表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/53

帝府

 アマテラ国はアーゼナルの属国であるので皇国への短期入国には査証は免除されていた。

 だが、エスエリア入国にはそのための査証が必要だ。

 監視役も兼ねた御付きの侍女がアマテラ王家の紋所を携帯していることもあって通関は、ほぼノーチェックで進んだ。

 よくある出国の目的等の質問も無く、手荷物の検査も無く、承認の印が旅券にバンバン押されていく。

 全ての出国手続きが終わると、アイサとレイは低頭する侍女に見送られてエスエリア行きの(ゲート)を通った。

 薄い膜の様なものが張られた門を通過するとそこは既にエスエリアである。

 今度は入国の審査を受けることになる。

 ところがエスエリア入国時の審査でも、カリンの花押が刷り込まれた入国カードが物を言い、これまたなんの躊躇もなく入国の許可が下りた。出国時の再現とばかりに入国目的審査も手荷物検査もなんもかんもすっ飛ばしての入国であった。

 シュナイザーでのテロが成功裏に終われば、バルンの神殿からブラッカスへこのように渡航する予定であり、その時、入管に怪しまれないため、どう振る舞えばいいかなどはフォルドらにレクチャーされていた。

 ところがこれもんである。

 ――あたしたち、ホントはテロリストなんですけど……

 何かモヤッとしたモノを感じながらも二人は無事エスエリア王国に入国したわけだ。この後はまず、帝府を目指す。

 帝府の住所は教えられているので、辻馬車でも拾おうかと考えて出口を探し、広い神殿の中をウロウロ、キョロキョロしていると、出迎えのために名前の書かれたカードを胸の前に持って立ち並んでいる者たちの中に、自分とレイの名前が書かれたカードを持ったメイドらしき姿の女性が目に留まった。

 アイサもレイもエスエリアには縁もゆかりもない。なのに両名のフルネーム(アイサの苗字は偽造だが)が書かれているのでもしやと思い、近付いてみた。

 彼女も二人に気付き、カードを下げながら、

「アイサ・クラーズ様、レイ・クラーズ様でございますか?」

と、丁寧に尋ねてきた。アイサらはほとんど脊髄反射的に頷いた。

「失礼ですが旅券を拝見させていただけますでしょうか?」

 言われるがままに旅券を見せる二人。発行元と名前欄を確認したメイドはニッコリ微笑むと、

「お手数をおかけ致しました。キジマ将軍閣下の命により、お二方をお迎えに参りました(わたくし)、将軍のご正室のフィリア殿下に仕えまする侍女長補のラーク・パトリシアと申します。以後お見知りおき下さいませ。これからエスエリア滞在中は私がお二方のお世話をさせて頂きますので、どうかご了承のほどを」

と、これまた丁寧に自己紹介。

 二人はそのまま神殿出口に案内され、そこで待っていたのは……王侯貴族にでも使われそうな、テッカテカに磨かれた車体に、金銀は使われてはいるが華美にならない程度に上品な装飾を施された、それはそれは豪華な送迎馬車。

 当然、そんな派手な馬車は付近を行き来する衆人の目の注目を集めさせる事になるわけであるが、そこに乗り込むのが、見た目も中身もモロに庶民の自分たちだけに、訝し気な視線を寄こしてくる人々の目が痛い痛い。

「……」 

「……」

 予想のことごとく上を行く待遇ぶりに、語る言葉も無くなるアイサたちであった。

 


 ――完璧に乗せられている!

 勝負を受けて、例え罠があろうと食い破り、為政者の偽善を暴いてやろうと意気込んではいたが、アイサは頭が痛くなってくる思いだった。所詮、自分らは庶民の不満分子のそれも下っ端。人間界頂点の権力者に一泡吹かせようなどと身の程知らずという形容すら生易しいのか?

 否! ここでくじけては連中の思うつぼ! 出来る限り帝府の情報を入手し、ブラッカスで待つ同志たちにそれを届けて今後の活動をより実りあるものとするのだ!

 と、気合を入れるアイサであったが、隣のレイはアイサの思いなどこ吹く風、窓に張り付いて初めての異国の街並みに心を奪われてしまっていた。

 やっぱり頭痛がしてきた。


 

 馬車にしばらく揺られ、アイサたちは目的の帝府に到着した。

「ここは元々我が(あるじ)フィリア殿下のお住まいだったのですが、4年前の王都大乱からの復興中、殿下が将軍に輿入れ成されたのを機に帝府に接収されて、以後は帝府の中心として敷地も拡張されました」

「王都大乱?」

「あ、皆さまにはアデス安寧計画と言った方が馴染があるかもしれませんね。あの計画実行中、王都は前ミカド率いる大魔獣集団の襲撃を受けておりました。将軍や大元帥閣下ら帝府四天王の皆様方の活躍で危機を乗り越える事は出来ましたが、王都内は至るところが損壊いたしました。その後、復興時に新たに区画整理がなされ最近ようやく臣民も元の安定した生活に戻る事が出来たところですわ」

 などとざっくりと説明を聞きつつ、アイサは馬車から降りると帝府を見渡した。

「あ、あの……ミカド様の居城は……」

「あちらでございます」

 二人はラークの示す方向を見た。

「大きな三つの建物、手前から元フィリア殿下の居城。次が四天王の皆さまが、今はもう解散しました魔導特別遊撃隊時代にお使いになっていた官舎。一番奥がミカド様が住まわれるミカド御所でございますわ」

