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チルチル

作者: 後藤章倫

とうとう落ちてしまった。

もう今日からは何でもない一般市民だ。昨日まで熱弁を奮っていた事が恥ずかしく思えた。

体調を崩した妻の代わりにゴミ出しをしていると近所の奥さん二人と鉢合わせた。

昨日までと明らかに態度が違う。遠慮が感じられ、気を遣わせている事を申し訳なく思った。それでも張りの無い声で挨拶をする。

「おはようございます」

すると奥さん達も伏せ目がちに挨拶を返してくれた。


わたしは落ちた事があっただろうか?ひょっとして初めて落ちたのだろうか?

小学生の時、あれは三年生だったかクラスの学級委員に立候補した。わたしの他に三人も立候補した。

わたしは成績がずば抜けて良かったわけでもなかったし、正義感みたいなものもなかった。他の三人はガリ勉タイプの木村に、何かとリーダーシップをとりたがる緒方、クラスの人気者というか何でも直ぐ笑いにもっていく南川だ。

票が割れて、何となくわたしが学級委員になった。自分の中では、なんというか当たり前な展開で特に嬉しいとか、その他の感情も無かった。あの時、他の三人はどう思っていたのだろうか?


中学の時の生徒会長選挙。わたしは立候補したわけではなく、候補者達の演説を聞いていた。候補者には一人づつ応援演説をする者も付いた。

五名の立候補があって、各々応援演説の後に自身の演説をした。真面目に訴える者や公約というかそんなものを掲げる者、前生徒会を批判する者、そんな中に普段は真面目一本の彼がいた。彼の番になると体育館にどよめきが起こった。彼は手作りの紙で出来ている丁髷のカツラを被っていて、更に武士語みたいな感じで語尾に、~で御座る。だの、拙者は~だのと演説を展開した。

受けを狙ったのか、注目を浴びたかったのか全くわからなかったけど、彼の演説は滑りまくった。そして彼への投票数は立候補者の中で最低だった。

その後なにかと生徒達は彼を見つけると、

「元気で御座るか?」

「拙者が接写したで御座る」

「五匹猿がいて、これが本当のゴザル」

とからかう者

「父の仇」

とか

「娘の仇討ちで御座る」

等と叫びながらホウキの刀で斬りつけてくる者が続出した。

そんな時、彼はどう思ったのだろう?


高校受験に落ちた奴がいた。合格発表を一緒に見に行っていた。地元からそこそこの距離があったので友達のお父さんが車を出してくれて、そこに四人が乗り込んだ。

行きの車の中は終始穏やかだった。冗談を言い合って

「落ちたらどうする?」

なんて言葉も全然現実味を帯びていなかった。

合格者の受験番号が貼り出されている所へ向かった四人を車で待っていた友達のお父さんは、僕らの様子が変な事に直ぐ気付いた。

友達は小さい声で父親に合格したことを伝え、車は地元へ走り始めた。

落ちた一人に何て声をかけて良いか分からず、車内は気まずさと不安と喜びが入り乱れ訳のわからない空気で満たされていた。

地元へ着くと直ぐに落ちた奴は車から飛び降り、運転してくれた友達のお父さんに一礼し走って行った。

その時、どんな気持ちだったのだろう?


自動車の運転免許をとりにいった時もそうだった。電車に揺られ二時間程かかる免許センターへ友達である城山君と二人で高校卒業翌日に出掛けた。

発表の時間がきて電光掲示板の所へ行くと城山君の数字は点灯していなかった。わたしは一人また電車に揺られ家路についた。彼はそのまま翌日の試験にむけ免許センター近くの合宿所へ宿泊した。


大学受験、就職試験、国家試験、何故かわたしは落ちた事がなかった。

特に優れた人間とも思ってなかったが、仕事上何か立場がちょっと責任のある感じになってきて、数年後ひょんな会合でその話が持ち上がり市議会議員の選挙に出る事になり、そして当選した。


地方の田舎市議会。それでも問題は山積みで、そのひとつひとつに様々な意見があり、いちいち市民の言うことに耳を傾ける事が億劫になっていたのも事実だ。

無事に一期目を努め、選挙戦に突入した。わたしは熱弁を奮った。何故市議会議員にしがみつきたいのか良くわからないでいた。市議会議員としての情熱は失われていたにもかかわらずに立候補を届け出た。

それは落ちるはずはなかったからだ。そもそも落ちた事がなかったからだ。


こんな田舎の選挙なのに有権者は見ていた。わたしは傲っていた。ただ肩書きが市議会議員だった。

後援者と共に声がかすれるまで中身のない訴えをやっていたのだ。スカスカの形だけの演説は見透かされていた。

妻もウグイス嬢も感情を露にして訴えた。が、只のエモーショナルなパフォーマンスにしか見えなかったみたいで、わたしは


落ちた。


生まれて初めて落ちた。


これが落ちるという事か、けれどもやっと人間としての一歩を踏み出せたような気がしている。

何から始めようか。


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