ロストフラグメント
これは、俺がまだ、幼かった時の記憶。
俺には、年の離れた姉が居た。
白崎陽菜、それが姉の名だ。
陽菜と言う名前の通り、周囲を明るく照らす笑顔。
俺にとっては自慢の姉だ。
そして、姉と同じ位の年齢の友達も居た。
彼の名は、黒鉄雷亜。
俺と雷亜と陽菜。
三人で仲良く遊んでいた日々が、俺にとっては一番充実した日々だった。
特に雷亜と陽菜がとても仲が良くて、俺から見てもお似合いだった。
だからこそ、あの日……
俺を庇って、車に轢かれた陽菜を見てしまった雷亜の顔は、絶望に染まっていたんだ。
「お前の所為だ……お前の所為で、陽菜は――」
そうだ、これは俺の罪だ。
だから、戻ってきてくれ。
何処にも行かないでくれ。
結果、陽菜は二度と目覚める事は無かった。
俺の両親も、既に他界しているし、唯一の姉も死んだ。
俺達を繋いでいた絆でさえも、脆く崩れ去る。
陽菜を看取ったあと、雷亜の姿も、俺の前から消えていた。
俺の、俺を構成していた要素、全てが、バラバラと崩れ去る様な感覚。
俺には、何も無くなってしまった。
大切な人も、友人も、絆でさえも。
次に俺が俺の姿を見た時。
俺の黒い髪の毛の色ですら抜け落ちて、白に染まってしまった。
そこからの俺は、毎日をどうやって生きて来たのか、自分が本当に生きているのか、死んでいるのか。
何も分からないまま、無気力に生きて来た。
「俺よりも、生きるべき人が居た筈なのに」
降り注ぐ雨の中、傘もさしていない。
だから、これは涙ではないんだ。
顔から水を流しながら歩ていたって、これは普通の事なんだ。
そんな時、俺と同じように、無気力に歩く少女とぶつかった。
肩まで伸びる黒い髪、幼さを残しながらも、綺麗で整った顔立ち。
身長は俺よりも低め、とても痩せている様に見える。
でも、俺が見ていたのは、少女の外側でしか無かったんだ。
体中に残る、日常的に暴力を受けて来たかのような痣。
腕には、刃物の様な物で切り付けられたような、切り傷があったのを見つけた。
「君、その腕の傷、大丈夫」
その時の俺の言葉には、感情なんてものは無かった。
別に、誰でも良かったんだ。
ただ、俺は話をしたかったんだ。
俺の心は、崩壊寸前だったから。
だからせめて、目の前の恐怖で怯える少女にだけでも、話しかけたかった。
手を、差し伸べたかった。
手を取って欲しかった。
「え……腕? あ、何時の間に……」
自分の腕を確認して、やっと気が付いたみたいだ。
自分の腕の傷に気が付かなくなるまで、この少女は、日常的な暴力に耐え続けていたのか。
「君、名前は……警察に行こう」
放っておく事なんて出来なかった。
今ここで、この少女と別れたら、二度と会えないような、そんな気がしたから。
「私の事は、放っておいて」
そう言って少女は立ち去ってしまった。
どの位の時間その場に立ち尽くしていたのか。
雨は上がり、太陽の光が俺を優しく照らしてくれた。
「姉さん……俺、どうすれば良かったんだろうな」
また間違えたのかもしれない。
もう、取り戻す事は出来ないのかもしれない。
それでも……
「俺、行ってくるよ。今度は、助けられるかもしれないから……!」
行くべき道は、太陽が照らしてくれていた。
まるで、大好きな姉が、陽菜が照らしてくれているかのように。
必死で走った、もう二度と、目の前で失いたくなかったから。
ロストフラグメント。
形だけ取り繕った日常でも、失われた断片は確かに存在しているから。
俺は、それを知っているから。
目の前には、虚ろな目で、交差点を渡ろうとする少女の姿。
少女に迫る車、このままでは、また失ってしまう。
俺の手の届く範囲の人だけでも、手を差し伸べたかったから。
もう失うのは嫌だから。
「俺の手を、取ってくれ。もう、人が死ぬのを見るのは、嫌なんだ!」
俺を見る少女の瞳には、光が宿ったような、そんな気がした。
伸ばされた手が繋がった、後は引き戻すだけ。
「良かった……今度は助ける事が出来たんだ。俺でも、命を救う事くらいは、出来たんだ」
引き寄せた少女を抱きしめる。
温かい、ちゃんと生きているんだ。
俺の頬に水が流れているのに気が付いた。
もう、雨は上がってるのに、おかしいな。
「なんだよ、陽菜は助けられねぇ癖に、何でその女は助けてんだよ」
俺を呼ぶ、懐かしいけど、冷たく突き刺すような声。
