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 アイサとレイの意識が戻った時は既に夕刻だった。

 二人を介抱してくれていたラークの言によると、今宵は自分たちを歓迎する夕餉が催されるとのこと。

 正直なところ食欲なぞ全くわかない二人であったが、

「相当、御頭に負担がかかっておいでのはずですから、食べておかないと後々の行動に支障が出ますよ? お二方には達成すべき目標がお有りなのではありませんか?」

などとラークに諭され、それもそうだ、と出席することにした。

 噂に聞く王侯貴族の気取った食事など鬱陶しいと思う気持ちもあるが、ターゲサンでの活動中もほんの油断から食の機会を逸して、空腹が作戦行動の継続を更に困難にさせる、そんな経験も以前にあった。敵地であろうと引けるカードは最大限に利用せねば。

 アイサとレイはラークの案内によって元フィリア・フローレン邸、今は本館と呼ばれる建物の大広間に連れて来られた。

 中は五列のテーブルが並び中央上座には昼間見た下男――もとい、ミカド様ご夫妻が鎮座しており、キジマ将軍を始め四天王とその家族と思しき者たちが続き、左右のテーブルにはメイドや宮殿近衛隊のような制服を纏った者たちが理路整然と色分け……など全くされておらず、皆、好き勝手に座っていた。総勢で200名強と言ったところか。

 テーブルには大皿に乗った料理や飲み物が中央に並べられており、アイサやレイの持つ、高級貴族の会食イメージとは若干違っていた。

 主賓席に座り、改めてミカドとまみえる。

 ミカド――史郎は昼に会った時におぶっていた、ケンと呼ばれていた赤子を膝に抱いていた。

「は~い、注も~く! 本日のお客様を紹介するよ~!」

 ミツキ皇后がとても貴族とは思えない話し方で挨拶を始めた。

「こちら、アイサ・クラーズさんとレイ・クラーズさん姉弟です。アマテラ王国からおいで下さいました~。お二人はカリンさんと紆余曲折な経緯(いきさつ)がございまして~、その縁でこちらを御見学されることとなりました~。どんな経緯かは、まあ、大人の事情というやつでここでは言えませ~ん」

 一同どっと笑い。

 ――なんつー紹介を~!

「とりあえず、三日ほど御滞在されるそうなので、その間、皆さまよろしくね~」

 はーい! と広間中合唱。

「じゃあ次にお客様から一言、お言葉を頂戴しましょ~」

 わ~! と広間中拍手。

 ――げぇ! いきなり振らないでよー!

 思わずレイを見るも彼は首を小刻みにプルプル振りまくり、無理無理無理~! と目で訴えていた。もっともここでレイにスピーチを振るのはそれこそ無体。アイサは腹を決めざるを得なかった。

「ご、ご紹介にあずかりましたク、クラーズでご、ございます! て、帝府は勿論、エスエリアも初めてですので、で、みなさん、よ、よろしくお願いします!」

 正に絵に描いたような通り一遍のスピーチ。

 しかし、この状況ではもう、上出来の部類であろう。

「はい、拍手~」

 わ~、パチパチパチ~!

 ――疲れた。ドッと疲れた。一撃だ……

「アイサ……お疲れ……」

 レイが小声で労ってくれた。

「じゃあここで乾杯のご発声を~……大魔王陛下、お願いしま~す!」

「え~、あたしぃ~? こういう時はやっぱり年長の隊長さんでしょ~」

「お? そう来るかなライラちゃん? 年長と言うならこの中じゃ……」

 とメーテオールを指差そうとする誠一。しかし、

「セイさま? 言葉にしなくてもいい事ってございますわよ?」

と微笑みながらも冷ややか目線をくれる猊下。その美しさゆえか、冷ややかさにもターボが掛っているようにも感じる。誠一は慌てて指を下げ、へへ~っと低頭した。

「パパ、怒られた~」

 元帥の膝の上で、狐の獣人らしい幼女が笑っていた。

「うん、パパ怒られちゃった~。メルママ怖いよねぇ~」

「もうセイさまったら。無邪気なエミーちゃんに変なこと吹き込まないでくださいませね?」

「ぐおおぉ!」

 元帥は苦悶の表情を浮かべまくった。尻か脇腹でも抓られているのだろうか?