 紹介された建物を見ながらアイサは自分の口があんぐり開けっパなのに気付くのに随分時間を要した。開いた口元から涎が垂れそうになって、やっと気付くレベルで。

「あ、あれがミカド御所……で、でもあれって……なんかそんじょそこらにある4階建ての集合住宅みたいじゃないですか!?」

 アイサが驚くのも無理はなかった。

 現状、どこの国でも王宮と言うものは天を突く様な巨城が多い。

 作りにしても国威を示すための威厳や居住性、利便性、侵入者などへの防御性等々を様々な事情を踏まえた上で作られるものである。

 ところが示されたミカド御所は日本辺りでもよく見られる、ありきたりの低層マンションもどきの様相だったのだ。

 確かにシュナイザーやエスエリアの一部にみられる集合住宅よりかは一室当たりはかなり広そうだし、日当たりのよい南側には全室ベランダ・バルコニーも存在する。居住性は中々に良さそうだ。

 しかしこれを居城と呼ぶには無理くり過ぎる。人間界を象徴する御方の住まう建物としては威厳もへったくれもない。

 数日前までいたアマテラの王城でさえこの倍の高さはあるだろう。

「はあ、私どももその辺り、意見具申はさせて頂いたのですが、大元帥閣下が『4階以上、階段で昇るのはしんどい!』とおっしゃいまして……」

「え、だけど四天王って転移魔法の使い手じゃあ……」

「当時はまだ会得されておられなかったもので……」

 アイサの頭は疲れてきた。頭の血が足りないというか、昇ってこないというか。

 取り敢えず一行は御所に向かった。

 周りを眺めながら歩いていると、更に遠くに厩舎と10台を超える馬車が並んでいるのが見える。

「馬車、たくさん」

「はい。通常、歩兵の移動は徒歩が基本ですが元帥閣下が機動性を重視する方針で、有事の際は兵員は馬車で移動となります」

 ――大量の歩兵を騎馬並みの速さで前線に……戦法も変わってるのね

 官舎を通り過ぎてすぐ、官舎と御所の間には物干場として使うスペースがあった。見れば若い男がおんぶひもで乳児をおぶりながら洗濯物を干している。

 ――下男かな? エスエリアって男が子守するのかな?

「あ、ラークさ~ん! ちょっとぉ!」

 官舎の方からラークを呼ぶ声。振り向くと20歳そこそこくらいの女性が窓から手を振ってラークを呼び止めて来た。

「はーい! ヨウコさま! どうされましたぁ?」

「ロッタさんとこの納品目録ってどこにしまってあるの~? 見つからないんだけど!」

「12番ロッカーですよ。名前順に並んでるはずです!」

「見つからないのよ~。メリアンそっちはどう~?」

「だめですお姉さま。どこにも見当たらないですぅ」

 魔族だろうか? バフォメットの様な角を持つ女性も泣きを入れているようだ。

「ああ、もう! お願いラークさぁん、ちょっと来て見てみてよぉ」

「で、でも、私は今、お客様を……」

「ロッタさん、すぐ戻らなくちゃいけないんだってぇ! だからお願ぁい!」

「んもう! しかたないなぁ……申し訳ありません、クラーズ様。少々お待ちいただけますでしょうか? すぐに戻ってまいりますので」

「は、はい……」

 二人は生返事するしかなかった。

 思ったより軽~い雰囲気に、アイサもレイもえらく戸惑っているのである。

 何か帝府と言うと仰々しい重い空気が立ち込めるほど畏まった中で役人や高官がピリピリしながら出仕している状況しか想像していなかったし。

「うああぁ、うわあああー!」

 赤子が愚図り出す声。洗濯物を干していた男がおぶっている子だ。

 男がそそくさとおんぶひもを緩める。

「どうしたの? お腹空いた? あ、いや、おしめだな?」

 男は小脇に抱えた雑嚢からタオルを引き出し赤子を寝かせた。即座にオムツをほどいて中を伺う。

「ああ、やっぱりチーしてたね~。気持ち悪かったねぇ~」

 赤子をあやしながら雑嚢から新しいオムツを取り出して、男は手際よく交換し始めた。

 新しいオムツに変えてもらい、スッキリしたのか赤子はいつの間にか泣き止み、ケロッとした顔になった。

「手慣れたもんですね? エスエリアでは男の人も子守りするんですか?」

 赤子のあどけない笑顔を見て、すこし気分が優れたアイサは男に質問してみた。

「え? ああ、まだこちらでも少数派ですけどね。うちは妻も仕事してますから手の空いた方が見てるんですよ。ところであなた方は?」

「あ、はい。アマテラ王国から来たものです。ミカド様にお目通りさせていただく予定なんですが……」

「アマテラ……あ、カリンさんの伝手かな? ようこそおいで下さいました」

「あ、いえ、こちらこそお邪魔を……ところでミカド様はやはり御所内に?」

「私です」

「…………は?」

 は? と言う言葉が出てくるまで、アイサは時計の秒針が一回り以上したような気がした。

「私、本名はシロウ・サワダと言うんですが、4年前からミカドを襲名してその任についているんです」

「クラーズ様、失礼いたしました。万事解決いたしましたので。あ、これは陛下。ご機嫌麗しゅう」

「お勤めご苦労様、ラークさん」

 ――陛下? 陛下って、え、えええ!

「あ、あのラークさん、この方、ホントに……」

「はい、我ら人間界の頂点にして象徴であらせられますミカド様、その人でございます」


 ――ちょっと待てーーーい!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