悪夢(後編)
これにて書き溜め部分は終了です!
要塞都市クレスト。
宿から出て見ると、夜だった筈の空に、太陽が昇っていた。
「クレイ、聞こえるか? クレイ!」
契約者であれば、精霊と直接会話が出来る。
それなのに、応答がない。
「この太陽、魔法なのか?まさか、クレイがあの場に居たりとか――」
嫌な予感がする。
もしクレイが、あの場に居たら。
あの魔法が、クレイに向けて放たれた物だとしたら。
そうではないと確認する為にも、その場所に向かう必要がある。
そこに見えるのは、一面に広がる花畑。
その中心にあるお墓に祈りを捧げるクレイの姿があった。
「ルクスちゃん。あたしね、お友達が出来たんだよ。ルクスちゃんが見たがっていた世界を、あたしが代わりに見てきてあげる」
涙を流し、亡き友人の事を思い出しているのだろう。
「だから、見守っていてね。ルクスちゃん……あたしの、最初のお友達」
その横に立つ一人の男性。
燃える様な赤い髪。
顔の上半分を覆う仮面。
「別れは済んだか」
「うん……もう、この盾に思い残す事は無いよ」
仮面の男が盾に手を伸ばす。
盾の中から黒い霧が溢れ出し、男に吸収されていく。
「あの黒い霧……雷亜の、いや、アイツは――」
ノクターンは言った。
あの霧は、エクリプスの闇であると。
その霧を、俺の失った友人が放出し、俺達二人を包み込んだ。
俺はこう思っていた。
あの黒い霧に飲まれても、こうして異世界で生きている。
だから俺の友人も、きっとこの世界で生きているのだと。
だが、その霧を、今度は自らの手で、吸収し始めている。
「太陽の魔王、エクリプス――」
俺の友人である雷亜こそがエクリプスであって、世界を亡ぼす魔王だと言う事を理解した。
俺達が倒すべき敵。
ホルスターから銃を抜き、エクリプスに向けて構える。
「久しぶりだな。影司」
魔王が知る筈も無い、俺の名前を呼んだ。
俺が知る、懐かしい友人の声で。
「何故、俺の名を知っている。お前は雷亜なのか? それとも、本当に魔王エクリプスなのか」
魔王では無いと、その一言だけで良いんだ。
そうでないと、俺は……
「俺は魔王エクリプスだ。勇者の敵、倒すべき存在に変わりは無い」
どうして、そうやって俺を突き放すんだ。
どうして、手を差し伸べても、俺の手を取ってくれないんだ。
だが、それが雷亜の……魔王の願いならば。
「望み通りにしてやるよ」
精一杯強がって見せた。
そうでもしないと、魔王を倒すと言う、勇者の目的から逃げてしまいそうになるから。
「大丈夫。勇者は一人じゃないよ」
そう言って、咲夜が俺の手を握ってくれた。
俺が強がっているのも、本当は争いたくないなんて事も、全部知ってるんだな。
「それで良い、それで良いんだ」
魔王が俺達を見て、笑う。
(来い、イノセント!)
俺の右手に、純白の剣、イノセントを生み出した。
咲夜もまた、純白の銃、レクイエムを手にする。
(僕の願いは、君と共にある。君が戦いを知らなくても、僕がその体を導こう)
そうだ、勇者が共に戦ってくれるんだ。
俺でもまともに戦う事位は出来る!
「願うのは、勇者と共に戦う力」
俺の意識が、勇者であるノクターンと混ざり合い、体の制御を任せる事で、素人の俺でも戦う事が出来る。
「来い、勇者よ」
魔王が右手を天に掲げ、雷雲が浮かび上がる。
降り注ぐ稲妻、それをイノセントで全て打ち消していく。
俺が勇者になる事から逃げたあの日、俺の命を救ってくれた稲妻が、今は俺に降り注ぐ。
「お前が背中を押してくれたから、俺は勇者になる事が出来たんだ。だから、今度は俺の番だ」
勇者として、魔王を倒す。
だがそれは、殺すと言う事では無い。
俺は俺の友人である雷亜にも、手を差し伸べる。
あの時、俺にそうしてくれた様に。
俺が剣で稲妻を打ち消し、咲夜もまた、同じように稲妻を撃ち出す。
勇者と魔王とはいえ、友人同士で傷つけあうんだ。
その永遠に続くとも思われる悪夢を、太古の勇者であるノクターンも、経験してきたのだろう。
昔の相棒の事を考えているのか、俺の体を制御するノクターンの動きも鈍って来た。
「教えてくれ、ソル。どうして君は、あの時僕を裏切って、世界を破壊する魔王になる道を選んだんだ」
俺の口から発せられる、俺の意思では無い言葉。
その言葉は、雷亜に対してでは無く、相棒だった頃のソルに向けた物だった。
「……お前を、救いたかった。死の運命から逃れられないお前を救うには、世界を破壊するしかなかった。それだけだ」
「僕が本当にそんな事を望んでいたと、本気で思っているのか、答えろ。ソル!」
ノクターンとしての意識から溢れんばかりの感情が流れ込んでくる。
後悔、悲しみ、自己嫌悪。
両者の動きが止まった。
お互い限界が近いんだ。
俺の体も、何時まで持つだろうか。
「魔王としての力を集めれば、死者をも蘇らせる事が出来る。我はその言葉を信じ、その盾に眠る闇を奪いに来た。この肉体は、そんな我の願いに力を貸してくれたのだ」
雷亜が、自ら魔王に力を貸したと言うのか。
だが、誰がその事をソルに言ったんだ?
魔王ですら、その事実を知らず、情報のみを頼りに戦う理由は何処に有る。
「この肉体も、お前の肉体も限界が近いだろう。この戦いは我の敗北だ。だが、我にはまだやるべき事がある。死ぬ訳にはいかんのでな」
「そう簡単に、勇者が魔王を逃がすと思ってるのか!」
俺の体を制御するノクターンが、怒りに震え、剣を構え突撃する。
だが、それは、巨大な盾を持ったメイド服の少女、クレイに防がれてしまった。
「そこを退け、クレイ! 今ここで魔王を倒せば、世界は平和になるんだ。それが僕の、世界の願いの筈だろう!?」
「……退かない。自らの手で、大切な人を殺してしまったら、もう戻ってこれなくなるって、あたしは知ってるから」
クレイが作り出した隙を、魔王は見逃さなかった。
そのまま黒い霧に包まれ、姿を消した魔王。
ノクターンとしての意識が、俺の意識から分離していくのを感じる。
「ごめん、エイジ君、サクヤちゃん。折角のチャンスだったのに、あたし……」
目に涙を浮かべ、謝罪するクレイ。
そんなクレイを、咲夜が優しく抱きしめた。
「クレイちゃんが救ってくれたんだよ。みんなの心を。あのままトドメを刺したって、誰も幸せに何てなれないよ。少なくとも、私達はね」
俺は疑問に思っていた。
俺の本当の目的は、魔王を倒す事で合っているのかと。
この世界をまだ知らないからこそ、世界にも、勇者と魔王に対しても、誤解があるんじゃないかと、そう思ったんだ。
だとしたら、この旅も、魔王を倒して終わりで良い筈がない。
俺は俺が納得のいく答えを探し出す。それまでは旅を続けよう。
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