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第76話「ここまで話せばわかるんじゃない?」

『姫ヶ藤学園の生徒の皆さ~ん、バス移動はエンジョイ出来てるかな~』


突然車内に響き出した能天気な音声に、南六郷静香は頭を抱えた。

静香が乗り込んだのは【A】のグループが乗るバスだ。

アルファベット順で1番最初のバスであり、特別講師である朱里も同乗すると聞かされていたのだが・・・


『あ、乗り物酔いする人は酔い止め飲んできてる?飲み忘れちゃった人はバスに置いてあるからね、一緒に乗ってる先生に言うんだよ~?』


モニター上では西六郷朱里・・・首里城朱里亜が教員用の座席から酔い止め薬を取り出して見せていた。

そこに他の教員らしき姿は映っていない・・・それは何か起きた時に彼女を止める者がいない事を意味する。

なにせバス毎に違うルートを巡るのだ、今日はもう宿泊するホテルまで彼女を捕まえる事は出来ないだろう。


(してやられた・・・朱里の言う事を信じてはいけなかった)


今思い返せば怪しい所はいくつか思い当たる。

候補者達が【K】の班に固まっている事もそうだし、モニター等の機材を自前で用意すると言ってきたのも怪しい。

朱里が自分から前日に確認の連絡をしてきたあたりで気付ける可能性もあったはずだ。


『皆様~、右手に見えてきましたのが小田原城です~・・・昔、上杉謙信が攻めて来た時は皆ビビちゃってね~、慌ててこの城に引き籠ったんだよ』


バスガイドのようなノリから小田原城包囲戦の解説を始めた朱里、ふざけてはいるが内容的に間違ってはいない。

やがて遠征で疲労した上杉軍は、城を攻めあぐねて引き返す・・・そのあたりを話している時に小田原城は見えなくなった。


『・・・結局は元通り北条家がこの辺を支配するんだけど、あの時は絶対死ぬって思ったって氏政さんが言ってた』


そして小田原を過ぎたあたりでバスの列が2つに分かれる。

一方は北回りで強羅へ・・・たくさんある美術館を巡るルートだ。

もう一方は南回り・・・こちらは芦ノ湖や箱根山の名所を巡るルート。


『さて、ここから先はバス毎に別の道を進んでいくよ~、自分のバスがどのルートかは事前に配られたガイドブックを見てね』


静香の乗ったバスは北回り、朱里達の乗るバスは南回りだ。

道を分かち遠ざかっていくバスを目線で追いながら、静香は旅の無事を祈らずにはいられなかった。





『なんか自然を感じる風景になってきたけど、この季節の山って虫とかも多いよね、虫よけスプレーは必須よ~・・・虫と言えば男の子とかはカブトムシ採ったりするのかな?カブト派とクワガタ派がいるよね、ちなみに箱根はね~・・・クワガタが多いよ』


姫ヶ藤学園からバスに揺られて、そろそろ2時間ほどになる。

あれから首里城朱里亜は、話を途切れさせる事無くずっと喋り続けていた。

これくらいは配信者として普通なのかも知れないけれど、ちょっと感心してしまう。


箱根湯本駅の辺りを過ぎて、もう周囲は完全に山だ。

窓の向こうは木々の緑一色、たまに谷川が流れてるのが垣間見える、白い霧のようなもやもやは温泉かな。

下を見てしまうと結構高低差を感じる場所も通るので・・・綾乃様が窓側じゃなかったのは正解かも知れない。


「パリも良い所だったけれど、こういう所も悪くないわね」

「そ、そうですね、あはは・・・」


やはり綾乃様の席からは下の方は見えないようだ。

少し開いた窓から入ってくる深緑の香りにご満悦といった様子。


「またご一緒にパリ行きましょうね、お姉さま!」


パリという言葉にぴくりとツインテが反応して、前方の座席から比瑪乃がひょっこり顔を出した。

ちょっと声が大きい、前の方で喋ってるしゅりしゅり・・・首里城朱里亜が気を悪くしないと良いんだけど・・・


『もうすぐでバスが最初の目的地に着くはずだから、バスの配信はここまで・・・名残惜しい?しゅりしゅりがいなくても平気だよね?困った時はガイドブックと先生を頼るんだよ?じゃあまた後でね~』


