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第77話「そう、峠の茶屋ってやつ~」

橿木坂___


江戸時代、東海道一の難所とされた箱根八里において、多くの旅人が特に苦しんだ橿木坂の厳しさを、当時の人々は次のように歌に残しました。


『橿の木の さかをこゆれば くるしくて どんぐりほどの 涙こぼるる』



・・・・・・


なんか不穏な事が書かれた木の看板が、曲がりくねった道路の脇に立てられていた。

そんなやばそうな場所に、これから私達は向かうらしい。


「じゃあ皆~、班の数字の順番に並んでね~」


首里城朱里亜が引率の教師らしく先頭に立ち、声を張り上げた。

橿木坂と言う割には、そこに坂道らしきものは見えない。

その代わりに、鬱蒼と生い茂る木々に沿うような形で上り階段が続いているのが見えるだけだ。

なかなか段差のある階段だ・・・ひょっとしたらこの階段の先に坂があるのかも知れない。


生徒達の列の先頭にはK-1班の綾乃様。

そのすぐ後ろには比瑪乃が立っていた、左子はさらに後ろで3番目。

おそらく比瑪乃が我儘を言ったんだろう。

高所恐怖症の綾乃様をちゃんとフォロー出来ると良いんだけど・・・


間にもう一つ班を挟んで、私達k-3班。

葵ちゃんのいるk-7班はだいぶ後ろの方だ。

幅の狭い階段は生い茂る木々のせいでさらに狭く感じられる・・・身体の大きい男子は大変そうだ。


「まだ雨が残ってる・・・滑りやすいから足元気を付けて~」


配信で喋り慣れているからか、首里城朱里亜の声はよく通った。

彼女の言う通り、石で出来た階段は先日の雨水が乾かずに残っていて滑りやすくなっていた。

いつもの学園指定の靴だったらツルツルに滑ってたんだろうな・・・


「さっすが高校生、ちゃんとついて来れてるね~」


先頭で階段を上っていく首里城朱里亜の声からは余裕が感じられる。

可愛い見た目とは裏腹に、結構体力があるようだ。

しかしこの階段、思ったよりも長い・・・あとどれくらいあるんだろう。


「この橿木坂はね~、元々は名前通り坂道だったんだけど、一部崩落しちゃって~、今は階段になってるんだ~」


まだまだ余裕らしい首里城朱里亜がここの解説をしてくれた。

坂っぽいものが見えないと思ったらそういう事か・・・などと感心してられるような余裕はなかった。

うぇぇ・・・この階段まだ終わらないの?


「はぁ・・・はぁ・・・」


しんどいのは私だけではなく、すぐ後ろからは楓さんの辛そうな息遣いが聞こえてくる。

首里城朱里亜はペースを変える事無く上り続けているが、このペースに合わせるのもそろそろきつい・・・


前を行く綾乃様はさすがと言うか、ペースに乱れを感じない。

あの選定者とかいう話が本当なら、無様な姿を見せるわけにはいかない、というのもあるだろう。

無理をしてないと良いんだけど・・・意外な事に比瑪乃も文句ひとつ言わずについて行ってる。


そんなk-1班と違って、並みの体力しかないk-2班は息も切れ切れ・・・徐々に引き離されつつある。

その後ろの私達もこのままでは・・・と、後ろを振り返って確認すると、楓さんとの距離が離れていた。


「楓さん、大丈夫?」

「は・・・はい・・・」


心配を掛けまいとペースを上げる楓さんだけど、明らかに無理してるように見える。

さすがにこれは放っておけない、選定者だか知らないけど、私は関係ないよね?


