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第78話「出たわね、過保護メイド」


「乗り込め~!野郎ども~!」


まるで海のように広がる水平線。

甘酒茶屋でお団子を食べた後、私達は再びバスに乗って元箱根港に来ていた。

そこに浮かぶのはいささか仰々しいデザインの船・・・ドクロマークの旗がたなびく海賊船だ。


どこからか取り出した眼帯を装着したしゅりしゅりは、この海賊船の船長のつもりらしい。

大きな声で号令をかけると、昇降口に立つスタッフがノリよく応えた。


「船長、こちらへどうぞ」

「うむ、お前らも続け~」

「おー!」「おうっ!」


そのノリに合わせた葵ちゃんが続いて乗っていく。

選定者に対する点数稼ぎ・・・というわけではなく、あれは純粋に楽しんでる顔だ。

要さまもそれに続く・・・要さまもああいうの好きなんだろうね、男の子だなぁ。


「・・・おー」

「綾乃様?!」


聞き慣れた声に振り返ると、小さくこぶしを握り締めた綾乃様が恥ずかしそうに・・・まさか綾乃様もこういうの好き?

私の視線に気付いて、綾乃様の顔が赤く染まっていく。


「み、右子・・・」

「あっ・・・」


なんかこっちまで恥ずかしくなってしまった・・・

いやいや、ここは綾乃様に恥ずかしい思いをさせてしまったと反省すべきだ。

・・・ならば私のとるべき行動はただ一つ。


「ひゃ、ヒャッハー!俺達の船だぜー!」

「み、右子さん?!」


海賊じゃなくてパンクファッションのモヒカンが頭に浮かんだけど・・・まぁ似たようなものだろう。

隣で楓さんがドン引きしてるけど、綾乃様にばかり恥ずかしい思いをさせるわけにもいかない。

私は精一杯の海賊のノリで海賊船へ乗り込んでいった。


海賊の旗を掲げた帆船風の見た目だけど、さすがに中に入ると現代の・・・おおう。


「なんだよ豪華客船じゃん」


そんな声が漏れてくるのも当然というか、船内は完全に客船のそれだ。

船内は綺麗でまるで海賊船に似つかわしくない高級感を感じる。

や、これ本当に海賊のノリとか要らなかったんじゃ・・・しゅりしゅりめ。


広い船内は私達全員を入れても充分な余裕を感じられ・・・観光客が少ない時期なのもあってか船内は貸し切り状態だ。


「今日は貸し切りだからね~、ここより豪華な特別船室も遠慮なく入れるぜぇい!」


本当に貸し切りだったようだ・・・さすが姫ヶ藤学園、豪勢だなぁ。

案内図を見ると船内2層、展望デッキ2層の4層構造・・・パリの豪華客船と比べてはいけないけれど、ここもなかなかの豪華さじゃないだろうか。


「じゃあ向こうに着くまで自由行動にしま~す、何かあったら私は展望デッキいるからね~」


そう言い残してしゅりしゅりは前方の展望デッキに続く階段を上っていく・・・


「芦ノ湖のう~み~は~♪お~れ~のう~み~♪」


謎の歌を歌いながら・・・や、芦ノ湖は海じゃないんだけど。

生徒達も動き出した、主にしゅりしゅりと同じ展望デッキに向かう班と特別船室のある後方に向かう班に分かれているようだ。

さて、私達の班はどうしようか・・・


「楓さんはどこ行きたい?」

「え・・・ええと・・・」


楓さんは自分が聞かれるとは思ってもいなかったという顔で、考え込んでしまった。

や、そんなに真剣に考えこまなくても・・・ひと通りは回るよ?

