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第75話「違う班の子はいね~が~」

「1、2年生合同の校外学習?」


耳慣れない言葉に、私は自分の目と耳を疑った。

しかし配られたプリントに偽りがある理由もなく・・・


箱根の地で2泊3日という日程で行われる校外学習。

今年度から試験的に始められる学習プログラムで、箱根の山々で自然と触れ合い、美術館で感性を育む。

という内容らしい・・・なお3年生は受験に配慮してか除外されるようだ。


手元に配られたプリントの1枚目には、その大まかな日程が記されていた。

どう考えても記憶にない行事だ・・・ゲーム中にそんなイベントは発生しなかったはず。


雑多な学校行事の数々をいちいちゲーム中で描く必要はないとはいえ・・・

1日単位でステータスを育てていくあのゲームで、3日も掛かる行事が完全スルーとかあり得るのか?

実際目の前で起きてる事実ではあるんだけど・・・いまいち釈然としないものを感じる。


「校外学習期間は1年生2名と2年生2名の組み合わせでの班行動となります、下級生の面倒をしっかり見るのはもちろん、上級生として見本になるような言動を心掛けてください」


うわ、下級生の指導とかあるのか・・・大丈夫かなぁ。

知ってる顔が何人か浮かぶけど、普通に考えて知らない子と組まされる可能性が高い。


宿泊施設に関してはさすが姫ヶ藤だけあって高そうなホテル。

それもクラスや班で雑魚寝という事はなく、班ごとに2人部屋が2つ与えられるみたいだ。


となると問題は班分けだけど・・・うちのクラスは大雑把に席順が反映された。

つまり・・・


「・・・良かった、右子さんと同じ班ですね」


私は楓さんと同じ班に・・・どんな下級生と組まされるかわからないけれど、楓さんが一緒なら心強い。

楓さんの方も同じ気持ちだったようで、少しは安心してくれたみたい。

3日も一緒に行動するんだもんね、こういう時にぼっちになってしまうのは辛いよね。


前世の修学旅行とか、5人組仲良しグループの2人と組まされてね・・・

あの子達、速攻で残りの3人と合流して・・・残された私は宿で起きた時にはもう1人で・・・


・・・うん、楓さんを1人にはしないよ、絶対に。


綾乃様は左子と同じ班に・・・こっちも安心だ。

正直一番心配だったけど、左子が一緒なら不自由する事はないと思う。

出来れば2班一緒に行動出来ると良いんだけど・・・その辺は下級生にも寄るか。


「当日は特別講師として、箱根観光協会から首里城あか・・・首里城朱里亜さんが来られます・・・」


おや、静香先生が名前を読み間違えた。

あの先生でも間違えるんだ・・・まぁキラキラネームとか読みにくいからなぁ・・・

静香先生は悔しそうな顔してるけど、こればっかりは仕方ないと思う。


「当日何かあった時は首里城さんの指示に従っ・・・いえ、私もいますので、まず私に連絡してください」


静香先生はそう言いかけて訂正した。

あまり観光協会の人に余計な手間を掛けさせないように、という配慮だろう。

修学旅行生とか現地民に迷惑かけて問題になってるらしいからね。

私達のマナー次第では来年度の開催が危ぶまれるのかも知れない、そこは気を付けないと。



「1年生の方は説明あった?」

「校外学習の話ですわね、私、綾乃様の班に入りたいです」

「ふふっ、私もその方が助かるのだけど・・・」


放課後、紅茶研の1年生達に聞いてみると、さっそく恵理子さんが食いついてきた。

1年生もそれぞれのクラスで班分けが進んでいるようで・・・憧れの上級生と同じ班になれるかの話で盛り上がっているとか。

2年生には攻略対象達がいるもんなぁ・・・もちろん綾乃様も人気だ。


「あ、もちろん右子さんも人気あるっすよ」

「あはは・・・ありがと」


入部したてのライトが気を遣ってフォローしてくれた。

や、別に私は人気なくても気にしないんだけど・・・その気持ちは受け取っておこう。


綾乃様と左子が同じ班だったように、霧人くんもライトと同じ班らしい。

ならレフトの方はあぶれてぼっちかと思えば、恵理子さんと同じ班になったとか・・・男女混合の班もあるのか。


「僕が聞いた話だと、来週には組み合わせが知らされるみたいだよ、事前に顔合わせをした方が良いだろうね」

「へぇ~」


さすが礼司さま、どんな伝手があったのか知らないけど有益な情報に感謝だ。

ちなみに礼司さまも流也さまも、それぞれクラスの男子との班になっている・・・もしそれらが男女混合だったら争いが起きてたかも知れないね、こわいこわい。


「俺らとしては班の組み合わせよりも特別講師ですよ、聞きました?」

