桜咲き誇る大地の記憶(桜花咲夜編)
時系列的に第一話『異界の転移者』から始まる咲夜視点での物語です。
平和な日常。
平和な世界。
そんな物、私には最初から存在しなかったんだ。
炎の国ブレイズのとある場所。
雷鳴の音で目を覚ます私。
「影司……?あれ、どこ行っちゃったんだろ」
隣のベッドで寝ていた筈の私の仲間が消えていた。
「また、一人ぼっちになっちゃった」
きっと、私の所為だ。
あの日、私があの人と出会ったから。
私の名前は桜花咲夜。
大手企業の社長を父に持つ。
所謂社長令嬢と言うヤツだ。
もっとも、そんな輝かしい肩書きなんて最初から無かったんだけど。
私の父が大手企業の社長と言うのは本当。
私がその娘って言うのも本当。
でも、私の母は、私を生んで、そのまま亡くなった。
今思えば、最初から私なんて生まれなければ良かったのかもしれない。
私の記憶に残る、最後の楽しい思いで。
私がまだ今よりも幼い頃、桜咲き誇る大地で、父と一緒にお花見をした。
あの頃の父は、とても優しかった。
母が居なくて、寂しかった私の事を気にして、何時も側に居てくれた。
この幸せな日々は、簡単に終わった。
父が、別の女と再婚したんだ。
私を生んでくれた母の事を忘れて、別の女との幸せを取った。
ううん、こうなったのも、そもそも私が生まれたからだよね。
父だって、一人の人間だもん。
別の人が好きになったって、仕方ないよね。
新しい母は、最初から私の事なんて見てくれなかった。
もちろん、父との関係は良好だ。
私も、そんな父の幸せそうな顔が嬉しくて、幸せだった。
そう、思いこまないと、私が私で無くなる気がしたから。
父の仕事が遅くなる日は、母が私に暴力を振るった。
私が邪魔だったんだ。
当然だよね、父の愛を、私が少しでも受け取っていたから。
関係ない女の子供になんて、父を渡したくなかったんだよね。
何も出来なかった。
抵抗する気も起きなかった。
もし、その所為で父と離婚でもされたら、今度こそ父は私を捨てるだろうから。
暴力は次第にエスカレートしていった。
でも、私の痛みなんて、父が失った物に比べたら、きっと些細な物だから。
気が付いたら私は外に居た。
その時は自分でも、何で雨が降っているのに傘を差さないで出たのかが分からなかった。
とりあえず、家に帰ろう。
そう思って帰り道を歩いていたら、誰かとぶつかった。
身長は私よりも大分大きい。
年齢はそこまで変わらないかもしれないけど、元々私はあんまり背が高くないから。
それに、その男の子も、平均的な身長よりも大きい方なんだと思った。
髪の色は真っ白。
同じ日本人だと思うけど、その綺麗な顔は、髪色も相まって、何処か幻想的な雰囲気を帯びていた。
「君、その腕の傷、大丈夫」
何だろう、この違和感。
感情が無い。
それよりも、腕の傷って何?
私は自分の腕を見た。
刃物で切り付けられた傷。
こんな傷、何時の間についていたんだろう。
そして、私は思い出した。
私が、初めて母に抵抗して、母が包丁を持ち出して。
私は、殺されかけていた?
無我夢中で逃げて、そのまま忘れていた。
逃げなくちゃ。
でも何処に?
警察に行ったって、母の元に帰される。
その時は多分、殺されるだろう。
だとしたら、この男の子に、背負わせてしまうかもしれない。
警察に行った所為で、私が死んだら、この人は自分を責めてしまうだろう。
だから、私は突き放した。
もう、一人でいいから。
早く帰らなくちゃ、また怒られる。
帰って、どうするの?
帰ったら殺されると言うのに。
「嫌だ、死にたくないよ。助けてよ……また、抱きしめてよ、お父さん――」
そんな時私を呼ぶ声が聴こえた。
お父さんだ、お父さんが、やっと私を見てくれた。
私に手を差し伸べてくれる、大好きなお父さん。
もう、私が迷う必要は無かった。
私の手を引きよせ、抱きしめてくれた。
温かい。
私の大好きだった、お父さんのままだ。
でも、何で泣いてるんだろう。
これからは、ずっと一緒にいてくれるんじゃないの?
その後はよく覚えていなかった。
夢を見ていたのかもしれない。
私とお父さんの思い出の場所、桜咲き誇る大地。
あの日に戻ってこれたのかな。
その場所に現れたのはお父さんじゃ無かった。
でも、この人が私の命を、心も救ってくれたんだ。
どうせ日本に居ても、一人になっちゃうから。
私を仲間だと言ってくれた。
私を必要としてくれた。
これからはもう、一人ぼっちじゃない。
でも、また私は一人になってしまった。
目が覚めたら隣に居る筈の影司の姿が無かったんだ。
きっと、彼は一人になりたいから、私から離れて行ったんだと思った。
ずっと、私から付きまとっていたから。
嫌われちゃったのかもしれない。
でも、このまま離れたままだと、きっと後悔するから。
ちゃんと会って、話をしよう。
そして抱きしめるんだ。
あなたの温もりがあったから、私は生きてこれたんだから。
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