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エスエリア出国―ブラッカスへ

 帝府に戻ったアイサとレイは、入浴して今日の見学の疲れを癒したあと、夕食――四天王らの家族との会食に臨んだ。

 会食とは言いながら結局メイドや防衛軍も入り混じって昨日同様酒盛りになってしまい、それほど酒に強いわけではないアイサは中座し、火照った体を夜風で冷やそうとテラスに出た。

 すると、すでに先客がいた。

「あ~、う~……うおぉぉ~、ぐええぇ……」

 なんかおっさんが(うずくま)って唸りまくっている。戻しているのか?

「だ、大丈夫?」

 アイサはおっさんの背中をさすってやった。

「おお、ありがとう。あ~楽になる……ふ~、出そうで出ねぇってしんどいな~」

 確かに。アイサも嵐の船倉で味わった記憶も新しい。

「飲みすぎ?」

「てか、弱すぎなんだよな。今の体質になってもこればっかは変わらな……うぇっぷ!」

「お加減はいかがですか、元帥閣下。お水をお持ちしましたわ」

 声がした。振り返ると金髪碧眼のメイドが冷水の入った水差しとグラスを持ってやってきた。

 ――確か侍女長……メイス・パレットとか言ったな?

 お、さんきゅー、と言いつつ元帥はグラスの冷水を、ごきゅ、ごきゅ、ごきゅ、と派手に喉を鳴らしながら一気飲みした。

「あ~、冷水うめ~。まいった~、回復魔法(酔い覚まし)の使い手が二人とも居ねぇんだもんな~」

「殿下もヨウコさまも、お子様を寝かしつけに行かれましたので……」

「でも助かった。やっぱメイスさんは気が利くねぇ。これならどこの組でも立派な姐さんになれるわ」

「く、組?」

「もう、閣下ったら。お客様の前でそんなこと」

 と、メイスは微笑みつつもこめかみ辺りに青筋を立てて、元帥の襟首から水差しの冷水を背中に流し込んだ。

「おひゃわわわひゃ~!」

 では失礼します、と一礼し、水差しを置いてメイスは戻っていった。

「組って何の……」

「ああ、彼女は町でも指折りのマフィアの娘でな。反社は嫌い! つーて家をおん出てるんだよ」

「そういうのって、弄られるの嫌がるでしょうに」

「代わりに仕返しもされるけどな。でも酔いは冷めたわ」

 ――それを狙ったわけじゃないだろうけど……何? このオヤジ

「……夕べも大神帝さまイジって抓られてましたよね?」

「あの反応、かわいいだろ~?」

 ――いや、普通そういうことするか? って言いたいんだけど……やっぱり異世界人だから変わってんのかな?

 当たらずとも遠からじ、であろう。

「明日はもう帰るんだっけ?」

「か、帰るというか、次の目的地と言うか……」

「昨日今日、どうだったかな?」

 二杯目の冷水を口にしながら聞く誠一。

 アイサは彼の顔をチラ見するが、自分を値踏み、と言うよりは如何にも「忌憚のない感想をどうぞ」と言った塩梅の表情を見せる誠一に毒気を抜かれた気分になる。そうでなくても、人間界の頂点にいるとは思えない家庭的な雰囲気に当てられっぱなしであるのに。

「……例外ってあるんだな……そんな気分です」

「なるほど?」

「いつまで続けるんですか?」

「ん?」

「皆さん分かってるんでしょう? あたしもレイもあなたたち支配者側に楯突くテロリストだって! それなのになんですかこの対応は! マジであたしたちのこと、おちょくってるんですか!?」

「ふむ……まず最初に言っとこう、俺に敬語はいらん。良や史郎とも親子ほど離れているがタメ口推奨でな」

「そりゃどうも!」

「まあ、そうさなぁ。確かに君らの面食らった顔見てみたいなぁとは思っちゃいたが、それも相手次第だし。それに君がさっき言った例外。それはこちらも思っていることでな? 君らもテロリストの中では例外の範疇だなって感じてな」

「……」

「テロリストに限らずだが、一度踏み込んじまうと頑なにその姿勢を変えようとしない奴ってな結構多い。中には道を誤ったと気付いているのに今までの足跡を否定したくなくてそのまま突っ走る奴もいる。思想に絡んでいる奴らは特にそうだ。そう言う連中にもう一回くらい考え直すきっかけが出来れば……まあそれもいいんじゃねぇかな? とか思ってな?」

