あたしだけのお友達(土精霊クレイ編)
平和な日常。
平和な世界。
あたしのたった一人の友人が見たがっていた世界を、あたしが代わりに見てくるから。
「いや……嫌だよ……あたしを一人にしないで――」
たった一人の友人を失ってしまった。
「クレイちゃん……泣かないで……わたし、クレイちゃんと出逢えて、幸せだったから――」
あたしの腕の中で笑いながら力を失い、光の粒子となって消えてしまった。
あたしのたった一人の友人。
土の国、グランド。
あたしはこの国で、とある貴族に仕えていた。
ルクス・グランシルト。
あたしの、たった一人の友人。
「……今日はこの辺にしておこう」
「まだ、まだやれるよ、バルド! あたしはもっと強くならなくちゃ――」
正直、立っているだけで精一杯だった。
それでもあたしは強くなりたかったから。
大切なルクスお嬢様を守る為に。
全ての願いを込めて周囲の土を形作り、巨大な拳へと変化する。
「願うのは、打ち砕く土の拳!」
土で作られた巨大な拳をあたしの腕として操り、薔薇の装飾が施された細剣を持った執事服の男性に向けて放つ。
「ふむ、友達想いの良い拳だ。だが――」
放たれた土の拳が、地中から伸びる茨に阻まれる。
「打ち砕くには至らんな。刺し貫け、ローズソーン」
ローズソーンと呼ばれる薔薇の装飾が施された細剣。
茨を自在に操り、攻撃にも防御にも対応できる魔導具。
あたしが放った土の拳が、無数の茨に貫かれ、崩れ去る。
「はぁ~また負けた……」
「悪くは無かった。訓練を続けた成果だろう」
土精霊クレイ。
それがあたしの名前。
訓練に付き合ってくれたのはあたしの契約者、バルド・グランシルト。
細剣を鞘に納め、手を差し伸べる。
その皺だらけの手は、歴戦の猛者でありながらも、孫想いの優しいお爺ちゃんの手だ。
差し伸べられた手を取り、立ち上がる。
そして、二人で共に帰る。
あたしたちの愛する主、ルクスお嬢様の元へ。
大きなお屋敷。
あたしとバルドは、ここで使用人として働いている。
この屋敷の本当の主は、シュバルツ・グランシルト。
バルドの一人息子だ。
バルドは息子を想い、自らが持つ権力の全てを息子に与えた。
そして、自らも使用人として、息子を支えている。
「おかえり、父上、クレイ。夕食は出来てるよ」
シュバルツはあのバルドの息子とは思えないくらいに温厚で、武人と言うよりは科学者寄りの人物だ。
シュバルツが用意した食事を、あたしとバルド、シュバルツとその娘であるルクスお嬢様の四人で、一緒に食べるのがこの家の日常だ。
ルクスお嬢様は病弱で、外に出る事も出来なかった。
そんな時、あたしはバルドに連れられてこの屋敷に来た。
土精霊と言っても、あたしの力は最下位クラスの落ちこぼれだ。
とてもじゃないが、ブレイズに居ると言う炎精霊セラフィムとは天と地程の差がある。
セラフィムは炎精霊の中でも、最上位クラスの能力を持っているらしい。
あたしの力では、本来なら戦闘では役に立たないのだ。
その力を、シュバルツが調整してくれて、バルドが実戦で鍛え上げてくれたから、ここまで戦えるようになった。
精霊の能力調整技術。
人間で例えると人体実験だとか、改造手術だとか言われる様な、非人道的な技術ではあるが、あたしはそれを自ら望んだ。
戦う事も出来ない、落ちこぼれのあたしを、ルクスお嬢様はお友達だと言ってくれた。
その言葉が、あたしにとってどれだけ救いになった事か。
ある日、あたしはルクスお嬢様と共にお墓参りに行った。
そこに眠るのは、ルクスお嬢様の母親。
だから、代わりにあたしが守るって決めていたんだ。
それなのに、帰り道で魔物の群れに襲われた。
「クレイちゃん、ここは逃げて! わたしが時間を稼ぐから!」
そう言って、身の丈以上の巨大な盾を構えるルクスお嬢様。
ルクスお嬢様の正体。
それは、光の中位精霊ルクス。
本来のお嬢様の肉体は病に蝕まれていた為、シュバルツの技術によって精霊として生まれ変わった。
でも、その技術ですらも完全では無かったらしい。
「ダメだよ、一緒に逃げよう! 今バルドを呼んでくるから!」
手を取って、一緒に逃げたかった。
でもその手は振り払われたんだ。
よく見ると、振り払った手は、黒く変色している。
「ごめんね、やっぱりわたし、もう戻れないみたい」
これが、ルクスの病気?
黒く変色した腕は、霧の様な物を纏っている。
こんな病気だったなんて、あたしは知らなかった。
あたしは直ぐにバルドに助けを求めた。
ルクスの病気も含めて、今の状況を全て。
ルクスは必死に戦った。
そして、あたしに傷一つ付ける事なく守ってくれた。
でも、ルクスの精霊としての体が、徐々に崩壊していった。
バルドがシュバルツを連れてここに来た頃には、もう立っている体力すら残っていなかった様だ。
「遂に、始まってしまったか。僕の技術をもってしても、娘を救う事は出来ないのか――」
「何があったんですか!? シュバルツ様! どうすればルクスお嬢様を助けられるんですか!」
あたしがシュバルツを責めても、どうしようもないこと位、分かって居たのに。
シュバルツがルクスの持っていた盾を手に取り、ルクスに向けて構える。
「せめて、大切な娘が悪夢に囚われる事の無いように……その運命、僕が受け入れよう」
盾に力を込めるシュバルツ。
黒い霧の様な、禍々しい何かが、ルクスの周囲に漂い始める。
「喰らい尽くせ、フォースイーター。その悪夢を、僕の元に!」
盾を持つシュバルツに向かって、黒い霧が吸収されていく。
全ての霧を吸収しきったシュバルツは、そのまま倒れて動かなくなった。
そしてそのまま、ルクスもあたしの腕の中で、微笑みながら力尽き、消滅したのだ。
「クレイ、本当に行くのか」
「うん、ルクスちゃんが言ってたの。『何時か世界を見て回りたい』って、ずっと。だからあたしが代わりに見てくるよ」
あたしは一人、旅に出た。
この世界を、あたしだけのお友達、ルクスちゃんが見たいと言っていた世界を見る為に。
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