悪役令嬢、悪霊を探す。
ザーザー。
「……ない」
ノイズの中からくぐもった声が微かに聞こえる。
「……るさ……い、ゆる、さない」
許さない、とはっきり聞こえた瞬間プツリと放送が切れた。小心者の奏は自分より小さな夏目ちゃんに抱き着いている。こんな時に頼りにされない俺って何なんだろう。
「奏先輩、今の聞こえた?」
夏目ちゃんの冷静な問いかけに、奏は涙目で頷く。
「よかったね」
ぽつりと放たれた場違いな言葉に奏は口をあんぐりと開けた。
「よ、よくないよ!?」
「あれ、悪霊の声」
「それ、よくないよね!?」
「さっきの人形が探す人、さっきの声が隠れてる人。セットで『かくれんぼさん』」
「う、うん!?」
「嬉しくない?」
夏目ちゃんは少し眉を寄せて首を傾げた。
「全っ然、嬉しくないよ!?」
「でも奏先輩、調査してるって言った。わからないまま卒業するのも嫌そうだった」
「確かに……あれ、これってオカ研始まって以来の大イベント!?」
いや、ポジティブ過ぎるぞ。
「私は、召喚に成功したから、嬉しい」
夏目ちゃんをよく見るとほんのり頬が上気していた。
それは初めて跳び箱に成功した得意げな小学生のようでもあり、言いつけを破って寄り道に繰り出すわくわくを抑えられない少年のようでもあり、初恋の人に送るラブレターの便箋を選ぶ少女のようでもあった。
いや、この状況で?
そもそも成功してないからな? 召喚したの、人違いだからな?
三者三様の思考を巡らせていると、イライラしたような声が響いた。
「悪霊とやらがあの中にいるのかしら?」
さっき声が聞こえてきたスピーカーを睨みつけているのはナディア様だった。
黒板の上方にある灰色の長方形の箱、小さな穴が円状に開いたそれは、何の変哲もな学校のスピーカーである。
というのは俺がそれを見知っているからで、ラノベから出て来たナディア様がその存在を知るはずもなく……そこで俺はハッとした。
そうか。ナディア様は遥か頭上から降った声に怒っていらっしゃるのか! 頭が高いですもんね!
「あの中にはいない」
「ではどこに?」
「ほ、放送するなら、放送室ではないでしょうかっ! 私場所わかりますっ!」
オカ研部長が急にやる気を出した。さっきまで泣いていたのは何だったのか。
「少しは使えるようね、案内なさい」
「はいっ!」
俺の無能感半端ない。
奏もナディア様も一瞥すらしてくれない。
奏の先導でナディア様が教室を出る。廊下にヒールの音が響く。
「あれ、夏目ちゃん行かないの?」
「行くけど、聞いていい?」
「ん?」
俺は夏目ちゃんと教室で対峙する形になった。
「あなた、だれ?」
「奏から聞いてない? 幽霊部員なんだけど、一応オカ研の副部長で――」
「聞いてない」
夏目ちゃんは眼鏡の奥に鋭い光を灯した。
「あ、そっか。驚かせてごめんな。急に出てきてビビったよな」
それくらい言っておけ。奏にはあとで苦情を申し立てよう。
「別にビビッてはない」
「はは、ならよかった。じゃあ俺たちも行くか。『かくれんぼさん』探しに」
夏目ちゃんはじっと俺の顔を見た。
「探したい?」
「まぁ一応オカ研だし?」
正直悪霊とかごめんだし、さっきの人形みたいなのが出て来たらめちゃめちゃ嫌なのだが、新入生の女の子の前でくらい格好つけておこう。
「ふぅん」
夏目ちゃんはそれだけ言うと、ふいっと顔を背けて教室を出て行ってしまった。
「おい、俺も行くよ」
俺は慌てて夏目ちゃんの後を追った。