「しゅ、しゅりしゅり先生!ちょっと休んで良いですかー?」


曲がりなりにも特別講師、どう呼ぶべきか一瞬悩んだけど・・・本人はしゅりしゅりって呼ぶように言ってたし・・・

迷いつつも、とりあえずはしゅりしゅり先生・・・そう呼んで声をあげると、割とあっさり休憩を許してくれた。


「もう半分くらいは上れたし、よくがんばったね~、座るなら濡れてる所を避けるんだよ~」


これで半分なのか・・・さすが難所。

石段に座って見下ろすと・・・木々が邪魔で良く見えないや・・・

たぶん結構な高さなんだろうけど、まだ途中だからか視界はすごく悪かった。


「あの、ありがとう右子さん」

「え・・・」

「私がこんなだから・・・右子さんはぜんぜん平気そうだったのに・・・」

「そ、そんなことないって」


いやいや、私も普通にしんどかったんだけど・・・たぶん左子の方は余裕だったんだろうけど。

これが箱根かぁ・・・人の手で整備されてるとは言え、大自然の驚異を感じるよ。

水筒を取り出して水分を補給・・・あんまり飲み過ぎるのも後が怖いんだけど、身体は水を求めてる、本能には抗えない。


「・・・でもここさえ越えれば、後はそんなにきつくないだろうし・・・がんばろうね楓さん」

「・・・はい」

「霧人くんは大丈夫?ついでにライトくんも・・・」

「ついでって右子さぁん・・・」


間髪入れずに恨めしげな声を返してきたライトは大丈夫だろう。

やっぱり男の子は体力あるからね・・・小柄な霧人くんは少し心配なんだけど・・・


「ふん・・・これくらい全然平気だよ」


強がってるのか、本当に大丈夫なのか・・・ちょっと判断に困る。

霧人くんは相変わらず不機嫌そうで・・・列の先頭の方をチラチラと気にしているようだ。

事情はよく知らないけれど、例のドタキャンを根に持ってるのかな。



それからしばらく休憩を挟んで、私達は再び階段を登り始めた。

休憩した甲斐はあって足が少し軽い、楓さんも大丈夫そうだ。

こころなしか先頭の方もさっきよりもペースが緩くなっている、配慮してくれたんだろうか。


「あともう少しだからね~がんばって~」


思ったより早く終わりが見えてきた。

視線の先では綾乃様が階段を上り終えた所・・・一瞬その動きが固まったのはおそらく・・・

続いて比瑪乃が、左子が・・・そして間を置いて、私達も最後の石段に足をかけた。


階段の上はちょっとした見晴らし台になっていて見晴らしが良い。

少し上の方が霞んだ山々が美しい、下の方にはうねうねと蛇のように曲がった道路が見えた。


「お姉さまお姉さま!綺麗な景色です、もっとこちらで見ましょうよ!」

「いえ、私は・・・ちょっと・・・」

「・・・綾乃様を・・・ひっぱらないで」


手すりの方へと綾乃様を引っ張っていこうとする比瑪乃だが、左子がしっかりガードしてくれてる。

その間に他の班が続々と階段を上り終えてきて、それぞれに風景を堪能していた。


「あ、ちょっとそこ、どきなさいよ!私とお姉さまが・・・」

「楓さん、私達もこっちで見よう」


楓さんを引っ張っていき、残った手すり側の空間を塞ぐ・・・これで綾乃様が引っ張られる事はないだろう。

なんか比瑪乃が悔しがってるけど無視無視っと。


「ほら楓さん、私達あの辺でバス降りたんだよ」

「・・・」

「楓さん?」

「あ、ごめんなさい・・・昔の人は皆ここを通っていたんだなって・・・色々想像しちゃって」


見渡す限りの山々、その先を見据えるように楓さんは呟いた。

江戸時代か、はたまたもっと前か・・・まだ道路とかなかった時代に思いを馳せているんだろう。

本好きで色々な物語を読んでいる楓さんらしい・・・ひょっとしたらここを舞台にした物語もあるのだろうか。

・・・そんな感慨を打ち消したのは、引率のしゅりしゅり先生の放った言葉だった。


「じゃあ次へ進むよ~、この先は猿滑坂って言って、猿も足を滑らせるような危ない道だって・・・」


うぇぇ・・・まだ終わりじゃなかったのか。

道路を挟んで道は再び細い山道へ・・・こちらは階段じゃないから良いけれど、地面はでこぼことしていて、木の根っことかがあちこちに張り出してきてる・・・これぞ山道って感じだ。

