第79話「あの子とは別腹だよ」
「ミケランジェロ、トラファルガー、シロノワール、おいで~」
「「にゃ~ん」」
芦ノ湖の湖畔で、首里城朱里亜・・・しゅりしゅりが猫缶を開けていた。
人間に慣れているのか、3匹の猫たちは警戒する素振りもなく開封された猫缶に群がってきた。
「ね、猫・・・猫がいっぱいだよ!右子ちゃん!」
猫好きの葵ちゃんが興奮して近寄っていくけど、猫は餌に夢中のようだ。
太陽が反射した湖面の光を受け猫缶が金色に輝く・・・なるほど高級猫餌か。
芦ノ湖の北岸、桃源台にあるレストランでお昼を食べた私達。
午後はここから北上して美術館を巡る予定になっている。
バス移動の時間まで少し暇を持て余した所に・・・この猫達である。
「この子達、触っても大丈夫ですか?」
「うん大丈夫、普段から観光客に慣れてる子達だからね~」
葵ちゃんが牛のような白黒柄の猫を撫でると、猫は気持ちよさそうにゴロゴロと喉を鳴らした。
なるほど、3匹の猫達はどの子も肉付きが良い・・・観光客から餌をたくさん与えられているのだろう。
「あの・・・私も、撫でて良いかしら?」
綾乃様も猫の魅力に囚われていたようだ。
餌を食べ終えてごろんと転がる三毛猫に、恐る恐る手を伸ばし・・・お腹のモフモフを・・・
「はぁ・・・かわいい」
はい、綾乃様もかわいいです。
や、モフモフも気持ちよさそうだよね?!
しゅりしゅりはもう一匹の茶トラを抱っこして肉球をぷにぷにしていた。
「う~ん、この肉球の間に生えた毛が癖になるんだな~」
「しゅりしゅり先生、私にも・・・」
気付くと他の生徒達が集まってきていた。
箱根の猫達は大人気のようだ。
「はいは~い、みんな並んで~、順番にね~」
さすがは人気配信者、握手会のようなノリで生徒達の列を捌いていく。
1人あたりの時間を区切られ、葵ちゃんは残念そうに猫を手放した。
「うぅ・・・もっと撫でたかったな・・・」
「まぁ、猫なら学園にもいるし・・・」
「あの子とは別腹だよ」
猫の別腹とはいったい・・・モフモフのことか?
猫達のおかげで時間はあっという間に流れ・・・私達はバスへ乗りこんだ。
『皆、わかっているとは思うけど・・・』
しゅりしゅりがバスのモニターに映し出された・・・私達は同じバスに乗っているんだけどね。
おそらく昼食後のタイミングを狙って他の班のバスにも配信しているのだろう。
『これは校外学習だからね?箱根旅行楽しかったね~、では終わらないからね?』
おお、特別講師らしい事を言ってる。
とてもさっきまで海賊船で眼帯つけてた人とは思えない。
よくよく考えると、一緒に行動した私達以外にはまともな講師に見えなくもない・・・か。
『予定表にある通り、午後はそれぞれの場所を巡った後、ホテルで授業が待ってます、はいそこ不満そうな顔しない!』
他のバスの様子を想像して?エアツッコミを入れるしゅりしゅり。
授業か・・・霧人くんの予想が合っていれば、そこから夕食までの時間に・・・
『とは言っても、皆に箱根の良さを知ってほしいという観光協会の希望もあるわけで・・・あんまり硬く考え過ぎずに午後も楽しんでいってね~』
移動時間が短いからか、しゅりしゅりのバス配信はそこで終了。
午後の美術館巡りが始まった。
「まず最初はガラスの森美術館、今日はよく晴れてるから見応えがあるよ~」
「・・・見応え?」
何のことかと首を傾げたけど・・・百聞は一見に如かず、それは美術館に入ってすぐ目に入ってきた。
「すごい、木が光ってる!」
「これは・・・陽の光を反射してるのね」
入り口の近くに生えたガラス製の樹木が、太陽の光を乱反射させて七色の光を放っていた。
くしくも今はお昼過ぎ・・・太陽が高く昇って強い夏の日差しがこれでもかと降り注ぐ時間だ。
「うわ眩し・・・」
入り口ゲートをくぐると、更なるガラスの世界が広がっていた。
まるで滝のような大きなアーチ、池に浮かぶボート、庭園に咲き誇る花々・・・全てがガラス製だ。
