悪役令嬢、再び詠唱する。
「そうね、まずはこれまでの非礼を詫びなさい。それからお前のちっぽけな願いを平伏して涙ながらに乞いなさいな」
嗜虐的な笑みを浮かべたナディア様は、一人だけ宙に浮いたまま言った。
「非礼……?」
全く話が読めていない「百合さん」に、夏目ちゃんは淡々と言った。
「高いところから話してごめんなさい、高貴な存在であるナディア様を呼びつけてしまってごめんなさい、挨拶しなくてごめんなさい、歯向かうような口をきいてごめんなさい、それから――」
「まだあるの……?」
さすがの悪霊もドン引きである。
だが「百合さん」はよっぽど赤ちゃんの元へ行きたかったのか、雨ざらしになって朽ちたコンクリートの床の上に平伏して、長い謝罪と願いを口にした。「赤ちゃんのところへ行きたい」と言った時に流した涙は、強要されたからではなくて本心から流れたものだろう。
「断罪されて気分が悪かったけれど、こうも謝罪の言葉を並べられるといくらか気も晴れるわね」
うっわ、ナディア様こわっ!
ナディア様は満足したのか音もなく着地し、その鋭い目を「百合さん」に向けた。
「一瞬熱いけれど我慢なさい」
え? アレをやるの?
散々謝罪させておいて、アレをやるの!?
「詠唱魔法、業火」
やったぁぁぁあ!!
ボッという炎の上がる音とともに、「百合さん」の身体は真っ赤な火に包まれた。
その身体は地面に伏したまま、小さく呻き声を上げ、あっという間に灰になった。鬼畜の所業である。
「これで『かくれんぼさん』は解決だよねっ!」
うん、奏のこの明るい性格は嫌いではない。俺は結構胸糞が悪いのだが、解決したし本人の望みが叶ったのだから良しとせねばなるまい。いやしかし、もう少し安らかな送り方はなかったのだろうか。
そんなことを考えながら、旧校舎の入り口まで歩いた。
「解決……だよね?」
奏の声が揺れた。
「ん? 何かあったか?」
「まだ、解決していない。空間が、開かない」
夏目ちゃんが指さした先。
俺たちが旧校舎に迷い込み、閉じ込められた時のまま、そこには依然として壁があった。
「ナディア様っ、百合さんと赤ちゃんは天国へ行けたんですよね!?」
奏は詰め寄るようにして言った。
「誰にものを言っているの? 私の魔法が失敗したとでも?」
「で、でも、現に壁が」
「天国かどうかは知らないけれど、アレの親子はこの世とは確実に縁が切れているわ」
「だったら何で……」
あわあわとする奏を尻目に、夏目ちゃんは俺の真正面に立った。
そして眼鏡をくっと押し上げて、あの質問をもう一度した。
「聞いていい? あなた、だれ?」
「え? さっきも言っただろ? おい奏、新入部員に説明くらいしとけって――」
奏の方を振り返る。奏はまた顔を青くしていた。
「夏目ちゃん、誰と話してるの?」