 大神帝さまは浮かべた麗しい微笑みを微動だにさせていないが……

 エミーと呼ばれた狐っ子もキャッキャッ笑ってるし。

「というわけで、ライラ、お願いね?」

「え~、やっぱりぃ~。しょうがないな~」

 グラスを手に立ち上がるライラ。

 わ~~っと、また拍手。

 ――大魔王陛下が乾杯の発声とか、何なのこのノリ!

「それじゃあ、え~っと。まず、ここに、あたしたちと二人のお客様の間に新たな縁が出来たこと、それをまず、喜びたいと思います」

 ライラが語り出した。途端に広間中の声が静まり、皆が耳を傾ける。

 ――縁?

「今この広間に、様々な立場と、様々な思いを持つ人たちが集まりました。互いに杯を傾け合い、同じ釜のメシを食べる機会を得ましたが、いつか袂を分かち、正面から相対する事もあるかもしれません」

 アイサは今までの緊張が消え、新たな緊張が走った。

 ――やはり、あたしたちの身の上を、目的を分かって言っている……

「でも、お互いの想いが邪でない限り、どんな事が有っても、その先にはきっと笑い合える未来があるはずです!」

「……」

「では、皆さんのご健勝。アデスの未来。そして今日のこの新しい縁の先に明るい未来が待っていることを願って!」


 乾ぱ~い!


 一声の後、皆が杯を空けた。


 食事はテーブルの大皿に盛ってあるので後は好き勝手に取って食べるだけで、周りを不快にしない限りマナーもへったくれもない、アイサにとっては馴染のある方式だった。

 酒も回って来ればもう、ほぼ無礼講――と言うかそれが常態化しているらしく身分や階級等の垣根を越えてもう全員、和気あいあい。

 料理も酒もあちらこちらからお薦めの雨あられ。

 あまりのノリの気楽さに、緊張感もいつしか消えてアイサもレイもしっかりと胃袋を満足させることが出来た。そういや気絶していたから昼食は抜きだったし。


 食事の後、客間に戻るとアイサは自分の部屋でレイとソファに座り込んで話し合うことにした。

 落ち着くと二人に嫌悪感が襲ってきた。他でもない自分自身にだ。

 すっかり相手のペースに巻き込まれて、というか甘えてしまった自分。

「すっかり歓待されちゃったね」

「うん……」

 本来は帝府の情報を集めて他国組織との連携の下、反体制の活動に役立てようと思い、カリンとの勝負に乗ったはずなのに、彼らは敵対心など微塵も出さず、それどころか想定外の歓迎をもって遇してくれた。

 懐柔策、も考えられなくはない。しかし自分たちは組織の中でも精々中堅のケツ。直接属する組織の事ならともかく、最終的に目指すブラッカスの事情や内情など知るのはこれからだ。

 つまり自分らの如き小物を懐柔したところでコスパが悪すぎる。得られる情報も余りにも少ない。

 金銭や美酒美食で組織を裏切らせて逆に間諜として使うという方法もあり得るかとも考えるが、それでももうちょっと上位にいる連中を使うだろう。アマテラで捕らえられたガショーのメンツにはレイや自分より役に立ちそうな素材も居たはず。

「不思議……」

「え?」

 レイがボソッと零し気味に口を開く。

「ミカド様、魔王陛下、大神帝さま……すごく、温かい……」

「……そうね。カリン様もそうだけど、平気で弱者を見捨てるような人たちには見えないわね」

「ミカド様、将軍、元帥、みな、子煩悩」

「はははぁ~。なんかあれは……凄いギャップよね。将軍もカリン様のお子さんにはデレデレだったし」

「元帥も」

「シーナ・エウロパ情報相との娘だってね、あの狐っ子。可愛かったね」

「元帥、将軍。奥さんが、いっぱい」

「将軍はカリン様含めて4人。元帥は5人! そりゃ権力者には珍しくないけど、天界や魔界の神様や魔王様は勿論、最高統治者が二人とも揃ってその中に入ってるってどうよ? 異世界から来た召喚者とか言ってたけど、その異世界人にアデスが乗っ取られるとか思わなかったのかな?」

「そんなめんどくさい事しないわよ」

 二人のケツが浮いた。

「今ですら結構めんどくさいのに、アデス丸ごとなんて冗談じゃないわよ」

 いきなり三人目の声が響けばそんな反応も止む無しか。

「ヨ、ヨウコ・キジマ財務大臣! いつの間に!」

「容子でいいわよ。さっきからノックしてたんだけど返事が無いから転移しちゃったわ。驚かせたんならごめんなさい、よ」

 疲れている上に話に熱中していたせいだろうか? 二人は全く気付かなかった。

「アイラオちゃん、この子なんだけど」

「ん、どれどれ~?」

 ――黒王アイラオ! この人が……てかあたしより歳下っぽいな?