やはりこちらにも木製の看板が立っていて・・・


「・・・この先、甘酒茶屋?」

「お、そこに気付くとは目ざといね、綾乃ちゃん」

「いえ、こんなに堂々と書いてありますし・・・そこへ向っているんですか?」

「そう、峠の茶屋ってやつ~」


おお、そう言われるとなんかイメージできる。

休憩所みたいなやつ、たしかお団子とか食べるんだよね。


「がんばった皆へのご褒美として、甘酒をごちそうするよ~、お団子もつけちゃう」

「お団子・・・じゅるり」


左子じゃないけど、お団子は美味しそう。

なんだか目の前に餌をぶら下げられた馬のような気分だけど、私達の足は自然と早まり・・・

やがて前方に、それっぽい日本家屋が見えてきた。


「は~い到着~、班ごとにテーブルについてね~」


道路と旧街道に挟まれるような形で、甘酒茶屋が建っていた。

店先に置いてある椅子とか、大きな日傘とか、いかにも峠の茶屋って雰囲気がする。

客席は店内にもあるようで、8班全員が問題なく席に着く事が出来た。


「いらっしゃい、東京の学校の子達よね」

「おばちゃ~ん東京じゃないってば・・・良い学校の子達ではあるけど・・・お団子は出来てる?」

「はいはい、用意して待ってたよ」


店のおばちゃんと親しげに話すしゅりしゅり。

箱根観光協会の人だから面識があるのかな。


ほかほかと湯気を立てて、甘酒とお団子のセットが運ばれてきた。


「数が多いからちょっと待っててね~」

「あ、私も手伝います!」


配膳を手伝っているしゅりしゅりを見て、葵ちゃんが手を挙げた。

む、さすがチート庶民。


「私も手伝います!」

「綾乃様が手伝うなら私達もやりますね」「ん」


対抗するように立ち上がった綾乃様に続くように私と左子も立ち上がる。

出遅れた分は人数で挽回しないと・・・


「お、メイド長」

「さすが本職」


去年のメイド喫茶を覚えていた生徒は意外と多かったようで、妙に評判が良い。

なんか葵ちゃんや綾乃様よりも受けているような・・・


「ふぅん・・・メイド長、ねぇ・・・」


それを見たしゅりしゅりが、にやりと笑みを浮かべた。

配膳を手伝う手を止め、自分の席へ・・・あ、嫌な予感がする。


「メイド長~、私の分をお願~い」

「ええぇ・・・」

「私にも見せてよ~、二階堂家のメイドの実力ってやつをさ~」


まじか・・・そう言われると綾乃様の評価を気にしてしまう。

こうなったら仕方ない、全身全霊で接客してやろうじゃないか・・・

姿勢を正して・・・甘酒の水面も揺らさないように丁寧に・・・


「・・・お待たせいたしました」

「おっそーい」


・・・こ、こいつ。

いやいや、わざと怒らせるような事言って私を試しているんだ・・・冷静になれ。

私の評価は綾野様の評価・・・主に恥をかかせるわけには・・・


「申し訳ありません、お客様」

「そこは~『ご主人様』じゃないの?」


ダメだ・・・怒ってはいけない・・・いけない。


「私の主人は綾乃様ですので・・・」

「ふぅん・・・」


ちょっと棘がある事言っちゃった。

いや、事実だし、これくらいは・・・


「まぁいいわ、下がってちょうだい」

「・・・失礼いたします」


セーフ・・・なんとかやり切っ・・・?!

去り際に足を引っかけて・・・完全に油断した。

躓いた私はそのまま・・・転・・・


「・・・姉さん、大丈夫?」

「左子・・・ありがとう」


とっさに左子が支えてくれたおかげで、なんとか体勢を立て直すことが出来た。

しかしここまでやるとは・・・しゅりしゅりめ。


「あ、皆に行き渡ったね~、じゃあいただきま~す」


何食わぬ顔で甘酒を啜るしゅりしゅり・・・さすがにちょっと今のは腹が立ったぞ。

自分の席に戻り、怒りをぶつけるようにお団子を口に運ぶ。

あ・・・なにこれ美味しい。


もっちもっち・・・ほどよい弾力と甘さが口の中に広がって・・・


「どう、ここのお団子は最高でしょう?」


得意げに語るしゅりしゅりの声。

なんか悔しいけれど、本当に美味しい。

複雑な気持ちでお団子を食み・・・もっちもっち・・・


「手伝ってくれた子達には、特別におかわりあげるね~」

「!!」


左子じゃあるまいし、私はおかわりなんかで・・・もっちもっち・・・でも美味しい。

甘酒の優しい味わいもお団子とよく合っていて・・・でも悔しい。

むぅぅ・・・しゅりしゅりめ・・・みてろよ・・・この校外学習のどこかで・・・


「「・・・目にものみせてやる」」


呟いた私の声に、他の誰かの声が被さった。

それは同じテーブル、同じ班の・・・


「そっちが忘れてても・・・忘れるもんか」


霧人くんが鋭い瞳で、首里城朱里亜を睨んでいたのだった。


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