閑話 go to the west
「しゅりらーの皆さ~ん、こ~んに~ちわ~!」
赤いチェック柄のワンピースの上にデニムシャツを着た少女が、両手をぶんぶんと振り回しながら呼び掛けた。
数秒のタイムラグの後、彼女に応える挨拶コメントがコメント欄に溢れかえる。
「薔薇陸奥守さん、1番乗りありがと~こんしゅり~、猫柳哲男さん、こんしゅり~、出荷待ちの豚さん、こんしゅり~・・・」
少女はこなれた様子で順番に挨拶コメントを1つ1つ拾っていく・・・
自ら『しゅりらー』と名乗るファン達、その登録者数は先月10万人を超えた所だ。
それだけ人気が出てくると挨拶コメントを拾っていくのも一苦労だが、ここで決して省かないのが彼女の拘りだった。
「ラリックマさん、こんしゅり~、婚小米の粉馬上さん、こんしゅり~、特チュウさん、こんしゅり~・・・」
少女の後ろには沖縄の名所である首里城が映っている・・・が、それはCGによる合成。
現実の彼女が立っているのは、ブルーバックと呼ばれる青一色に塗られた背景合成用の部屋だ。
彼女は自宅の一室を改造したこのスタジオから定期的にネット配信をしている。
「彼氏彼女の事情は踏み込んではいけない痴情のもつれさん、こんしゅり~、首里城のアレさん、こんしゅり~・・・」
彼女の拘りを知ってか、最近は長いアカウント名や難読アカウント名、早口アカウント名なども増えてきた。
しかしそれらを間違えずにしっかりと読んでくる事が、そこから匂わせる地頭の良さが、彼女の更なる人気に繋がっていた。
逆に古参のファンなどは彼女の負担になる事を嫌って、挨拶コメントを自重するのが嗜みとなっているとか。
「おジャ魔女ドゥラミさん、こんしゅり~、ハイアットフルバーストさん、こんしゅり~、『剣』さん、こんしゅり~・・・」
彼女の名は首里城朱里亜、『しゅりしゅり』の愛称で親しまれる人気の美少女配信者だ。
「さて・・・」
挨拶コメントをひと通り拾い終えた彼女は、どこからか取り出したベレー帽を指先でくるくると弄んだ。
そのまま遠心力に任せて放り投げると、ベレー帽はまるでブーメランのような軌道を描き・・・ぽふっと彼女の頭に収まった。
88888888・・・拍手コメントが流れる中、首里城朱里亜は口を開く・・・
「前回もちょこっと言いましたが・・・今日はみんなに重大発表がありますっ!」
なんだってー!
重大発表?!
ご、ごくり・・・
あー、ついに俺としゅりしゅりの関係をカミングアウトしちゃうのかー
すかさずノリの良いコメントの数々が流れていく・・・
それらのコメントを満足そうに眺めながら、首里城朱里亜は言葉を続けた。
「私、首里城朱里亜は、このたび・・・箱根観光大使に就任しました!」
えええええええええええ
箱根?!沖縄じゃないの?!
これが前に言ってた企業案件みたいなのか・・・
「うん、そうそう企業、と言うか地域案件?箱根観光協会とがっつりコラボしてね・・・沖縄じゃないのかって?沖縄は・・・いつかやれたら良いなぁって・・・あ、沖縄の案件待ってま~す!」
実は箱根町に住んでいる首里城朱里亜だ・・・今回はその辺もあってのコラボ案件。
名前が首里城で背景画像も首里城なのだが・・・沖縄とは縁もゆかりもなかった。
「でねでね、今回の箱根コラボなんだけど・・・」
箱根を巡るスタンプラリー、箱根山頂での握手会、オリジナルフードメニューや限定グッズの販売等・・・
来客の少ない閑散期の箱根を盛り上げ・・・お金を落とさせる為の企画の数々。
傍目には観光協会に忖度したようにも見えるが、彼女自身による地元愛溢れる企画だ。
「それと、最終日の翌日なんだけど・・・・ちょっと特別な配信を予定してま~す」
次はどこの観光協会なんだ・・・
しゅりしゅりが待ってるならどこにでも行くよ!
地方勢だからもっと近い所だと良いなぁ
「うん、ありがと~、そうだねぇ、私も地方のみんなと会いたいよ~」
一度札幌に来てくれー、雪まつりコラボしようぜ!
四国に来てください、本物のうどんってやつを御馳走しますよ
佐賀を探・・・ナンデモナイデス
様々なコメントと共に投げ銭が入れられていく。
始めの頃は小遣いにもならない収益だったが、今ではそこらの会社員を上回る。
地方でのイベントを開催出来る日もそう遠くはないだろう。
「野望としては日本1周かな?まずは箱根が第一歩って事で・・・他の地域からの案件が来るように成功させてこ~、お~」
そこでかわいらしくガッツポーズ・・・自分でもいささか狙い過ぎと思わなくもないが、『しゅりらー』達の受けは良い。
その後も彼女はテンポよく話題を繰り出していく。
毎回の配信前に20個ほど話題のリストを用意しているので、1時間は持たせられる・・・変に間を空けるような事は1度もなかった。
「それじゃあみんな~、おつしゅり~」
今日も無事に配信を終えた彼女は、青一色の部屋を出るとダイニングへ向かった。
以前親友に貰った、可愛らしい小動物キャラのポットでカップにお湯を注ぐ・・・ミルクココアが今のお気に入りだった。
芳醇なココアの香りが喋りっぱなしの喉に染み込んでいく。
「ふぅ・・・」
ほっと一息ついた彼女は、実年齢相応の大人びた表情を浮かべていた。
その足元には、流行りのファッション誌や漫画雑誌、菓子類にコンビニの袋・・・果ては下着類までもが雑に散らかっており・・・ちょっとした汚部屋だ、とてもファンには見せられたものではない。
そんな中から比較的新しい封筒を拾い上げ、封を切る・・・隙間に爪を差し込み、べりべりと切り裂いた。
そして中身を雑に目を通しながら、1枚ずつその辺に放り投げる。
パラパラと音を立てて舞い落ちる紙には、姫ヶ藤学園の生徒の情報が記載されていた。
「うんうん・・・さすが静香、良い仕事するね~」
やがて資料の中身は生徒の情報から、校外学習の詳細へと移り変わる。
几帳面な幼馴染が丁寧に纏めたであろう資料を雑に読み捨てながら、彼女は『特別な配信』に思いを馳せていた。
まるで最高の食材を前にした料理人のような、あるいは大きな獲物を前にした狩人のような・・・興奮した表情を浮かべて。
資料を読み終え、最後に空になった封筒が床に落ちた・・・その宛名には、西六郷朱里とあった。




