悪役令嬢、異世界転生する。
俺は奏と夏目ちゃんの背中を見送った。
「あなた、これからどうするおつもり?」
俺の前にカツンとヒールを鳴らしてナディア様が立った。
「どうしましょう。地縛霊歴が長すぎて、動くのも何だか億劫です」
「良い若者が情けないわね」
「はは、死んでますけどね。ナディア様はどうするんです? 元の世界に戻るの、断ってましたよね」
夏目ちゃんは逆召喚と呼ばれる、ナディア様を元の世界に戻す方法を試そうと言った。だがナディア様はそれを断った。
「あんなところ、どう乞われようが戻る気はないわ」
「そうですか」
「ねぇあなた、私とどこか別の世界に行ってみる気はなくて?」
は?
地縛霊に何の勧誘だろうか。
「どういうことですか」
「夏目に聞いたのだけど、死んだ魂は異世界転生が出来るそうよ」
「異世界転生?」
聞いたことないな。
「この時代で流行っているそうなのだけれど、あなたのような年寄りにはわからないかもしれないわね?」
「さっき若者っていったくせに」
「定番はトラック事故で死んで、異世界に転生するらしいのだけれど」
軽トラでもいいのなら、条件に当てはまるな。
「まぁ、私の魔法で転移して差し上げてもよろしくってよ? こんなところにいても仕方ないでしょう?」
「それはそうですが」
「それに転生した先に、あの女と生意気な子どもがいるかもしれないじゃない」
「っ!!」
俺は顔を上げてナディア様を見た。
その唇は美しく弧を描いていた。
「そんなことが?」
「あの子ども、口の利き方がなっていなかったから、きちんと躾け直しなさいな」
「は、はい! 百合にも、百合にも会えるんですか!?」
「そうね、早くしないとどんどん年齢差が開いてしまうかも」
「お、お願いしますっ! どうか、二人のもとへ――」
俺ははっとした。
そしてベンチから飛び降り、土下座よろしく跪いた。頬を流れる涙は温かかった。
「あら、頼み方をわかっているわね。特別に選ばせてあげるわ。熱いのと熱くないの、どちらがいい?」
「ははっ、熱いのでいいです。俺だけズルしたら、向こうで怒られるでしょう?」
「いい度胸ね」
「ほんとに一瞬なんですよね?」
「すぐにわかるわ。詠唱魔法、業火」
***
「ユリ、今日は女王陛下の即位パレードだぞ。早くっ」
「もう、それ日の出前から言ってる」
ユリは今朝挽いた小麦粉で顔を白くしながらクスクスと笑った。
「パパ、ママ、どこかおでかけ?」
おかっぱ頭の娘がよちよちと足元にやってくる。
「そうだぞ~。女王陛下のナディア様はすごい人なんだからなぁ」
「なでぃあ、しゅごい?」
「こら、ナディア様! 呼び捨てなんかにしたら怒られちゃうぞ」
「なでぃあ、さま! おこられちゃう! こわーい!」
「あ、こら!」
娘が戸に向かってひょこひょこと走っていくと、おもむろにそれが開いた。
「まだ躾けられていないようね?」
その弧を描いた形の良い唇は満足げに笑っていた。
ナディア様はパレード前に、転移魔法を使って一家の家にやって来たのでした。
ちょっとアレな性格ですが、案外いい人!?
これにて終わりです。お読みいただきありがとうございました。
「夏のホラー2021」に触発され、ホラーに悪役令嬢混ぜたらどうなる?と思って書いてみました。ゆる~く、あまり深く突っ込まずに読んでいただければ幸いです。
評価、感想いただけると嬉しいです!
それではまた別の作品でお会いしましょう!