シャラシャラと音を立てながら、細かなガラスビーズで構成されたアーチが風に揺れる・・・その度にキラキラと光が乱反射して・・・
「あはは・・・今日はちょっと日差しが強すぎたかも・・・」
目を焼くような眩しさに、しゅりしゅりが苦笑いを浮かべた。
美術館と聞いて構えていたけれど・・・都心の美術館とは全然違う。
夢の国のアトラクションとして出てきても通用しそうだ。
「眩しいけど、ちゃんとついて来てね~」
しゅりしゅりに先導されて、私達は中世風の建物の中へ。
こちらは普通に美術館っぽい・・・薄暗い照明が目に優しく感じられる。
中には大小様々なケース、それぞれにガラス細工の品々が展示されていた・・・一際目を惹くガラスで出来た大きな帆船は、芦ノ湖の海賊船モチーフだろうか。
ガラスの薔薇で出来たアーチや、ガラスの森を見渡せるバルコニー・・・
観光地なだけあって記念撮影用のポイントもいくつかあるようだ。
せっかくだから私達も・・・
「お姉さま、記念撮影しましょう!」
さすが比瑪乃、行動が早い。
我先に薔薇のアーチを占拠して綾乃様とツーショット撮影している。
・・・こういう時の比瑪乃の積極さはちょっと見習うべきかも知れない。
「綾乃様、私達も・・・」
「そ、そうよね、比瑪乃さんお願・・・」
「はいはい撮りますよ、ホラ早く並んで~」
綾乃様が頼むよりも早く・・・比瑪乃が撮影位置についていた。
今までは綾乃様に頼まれて渋々・・・みたいな流れだったのに・・・比瑪乃の態度が軟化した?
「もっと中央に寄らないと、薔薇のアーチの意味がないでしょ!」
「こ、こう?」
「今度は寄り過ぎ!イチャつけなんて言ってないわ!」
「えええ・・・」
何か比瑪乃なりの拘りがあるようだ・・・不満気にツインテを揺らしアレコレ指示してくる。
アレコレ動いてようやく納得の構図に出来たらしいけど・・・ちょっと姿勢がつらい。
「表情が硬いわよ、右子さん!」
「いやだってこの姿勢が・・・え・・・今・・・」
今、私の事を名前で・・・
その瞬間、比瑪乃の構えたスマホが光った。
「うーん・・・まぁ、これで良いんじゃないかしら・・・どうですお姉さま?」
「あら・・・ふふっ、良いんじゃないかしら」
無事に撮り終えたようで、比瑪乃は綾乃様にスマホの画面を見せている。
どんな撮れ方したんだろう・・・タイミング的にちょっと気になるぞ。
「あの、私にも見せ・・・」
「今度は皆で撮りましょう、あちらに良い場所があります」
「え・・・」
画面を覗き込もうとした私から隠すようにして比瑪乃は駆けだしていく。
や、ちょっと・・・気になるんだけど!
結局その写真は見せて貰えないまま・・・私達はガラスの森を後にした。
その後も私達は箱根の美術館を巡り・・・
・・・箱根の山の向こうに太陽が隠れる頃。
宿泊先である大きなホテルに、私達を乗せたバスは辿り着いたのだった。
広い駐車場には、私達以外のバスも続々と到着して来ており・・・
「一年さん、二階堂さん達・・・」
バスから降りてくる私達を見つけて、静香先生が駆け寄ってきた。
「皆大丈夫だった?何か変な事されてない?」
「え・・・」
大袈裟なくらいに私達の心配をしてくる静香先生。
その視線の先を見ると、しゅりしゅりを睨んでいた。
しゅりしゅりの方も、なんかばつが悪そうな・・・なんと言うか、いたずらが見付かった子供のような・・・
「い、いやだなぁ静香センセ・・・私はちゃんと特別講師としてのお仕事を・・・」
「・・・首里城先生、お話があります」
「え・・・いや、私はこの後の授業の用意が・・・ね?」
「お時間は取らせませんので・・・良いですね?」
「は、はひぃ・・・」
有無を言わせぬ雰囲気を纏った静香先生が迫り・・・だらだらと脂汗を浮かべるしゅりしゅり。
そのまま首根っこを掴まれ・・・連れて行かれてしまった。
なんだろう、何かトラブルがあったのかな・・・ひょっとして例のオフレコの件かな?
