事実は受け止めないとな」

「アマテラ、どこか、くる?」

「その辺がなぁ。本来はバルンで成功した暁にはアマテラで、とされていたが状況が変わったからな。今回呼ばれているかどうかもわからんのだ」

「あたしやレイも出席?」

「ああ、一応出てもらう。結果はどうあれ、帝府の生の情報は共有しておくべきだろう。おそらく全世界の反体制組織のなかでもミカドと四天王に会ったのはお前たちだけだ。眉唾物と言われようと、懐柔された軟弱と言われようと言うべき状況になったら話してもらいたい」

「わかった。さっきフォルドさんやミハルさんに言ったように話せばいいよね?」

「それでいいんじゃない? 感情を抑えて事実だけを淡々と話すアイサの説明、良かったよ。懐柔も洗脳もされてないって感じで」

「そうだな。中には冷やかしたり皮肉を言う者も居るだろうが、さっきの調子で頼む」

「ん、わかった」

「うん。で、相談だが、この土産物どうする? 全部こちらで使うか?」

「なに? 明日の差し入れにでもするの?」

「いや、さすがにそれは有らぬ誤解を生むだろう。賄賂みたいに思う奴も居そうだしな。いやな、酒にしろ食い物にしろ、この部屋じゃ保存に向いているとは言えんし。当面不要なら売却してはどうかと思ってな?」

「そっか。ガショーから分けられた分だけじゃ、ここでの活動資金も乏しいよね。いいよ、ここで使う分だけ残して、あとはフォルドさんに任せるよ」

「すまんな。仕分けして、今日中に業者に持ち込んでおこう」

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