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エスエリア・エクスペリメント

 アイサの頭は崩壊寸前だった。自分の持っていた常識とか良識とかコモンセンスとかそれに付随するありとあらゆるモノが足元から崩れていくような感覚を覚えた。例の悪夢の終盤、足元が無くなり奈落へ落ちていくが如きあの感覚にも似た状態。

 自分らが敵対している王侯貴族もひれ伏す人間界の象徴、人間界の頂点。

 そんなミカド様が赤子をおぶりながら洗濯物を干している。その赤子のおしめを慣れた手つきで交換なさっておられる。そんな状況、


 ――現実なわけあるかーーー!


と錯乱、狂乱、大混乱するのも当然と言や当然。

「ホ、ホントに、この、方、ミカド、さま?」

 混乱はレイも同じようだが、何とか聞き返すだけの正気は保っていた。

「ええ、そうですわ。お二方とも随分ショックを受けておられるようですが大丈夫ですか?」

 ――大丈夫なわけない!

 アイサはそう言いたかったが今は声も出せなかった。

「確かに拝謁なされる方は一様に驚かれますね。もっともミカド様始め、四天王の方々はチキュウという異世界から召喚された方たちですから、視点や考え方が我々とはちょっと違うんですよね」

 ――召喚!? 異世界人!?

 またしても驚愕の一言がアイサを襲う。

 ――なにそれ! どこのお伽噺!

「あ~やれやれ。手続き終わった~」

「ご苦労さん容子。しかし何だろなこれ? 黒さんの発注だよね?」

「伝票見て何かイヤな予感しかしなかったんだけど?」

 ――キ、キジマ将軍!

 アマテラの離れで一瞬で自分たちを制圧したキジマ将軍。それがさきほどラークを呼び止めた女性と一緒にやって来た。何やら手に抱えられるギリギリくらいの大きな荷物を抱えている。

「お? 君たちは……うん、アイサくんとレイ君だね。そうか、今日到着だっけ?」

「え? この子たちなの? カリンに刃を向けた命知らずって?」

 ――返す言葉もございません……

「でもこっちのレイ君はそれを止めようとしてたみたいだよ? 女子供は巻き込んじゃいけないって。な?」

「は、はい。もののふ、女子供、守る」

 レイは何とか返事が出来た。史郎を始め良二や容子らも当りが柔らかいのでほっとした面もあるのだろう。

「立派な矜恃ね、うん、偉い! ん? あなた言葉が?」

 容子がレイの言葉の不自由を感じたようだ。近寄って頬に手を当てる。

 レイは一瞬ビクッとするが、

「だいじょうぶよ、じっとして。う~ん。ちょっと、お口開けて?」

何をされるか分からない恐怖は感じるものの、レイは震えながらも彼女の言う通りに口を開けた。どうやらレイの喉を診察しているらしい。

「喉は別段、損傷してないわね。触診でスキャンしても異常は見当たらないわ。精神の方かな?」

「だったらアイラオちゃんの領域かな? でも彼女最近忙しいからなぁ」

 ――アイラオ……黒王アイラオ! 魔界8大魔王の一角!

「アイラオって……もしや魔界の……」

 アイサも何とか声が出せた。この状況下にも多少は慣れて来たのだろうか?

「ああ、魔界8大魔王の一人、夜王ラーさまの妹分で絶望の黒王と呼ばれているアイラオちゃんだよ。心の病とかとても詳しいんだ」

 ――8大魔王をちゃん付けとか!

 また言葉を失いそうなアイサであった。しかしまあ、ミカドが大神帝や大魔王と同列ならば四天王は魔王たちと同格となる、と言うのはある程度合点は行く。

「お~い、それロッタから届いた荷物かぁ~? こっち持って来てくれ~」

 今度は庭方向から声が響いた。初老の男性らしき声だ。

「はいはい、今持ってくよ~」

 良二がその声に答えて、抱えた荷物を渡しに行った。

 その先には、先程の声の主らしき年輩の男と、白衣を着た研究者の見本みたいな出で立ちのエルフ族や狼の獣人ら数人が何やら結構な寸法の長方形をした物体を相手にゴソゴソ操作しているのが見える。