私としては正直なところ、例の選定者云々は半信半疑・・・ゲームではそんなのなかったし。
でも綾乃様や葵ちゃんはそんな事わかるはずもないし・・・どう考えているんだろうか。
とりあえず今は部屋に荷物を置いて・・・と。
部屋割りは隣合う形で2人部屋を各班に2部屋ずつ・・・綾乃様や葵ちゃん達とも同じフロアだ。
この後、特別授業が行われる大広間へ集合する事になっている。
ベッドが2つ置かれた室内はそこそこの広さで・・・二階堂家における私達双子の部屋とそう変わらない感じがする。
・・・あっちは2段ベッドだから、面積的にはここの方が広いかも。
「ふぅ・・・」
どっちがどっちのベッドを使うか問題は後で考えるとして・・・
とりあえず近い方のベッドに腰を下ろすと、もう片方のベッドに楓さんが腰掛けた。
こうして落ち着いちゃうと疲労感が襲ってくる・・・山道を歩いたり、船に揺られたりしたもんな・・・
そのまま倒れ込むようにベッドに背中を預けると眠気が・・・
「み、右子さん?!」
「あ・・・ごめん」
慌てて楓さんが私を揺り起こしてくれた。
危ない危ない・・・意識が飛びかかってたよ、今の私にこのふかふかベッドは危険だ。
「本当ごめん、楓さんも疲れてるのに・・・」
「い、いえ・・・」
「や、楓さんが同室で助かったよ・・・楓さんも無理しないでね」
「あ、ありがとうございます」
そう言いながら楓さんはノートと筆記用具を取り出して準備している。
私より楓さんの方が体力ないはずなのに・・・本当しっかりしてるなぁ・・・なんて関心してる暇はない、私も準備しなきゃ。
しかし、あのしゅりしゅりの授業か・・・
「・・・いったいどんな授業をするつもりなのか」
「今日行った場所に関わる内容だと思います・・・箱根の歴史か自然保護・・・あるいは観光業についてか・・・」
「うん、どれもありそうな話だけど・・・しゅりしゅりだしなぁ・・・」
「いえ・・・たぶんですけど・・・あの人は・・・」
楓さんが何か言いかけた時・・・部屋のドアが乱暴に叩かれた。
「・・・右子先輩、やっぱりまだ部屋にいたのか」
「もう集合時間っすよ」
「え・・・まじか」
そんなに時間経ってないつもりだったんだけど・・・意識飛んだ分か。
慌てて大広間に向かうと、もう私達以外の生徒は全員集まっていた。
大広間内は各班ごとに机が用意されているようで・・・ぽつんと空いているのが私達の班の机だろう。
既に集合時間を過ぎているけれど、まだしゅりしゅりの姿はなく・・・助かったか。
自分の席についてほっと一息ついた所で、マイクを持ったしゅりしゅりが広間に現れた。
『遅くなってごめんね~、いや~予期せぬトラブルってのはあるものなのさ』
悪びれる様子もなく、しゅりしゅりは大広間を縦断して登壇すると、プロジェクターのスイッチを入れた。
壁面に投影されたのは、年代ごとに分けられたグラフ・・・右に行くほど、最近の年代が短くなっている。
ええと、箱根観光業の・・・
『さて、学生諸君・・・ここからは真面目な授業の時間だ』
そう言って語り始めたしゅりしゅりは、おちゃらけた配信者の顔ではなく・・・
『箱根観光協会を代表して、このしゅりしゅりが、君達に箱根観光業のこれまでと・・・今後についてしっかりと考えてもらうよ』
・・・こうして特別講師、首里城朱里亜による特別授業が始まった。
・・・そして、彼女の隙を狙う霧人くんによるリベンジ計画もまた・・・動き出そうとしていた。