「あたしたちの思いが間違ってると?」

「先の大乱でご両親が犠牲になったんだってな? 気の毒な話だ。辛かったろうに」

「分かった風に言わないで! そりゃあなた方の経緯も聞いたわよ。確かにあたしも気の毒だとも思う。でもあなたたちの家族は故郷でまだ生きているんでしょう? そこへ戻るために研究に打ち込んでるんでしょ? それが実れば会えるんでしょ!? あたしやレイの親は死んだの! 何をどうしようともう会えないのよ! 気安く辛かっただろなんて言わないでよ!」

「まあ確かに、親を殺されたわけじゃねぇ俺は君の気持ちにはなれんな。ただ俺が言ったのは君の気持ちじゃ無くてな。死んだ君らの親御さんが辛かっただろうなと思ってなぁ」

「父さんたち?」

「あれから4年か。当時君は12~3歳くらいか? 一人で歩けるようにはなったが、社会で一人で生きていくには手元不如意。一人前になるまで背中を押せずに、途中で先に逝く手段しか選べなかったこと、それしか娘を守る選択肢がなかったこと……自分の身に降りかかったらと思うと、想像するだけで泣けてくる」

 誠一がそう言いながら、食堂の中へ視線を移した。中ではレイに飛びつきながら元気にじゃれている子供たちの姿が見えた。

「あたしの両親が、テロに走ってる今のあたしを見たら哀しむって?」

「そうとは限らん。自分らの無念を晴らし、同じ不幸を味わう人を無くそうと頑張ってる、と応援してるかもしれん。これだけは勝手に想像するしかねぇしな」

「ラークさんにも言ったけど、帝府の今の現状はあたしも素晴らしいと思う。でもそれは今の規模だからできている事。あたしたちの国でもほかの国でも泣きを見る人たち、そうなりかねない人たちがいる。あたしは少しでもその人たちの役に立ちたい」

「それはテロ以外の方法では出来ないのか?」

「時間がかかりすぎる! その間に泣く人は増えていく!」

「ホントか? そう言う人を手段を択ばず救おうとする自分に酔ってやしないか? 結局自分は、そう言う人助けの活動をしているんだと認めてもらいたいだけ、満足したいだけだって、そう思ったことはないか?」

「な、なんですって!」

「すまん、意地悪すぎたな」

 誠一は即詫びを入れると、二杯目の冷水を飲み干した。

 すんなり詫びられ、またも気を削がれたアイサは返す言葉に戸惑った。

「もう一つの答えをもらってないと思うんだけど?」

 冷静さを取り戻す時間も必要。アイサは話題をそらした。

「君らを例外とした理由かな?」

 頷くアイサ。

「これはカリンが提案してきたんだ。お互いが敵対心を抑え、君たちに客観的に帝府を、俺たちが目指す世界の縮図を見せたい、とね。母娘で人質にとろうとしたって聞いて俺自身はちと引っ掛ったんだが……あいつの人を見るスキルは俺以上だよ。今回、君らにここを見せる事が出来た事もよかったと思ってるよ」

「そんな簡単に信じちゃっていいの? あたしたちは札付きよ?」

 誠一は若干微笑みながら再度食堂を見た。アイサもそれに続く。

 時計に指を差して、もう寝る時間っすよ! と怒鳴るメアに、やだ、もっとお兄ちゃんと遊ぶ! と言い返す子供たち、それを笑いながら見ている良二たちや纏わりつかれながらも笑顔のレイの姿。

「子供たちの見る目は鋭いよ。俺はいつも教えられてる」

「甘いんじゃないの?」

「かもな」

 誠一は三杯目の冷水を注いだ。

「あなたたちの理想は分かったわ。世界がそんな風になればいいとあたしも思う。でもあたしは、今泣いている人を無視できない」

「そうか」

「あたしたちを止める?」

「帝府は情勢は把握するが、市井のいざこざにこちらから首を突っ込む事はせん。例え君たちの組織の全容を知る事が出来ても、君たちが何をどうしようとも、こちらに(やいば)を向けない限り、俺の妻子や仲間たちに危害を加えない限り静観する。君らは自分に正直に進むといい」

 そういいながらアイサを見る誠一の目は実に穏やかだった。

 アイサは一度会釈をすると、おやすみなさいと一言、そのまま部屋に戻っていった。



「シオン」

 ――は、ここに……

「どう見る?」

 ――おそれながら、カリン様のお見立て通りかと?