「行ってみる?」

 容子が史郎に聞いた。

「見てみたいけど、あれは絶対ケンが泣きだしそうな結果しか見えてこないな」

「そうね。その類よねアレ。じゃあ、ケンちゃんはあたしが連れ帰るわ」

「頼める? じゃあ……」

 史郎はおんぶひもを解き、容子にケンを委ねた。

「あなたたちも来ますか? 元帥殿を紹介しますよ。私の相談役なんです」

 言われてアイサとレイは顔を見合わせたが、やがてこっくり頷き同意した。

 ――大元帥セイイチ・クロダ。キジマ将軍と並ぶ魔法剣の使い手。ミカドの相談役の地位にいる男……

 精も魂もつきかけていたアイサたちだが、四天王の情報は得られる時に得ないと次の保証などは無い。ここは踏ん張りどころだ。

 近づいてみるとその物体はかなりの大きさであった。

 全長は10mを優に越え、幅、高さは1mくらいであろうか? 更にそのバカでかい長方形の本体を支えるゴツイ架台が地面に食い込んでいる。

 本体は鉄らしき金属で作られているみたいだがアイサもレイもその辺は詳しくないので良く分からない。金属と言えばすぐに鉄、と思い浮かぶ程度。

「これ砲弾? やっぱ大砲なの?」

 ロッタから預かった荷物を開けながら良二が聞いた。

「さすがアレジン・ロッタさんの工房だ。アダマンタイトをこんな高精度で造形するなんて」

 エルフの研究員の一人が感嘆の声を上げる。そのままもう一人の研究員と運び、物体の下にある窓を開けてそれを装填した。

「行けるかな? フェイ研究員」

 初老の男が呟く。

「計算上は期待できます。あとは元帥閣下が、首尾よく予定量の雷を貯留出来れば……」

 フェイと呼ばれた研究員も期待を込めた口調で応じる。

「装填完了でーす! いつでもどうぞ」

「了解、じゃあ総員配置について! では元帥閣下。雷の貯留を」

「わかった。引金(トリガー)はアキュラ研究員に任せる」

 そう言うと元帥は物体の後端に取り付けられた二つの端子を両手でそれぞれ握り、目を瞑ると念を込め始めた。

 ヴヴヴヴヴゥゥゥ―……

 元帥が魔力を放出し始めたようだ。

 それと同時にアイサとレイは、今まで聞いたことも体験した事も無い音と鳴動を感じた。ホント初めての感覚で身体が騒めくというか、まるで髪の毛が逆立つというか浮いてくるというかそんな感覚……

「貯留量、60%超えました。なおも上昇中」

「本体の状態は想定内を維持。各部異常なし!」

「貯留量80突破。最低量まであと20!」

「ぬおおおおぉぉぉ」

 元帥はさらに念を込めていく。身体がボウッと光り始め、身体の端々から小さい稲妻のようなものもバチバチという音を立てながら飛び出している。

「貯留量90!」

 研究員たちが状態を見ながら数値を読み上げている。しかしアイサには何が何だかちんぷんかんぷんである。何をしているのか皆目分からない。

「ねぇ木島さん、これってもしかして……」

「やっぱ沢田くんもそう思った?」

 ミカドも将軍も見当がついているようだ。こんなワケのわからんモノのアテが付くなど、さっきの異世界人云々という荒唐無稽な話も、あながち……

「貯留量100突破! まだまだイケます!」

「各自、状況監視を厳に! 最終段階だ!」

「貯留量120! 設計限界です!」

「カウントダウン開始! アキュラ研究員どうぞ!」

「放流開始10秒前! 8、7、6、5、4、3、2……放流!」


 ヴァオォン!

 

 空気が揺れた。雷の如き爆音と風圧にアイサとレイの心臓が締め付けられた。

 物体の先から炎が見えた気がする。今は煙が漂っている

 ――何、今の? 何がどうなって……

「試験弾、目標に向かって直進中」

「軌道変化、確認されず」

 研究員の観測班らしき連中が物体の向いていた方角の遠方に見える山脈を狙った大きな遠眼鏡を覗きながら何やら状況を報告している。元帥も、他の研究員も同じ方角を向いており、そちらに何かの変化がある、起こるのであろうか?

 なのでアイサもその山の方角を凝視した。

「目標まであと、5、4、だんちゃ~く……今!」

 研究員の言葉と同時に、全員が注目していた山脈の山頂辺りから、まるで火山の噴煙の様な巨大な土煙が凄まじい勢いで噴きあがった。

 かなり遠くなので音は聞こえてこないが、見る限り、近くだったらとんでもなく大きな爆発音が響いたであろうことはアイサにも想像できるほど、その爆煙は大きく凄まじかった。

「やったぁー!」

 研究員たちから歓声が上がり、アイサはやっと目を山から動かすことが出来た。

「成功です! やりましたよ元帥閣下!」

「すごい! 直線距離50kmで狙い通りに命中ですよ!」

 研究員一同メチャ興奮してるし。

 ズヴォヴォヴォーン……

 なんか今頃音が聞こえてきたし!? 

「やっぱアレですか……」

「アレだねぇ……」

 あきれている史郎と良二。驚いていないところを見るとやはりあれが何もので、何が起こっているのかはわかっているらしい。

「あ、あの、キジマ将軍。あれって一体……」

 アイサは必死で声を絞った。ミカドがオムツ変えている事実以上に把握しなくちゃいけない案件だということは考えるまでもない。情報、情報を。

「ん? まあ、なんて言うか……雷で撃ち出す投石器(カタパルト)というか弩砲(バリスタ)というか……」

 ――か、雷で? 何それ? 意味わかんない! てかあれって攻城兵器? あれが!? あんな遠くに、あんな威力って砦だって城だって一発で粉微塵じゃん! 世界滅んじゃうじゃんー! だ、ダメだ……詰んでる……勝ち目なんか……

「こんのバカモンがー!」

 いきなりの女の叫び声! てか怒声!

 ――今度は何ー!

