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帝府防衛軍

「えー! 帝府防衛軍ってたったの2個小隊!?」

 翌日、午前中の王都内見学に続いて午後、アイサたちは王都より北へ、馬車で20分ほどの位置にある帝府領地、いわゆる天領を見学していた。

 天領とは言うが町や村らしいものは無く、畑に牧場がそれなりに存在するだけである。しかもそこで作業に携わっているのは農夫ではなく、昨日の夕餉で一緒に食事をした近衛兵らしき軍人たちだ。

「はい、王都大乱の時に今現在の帝府、当時のフィリア殿下の居城の防衛に派遣されていた王都近衛軍の2個小隊がそのまま帝府軍に編入されたんです」

 ――帝府軍とか言うけど1個中隊にもならない!

「司令官はキジマ将軍で軍団長は元帥閣下の奥さまでもある私どもと同じフィリア殿下のメイドで元特別遊撃隊のメア・キャーロル中佐です」

 いや、軍団とか何とか言われても本部管理隊を含めても総勢130人とか有り得ないでしょー! てな感じで相変わらず頭がフラつくアイサであった。

 聞けば本管含め2個分隊相当が帝府御所警備に残留するが、他の者はこちらで作業に当たるのが日課だという。

「でも、たったそれだけでミカド様をお守りするなんて……あ……」

 気付いた。アイサは話しながら気付いた。

「そう、あの四天王の皆さまに適う勢力など、少なくともエスエリア周辺には……残留2個分隊は表向き、軍として体裁を整えるためと、万一襲撃された時には四天王が倒した賊の後始末要員とでも思って頂ければ……」

 そうだ、ちょっと考えればわかる事だった。

 現れただけで自分たちを制圧したキジマ将軍。そんなのが4人も5人もいれば並みの軍隊なぞ物の数では……

 昨日に続き、アイサはメンタルが保てるか不安になって来た。

「普段は勿論、軍事訓練や演習もありますが一番の仕事はこの農場での作業ですね。ミカド様方の意向もあって出来る限り自給自足を目指そうと。クラーズ様にも出させていただいた食事は肉も野菜もほぼ、ここで採れたものなんですよ。いかがでした?」

「お、美味しかった。肉、とても柔らかい……」

 レイの感想にラークもニッコリ。

「でしょお? ここだけの話ですけどね、実はここの牧場では牛にエール(発泡酒の一種)を飲ませて育ててるんですよぉ」

「牛にエール!? 何もったいないことしてんのよ! てか、なんなのその発想!」

 牧場育ちのアイサとしては突っ込みを入れざるを得なかった。いい肉牛を育てるのに餌や飼料等の工夫は、そりゃ確かに自分らでもやっていた。とは言え酒飲ますとか? いやしかし、昨晩の肉は確かに絶品だった。舌の上でとろけていくようなあの柔らかさは緊張していたあの場でも記憶に残っている。

 その後に他の者たちとの交流が深まったのも美味な食材が緊張をほぐすのに一役買っていてくれたところは確かに大きい。

 自分はまだ食したことはないが噂に聞いた美食家たちの憧れである、あの有名な天界産のセイント牛では無かろうかと考えていたのだが……人間界の牛だったとは。

「……これも将軍らの知識?」

「ええ、その通りです。いつかセイント牛を追い越すほどの肉牛を育ててみたいと、皆さまかなり気合いをお入れですわ。あ、まだ企業秘密ですので他言無用で」

 まあ、酒飲ませればすべてが品質向上、と言う単純な話でもないだろうしバラまくには信憑性が今一つ……てか、牛に飲ませるなら自分が飲んでしまう方が大半だろうし。

 と、牛の方はひとまず置いといて、他にも聞いておくこともあるし。

「ほ、他に現金収入は? 各国からの税収とか……」

「そうですね、6大国からは協力金と言う名目でいくらか頂いておりますが、それらはほぼ貯蓄され、その中から学校や孤児院、医療所など教育・福祉施設の支援に当てられております。他の収入としましては、ここでの農産物の余剰量を売却したり、元帥閣下考案の品々を複数の工房に製造・販売して頂き、そこで発生する特許料収入等が柱ですわ」

 ――なにこの官・民ニコニコモデルは! こんなところで暴れたら、あたしたち丸っ切り悪玉組織の手先じゃない!

 確かにアイサも、エスエリアの過激派の活動事情はレイのガショーらアマテラ勢と同じであまり耳に入ってこなかった。

 帝府のモデルが安寧計画以降のエスエリアにも導入されて福祉も他国に比べ先んじているのなら、さもありなんである。

「アイサ様、レイ様」

 午後三時を過ぎ、陽も傾き始めて肌を撫でる風もひんやりしてきた頃、ラークは神妙な面持ちとなって二人に語り掛けて来た。

「お気づきでしょうが、私を含めて帝府の者は全員、あなた方お二人の身の上を存じております。その上で、敢えてこのようなご接待をさせて頂いたわけでございますが……」

「……あたしたちも気付いてはいたわよ。なんだか、そちらの良いように踊らされて、バカにされてるんじゃないか? とすら思ったわ」

「……」

「でもなんていうのかな? 騙されてる、洗脳されようとしている……そんな感じは受けなかった。どちらかというと『私たちのやり方はどう? あなたたちも倣って見ない?』って誘われているみたいだったわ」