霧人くんは・・・やっぱりしゅりしゅりを意識してるようで、前方の階段の方を気にしてる。


(・・・目にものみせてやる)


やっぱりあれは空耳でも何でもないんだろうな・・・

その気持ちもわかるけど、せっかくこんな場所に来たんだから今は楽しんだ方が良いと思う。

・・・となるとしゅりしゅりの居ない方か。


「あの・・・右子さん」

「うにゅ?」


方針を決めかけていた所に楓さんの声が掛かった。

どうやら考え込んだ結論が出たようだ。


「やっぱり後方デッキからが良いと思います、出港する瞬間は見逃せません」

「なるほど・・・じゃあそれでいこっか」

「右子さん、俺らの意見は聞いてくれないっすか?」

「え~、なんか他の希望があるの?」

「ないっす」


ないのかい。


「ないっすけど、まぁ聞くだけ聞いてほしかった的な?」

「構ってほしい子みたいな事言わない」

「そんな~」

「霧人くんもそれでいい?」

「まぁ別に・・・」


霧人くんも何か考え込んでいるのか、心ここにあらずって感じだ。

あんまり思い詰められても困るんだけど・・・仕方ない。


「ほら、早く行くよ」

「ちょ・・・右子さん?!」


霧人くんの手を引っ張って船の後方へ。

後方デッキには特別船室からの上り階段があるようだ。


「・・・何を企んでるのか知らないけど、私に一言相談してよね」

「・・・!」


強く引っ張った風を装って耳打ちすると、霧人くんが目を見開いた。

やっぱりしゅりしゅり相手に何かする気らしい・・・度を越してないと良いんだけど、変なトラブルは困るぞ。


「あと右子『先輩』だからね・・・つい忘れてたけど、ちゃんと先輩と呼びなさい」

「・・・右子先輩」

「うん、よろしい・・・っておおぅ」


特別船室は思った以上に豪華だった。


「うわっ、金ぴかっす!」

「すごい・・・」


追いついてきた2人も、それぞれに感嘆の言葉を漏らす。

金ぴか・・・確かにそう言うのがしっくりくる程に金色の部屋だ。

壁も床も金色の装飾に彩られており・・・手すりも金色・・・さすがに本物の金ではないだろうけど。


「ある意味海賊船らしい、か・・・奪った財宝で贅沢してる感じの・・・」


なるほど・・・そういう解釈もあったか。

金にあかせた海賊の船長の部屋と言えるかも知れない。

・・・とそこで、出港を告げる汽笛が鳴り響いた。


「あっ・・・」

「デッキに急ごう」


やっぱり金ぴかな階段を上ると船の後方デッキ。

船はまさに今動き出した所で、ゆっくりと港から離れていく・・・


「・・・」


楓さんはその光景を焼きつけようとしているのか、はたまた空想に思いふけっているのか。

船は少しずつ速度を上げていく・・・太陽もだいぶ高くなってきていて日差しが降り注ぐ中、湖の風が心地よい。

芦ノ湖の水平線の先には雄大な箱根の山々が、これでもかと存在をアピールしている。


「・・・右子先輩、ちょっと良いですか?」


デッキ上からの景色に見入っている間に、霧人くんから声を掛けてきた。


「・・・しゅりしゅりに関する事で、合ってる?」

「はい、それで実は・・・」


そこで霧人くんから聞かされた計画は・・・

心配していたような物騒なものではなく・・・ある意味とても彼らしいもので・・・





「お姉さま、私アレがやりたいです・・・船の舳先に立って、こう・・・」

「綾乃様に危ない事させないでください!」


その後、海賊船の前方デッキにやって来た私達の班は、綾乃様の班と遭遇。

名作映画の真似をしたがる比瑪乃を見つけたので慌てて阻止した。

船の舳先とか、高所恐怖症の綾乃様に立たせてはいけない、断固阻止だよ。


「出たわね、過保護メイド」

「誰が過保護メイドよ・・・綾乃様、船室で私達の班と一緒に休憩しましょう」

「な・・・人の班の行動に口を挟まないで貰えるかしら?」

「今は自由行動ですので・・・自由行動の意味、聡明な比瑪乃お嬢様ならおわかりですよね?」

「ムム・・・」


・・・ったく、なんでこう比瑪乃は綾乃様を高い所に連れ出したがるのか・・・