 アイサは声の方を向いた。

 そして目に入ったのは……

 30歳代前半くらいの女性が突如転移魔法で現れ、怒鳴りつけながら大元帥閣下の脳天にかかと落しを喰らわせている状況だった。

 頸椎と腰椎に激痛が走った大元帥は、

「ぐああ! 首がぁ! 腰がぁ!」

と、もんどりうって転がっていた。いや、まずは頭でしょ?

「貴公はー! またこんなしょうもないもん作り出しおって! いつになったら懲りると言う言葉を覚えるんだ、この宿六がー!」

 女は転がる元帥の上に馬乗りになり、元帥の首根っこ引っ掴んで額を地面にガンガンぶつけながら捲し立てた。

 ――あの(ひと)強い! 大元帥をフルボッコ! てか転移で現れるって人間じゃ無いよね!? また魔王様? そ、それとも!

「あ、あの、あの女性……」

 段々、声を出す事すら気合いと根性が必要になってきたアイサは、白を基調とした、一見どこかの近衛兵の礼服のような上衣に、同じく白のパンツルックの女性を指差して将軍に質問した。

「ホーラ様だよ」

「ホ、ホーラ様! もしかして天界12神の!」

「もしかしなくても天界12神の一人、時の最上級神ホーラ様さ」

 ――今度は天界ー! 

「いやいや、待てって! 俺のせいじゃないよ。研究員たちがどうしてもってさぁ」

「ちょ、閣下、そりゃあ無いでしょ! 閣下が『こんな方法があるんだが?』とか言って計算式持ち込んだんでしょー! 『ここをこうすればどうなるか……結果、見たくない?』とか誘ったんじゃないですかー!」

「セイイチ?」

「記憶にございません」

 ホーラは元帥――セイイチ・クロダの顔面を大地に叩きつけた。

「貴様ら! これに関する全ての資料を破棄しろ! 全てを忘れろ! でないと黒王に言って脳味噌の線、まとめてブチ切らせるからな!」

 ひー!

 直ちに―! 

 研究員たちは悲鳴を飛び交せながら研究塔に向かって走り去った。

「やれやれ、相変わらずじゃのう」

「なんだテクナール。何しに来た?」

 ――テクナール! 火と技術の最上級神テクナール! て、また最上級神!?

「猊下の勅命じゃよ。この物騒な代物、廃棄しろって仰られてな」

「ご、ご無体な!」

「そうか。なら、ささっとやってもらおうか?」

 ほいほい、と返事して見た目ドワーフっぽい、元帥と同世代くらいの髭面オヤジが彼をチラ見して、

「おいクロダ。こんな面白そうなもん隠しおって、ちょおっと水臭いんじゃないか? 先にわしに言ってくれれば例の秘密工房で……」

などと小声で。ホーラぶっつん!

「工房ごと消し去ってやろうか! クソオヤジ!」

「わかっとるわかっとるがな。わしが猊下の御意に逆らう真似なんぞするワケ無かろうが。せえの、フン!」

 火と技術の最上級神テクナールは自らの秘密工房で鍛えに鍛えた大剣を抜き、目の前の攻城兵器を気合い一発、一刀両断にした。

「うう、メルさんのばかぁ」

 どぶつく誠一(セイイチ)。そんな誠一の横に眩い光がフワッと湧き上がるように現れ、やがて人の形に収まっていった。

「なんですかセイさま。これのおかげでどれだけ時の流れが乱れたか分かっていらっしゃいますか? その上でまだ何か不服でも?」

 お小言らしいが、ため息が出るほどの綺麗な声……そしてこの世の美を全て凝縮したのか? と言いたくなるほどの、まさに絶世の美女が光の中から現れた。

「これはメーテオール猊下! 此度の我の監督不行き届き、面目次第も!」

 ――メーテオ……メーテ……大神帝メーテオールゥー!

 12神に続いて今度はアデスの最高峰!

 名前は子供の頃の夜話から酒の席での酒肴話まで幾度となく聞いてはいるが、どんな顔か姿かなんて知る由どころか想像すらできない最頂点の存在! アイサは勿論、レイも二人して魂が鼻や耳から抜け出る寸前である。

「なになに~。隊長さん、またバカやらかしたの~」

「ようライラ。仕事はいいのかい?」

「ラーに丸投げしちゃった~。なんか面白そうね~。いや~最初から見たかったわね~」

 ――ライラ? ライ……ま、まさか!

「ああ、紹介するよアイサくん。こちらライラ・サマエル。魔界の大魔王陛下だ」

「こんちわ~。ライラ・サマエルで~す。大魔王やってま~す。そしてリョウくんの奥さんで~す」

 ――うそでしょー! アデスの三頂点が村の寄合いみたいにぞろぞろと~! しかも奥さんて! カリン様の立場は!? あ、ふ、ふああぁぁ……

「ってあれ? アイサ……ちゃん? ちょっと!」

「お、おい、アイサくん、どうしたの? しっかり! え、レイ君も?」

 二人の意識は完全に飛んでいた。アイサもレイもブッ倒れて大の字になってしもうた。

 確かにこの状況、並みの一般臣民に正気を保て、は無茶振りにもほどがあると言うものであろう。南無…… 

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