「そう感じて頂けたのなら幸いですわ」

「だけど……」

「はい、このモデルには致命的な短所があります」

「この規模だから眼も届くのよね……」

「その通りです。王都大乱後、天界、魔界、6大国は討議の上、帝府は一国並みの領地と領土を用意するつもりだったそうですが、ミカド様らは断られました。超人的な魔力と知識をお持ちの異世界人方ではありましたが、為政に関しては全くの素人。だから一より始めたいとお考えになり、このようなモデルを採用なされたのです」

「ヨウコさま、めんどくさい、て言ってた……」

 レイの突っ込みに「そうなんですよね~」と言いつつ、ラークはクスっと笑った。

「今は完璧に見えるモデルも、数千、数万倍の人口や国土となるとそうはいきません。必ず綻びがあちこちで散見され、お二方のような身上の人も出てきます」

「……」

「あの御方々は一から始める事によって為政者側として目が隅々まで届かせられる力を育くもうとされてる、そう思いますわ」

「なんだか気の遠くなるような話ね」

「ええ、人の一生はそれを世界の果てまで広められるほど長くは有りません。ですから……」

「ん?」

「……これからお話しする事は私の一存によるものなので、厳に他言無用として頂きたいのですが……」

「なに? 仰々しいわね?」

「実はあの御方々は……厳密に言うと人間ではありません」

「……は!?」

「御方々はメーテオール猊下やライラ陛下によって魔族に転生なされたのです」

「ま、魔族、に!」

「ちょっと! じゃあなに? 今の人間界って魔族に支配されてんの!?」

「支配なされてる気は、全く無いとは思いますが……順を追いますと、本来この申し出は元帥閣下が途絶えてしまったチキュウとの繋がりを再現させる方法を研究するための時間が欲しいとのことで超長寿の魔族への転生を懇願なされたのです。しかし元異世界人のせいでしょうか、転生して魔族の体質は持っていても限りなく人間に近い、敢えて言えば第四の種族となったと言った方がいいかもしれません」

「よ、よくわかんないな……」

「一例をあげますと記憶です。私たちは生まれた時から見聞したことは頭の中に入りますが、当面役に立たない、若しくは不要と思われる記憶の多くが埋もれていきます。つまり、忘れてしまうということですね。ところが魔族転生後、あの皆さんは今まで見聞した全ての情報、普段埋もれて思い出すことも叶わぬ、見ていたことすらも忘れていた情報を自在に引き出せる体質になったそうです。長命な体に塗り替えられたこと、それに対応する脳の変化の副産物ではないかと魔界随一の賢者で8大魔王のお一人、智龍王ローゲンセンさまはお見立てされました。特に年長の元帥閣下の記憶量はすさまじく、アデスより数百年進んだチキュウの科学知識を多くお持ちです」

「一度見聞きしたことはすべて思い出せる……それを利用してエスエリアは他国より高度な産業技術を……」

「その代わり、埋れていた幼少時のお漏らし事件とか大勢の前で赤っ恥を掻いた事例までも思い出されてしまい、慣れるまでが大変だったそうですが……」

「あ~、そ、そりゃキツいかも……」

「今起きている国家間の格差を縮めるための方策は近い内に……」

「うん、それ、ヨウコさま、も言ってた」

「お二方は、明日にはブラッカスへ赴かれるのですよね?」

「ええ」

「言いたくはありませんが、今度私たちと相まみえる時は、お互いが剣を向け合う間柄になるかもしれません」

「……」

「ですから、あの時話しておけばよかった、と後悔しなくても良いようにアイサ様方のお耳にお入れさせていただきました」

 アイサは答えに困った。このメイドは主の意を酌んではいるが命によって話しているのではないのが十分伝わってくる。

 とは言え、これはあくまで帝府の事。シュナイザーやアーゼナル、更にはブラッカスやダロンではまだまだ切られる弱者は多い。

 しかし図らずもアイサとレイの「この人たちと敵対したくない」という気持ちは日増しに大きくなっている。

 何も知らなければ今まで通り突っ走っていたはず。だが、知ってしまった今は……

「農場の課業が終わったようですわ」

 ラークの言葉で我に戻ったアイサの目にも、片付けをしている兵士たちの姿が確認できた。

「冷えてきましたね。我々も引き上げましょう」

 言われてアイサらは馬車に向かった。

「兵士、馬車、どこ?」

 レイが整列を始めた兵たちを見ながら聞いた。そう言えば馬車らしきものはまるで見かけられない。確かにこの時代の歩兵は徒歩による行軍が常識ではあるが、しかし帝府の厩舎には人数分の馬車があったはず。

「いえ、彼らは走って帰りますから」

「走って? 門から馬車で20分だから40分はかかるんじゃない? 演習でもないのにこれ、毎日?」

「ええ、我が軍は気合が入ってますから」

 満面の笑顔で答えるラーク。

「かけあーし! 進めぇ!」

 号令の下、帝府軍は走り始めた


 俺たちゃ帝府の防衛軍~     俺たちゃ帝府の防衛軍~

 ミカド 様の 盾になれ~    ミカド 様の 盾になれ~


 掛け声をかけながら、歩調を合わせて走っていく兵士たち。

 なるほど士気は高そうだ。


 皇后さまはおっかない~     皇后さまはおっかない~

 怒らせた~ら 飯抜きだ~    怒らせた~ら 飯抜きだ~


 は?


 元帥閣下は恐妻家~       元帥閣下は恐妻家~

 尻に~敷かれて動けない~    尻に~敷かれて動けない~


「だ、大丈夫なの? あんなこと言わせて?」

「不敬ですよね~。でもホントの事ですし」

 ラークはケラケラ笑っていた。

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