 実際は14200歳ですけどね……

「はい、君。こっち見て、あたしの目を見て」

「あ、あ……」

 レイの目線がアイラオの目線と繋がると、アイラオの紫の目がじんわりと光りはじめた。

「な、なにをしてるの?」

「精密検査」

「へ?」

「アイラオちゃんの得意技は魔力を使った心のケアなの。攻撃に使えば数百人を一気に廃人にすることもできるわ。そして傷ついた心を治すこともね」

 やがてアイオラの目の光が収まり、彼女は「う~ん」と唸りながら腕組をした。

「どう? 治せる?」

「出来なくは無いんだけど、ん~、難しいな」

「と言うと?」

 アイラオは再度レイの顔を見て「ごめんね」と言いながら語り始めた。

「この子が声を出せきれないでいる原因は両親の凄惨な最期が焼き付いてるからよ。その辺りを繋ぎ直せば多分改善するとは思うんだけど、同時にそれは、今、この子の生きて行く理由にもガッチリ絡んでる。治すと精神的後遺症が出てイタチごっこになりそうね」

「そうかぁ。色々なパターンがあるのね」

「でも、あまり深刻になることはないと思うよ? 君、以前よりは声が出せてるんじゃない?」

「はい、前は、ぜんぜん、出なかった」

「両親の悲劇から抜け出して、生きて行く理由が他に移れば期待できそうね」

「だったら言うほど楽じゃないわよ」

 アイサは眉間のしわを深めて割り込んだ。

「あたしたちはあなたたちの計画の不備で親を失ったの! 権力側が『多少の犠牲はやむを得ない』ってあたしたちのように弱者を切り捨てるうちは生き方は変えられないわ!」

「アイサ、落ち着い、て!」

「えっらそうに……」

「ああん?」

 メンチ切り合うアイサとアイラオ。困り眉毛で、ふーんっと鼻でため息つく容子さん。

「ヨウコお姉ちゃんたちが好きでアデスに来たとでも思ってんの!? リョウジお兄ちゃんもおじさんも、アデスの都合である日突然、家族や友達と引き裂かれて無理矢理連れて来られたのよ! それでも彼らはアデスのために働いてくれた。王都大乱で彼らが負けていたら、最悪アデスは塵も残さず吹っ飛んでた可能性もメチャ高かったのよ! 必ず故郷に返すと約束しながら、そのための道具であった魔法陣を使って何とか危機を乗り越えた。代わりに彼らは故郷へ帰る術を失ってしまった! 彼らの家族は今でもチキュウという世界に居るのに二度と会えないのよ! あんたらの両親が亡くなったのは不幸よ、それは否定しない! 我慢しろとも言わない! でも今あんたが生きてるのも体制に歯向かっていられるのもヨウコお姉ちゃんたちの犠牲があったからなのよ!」

「アイラオちゃん、それはいいから!」

「よくない! それでもみんな今もアデスのために働いてくれてるのに、あんたらは!」

「いいの! アイラオちゃんの気持ちは嬉しいけど、ここは、ね?」

 アイラオはまだ言い足らなさそうだった。だが容子がそう言うからには矛を収めないわけにはいかない。アイラオは不満気を残しながらも、うんうんと頷くとアイサを一瞥して背を向けた。彼女らは容子たちに未だに負い目を持っているのだろうか? 

 そのせいか、最後の一瞥は怒りというより哀しみの方が強かった。

 アイサもそれは感じた。だからアイサもそれ以上言わなかった。

「あ、あの……」

 代わりにレイが口を開く。

「ん、気にしなくていいのよ。あなたたちは……」

「ち、ちがう。大臣に、聞きたい」

「容子でいいってば。大臣つっても部下は二人だけだし。ところで何?」

「なぜ、僕の喉、心配、する? 僕たち、お尋ね者」

「自分で言っちゃうかな? 美月がせっかく言葉濁したのに?」

 ――いや、あれで?

