閑話 大嫌いなものは
・・・大嫌いだった。
社長だか何だか知らないけれど、家にいる事が殆どなかった父親も・・・
やたらと教育熱心で、色々な習い事を日替わりでやらせてきた母親も・・・
何より1番嫌いだったのは・・・
「聞きました奥様?流也くんがバイオリンコンクールで・・・」
「あらそっち?私てっきり絵画コンクールの透くんの話かと・・・」
「どっちも将来有望で羨ましい限りねぇ・・・」
「四十院さんだって優秀な跡取りくんがいるそうじゃない」
「いえいえ、まだまだあの子は未熟で・・・」
母親たちが噂する、どうして他人の子供がそんなに気になるのか。
どうしてそこに自分の子供の名前が出てこないのか・・・
楽器も、絵画も、茶道も、スポーツも・・・
全部ひと通りやらされてきた。
「霧人くんは飲み込みが早いね」
「まぁ、うちの子は才能があるのかしら」
何回それを言われたか・・・数える気にもならない。
最初は皆そう言うんだ、まるでそう言わないといけないルールでもあるかのように。
結局いつも調子良いのは最初だけで・・・現実は嫌が応にも見えてくる。
斎京流也、四十院礼司、十六夜透・・・『才能がある』なんていうのはあいつらの為にある言葉だ。
スポーツだと九谷要っていうのもいたな・・・ったく、努力であの身長が得られるなら苦労しない。
あまりにも違い過ぎる才能の差ってやつを間近で見せつけられてきた結果・・・
中学の時点ではもう人生に達観してきたというか・・・なんか色々と諦めてきていた。
どうせ適当に生きていても、いずれは父の会社を継ぐのだろう・・・約束された安心安定の勝ち組人生だ。
普通に考えて自分は充分に恵まれている・・・これ以上の何かを望むのも贅沢な話だと。
あれは・・・中学に入ったばかりの頃だ。
入学祝いにとパソコンを買い与えられた。
なんか大きいだけでスマホと大差ないように感じたけれど・・・せっかく大きな画面があるのだからと適当に動画を再生することにした。
人気の配信者の変顔サムネが一覧に並ぶ・・・一見馬鹿らしく見えるけれど、この人達もそれぞれの才能を武器にして売れている天才様に違いない。
そう考えてしまうと動画にも興味をなくしてきた・・・そんな時・・・
人気配信者達のサムネの中に、ぽつんと1つ・・・接続数の少ない配信動画が紛れていた。
今にして思えば、あれも馬鹿に出来た数ではないんだけど・・・とにかく興味を惹かれて・・・気付いたら再生していた。
『この燃えるゴミ達をっ、しゅりしゅりがしょりしょりしていこうと思いま~す!』
「・・・なんだこれ」
最初の感想はそれだった。
学校で見たような焼却炉の前で配信者の女の子が喋ってる。
その前に積まれた『燃えるゴミ』・・・ボロボロの新聞紙や漫画雑誌、煙草の吸い殻、何かの袋・・・本当に燃えるゴミだ。
ガスマスクのようなものを装着した配信者・・・しゅりしゅりはゴミを1つ1つ摘まみ上げて焼却炉に放り込んでいく。
『こんなにポイ捨てされたんだよ~、信じらんないよね』
ビニール袋いっぱいの吸い殻をそのまま焼却炉に・・・有毒ガスとか色々出そうだ・・・だからガスマスク着けてるのか。
『これ今週号じゃん!もったいな・・・』
昨日発売されたばかりの漫画雑誌も容赦なく放り込んで燃やす。
どうやら道端に捨てられていたゴミをかき集めてきたらしい。
1つ1つ文句を言いながらゴミを燃やしていく・・・ずっとその作業の繰り返しだ。
良い事をしてるような気もするけれど、特に山場もなくオチもなく・・・再生数が少ないのも仕方なく思えた。
「これ続けるだけ?」
なんとなくで書き込んだそのコメントに、すぐ返事が返ってきた。
『あ、新規さんだ、こんしゅり~・・・今日はしょりしょり動画だからね~、しゅりしゅりが1時間ずっとゴミ処理しま~す』