「だな。すまんが命令変更だ。もう少し彼女らを見たい」

 ――御意……



 エスエリアを出国する朝、アイサはまた例の夢にうなされて目覚めた。

 谷に落ちて目覚めるまでは今までと同じだが、その後の印象はここ数日で、ある変化が起こった。

 今までは両親の無念と自分の悲しみ、そして体制に対する敵対心を新たにしたものだが、

今朝のアイサはそのあとに「でも……」が付いた。

 おかげで目覚めの良い朝にはならず頭がスッキリしない状態だったが、出立の時間が来てエントランスに出た瞬間、そんなモヤモヤは一瞬で西の山の向こう辺りにふっ飛んで行ってしまった。


「ああ、ちょっとちょっと! こっちは一般受付だよ? 商用ゲートは右側に……」

 ブラッカス公国に向かうため、出国管理局に赴いたアイサとレイは入場早々、局内警備員の注意を受けてしまった。

 すぐさま随伴してきたラークが、

「申し訳ありません。これらは商用の輸出品ではなくお土産品でございまして……」

と、とりなすも、酒やら乾物やらが満載された幅1,5m、長さ2m程のリヤカーレベルの荷車をアイサとレイ二人で引っ張っていれば貿易関係者とみられるのも止む無しであろう。

「いや、しかしこの量を土産物とするのは……これくらいあると輸出禁止品等の確認検査もしなければ……」

「こちらを……」

 ラークが固定された荷縄を封印するように貼られた札に指を差すと、警備員の顔は激変した。

「こ、これは! し、失礼いたしました! ど、どうぞこちらへ!」

 貼られた札に記された、皇后である美月の花押を見た警備員は即座に二人をVIPゲートに案内した。

 その後は又しても全くノーチェック。目的等の質疑も無く、すぐに出国の印も押されてあっという間に手続き完了。

 ――テロリストなんですけど……

 入国も出国もため息つきまくりのアイサであった。

「これですべて終了です。お疲れさまでした」

「ありがとう、ラークさん。一から十までご面倒をおかけして……」

「いえいえ、お二方にお仕えできたこと、大変光栄に思っておりますわ」

 アイサは右手を差し出し、ラークと握手した。ついでレイもそれに倣う。

 それでは道中、お気をつけて……

 きっとラークはそう続けるつもりであっただろう。しかし、

「速報! 速報版だよー!」

入国ゲート辺りからの大声、外国通信のニュース屋(日本で言えば江戸時代のかわら版屋?)の声にそれは遮られた。

「ブラッカス公国で大規模なテロ事件発生! 今までに無かった全く新しい攻撃方法でエスエリア大使館の建物が木端微塵にされた! 詳しくはこれを読んでくれ!」

 血相を変える3人。ラークは銅貨を取り出すとニュース屋から速報版を買った。

「ラークさん、なんて!?」

「……在ブラッカスのエスエリア大使館、その厩舎が標的にされたそうですわ。ブラッカス魔導軍の調査では民間の冒険者ギルドの魔導士は勿論、軍の爆裂魔法の使い手でも及ばないほどの爆破攻撃だったそうです……」

「犠牲者、いる?」

「はい、レイ様。残念ながら警備を兼ねた飼育員3名が厩舎内の馬と共に……」

「……」

「現場ではブラッカスのテロ組織『エトラッコ』の犯行声明文が見つかったと」

 ――魔導士でも起こせない爆発……もしや例の……

 三人の表情に影が下りた。

 本来、これは同志による活動の成功であり、アイサたちにとっては諸手を挙げて喜ぶべき成果であったはずだった。しかし今は……

「物騒な話ですね。アイサ様、レイ様。どうか道中、くれぐれもお気を付けくださいませ……」

 ラークは改めて見送りの挨拶をした。微笑んではいるが、その表情は沈痛だ。

 お世話になりました……そう返したアイサの目に映る、この上なく悲しげなラークの眼。

 ――これが、最後に見る彼女の顔にしたくない……

 見送るラークに手を振りながら、アイサとレイは若干重い足取りで門に向かって行った。

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