「雷亜……なのか?」
そこには、俺の失ってしまった友達の、黒鉄雷亜が立っていた。
「良かった、生きてたんだな、雷亜」
「……ああ、生きてるよ。陽菜が居ないこんな、クソッタレな世界でな」
様子がおかしい、俺の知ってる雷亜じゃないみたいだ。
抱きしめていた少女から離れて、雷亜に手を伸ばしてみた。
「……ダメだ。来るな」
「なんだよ、どうしちゃったんだよ、雷亜」
雷亜の体から、真っ黒な霧が噴き出し、周囲を黒く染め上げてしまう。
「逃げろ、逃げてくれ、影司。じゃないと、お前まで、殺しちまう――」
この黒い霧、異常だ。
手を差し伸べたかった。
でも、きっと雷亜はそれを望んでいないから。
「君、ここから逃げよう。なんか、このままじゃ俺達――」
少女の手を取って、逃げようとした、その時。
雷亜から噴き出した黒い霧が俺と少女も、飲み込んでしまった。
「俺は死んだのか、また守れなかったのか」
雷亜から噴き出した黒い霧。
それが俺達を包んでから、何も無い真っ黒な空間に立っていた。
「君は生きているよ」
その声がする方向に、体を向けると、美しい女性が立っていた。
青と黒が混じった、綺麗なドレス姿の女性。
灰色の長い髪を後ろに纏めている。
「でも、君は飲み込まれてしまったんだ。太陽の魔王、エクリプスの闇に」
太陽の……魔王?
そのドレス姿の美しい女性は、確かにそう言った。
「エクリプスは……いや、太陽の勇者、ソルは、僕の元相棒だ」
魔王も、勇者だったと、そう言うのか?
「お願いだ。僕の代わりに、ソルを助け出して欲しい。その為の力を与える準備は、既に出来ている」
「俺が? そんなの、どうやって――」
ドレス姿の女性が、二つの武器を、何も無い所から創り出した。
「この銃の名は、レクイエム。こっちの剣はイノセントって言うんだ。どちらも、僕が創り上げた、原初の魔導具と呼ばれる物さ」
俺の体に、純白の銃と、同じく純白の剣を、埋め込む。
「ごめんね、僕が今、君にしてあげられるのは、これくらいしか無いんだ」
いきなりこんな物貰っても困る。
それに、これからどうすればいいんだ。
俺は日本に戻れるのか?
名前もしらないあの子は、どうなったんだ?
「あの少女が心配かい? いいよ、一時的に、彼女との道を開こう。でも、忘れないで欲しい。君の肉体は、既にこの世界には存在しない」
そう言いながら、細く、しなやかな腕を振り、扉を生み出す。
優しく俺に微笑みながら、ドレス姿の女性が扉を開けた、その先には。
桜舞い散る大地に佇む、先程の女の子。
俺に気が付いたその子は、優しく微笑んだ。
「私の名前は、桜花咲夜。さっきは、私を助けてくれてありがとう」
「君が手を取ってくれたから……助ける事が出来たんだ。でも、俺の体は、もうこの世界にはないみたいなんだ」
先程のドレス姿の女性が、いつの間にか隣に立っていた。
「もし良ければ、君も一緒に来るかい?」
そう、咲夜に問いかけ、俺に渡した物と同じ武器を咲夜に手渡した。
「私も、行きたいです。もうこの世界に、私の居場所は無いから」
居場所がないと、確かにそう言った咲夜の顔。
その表情は、どこか暗く、影を帯びている様に感じた。
「名前も、何もしらない私に、手を差し伸べてくれたのは、この人だけだから。私も一緒に行きます」
どこか、無理やり笑顔を作っているように、俺に向けて微笑んでいた。
何故、平和な日本で暮らしていた筈のこの少女が、居場所が無いとまで言うのだろうか。
でも、そうだな。
「折角一緒に来てくれるんだ。俺の仲間になってくれると嬉しい。俺は白崎影司、よろしく」
「影司……うん! これから、よろしくね」
俺の最初の仲間との繋がりが出来た。
理由は分からないが、俺が咲夜を助けたいと願った想いと、俺と一緒に行きたいと言う咲夜の想いは通じ合った。
そんな俺達を見て、嬉しそうに笑うドレス姿の女性。
「仲が良いのは良い事だ。我が名は、闇精霊ノクターン。僕の願いは、君達と共にある事。僕が知る世界の言語や知識を、君達と共有する事を誓おう」
こうして、俺は一度に二人も仲間が出来てしまった。
この両手で、二人を守って見せる。
それが今の、俺の願いだ。
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