「まじか・・・」
そんなので1時間も配信を・・・思わず正気を疑ってしまう。
しかし、今のやり取りを見てか他の人間もコメントをしてきた。
『薔薇陸奥守さんさん、世の中のゴミも処理してほしい・・・そうだね~処理したくなる人もたまにいるよね~、私も文句ばっかり言ってくる親戚がいてさ~、色々細かいの!このゴミもきちんと分別しろって言ってくるよ絶対』
『猫にこバーン!さん、うちの上司も燃やしてほしい・・・人間のゴミは処理できないんだ、済まない・・・まぁ、無理はしないでね』
『出荷待ちの豚さん、処理したいゴミが多すぎて困る・・・お部屋かな~?ゴミはちゃんと捨てるんだよ~、えっ世の中のゴミ・・・皆荒んでる~、げ、元気出してこう?』
『パチモンゲットだぜさん、しゅりしゅりガスマスク似合ってる、かわいい・・・ガスマスク似合ってるってどういう事かな~、それ褒めてる?ねぇ褒めてる?』
コメントに返事をしながらしゅりしゅりは手を動かしていき・・・ゴミの山はすっかりと処理されてしまった。
処理おつ
おつしゅり~
しゅりしょり乙~
お疲れ様という意味の言葉の数々がコメント欄に流れていく。
僕もお疲れ様と言いたい気持ちはあるけど・・・それらの言葉にはちょっと抵抗があるので・・・
「お疲れ様」
とだけコメントした。
これはこれで、なんか浮いてる感じで恥ずかしい。
『さっきの新規さんかな?最後まで見てくれたんだね~、ありがとう、良かったらch登録してね』
「まぁ・・・登録くらいは、してやるか・・・」
こうして登録した、しゅりしゅり・・・首里城朱里亜の配信chは次第に人気を得ていった。
普通にしていればアイドル系として売る事も出来そうな見た目だ、一定まで人気が出てくるとそこからの伸びは早かった。
「えっ、しゅりしゅり知ってるんですか?」
「霧人さんそういうの無縁だと思ってたっす」
同じクラスのライトとレフト。
しゅりしゅりの配信はこいつらと意気投合するきっかけにもなった。
そして、面白半分で一緒に配信までやるようになって・・・ただ遊んでるだけみたいな配信だけど、楽しかった。
こいつらと配信をやっている間は、余計な事を忘れていられたんだ。
『ちろるくん、こんしゅり~・・・へぇ~配信始めたんだ~、じゃあ今度コラボしよ?』
ただのリップサービス・・・人気の出てきた配信者が、自分達なんて相手にするわけない。
そうは思いながらも・・・ダメ元でも交渉くらいは・・・そう思って飛ばしたメッセージにまさかの返事が返ってきた。
『今の所その日空いてるから良いよ、詳細よろしく~』
あまりにもあっさりとした返答。
だが詳細を送ると、抜けていた細かい部分を確認してきた。
さすがは人気配信者・・・まだ初心者マークがついているような僕らには学べる所が多い。
「マジすか?!霧人さん」
「あ、あのしゅりしゅりが・・・これって夢なんじゃ・・・いてて」
「次からスタジオ借りるから、しゅりしゅり呼ぶまでに慣れておけよ」
「霧人さん・・・本気っすね・・・」
これ以上しゅりしゅりにみっともない所は見せたくない。
準備は時間をかけて入念に・・・失礼があってはならない。
そして迎えた当日・・・
「い、いよいよ今日っすね・・・」
「霧人さん眠れました?俺昨日は全然眠れなかったですよ」
「睡眠不足で配信とか出来るかよ・・・お前らエナドリ入れとけ」
2人にはそう言ったものの・・・僕も全然眠れなかったのでエナドリを2本空けてる。
何か粗相しないか心配で、何度も機材の確認をしてしまった。
あのしゅりしゅりがここに来るのか・・・本当に・・・
最初に何て言おう、向こうは同じ配信者として来てくれるんだし、あんまりミーハーな事を言うのも・・・でもお礼は言いたい・・・一見簡単だけど、いざ本人の前だと絶対難しいんだよな。
