闇夜の勇者と太陽の魔王
俺の頭を撫でる、優しい感触。
温かくて、柔らかい。
もし、俺の母親が生きているとしたら。
こんな風に、優しく撫でてくれていたのかな。
目を開けると、赤く、長い髪の女性が、横たわる俺の事を覗き込んで、微笑んでいた。
ここは、日本では無いのか?
俺の顔を見る女性の顔は日本人の顔つきでは無いし、赤い髪なんて、染めているのでも無ければ見る事は無い筈だ。
「目が覚めましたか?」
その赤い髪の女性は、安心したように言って、その場を離れた。
俺の頭には、まだ、優しく撫でられた温もりが残っていた。
現在の状況を確認する。
屋内の一室。
そこにあるベッドで横たわっていた様だ。
ベッドはこの部屋の中に一つだけではない。
一つの部屋に、四つのベッドがある。
宿泊施設の一つなのだろうか。
綺麗に並べて配置されていた。
「私と共に、来ていただけますか」
部屋の入口の扉を開け、こちらを振り返る。
その女性の後ろに付き、共に長い廊下を歩いていく。
少し歩いた所にある、他の物とは大きさが違う扉。
その扉を開き、中に入っていく。
中に入って見た光景。
横に長い椅子、それが全て同じ方向を向いて、綺麗に並べられている。
ステンドグラスだろうか。
色鮮やかな窓から、光が差し込んでいる。
奥には、何かの巨大な像。
ここは、教会に似たような、何か神を崇める場所なのだろう。
その像には、既に祈りを捧げている少女が居た。
服装が違うので、一瞬分からなかったが、その幼さが残る顔は、咲夜の物だった。
「目が覚めたみたいなので、連れてきましたよ」
俺を連れた赤い髪の女性が、咲夜に声をかける。
その声を聞き、赤い髪の女性と俺を見て、安心したかの様な表情になった。
「咲夜、ノクターンは一緒じゃないのか?」
咲夜に声をかけると、何処からか、頭の中に直接声が響いてくる。
(僕は常に君達の側に居るよ、心配しないでくれ)
周囲を見渡しても、何処にもノクターンの姿は無い。
咲夜でさえ、声の主を探すように、周囲を見渡しているのだから、見えないけど、確かにこの場には居るのだろう。
「今、ノクターンと。そう言いましたか?」
悲しそうな表情になりながら、俺に問いかける。
ノクターンと、その女性に何かあったのだろうか。
「ノクターン様を知っているのですか?」
咲夜が赤い髪の女性に問いかけるが、その表情は、余計に曇ってしまった。
教会の端にある本棚から、一冊本を取り出すと、その本を俺と咲夜に差し出した。
『闇夜の勇者と太陽の魔王』
その本には見た事もない文字で、そう書かれている。
だが、文字の意味自体は不思議と理解できる。
(僕がこの世界の知識を、君達と直接結びつけているんだ)
君達、という事は、俺と咲夜、どちらにもこの本を読む事が出来るのだろう。
咲夜の横に並び、共に本を見る。
本の表紙には、青と黒のドレス姿をした美しい女性。
これはノクターンなのか?
そして、その横に並ぶ、赤い髪に、顔の上半分まで隠れた仮面を着ける男性の姿。
(彼が太陽の勇者、ソル。僕の元相棒さ)
悲しそうな、そんなノクターンの声が直接響いてきた。
だが、この本の表紙に書かれているタイトルでは、勇者ではなく、魔王と表記されている。
(僕は、彼を悪意から守る事が出来なかった。彼が魔王エクリプスとなってしまったのは、僕の責任だ)
俺が思う勇者のイメージとは、世界を魔王の手から救う為に戦う者。
決して、勇者自らが、魔王になると言う発想は無かった。
「ソルは、私の兄の様な方でした。兄と共に平和の為に戦ったのが、ノクターン。兄が愛するたった一人の女性です」
(はは……参ったね、そんな事まで、わざわざ教えなくても良いのに)
ノクターンの声が、少し恥ずかしそうな、それでいて嬉しさを隠せない物になっている。
「ソルは光精霊で、闇精霊のノクターンと手を取り合って、平和の為に戦っていたのです」
ノクターンが闇精霊だと言うのは、この世界で目が覚める前に聞いていた事だ。
だが、見た目自体は、俺や咲夜と同じ、人間と非常に似ている。
俺だって、ノクターンが自ら精霊と言わなければ、人間だとずっと思っていただろう。
「それが何故……勇者だったんですよね? どうして魔王なんかに」
咲夜の質問に対して、赤い髪の女性は何も話せなくなってしまった。
ノクターンは、悪意から守る事が出来なかったと、そう言っていた。
「お二人が、その身に宿すのは原初の魔導具ですね。勇者ノクターンが、自らの魂から創り上げた最強の武具」
二人で横に並んでいた俺と咲夜。
そんな俺達に跪いて、祈りを捧げる赤い髪の女性。
「我が名は、炎精霊セラフィム。私が願うのは、ソルを……太陽の魔王、エクリプスを倒し、お兄様の魂を解放する事。その為の力を与える事を誓います」
自らをセラフィムと名乗る、赤い髪の女性。
この女性も、ノクターンと同じ精霊だったんだ。
人間と変わらない見た目をした、精霊と言う種族。
太陽の魔王エクリプスも、元は光精霊だった。
それが何故、魔王となってしまったのか。
勇者が魔王になってしまう程の悪意とは、何なのだろう。
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