そう言って車内配信が打ち切られた。

私達のバスは未だに山の中を走り続けているけど、最初の目的地は旧東海道。

この山の中のどこかで降ろされるのだろうか・・・なんて事を思っていると・・・


「さ、て、と・・・これでもう他所には聞こえないね」


不意に首里城朱里亜がなんか不穏な雰囲気を・・・さっきまで喋ってた営業スマイルとはうって変わって・・・あれ、こっちを見てる?

ひょっとしてさっきのお喋りが気に障ったのだろうか・・・うぅ・・・私達は小声だったのに・・・


「【K】のグループの皆さ~ん、このバスってちょっと特別なんだけど~・・・わかるかな?」


教師が生徒に回答を求めるように、首里城朱里亜は返答を待つ。

や、特別講師だから教師ではあるんだけど・・・

と言われても私達はどう答えるべきか迷うわけで・・・そんな中、私の後ろの席からおずおずと手が上がった。


「あの・・・このバスにはしゅりしゅりがいる、って事っすか?」

「うんうん、それはそう・・・でも違うんだな~、もっとさ~あるでしょう?姫ヶ藤学園ならではのやつがさ~」

「??」


そう言いながら、しゅりしゅりは・・・やっぱりこっち見てる。

なんかむっちゃ目が合うんですけど・・・私に答えを求めてるとか?

