悪役令嬢、間違えて召喚される。
「夏目、今何と仰って?」
ピリリとした空気が肌に纏わりつく。
ドレス姿の女は眉を片方だけ上げた。これは相当怒っていらっしゃる。
「私が召喚した」
「その前よ」
「小説に登場する悪役令嬢」
夏目は少女漫画全開の表紙をしたライトノベルを突き出した。
右奥に描かれている青いドレスの女性がそうなのだろう。扇子を口元にあて、中央にいる主人公らしき可憐な女性を睨みつけている。
そうだよな。自分が小説の登場人物なんて言われたら混乱するよな。
しかも悪役令嬢だなんて。
「違うわ、その後」
「?」
人形が登場した時も冷静な顔をしていた夏目が少しだけ首を傾げた。
いや、俺だって頭の中が???なのだが。
「ナディア?」
その言葉に悪役令嬢はパチンと扇子を鳴らす。彼女の髪色と同じ、金色の房が揺れた。
「王太子殿下の婚約者であり公爵令嬢の私を呼び捨てにする非礼、どう詫びるおつもり?」
え、そこ!?
もっと気にするところあるよね!?
「ナディア様、ごめんなさい」
素直! 夏目ちゃん、素直!
素直クールとかそれだけで推せる!
「次はないと心得なさい」
「わかった」
「はぁっ、はぁっ! ナディア様ぁ~。全部拾いましたぁ~!」
奏は空気を読むことなく、バラバラになった人形のパーツを抱いてへらっと笑った。
「おまえに名を呼ぶ許可を出した覚えはなくてよ」
「ふぇ!?」
「気安く話し掛けないでちょうだい」
「うぅ……私だって、話したくなんか……こわいし……」
一番の年長者で部長だというのに不憫である。
「で? そっちのまるで役に立たなさそうなのはどちらの情夫ですの?」
役に立たなさそうですみません。
一応自己紹介すると、オカ研2年の大野匠。
奏とは家が隣同士の幼馴染で、廃部の危機であるオカ研を存続させるために奏に頼まれしぶしぶ入部した経緯がある。なんてことは聞かれていないので答えないでおこう。
「こっち」
おい夏目。ナチュラルに奏の方を指さすんじゃない。
そして俺は情夫でもなければ恋人でもない。
「な、夏目ちゃん。ジョ、ジョーフって何なのかな」
奏は大きな魅惑的なおっぱいの前で、気色の悪い人形を抱えている。
さっきまで泣いていたくせに平気なのだろうか。怖がりのくせにオカ研に3年間も在籍出来たのは、鈍感力が高い故かもしれない。
「はっ、役立たず同士お似合いですわね」
その蔑んだ笑みまで神々しく思えるのだから悪役令嬢というものは恐ろしい。
変な性癖が芽生えたらどうしてくれる。
「ナディア様、この状況、説明してもいい?」
「そうね、下々の者に構っているより有意義かしら。話しなさい」
この短時間の間にマウントが完成したようだ。
ナディア様を頂点に、次点に夏目、そして俺と奏が最下層、と。
俺まだ一言も発してないのに泣ける。
「私たち、旧校舎を散策してた。そしたら『かくれんぼさん』の霊に閉じ込められた」
何だよ夏目ちゃん。俺を見るなよ。
奏はスネたのかそっぽを向いてどうしようもないので、とりあえず俺だけでも同意の頷きを返しておく。
「愚かね」
「うん」
夏目ちゃん、素直だ。
というか、俺が愚かみたいな流れになってない?
「で? 私はどうしてここへ?」
「多分ここ、『かくれんぼさん』の思念の中。こういう超常世界の中なら召喚出来るかもって思った」
「それで召喚されたのが私?」
「うん、でも……間違えた」
そう、間違えたのだ。
「本当は『聖騎士様』を召喚するつもりだった」