「なぜ?」

「ライラさんが言ってたでしょ? あたしたちに縁が出来たからよ」

「……」

「確かにあたしたちは敵同士かも知れない。でも今は争ってはいないでしょ? ライラさんの言った通り、今あなたたちの力になれたら、この先例え争うことが有ってもいつかはまた笑い合える、その元になればステキじゃない?」

「そ、そう……」

 些かあっさり気味の説明ではあるが、レイは納得したようだ。軽く微笑むと、わかった、と言いたげに頷いた。

「でも……」

 アイサは続けた。

「最終段階とはいえ王都復興中のエスエリアは他国に比べて各産業の技術が進歩している。これはあなた方が意図的に偏向させているのよね?」

「……そう見える?」

「昼に見た、あのとんでもない兵器。あれはあなたたちの世界の兵器なんじゃない?」

「あれは……良くん――キジマ将軍の話だとあたしたちの世界でもまだ実験段階だったらしいわ。隊長が召喚魔方陣再現の研究が上手くいかなくて憂さ晴らしに作ったらしいけど、あっちですら運用されてもいないシロモノを稼働させちゃって。だから時の流れが乱れてホーラさまの逆鱗に触れたのよ」

「そういうことじゃなくて、そんな技術や知恵をエスエリアにだけ与えて贔屓してる、癒着してるのは事実でしょ?」

「……明日、王都内を見学すればわかるけど、王都大乱では一般臣民の犠牲者は無かったんだけど、魔獣と戦った防衛軍の中には少なからず戦死者もいたし、街並みは全損、半壊以下も合わせれば80%以上に何らかの被害があったし、王宮の北側を中心に約20%は一木一草残らず全てが消滅してしまったわ。その復興財源の確保もあって、産業に手を加えたのは確かね。それを依怙贔屓と言うなら……仕方ないかな」

「復興は目途がつき始めている……各国の産業界からは不満も出ているわ」

「その辺のバランスはいずれ取るつもりよ」

「……」

「あなたたちの思いにとやかく言うつもりはないわ。基本的なあたしたちのスタンスは見守る事、メルさんやライラさんのようにね。仲裁を求められれば出張るけど、こちらから片方に肩入れしたり、アデスを思い通りにするつもりはないわよ?」

「……そう……」

「長居しすぎたわね。疲れてるでしょうにごめんなさい。ゆっくりしてちょうだいね、おやすみなさい」

 容子とアイオラは部屋を出て行った。

 アイサはソファに深く座り直すと、右手で髪の毛を掻き毟った。

「アイサ……」

「わかってるわよ、言いたいことは」

「なんだか、これから、やりにくい。帝府の人、みんないい人」

「……そうね、帝府は恨む相手じゃ無いって事は感じるし、あたしたちの国のツケを負わせるのは筋が違うとも思う。でも、これが偽装だという可能性は捨てるべきじゃないし、あたしたちの敵も変わらない。自分の都合や私欲で臣民を犠牲にする連中とは戦うべきよ」

「そう、だね。ヨウコさん、見守るだけ、止めはしない、みたいに言った」

「予定通り、情報をできるだけ集めて明後日ブラッカスに向かおう」

「うん」

 相談はここまで、レイは疲れた体を休めるべく自室に戻って行った。



「ある意味気の毒ねぇ。あたしたちからも恐らくは仲間からも利用されて、まるで道化だわ。ヨウコお姉ちゃんもそう思わない?」

「なら、もうちょっと角丸めて言ってあげればいいのに。あれじゃ売り言葉に買い言葉よ」

「あたしもおじさんにあてられたかなぁ~。気を付けなくっちゃ」

「でも大体、浮かんできたわね?」

「そうね、おそらく公国がメインで噛んでるわけじゃなさそう」

黒幕(スポンサー)は経済界方面ね。だけどわかんないな~。向こうの経産省には早ければ年末にも技術格差の是正は進めるって通達してあるのに」

「もう少しあの娘たちに泳いでもらうしかないかしらね」

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