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勇者と魔王と観測者

 魔王エクリプスの姿の姿は消え、夜を明るく照らしていた太陽も同時に消滅する。


 正確には討伐した訳では無い。

 

 魔王自らが敗北を認め、その場から逃走したんだ。


「ここにはね、あたしの友達、ルクスちゃんのお母さんが眠っているんだ。だから、旅立つ前に会わせてあげたかったの。この盾には、ルクスちゃんの魂が宿っている。そんな気がしたから」


 そう言って巨大な盾に宿る友人の姿に想いを馳せるクレイ。


 フォースイーターと呼ばれるその巨大な盾。


 魔王エクリプスは、その盾に宿っていた黒い霧を集めていた。

 それこそが、魔王の力の正体なのだろう。


「クレイ、エクリプスはその盾から魔王の力を集めていたんだ。何か心当たりはないか?」


 俺の問いかけに対して、記憶を辿っているのだろうか。

 情報を整理しているのか、考え込んでいる様子だ。


「フォースイーターは、力を喰らい尽くす事で、自らに蓄える事が出来る。それを放出する事で、攻撃にも転用できるってルクスちゃんは言ってた。でも――」


 放出がされていなかった。

 だからこそ、エクリプスは魔王の力を盾から奪う事が出来たんだ。


「ルクスちゃんはあたしを魔物の群れから守るために戦ってくれた。フォースイーターを使って。でも戦いの前に『もう戻れない』って言ってたの。その後はシュバルツ様がフォースイーターを使ってルクスちゃんの力を喰らって、そのまま目が覚めなかった」


 シュバルツ・グランシルト。

 クレイが使用人として働いていたグランシルト家の貴族だ。


 今も屋敷で眠り続けている。


 ノクターンが言うには、心が完全に失われているから目が覚める事は無いらしい。


 魔王の力が影響しているのか?

 その力を喰らってしまったから、目が覚めないのだろうか。


「え、影司!? 大丈夫?しっかりして――」


 いきなりどうしたと言うんだ咲夜。


 あれ、声が出ない。


 俺は何時の間に地面に寝転んでいたんだ。


 どうして、意識が薄れていくんだ。


 俺は、このまま死ぬのか――




 真っ白な空間。

 何も存在しない筈のその空間に、俺一人だけが存在していた。


「ここは、俺の夢の中なのか。意識があるなら死んではいないって事か」


 どうせ何も無い空間なら、やる事も無いし寝よう。

 俺は魔王との戦いで疲れているんだ。

 少しくらい休ませてくれ。


「今日も平和だな。こうして温かい日差しに包まれて、寝ている時が一番幸せだ」


 この空間に太陽は無いけどな。

 どうせ何も無いし、昼か夜かも分からないんだ。

 それくらいは好きにさせてくれ。


「相変わらずだね影司。何もかも全部一人で背負い込む所も、お爺ちゃんみたいな所も、変わってない」


 俺が年寄りだと言いたいのか。


 ちょっと待て、さっきの声は誰だ。

 何故俺を知っているんだ。


 変わっていない? 俺の何を知っているんだ。


「私は全部知っているよ。影司の過去も、未来も。観る事が出来るから」


 心すらも、観られているのか。

 俺の想いすらも、全て。


「うん、私はこの世界の観測者だから」


 教えてくれ。

 俺はどうすれば良いんだ。

 魔王となってしまった雷亜を助けたいんだ。


「どうして助けたいの? 影司は勇者なんだよ」


 俺が思う勇者ってのは、勇気を与える者なんだ。

 殺す為に戦っているんじゃない。

 大切な人を守りたいから戦うんだ。


「でもそれはあなたが思う勇者。この世界の人達が求める勇者とは違うんじゃないかな」


 そんなの、俺の知った事じゃない。

 この世界の住人が、勝手に俺の事を勇者って呼んで、その重荷を押し付けたんだ。

 俺がどんな思いで、あの時逃げ出したかなんて知らずに、結局は良いように扱われただけだ。


「影司は、魔王に協力するつもりなの? この世界の人達を裏切ってでも?」


 少なくとも敵対するつもりは無い。

 それがこの世界に対する裏切りだと言うのなら、その程度だったって事だ。


 勝手に勇者って肩書きを押し付けといて、俺の願いすら受け入れてくれないなら、そんな奴らの為に世界を救う義理は無い。

 俺はそこまで善人じゃないんだ。


「ずっと後悔してるんでしょ、あの時の事。それを取り戻したいと言う理由だけで影司の身を亡ぼすのは、私は望んでいないよ」


 お前に何が分かる。

 俺がどんな思いで、今までたった一人で生きてきたと思ってるんだ。

 俺の所為で、姉さんが死んで、雷亜まで魔王になってしまった。


 ずっと忘れられないんだ。

 毎晩寝る度にその事を夢に見て、怖くて、目が覚めても俺の周りには誰も居なくて。

 だから眠るのが嫌なんだ。

 眠ったら、また一人になってしまうから。


「……そうだったんだね。ごめんね、辛い思いさせちゃったよね」


 何故お前が謝るんだ。

 この世界の観測者でしかないお前が、俺の何を知ってるんだ。


「ううん、結局私は何も観えてなかった。影司がこんな思いで生きているなんて知らなかったから」


 真っ白な空間に、俺とは別の人間の姿が現れ、抱きしめられる。


「影司、大好きだよ。だからこそ、今を生きているあなたを見てくれる人を、大事にしてあげてね。それが私の願いだから」


 待ってくれ、行かないでくれ。

 俺を一人にしないでくれ。


「姉さん――」




 宿屋の三人部屋。


 ベッドで目が覚めた俺は、自分しかいない筈のベッドに違和感を感じた。

 俺の両隣りには、二人の女の子。


 咲夜とクレイが、俺の両腕にしがみついて眠っていた。


 どうしてこうなった。


 こんな間違いが起こらない為に一人部屋を提案したんだぞ俺は。


 なのに何故、三つあるベッドの一つで三人が寝ていると言うんだ。


「俺にはもう、訳が分からないよ」

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