欲張るな・・・ありがとう、ただそれだけ言えれば良いはずだ。
・・・
「・・・来ないっすね」
「こういう業界だ、多少遅れるくらいはよくあるって・・・」
・・・・・・
「しゅりしゅりに連絡入れました?」
「さっき・・・まだ返事が来ない」
・・・・・・・・・
「・・・これ来ないやつじゃないですか?」
「まだだ・・・もう少し待とう」
・・・・・・・・・・・・
「ど、どうするんすか?このままじゃ・・・」
「・・・」
・・・結局、しゅりしゅりは現れなかった。
代わりに出演してくれた右子さんが好評だったおかげで、配信そのものは成功したけど・・・
配信が終わった後も、しゅりしゅりからの連絡はなく・・・
「まぁ、しゅりしゅりは忙しかったんすよ・・・」
「それよりも見てください、お嬢様パワーで再生数が・・・あっ」
元々ダメ元だったんだし・・・気持ちを切り替えていくしかない。
そう思っていた矢先、スマホで動画の再生数を確認していたレフトの表情が不自然に固まった。
「どうした?」
「いえ・・・なんでも・・・再生数は順調に伸びてま・・・」
嫌な予感を覚えつつ、スマホを取り上げてみると・・・しゅりしゅりのchのアーカイブが。
配信開始の時間を確認すると、僕達の配信が始まる2時間くらい前だ・・・
『なんと今日は~、あのトカキソさんが来てくれました!』
『いえ~い、遊びに来ました~!』
トカキソ・・・一般人にも知名度があるレベルの超人気配信者だ。
アーカイブの再生数も先程の配信を余裕で上回っている。
『私前からトカキソさんとご一緒したかったんですよ~、夢が叶いました』
『あ、ありがとうございます!恐縮です!』
あきらかに格上のトカキソだが、全くそれを感じさせない程に腰が低く・・・人気配信者の余裕を見せていた。
コメント欄も賑わっており、いつものように追い切れない。
『コメントおおすぎぃ・・・今日は無理かも・・・』
リスナーのしゅりらーも今回ばかりは仕方ないと好意的だ。
そして配信は進んでいき・・・
『あ~、そろそろ終わりの時間ですね、楽しい時間ははや~い』
『しちゃいませんか?延長・・・』
『ええ~、ど、どうしようかな~、皆はどう思う~?』
当然のように延長を希望するコメントが次々に・・・
『じゃあ、あと30分だけ・・・』
『いやっほ~い!』
人気なだけあってトカキソは本当に面白かった。
さすがのトーク力でしゅりらーの心をも鷲掴みにしていく。
その30分後には、また延長を望むコメントが流れ・・・おかしいな、コメントが文字化けして読めな・・・
「う・・・うっ・・・」
「霧人さん・・・」
「すいません・・・すいません・・・」
お前らなんでそんな・・・たかがこれくらいの事で・・・これくらいの・・・
「う・・・うう・・・」
そして僕は・・・その音が、自分の喉から出ている嗚咽だと気付いた。
ああ・・・いつもそうだ・・・だから僕は・・・何も出来なくて、不甲斐なくて・・・
本当に・・・大嫌いだ。
あれから時は流れ・・・
しゅりしゅり・・・首里城朱里亜は今目の前にいる。
僕の事など覚えてもいない・・・何が特別講師だ。
ここで何を企んでいるのか知らないけど、思い通りになると思うなよな。
きっとこんな機会は二度と巡って来ないだろう・・・今日、この箱根で・・・
「「・・・目にものみせてやる」」
・・・思わず声に出していたその言葉に、別の誰かの声が重なった。
右子さん?
思わず目を合わせてしまった・・・でも・・・そうか。
あの時の事情は彼女も知っている・・・こんな所にも味方はいたんだ。
隣を見ればライトがいた・・・違う班だけど、この場にはレフトもいる。
そうだ僕は1人じゃない、こいつらが・・・仲間がいるんだ・・・きっとやれる。
・・・そんな確信めいたものをこの時、僕は感じていた。