姫ヶ藤学園ならでは・・・私達の中でって事か・・・


「はい」

「お、一年葵ちゃん、答えられるかな?」


私が考えるよりも早く、答えがわかった葵ちゃんが手を挙げた。

さすがチート庶民、頭の回転が速いんだろうね。

その葵ちゃんが出した解答はというと・・・


「それは私達・・・『Monumental Princess』の候補者じゃないかなって・・・」

「おー、正解」


パチパチパチ・・・朱里亜は胸の前で手を叩いた。


「そう・・・このバスには姫ヶ藤学園の姫、もにゅもにゅプリンセスの候補者が全員集合してるんだよね~」

「も、もにゅもにゅ・・・」


なんかフルーツ味の弾力があるお菓子が脳裏をよぎる。

しかし、私達にツッコミを入れる隙を与えずに首里城朱里亜は言葉を続けた。


「もちろん意図的にね~、私がここに集めたんだよ・・・あ、その他の生徒さん達は巻き込んじゃってごめんね」

「意図的に、ですか・・・それはなぜ・・・」


表情を硬くしながら綾乃様が尋ねる・・・

『Monumental Princess』は姫ヶ藤学園独自の制度だ・・・箱根観光協会とは何も関係ないはず。

では配信者として?名門校の独自の制度とか視聴者数を稼げそうな話題ではあるか・・・ミスコンっぽい所あるし。

特別な配信・・・否応にあの言葉が思い出される・・・ひょっとしてこれが・・・


「ここからはオフレコなんだけど・・・あ、オフレコっていうのはね・・・皆には内緒って意味ね」


そう言いながら首里城朱里亜は人差し指を立てて唇に当てた。

そして・・・全く予想外の事を口にしたのだった。


「そのもにゅもにゅプリンセスって、どうやって選ばれるか知ってる?まだ候補者にも知らされてないよね?」

「ええ・・・まぁ・・・まだ正式には何も・・・」

「私は人気投票みたいなのだと思ってたけど・・・」


綾乃様と葵ちゃん、候補者2人が顔を見合わせながら答える。

前に説明会か何かで呼び出されてたけど、そんなに具体的な話はされていなかったようだ。

私は生徒による投票が行われる事をゲームで知ってるけど・・・なんでしゅりしゅりはこっちを見てるのかな。


「うん正解、全校生徒の人気投票をやる予定だね~」


まぁやっぱりと言うか・・・知ってる事の確認でしかない。

なんで配信者のしゅりしゅりがそれを知ってるのかって所は問題なんだけど。

首里城朱里亜は私に目を合わせたまま、言葉を続けた。


「でもね、それだけじゃないんだな~」

「え・・・」


それだけじゃない?それってどういう・・・


「おや・・・?」


首里城朱里亜は一瞬訝しげな表情を浮かべた後、言葉を途切れさせた。

その隙を逃さず切り返すように、綾乃様と葵ちゃんが同時に疑問の言葉を発する。


「「それってどういう事なの?」かしら?」

「それはもちろん・・・」


ほんの一瞬の動揺を打ち消して、首里城朱里亜は言葉を返した。

値定めをするかのように、候補者2人を順番に見据えて・・・


「もちろん・・・生徒達の投票だけじゃ決まらないってことさ~」

「「!!」」

「選定者っていうのが何人かいてね~、外部の人間の票も入るって感じかな~」


候補者達の反応を楽しむように、首里城朱里亜はにやにやと笑顔を浮かべた。

そして何故かもう一度私の方を・・・って、それよりも!

外部?!選定者?!どういうこと?!そんな話は・・・そんな設定は・・・


「・・・生徒の票に加えて、選定者の票を合計する・・・もちろん選定者にはそれなりの票数が与えられているよ~、どれくらいかって言うとまぁ・・・」


首里城朱里亜はしっかりと、間を溜めて・・・私達が引き込まれているのを確認するように・・・


「ざっと100票!選定者1人当たりね、すごいよね~」


100票・・・もしそれが本当なら、攻略対象達の持つ生徒への影響力から来る票数に匹敵する。

選定者というのが何人いるのか知らないけれど、これまで私達が稼いできた(と思われる)綾乃様の票数を覆しかねない。


「ふふっ、驚いてる驚いてる~」

「首里城さん、ふざけるのも大概に・・・」

「ふざけてなんかいないわよ、二階堂綾乃グレース・・・その家柄に加えて成績優秀、品行方正、欠点らしい欠点のない優等生・・・選定なしで決まってもおかしくなかった理事会イチ押しの最有力候補さん」

「・・・」


一息ですらすらと・・・首里城朱里亜は理事会からの評価らしきものを口にする。


「で、そっちは一年葵・・・貧しい庶民出身ながら成績は常にトップクラス、二階堂のお嬢様の対抗馬として通用する充分な素養を発揮してしまったダークホース、最近は運動部の生徒の間で人気みたいね~」

「・・・」


それが葵ちゃんの評価か・・・家からして目立つ綾乃様はともかく、良く調べられている。

運動部内の人気とか外部の人間では知りようがない事まで・・・


「そして・・・」

「な、なんでこっち見るかな?!・・・さっきからジロジロと・・・」

「!?」

「それはね・・・三本木右・・・」


なんか意味深な表情を浮かべ、首里城朱里亜が口を開く・・・その前に綾乃様が立ち塞がった。


「先程から他人の事をアレコレと・・・貴女はいったい何者なんですか?!」

「ここまで話せばわかるんじゃない?・・・私がその選定者だって」

「「!!」」

「私の持つこの100票を、どの候補者に入れるのか・・・この校外学習で決めようって事で、このバスに集まってもらいました~ととっと!」


彼女がそう言うと同時にバスが停車した、朱里亜はブレーキの反動でバランスを崩しながらも、とっさに椅子にしがみついて体勢を立て直した。

道路脇に古そうな木製の立て看板が立っているのが見える・・・どうやらここが最初の目的地らしい。


「コレ、本当は明かしちゃいけないやつなんだけどね~・・・だからオフレコでね、よろしくね」


有無を言わさぬ圧を乗せて朱里亜はそう言うと、バスのステップを軽やかに降りていく。

釈然としないものを感じつつも、私達は後について行くしかない。


そこは旧東海道、橿木坂・・・かつて東海道一の難所と言われた場所だった。

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