悪役令嬢、詠唱する。
夏目ちゃんは一部始終をナディア様に説明した。
「ナディア様、ごめんなさい」
「よくってよ」
「え? こんな世界に来たのに?」
夏目ちゃんは思い当たったように目を見開いた。
「もしかして、ダンスパーティーの……弾劾の最中だった?」
何のことだろうか。
弾劾とダンスパーティーとかクソ程しっくり来ない組み合わせなのだが。
いや、悪役令嬢界隈では普通なのか?
「えぇ、誰のエスコートもなく惨めにホールに入場して、そこに待っていたのが殿下とあの女よ」
「ナディア様、そのあと国外追放されることになってる」
「でしょうね」
ナディア様はふんと鼻を鳴らした。
「で、夏目はどうするつもりですの?」
「……聖騎士様を召喚し直す」
本来はその予定だったからな!
「はっ! あの色ボケした男に何が出来ると言うの? およしなさい」
「会いたくない? 婚約者だもんね」
「元、婚約者よ」
うん、まるで話が読めないが、とりあえず「聖騎士=殿下=ナディア様の元婚約者」ってことでOK?
「それに殿下はあの女と幸せになるのだから、こんなところに呼んではだめ」
その口ぶりには愛情らしきものが見えた気がした。
「あ、あの! あの! お話し中ごめんなさいっ! これ、動いてるんですけどっ!」
シリアスな雰囲気を甲高い声でぶち壊しにしたのは言うまでもなく奏だった。
両腕に抱えた人形のパーツが小刻みに震えていた。
ナディア様が一瞥をくれると、その形の良い唇が動いた。
「詠唱魔法、業火」
冷ややかな声が空気を揺らした途端、ぼっと炎が上がり奏は人形を放り投げた。
バラバラになっていた人形は空中で灰になり、その灰ごと消失した。
「奏! 大丈夫か!?」
「え? え?」
火傷はないようだったが、目の前で起こった出来事に奏は混乱していた。俺の言葉なんてまるで聞こえていないみたいに目を白黒させて口をぱくぱくさせていた。
「私も聖女の血を引く人間、これくらい造作もない」
今日一番の冷たい目をしてナディア様は言い切った。
その後ナディア様は「髪を結い直しなさい」と命令し、奏がその役目を受けた。
俺は夏目ちゃんに借りたラノベをめくり、内容をざっと確認する。
ナディア様は聖女の血を引く公爵令嬢で、聖なる力を残すために国で唯一の聖騎士である王太子との婚約が生まれた時から決まっていた。だが王太子が平民のヒロインとの「真実の愛」に目覚めて――とか何とか。
どうやら今日の髪型は王太子が子どもの頃に好きだと言っていたものらしく、ダンスパーティーに結って行ったとか。
なんだ、ナディア様健気じゃん。可愛いじゃん。
俺は髪を結われているナディア様を盗み見る。強がってるけど王太子殿下のことが実は好きだったんだろうな。そんな感慨にふけりつつ、ラノベを閉じて夏目ちゃんの鞄に放り込んだ。
「いかがでしょうか!?」
「さっきまでの髪型じゃなければ何でもよくってよ」
「えぇ~! 頑張ったのに~!」
プラチナブロンドの巻き髪は、細い三つ編みがティアラみたいにくるりと巻いた、お姫様感溢れる仕上がりになっていた。何だかさっきよりも女の子らしくて可愛らしい。
これが普通の教室なら、昼休みの女子の和気あいあいとした風景なのだが生憎そうではない。
ザーザザッ。
ザーザザザッ。
不気味なホワイトノイズがスピーカーから流れ出した。