「ええと観光協会の人・・・だよね?何か知ってるの?」

「おいレフト・・・その話はやめとけよ・・・」


レフトが話を切り出すと、急に霧人くんが不機嫌そうに・・・霧人くんも何か知っているようだ。

霧人くんの制止も聞かず、レフトは話を続けた。


「だって、どう見てもしゅりしゅりでしょう?この首里城朱里亜って・・・」

「しゅりしゅり?」


どっかで聞いた事があるような・・・なんだったっけな・・・


「ほら去年・・・俺らが右子さんと出会った時の話っすよ」

「去年・・・」


うーん、去年ねぇ・・・色々な事があったからなぁ・・・

たしか、霧人くん達の配信でドタキャンしたゲストの代わりに・・・それも本来は葵ちゃんなので更に代わりに私が・・・


「元々ゲストとして来てくれるはずだった配信者っすよ、それがしゅりしゅり・・・首里城朱里亜ちゃんす」

「ああ・・・そういう・・・って配信者なの?観光協会からって聞いたけど・・・」

「それなんですけどね・・・調べてみたらこんなのが・・・」


そう言ってレフトが見せてくれたのは実際に配信された動画のアーカイブ。

なんかベレー帽被った女の子が喋ってる・・・これが首里城朱里亜か・・・

こういうアイドルとかはよくわからないんだけど・・・人気があるだけあって確かに可愛い。


『私、首里城朱里亜は、このたび・・・箱根観光大使に就任しました!』


箱根・・・ここで観光協会が出てくるのか。

なるほど、このコラボ企画の一環みたいな流れで今回の特別講師もやってるのか。

理屈としては無理はない、けど・・・この首里城朱里亜って配信者のノリを見てると・・・


「よくうちの学園が許したね・・・こういうの厳しそうなのに・・・」

「・・・本っ当にそれよね」

「?!」


私の言葉を引き継いだのは、気配もなく部室に入ってきていた静香先生だった。

それもなんかすごく実感の籠った表情で・・・やはり教師としては思う所があるんだろう。

特に静香先生は真面目な感じだし、こういう系は嫌いそうな印象がある。


「わわっ、ごめんなさい!レフトくんそれ消して」

「は、はひっ!す、すぐにけしま・・・」


レフトが動画再生を止めようとするが・・・慌ててるせいか、なかなかタップが上手くいかない。

しかし静香先生は気を悪くするでもなく、ため息をつきながら椅子に座ると紅茶のカップに手を伸ばした。


「良いのよ・・・貴方達生徒には知る権利があるもの・・・むしろ知っておいた方が良いかも知れない」


リラックス効果のある礼司さまのブレンドをひと口飲んで・・・心を落ち着かせようとしているようだ。

・・・今回の件は先生も色々大変なんだろう・・・ちょっと同情してしまう。


その間も動画は再生を続け・・・


『・・・最終日の翌日なんだけど・・・・ちょっと特別な配信を予定してま~す』


「ねぇ右子、この最終日の翌日って・・・」


ともすれば聞き流しそうなそれに気付いたのは綾乃様だった。


「え・・・いやいや、まさか・・・」


・・・調べると、コラボキャンペーンの日程はすぐに出てきた。

さすがに大勢のファンが来るであろうキャンペーンに学校行事を被せてくるような事はなかったが・・・

その最終日『の翌日』となると・・・


「や、さすがに・・・事前に撮った動画を配信するとかなんじゃ・・・」

「・・・しゅりしゅりは生配信しかしないタイプの配信者なんすよ・・・」

「でもだって・・・その日は特別講師として・・・」


その日は校外学習の初日だった。

そして、初日だからと言って夕方に到着みたいなスケジュールではなく・・・

朝から夜まで校外授業の予定はたっぷりと・・・


「・・・やりかねないわ」


この場の誰よりも深刻な表情を浮かべたのが静香先生だった事が、事態の様相を雄弁に物語っていた。




そして当日___



「箱根観光大使の首里城朱里亜で~すっ!」


朝イチで学園に集合した私達の前に、首里城朱里亜がその姿を見せた。

たしか前日には箱根山の山頂で握手会をしていたはずの人物だが・・・その疲労を全く感じさせないテンションの高さ。


「皆とは年もそんなに離れてないから、気軽に『しゅりしゅり』って呼んでね~」


姫ヶ藤学園の生徒でも芸能人?を目にする機会は珍しいらしく、自ずと注目が集まった。

まだ決められた時間には早いが、それを気にする生徒はいない。

直前までお喋りをしていた生徒達もすっかり会話をやめて、彼女に注目していた。


「・・・そんなに、ね・・・」


ただ1人、静香先生が冷ややかな視線を送っているが、彼女は見えていないかのように喋り続ける。


「これから皆に箱根の魅力をたっぷり伝えていこうと思います、精一杯楽しんで良い思い出をたっくさん作って欲しいな~」

「「は~い」」


