悪役令嬢、呪いの人形を虐げる。
「夏のホラー2021」に触発されて書きました。
「ママァ……ドコ、ママァ。サガシテ、サガシテ」
首が変な方向に曲がった人形が、カタカタと不気味な音を立ててその身体を左右に揺らす。
教壇の上に立つそれは禍々しい空気を纏っていた。目に入っていたであろうガラス玉は既に抜け落ち、そこには黒い闇が二つぽっかりと開いていた。赤く着色された唇は微笑むように弧を描き、服はボロボロだった。
だがその禍々しさをしのぐ圧倒的なオーラがその空気を破る。
「人形の分際で、私より高い位置から物を言うとはどういうことかしら。命令などしていいと思っているの?」
プラチナブロンドの髪を右手で払った彼女は顎を上げて言った。そして机の陰で息を潜める生徒をよそに、つかつかとヒールを鳴らして人形に近付いた。
「さっさと跪きなさいな!」
人形の頭をむずと掴むと、彼女はそれを自分の足元に軽く放り投げた。
「ひゃあ! そ、そんなことして大丈夫れすかっ? の、呪われるっ」
「お黙りなさい。私は今コレに躾をしているの。貴女も躾けられたくて?」
「ひっ」
高慢なもの言いの彼女はふんと高い鼻を鳴らすと、ごみを見るような目で足元の人形を見下した。
「マ、ママァあああああ!!!! イタイ、イタイ、イタイィィィィイイいいイぃ!!」
耳をつんざくような悲鳴が響き、人形が仰向けで何度も背中を突き上げる。痙攣しているようなその姿は目を覆いたくなるほど不気味だった。
「あら、誰が口を開いていいと? 人形なんて人間の愛玩物のくせに、許可なく口を開くなんてよっぽど痛い目を見たいのかしら」
氷のように冷たい声がそう吐き捨てた。彼女はこれっぽちも怯むことなく人形を睨みつけている。切れ長の目と長い睫毛、目の覚めるような美人は睨む姿も絵になるのかと密かに俺は感心していた。
人形が口を開くこと自体おかしいのだが、そんな突っ込みは言うのも憚られる程に彼女の絶対的なオーラが場を支配する。
というか既に「イタイ」と訴えているソレに、「痛い目をみたいのかしら」とは無慈悲にもほどがある、が、そこがまた痺れるのも事実。
「不愉快だわ、私の前から消えなさい」
腹の底を凍らせるような凄みのある声の後、人形は胸の上下運動を一層ひどくした。
床に落ちたままの状態で、背中が幾度も突き上げられ、手足は捻じれ、首はぐるぐると回転した。
カタカタッ!! カタカタカタカタッ!!
「ひっ! 霊が怒ってますぅ~」
さっきから腑抜けた声を出しているのは弱虫の3年女子、奏。
一応オカルト研究部の部長である。
「大丈夫、だと思う」
それを冷静に見守る新入部員の眼鏡っ娘。えーっと、名前はなんだっけか。
カシャーン!!
ん!?
んんん!?
蹴った!? 今つま先で蹴り飛ばした!?
元から脆かったのか、人形の四肢はバラバラに床に飛び散った。
目玉のない首がころころと転がり、恐怖で座り込む奏の膝の前で止まる。
「ひっ! いゃ――」
奏が叫ぼうとしたその瞬間。
「貴女、その目障りなゴミを片付けなさい」
プラチナブロンドの長い髪に、端正な目鼻立ち、真っ青なドレスを身にまとった女性がさも当然のように命令した。
「わ、私!? む、むりですぅ~」
「それは私への口ごたえと受け取ってもよろしくって?」
「ひっ、ご、ごめ、なさ」
奏はえぐえぐと涙を流しながら人形の欠片を拾った。
「そちらの貴女は話が出来そうね。名乗りなさい」
「夏目……」
うん、この眼鏡っ娘は「夏目」というらしい。姓なのか名なのかは不明だが。
「夏目。ここはどこで、どうしてこうなっているのか説明なさい」
「貴女はこの小説に登場する悪役令嬢、ナディア。私が召喚した」