高い所が好きなのかな。

なんとかと煙のなんとかかな。


「ごめんなさい比瑪乃さん、私も少し疲れたわ、ここは休憩に・・・」

「そんな・・・お姉さま・・・」


まるでこの世の終わりのような顔をした比瑪乃だったが・・・それも一瞬の事。

すぐに気持ちを切り替えてきた。


「それなら私もご一緒します!はぐれても困りますし」

「う・・・」


そう言われてしまうと、こちらも拒む理由はない。

人数も増えてしまったので、普通の方の船室へ・・・

大きなソファーを見つけたので、左子と一緒に綾乃様の両脇に・・・やっぱりこの位置が落ち着くなぁ・・・


「紅茶研で見慣れているからか、この並びが見ていて落ち着きますね」

「・・・確かに」

「そうっすね」


そう思ったのは私達だけではなかったようで・・・楓さんの言葉に霧人くん達が頷いていた。

1人だけ紅茶研に入っていない比瑪乃が、不機嫌そうな顔を浮かべる。


「むー・・・」

「そういえば比瑪乃さんは紅茶研に入る気はないんですか?」


なんかハブってるみたいで悪いので、比瑪乃に話を振ってみる。

あれだけ綾乃様を慕っているのだ、同じ部活に興味がないとは思えない。

それをあえて避けるという事は、きっと何かしら理由があるに違いない。


「え・・・ええとそれは・・・」

「やっぱり礼司さまがいるから?礼司さまが苦手?」

「それもそうなんだけど・・・その・・・あの・・・」


なんとなく礼司さま絡みな気はしてた、流也さまと親しいし、過去に何かあったのかも知れない。

でも、それにしてはなんか歯切れが悪いような・・・


「?」

「比瑪乃さん?」


綾乃様に見つめられて、比瑪乃はますます動揺してしまった。

まぁあの澄んだ眼差しを向けられて緊張するのもわかるけど。


・・・やがて比瑪乃は意を決したように、その唇を開き・・・


「こ、この際だから言いますけれど・・・けれど!」

「ひょっとして、まだあの謎解きが解けないんじゃないすか?」

「わ、悪かったわね!ああいうの昔から苦手なのよ!」

「え・・・まじすか?俺でも解けたのに・・・」

「く、くぅぅ・・・」


ライトの適当な当てずっぽうが見事に的中してしまったらしい。

比瑪乃は顔を真っ赤に染めてプルプルと・・・とても嘘をついてるようには見えない。

・・・比瑪乃は入部試験になってるあの謎解きが攻略出来ないでいたのだ。


「あ・・・礼司さまが苦手なのもひょっとして・・・」

「そうよ!あの人、昔から会うたびに難しい謎解きを出題してきて・・・お兄様は当然のように解いちゃうし・・・」


礼司さま・・・いや、この場合は流也さまの方にも責任があるか。

小さい頃からあの人たちのレベルに付き合わされていたら、こうなってしまうのも仕方ないかも・・・


「ねえ比瑪乃さん、謎解きはどこまで進んだのかしら?」

「お姉さま?」

「答えを教えるのはダメかも知れないけど、解き方のヒントくらいは・・・ダメかしら?」

「!!」


厳密にはアウトなんだろうけれど・・・

すっかり涙目になってしまっている比瑪乃を見ていると、私もダメとは言えない。


「今なら礼司さまもいませんし・・・皆が黙ってれば良いんじゃないですか?」

「・・・ん、黙ってる」

「右子、左子・・・」

「確かに難しいですよね・・・ちょっとくらいなら・・・良いと思います」

「そんな告げ口みたいな恥ずかしい事出来るかよ・・・ライトも黙ってろよ」

「はいっす」


もちろん、反対するような人は誰もいなかった。


「じゃあいいわね・・・比瑪乃さん、話してもらえるかしら?」

「ううっ・・・お姉さま・・・ありがとう・・・ございます」


そして・・・


「その・・・さ、最初の謎なんですけど・・・ずっと解けなくて・・・」

「「・・・」」


・・・比瑪乃が紅茶研に入部するのは、まだまだ先になりそうだった。


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