ノリの良い生徒が返事を返すと、彼女は嬉しそうな笑顔を浮かべた。


「う~ん、良いよ良いよ~!好きこそ物の上手なれってね!皆には好きって気持ちで私の授業を受けてもらいたいな」


人当たりの良い笑顔を振りまく姿はアイドルっぽい。

なるほど・・・楽しい事でやる気を出させるという授業方針なのかな。

見た感じは軽そうなノリだけど、それなりに考えての事なのかも知れない。


「これから皆に乗ってもらうバスだけど、モニターを設置してます、全てのバスに同時配信・・・移動中に突然始まるからびっくりしないでね」


同時配信と聞いて、例の『特別な配信』が脳裏をよぎる・・・

彼女は何を配信するつもりなのか・・・面倒な事にならないと良いけど・・・

なんか霧人くん絡みのイベントっぽいのも怖いんだよな・・・ゲームのイベントは網羅してたつもりなんだけど、隠しイベント?

だとしたら綾乃様が有利になるように動かないと・・・幸いな事に・・・


「右子さん、よろしくお願いします」

「お願いしまっす」

「うん、よろしくね」

「よ、よろしく・・・」


幸いな事に、霧人くん達は私と同じの班になったので、このイベントは対処しやすいと言える。

少なくともチート庶民には近付けないようにしよう。

ちなみにそのチート庶民の班はと言うと・・・


「あ、恵理子ちゃん、よろしくね」

「よりによって宿敵さんの班だなんて・・・ケッですぅ」

「そんなー、仲良くしようよ」

「いや別に班行動って言っても無理に仲良くしなくて良いんじゃないか、俺も1人で自主練を・・・」

「ダーメ!要くんには単独行動させないよ」

「・・・なにこのリア充」


葵ちゃんと要さま、恵理子さんにレフト・・・知ってる顔ぶれとは言え、なかなか大変そうな組み合わせだ。

でもあの様子なら要さま以外の好感度には影響なさそう・・・そこは助かるね。

対して綾乃様の班は・・・


「お姉さまと一緒の班だなんて!運命的なものを感じます!」

「もう、比瑪乃さんは大袈裟なんだから」


む・・・比瑪乃と一緒の班か。

流也様の好感度に繋がるとは言え・・・ちょっと引っ付き過ぎじゃないかな。


「それ以上はダメ・・・綾乃様から離れて」

「な・・・」

「ふふっ、左子ったら」


綾乃様にべたべたしようとする比瑪乃の隙をついて、左子が間に割り込んだ。

さすが左子、しっかり綾乃様をガードしてくれてる。

よしよし、その調子で頼んだよ。


「班ごとに決められたバスに乗り込んでください、乗り間違えないように気を付けて」


各班にはアルファベットと数字が割り振られている。

このアルファベットがそれぞれの乗るバスに対応するようになっているのだ。


運が良いのか、私達K-3班は綾乃様のK-1班と同じ【K】のバスだ・・・葵ちゃんのK-7班とも同じだけど。

1、2年合同とあって生徒の人数が多いので、バスの台数も多い。

現地ではバス毎に違うルートに分岐するらしいけど、同じバスなら同じルートにいられそうだ。


「綾乃様、しばらくは一緒にいられますね」

「ええ、右子達と一緒のバスで良かったわ」


通路を挟む形で綾乃様の班の隣のブロックの席を取ると、ごく自然に綾乃様が左隣の席に着く。

左の窓側には左子・・・いつもの定位置だ。

比瑪乃は綾乃様の前の席になったらしく、ちょくちょく座席越しに振り返ってきていた。


「さて、皆間違えずに乗れたかな~、違う班の子はいね~が~」


見回りに来たのか、首里城朱里亜が私達のバスに乗り込んできた。

バス内を見回し、K-1からK-8の8班の全員が席に付いている事を確認した彼女は・・・


「全員乗ってるね、ヨシッ!」


そう言うと・・・バスの出入り口の方へと戻っていき・・・


「どっこいせ・・・あ、年齢がばれちゃう~」


そんな事を言いながら・・・バスの先頭部の、教員用の座席に腰を下ろした。

そして荷物をガサゴソと・・・え・・・それって・・・もしかして・・・


『えー、マイクテストマイクテスト・・・よしよし』


その場でPCやらマイクやらを準備して・・・あ、よく見たらバスの天井にカメラが付いてる。

手慣れた手つきで準備を終えた彼女は、バスガイドさんが立つような感じで席を立ち・・・


『まず最初に・・・この【K】のバスの生徒さん達は、今日1日、私と一緒だから、よろしくね』


そう言ってウィンクをしたと同時に、彼女の姿がバスのモニターに映し出された。

おそらく、他のバスのモニターにも同様に・・・


『さぁて、特別授業の始まり始まり~』


かくして、首里城朱里亜による配信が・・・私達の校外学習が始まったのだった。


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